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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
何やら不穏な空気。やめろ、エリカちゃんを穢すな!
しおりを挟む「見つけたぞ、バニーガール!」
「あんた昨日もいたな!」
私は昨日も見た顔に追いかけられていた。お目当ての賞品が入手できなかったのか、それともまだまだ稼ぎたいのか…それはわからんが、今日の私は捕まらないことが目標なので、追跡者から逃げて逃げて逃げまくる!
「捕まえ…」
「私は捕まらない!」
時計うさぎの仮装をして、私はグラウンドを駆け抜けていた。早番だった慎悟は先程校舎内を移動していたから、そのほうが捕まらないのだろうか。校舎内は走ってはいけない決まりだし…
追跡者を撒いた私は少々疲れていた。休憩がてら校舎内にテリトリーを移した。
2日目の今日は一般客招待日である。なので昨日よりも英学院の文化祭は賑わっていた。その中でも私は仮装をしているので人の視線を浴びている。昨日よりも人口密度が高いので、私に降りかかる視線の数も多い。
「あのー写真撮影とかしてもらえるんですかー?」
「すいませーん、撮影は2-3逃走ゲームの参加者のみとなってますんでー」
ちょいちょい写真撮影を頼まれるが、それはゲーム参加者のみだ。一般客との撮影は丁重にお断りさせていただく。ゲーム参加者は参加証を首から下げているからその判別はできるんだ。
「あっいたぞ!」
「! 校舎では走っちゃ駄目ですよ!」
追跡者に見つかったので、私は走らないように注意すると歩いて逃げた。
私は時計うさぎなので、衣装のアクセサリーとして懐中時計を所持している。本物の懐中時計…借り物だけどすごく高級そうで渋くて…かっこいいです。
それで今の時刻を確認したら15時過ぎだった。文化祭が終わるまであと1時間と30分くらい。
時計を見ながら歩いていたのがよくなかったのかもしれない。
「えっ」
脇からニョキッと飛び出してきた腕に二の腕を掴まれ、私は空き教室に引きずり込まれた。ぴしゃりと教室の扉が閉ざされ、外の音が少し遠くなった。
「なにするのっ!?」
「…捕まえた。…二階堂さん隙ありすぎだよ?」
「…捕まえるならもうちょっと普通に捕まえなよ…」
犯人は上杉だった。何してんのコイツ。
私は脱力して大きなため息を吐いたのだけど、二の腕を掴む上杉の手の力が増した事で息を詰めた。
「いった!」
「ねぇ二階堂さん、西園寺家の息子とはどういう関係なの?」
「…西園寺さん? …どういうって…お見合いしてそれから友達に…」
上杉の問いに答えると、ギリッと思いっきり握力をこめて二の腕を握られた。
「いってぇ! 本当に痛いんですけど!」
なんで二の腕を握りつぶそうとしてくるんだよ! 新手の嫌がらせか貴様!
上杉の行動に腹が立った私はヤツを睨みつけた。…見上げた先には獲物を飲み込もうと体に絡み付き、狙いを定めた蛇のような瞳があった。
──ゾッ
その目を至近距離で見てしまった私は悪寒に襲われた。全身鳥肌が立っているようだ。…これは風邪とかの寒気じゃなくて…危機的状況を察知したのである。
「…言ったよね? 僕は欲しいものは手に入れなきゃ気がすまない性分なんだ。…宝生と婚約破棄したんだからしばらくは大丈夫だと思っていたけど、ちょっと油断していたのかもしれないね」
これはまずい。いつも何考えているかわからないけど、今の上杉はいつも以上にわからない。
いつもの人の良さそうな笑みはいずこ。本性を現したかのような嗜虐的な笑顔である。
「やっとあのヘアオイルを使ってくれたと思ったら…今日は違うんだね」
至近距離でスンスンと匂いを嗅がれた私は恐怖で心臓が止まりそうになった。
顔を近づけて髪の匂いを嗅ぐのをやめろ! 今日は二階堂ママのヘアオイルを分けてもらったんだよ! あれは封印します! 物には罪がないと思っていたけどなんかやっぱり嫌なんです。
上杉から逃れようと必死に藻掻くが、力いっぱい二の腕を掴まれた上に、教室の壁に押し付けられた私は奴の拘束から抜け出せずにいた。
なんとか逃走を図ろうと思って、禁じ手を使おうとしたのだが、相手もそれは予測していたようだ。
「…同じ手に遭うと思う?」
私の動きよりも素早く足の間に割り込むようにして、私の足の付け根に足を差し込んできたのだ。
私が足技を使えないように押さえつけるのも忘れずに。
「!?」
ななな、なんてハレンチな真似をするんだコイツは!
「やめろっ離せ! パパとママに言いつけるぞ!?」
「いいよ? 僕は責任を取るつもりでいるから」
「…助けてぇぇぇ! 犯されるゥゥ」
脅したら更に脅してきたんですけど!?
ここで諦めて奴の思いのままなんてまっぴらごめんである。私は大声を出した。部活で鍛え上げたこの声に誰か気づいて!!
やめて! いくら私がエリカちゃんとして生きることになったとしても、これはエリカちゃんの綺麗な身体なんだから! そんなふしだらな真似私出来ない! ていうか無理やりよくない! 離せこの青少年! 変態! サイコパス!
上杉のくせに生意気だ!
「うるさいなぁ…もう騒がないでよ二階堂さん」
「誰が騒がっ…むぐっ」
誰が騒がせていると思っているんだよと文句をつけようとしたら、唇が塞がれた。
ふにゃ、と唇に生暖かいマシュマロみたいなものがくっついてきたのだ。
「…ん!?」
目の前に上杉の瞳がある。私を見つめている瞳が弧を描いている。目と目が合って、体中に針が突き刺さるような感覚を味わった。まるで蝶の標本になったかのような気分に陥った。
何故こんなに近くに上杉の顔が……いや、これは…
ガブッ
「っ!? いった…ちょ、なにするの…」
「それはこっちのセリフだ、何すんねん!」
ファーストキスなのになんてことを! いや、エリカちゃんの身体でそうカウントするのかわからないけど、私自身の身体は清らかなまま亡くなったから、私の感覚としてファーストと仮定して…
あぁぁぁ! 最悪だ!
いきなり無理やりキスをぶちかましてきた上杉の唇を食いちぎる勢いで噛み付いたら簡単に拘束が解けた。上杉の唇からはジワッとどころではなく、結構な出血がみられた。これって傷害になったりするのかな? 正当防衛になる?
どうだ、こっちは加減せずに噛んだから痛いだろう! だが私は絶対に謝ってやらん! 乙女の唇を奪った報いだ!
取り敢えずこの場にいても危険なだけなので、さっさと逃げようと思った私は素早く上杉から離れて、教室から飛び出そうとした。…しかし、閉ざされていたはずの教室の引き戸がいつの間にか開かれていたのに気づいた私は足を止めた。
そこには呆然と突っ立っている慎悟の姿があったのだ。
「……」
「慎悟! 慎悟やばいよコイツ、いきなり襲ってき……」
救いの神が現れたとばかりに、ヘルプを求めようとしたのだけど、彼の顔を見てしまった私の言葉は途中で途切れてしまった。
なぜなら慎悟は、大層不機嫌そうなお顔でこちらを睨みつけてきたからである。眉間には幾重にも皺が寄り、眼光鋭く此方を睨みつけてきている。あの冷たいツンドラのような視線を通り越して、火山の奥深くに眠っていたマグマのように、今にも噴火しそうにグツグツ煮えたぎった怒りを含めたような視線である。
え、なに? さっき会った時はそんなに機嫌悪くなかったよね? どうしたの? 嫌なことがあったの?
出入り口にいた慎悟は大股で私の元に近づいてくると、乱暴に私の手を掴んできた。
「…わっ」
有無を言わせない雰囲気を醸し出す慎悟は無言で強引に手を引っ張ってきた。唇が大流血の上杉をその場に放置したまま慎悟は教室を出て行き、どこか別の場所へとずんずんと歩いていた。私は引っ張られている状態なので、彼の後を着いていくしか出来なかった。
「…慎悟、どこいくの?」
私の問いに答えること無く、慎悟は先へ進んでいく。廊下を突き進み、階段を登っていき……辿り着いたのは、立入禁止になっている屋上に続く階段の踊り場だ。
5階に位置するここは滅多に人が寄り付かない。だから文化祭の喧騒が遠くに聞こえる程度で、ここら一体は静かなものである。
「…何してたんだよ」
慎悟は押し殺したような声で私に問いかけてきた。
何って…見ていたんでしょうが。私の口から説明させたいのかあんたは。
「…あれは上杉が無理やり」
「あんなに密着しておいて?……西園寺さんも誑し込んで…笑さんちょっと節操ないんじゃないのか?」
慎悟のまるで私がビッチであるみたいな口ぶりに、私はイラッとした。
「はぁぁ!? ていうかさぁ、仮に私が誰かと交際したとして? 慎悟になにか関係ある? 慎悟は二階堂に益のある相手ならいいって言っていたよね? 西園寺さんのお家も二階堂家にふさわしい家柄なんだから、お付き合いになっても何の問題もない。なのになんでそうやって文句つけてくるわけ?」
「…文句なんか付けてるつもりはない」
西園寺さんとはお友達だ。決して一線を越えるようなふしだらな間柄ではない。西園寺さんは紳士なのにその言い方はないだろう。失礼過ぎる。
「じゃあなによ。私が上杉に無理やりキスされてたのを慎悟は見てたんでしょ!? 喜んでいるように見えた? 私嫌がっていたんだよ? ファーストキスをあんな奴に奪われて、すっごい傷ついているのになんでそんなひどいこと言うの?」
上杉の唇を出血するほど噛み付いてやったからな! あれを見て私が喜んでいると思うならあんたは感覚がおかしいと思う。
上杉はずっとエリカちゃんを狙っていた。そしてエリカちゃんがいなくなった今、私が憑依した状態のエリカちゃんも結構気に入っている発言をしていた。
それで西園寺さんと一緒にいる私のことを見かけた…それで…お見合い相手だと言った途端豹変したんだ。
え…それって嫉妬?
イマイチ、上杉のエリカちゃんに対する感情の形がわからない。好きなのか、人形が欲しい意味の所有欲なのか…好きとは違う気がするんだよなぁ…
「…本当にあんたにはイライラさせられる」
苛ついた様子で投げかけられた慎悟のその言葉に、考え事をしていた私は凍りついたのであった。
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