お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

你好台湾! 修学旅行がはじまるよ!

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 修学旅行初日の朝、空港で引率の先生たちから諸注意を受けた私達は、飛行機の搭乗時間までロビーで各々時間を潰していた。
 私はロビーの隅っこでスマホの電源を入れ、通信制限の設定をしていた。このまま使ったら通信量がすごい事になるらしい。現地に到着したら、レンタルした海外ポケットWi-Fiにつなぐ予定。

「慎悟様、3日目の自由行動は一緒に回りましょうね」
「…先約が入っているから無理だ」
「えっ…?」
「それは…どこの不届き者ですの…?」

 スマホの設定を終えて学校カバンのポケットにしまっていると、加納ガールズがファビュラスな慎悟に自由行動のお誘いをしている声が聞こえてきた。慎悟がそのお誘いを断った瞬間、加納ガールズの声がガラッと変わって低くなった。
 …私は恐怖で鳥肌を立ててしまった。

 言うなよ、相手を言ってくれるなよ慎悟…!
 私は10m先で加納ガールズに囲まれている慎悟に念を送った。相手が私だってバレたらせっかくの修学旅行で私は加納ガールズにイビられて終わる…!
 今になって思ったけど、加納ガールズは今の今まで慎悟を誘わなかったのか? それがびっくりなんだけど。
 絶対に慎悟が自分たちと一緒に回ると確信していて油断したのか…もしかして中等部の修学旅行がそうだったのかな? …英学院中等部の修学旅行は行き先どこだったんだろう。
 私はスキー旅行だったよ。楽しかった。

「…俺が誰と観光に行こうと、お前たちには関係ないだろ」

 慎悟が素気なくあしらうそぶりを見せると、加納ガールズはそれ以上口を挟むことが出来ないようだ。彼女たちは唇を噛みしめてグムム…と唸っていた。
 …私はどうやら修学旅行でリンチされる危機を免れたようである。ほっと胸を撫でおろしていたら、巻き毛と目が合ってしまった。ギクッとしたが、何も知らない振りをしてそっと目をそらした。

 クラスごとに整列して出国ゲートを通過すると、飛行機に乗って日本を出国した。
 私にとっては初海外で、日本から離れた瞬間ちょっと不安になってソワソワしてしまったが、そのうち慣れた。

「Chicken or Pasuta?」
「えっ? チキ…?」
 
 飛行機に乗って2時間ほど経過した辺り。台湾の航空会社のフライトアテンダントに横から何かを問いかけられたが、独特の発音のせいなのか聞き取れなかった。いやただ単純に私の頭と耳が残念なせいかもしれないけど…

「鶏かパスタどっちにするかだってよ。鶏ってなんだろ…」

 ぴかりんが助け舟をくれたので、機内食のメニューを聞かれてるのだとようやく理解する。両方ともどんな味なのかはよくわからないので、パスタにしておいた。足りなくてお腹すいたら現地でなにか食べればいい。
 熱々の容器に入った蓋を開くとそこには白いソースの掛かったパスタが。クリームパスタだろうか。
 
「あ、これ唐辛子入りか。ただのトマト煮かと思ったけど少し辛い」
「…そうなの? おいしい?」
「うーん…台湾風って感じ? ひとくち食べてみる?」

 ぴかりんはチキンを選んでいたが、チキンと野菜の炒めものにご飯が付いていた。お言葉に甘えて一口貰ったらちょっと辛かった。辛いものを食べられる人はイケるかな? ただ風味が台湾って感じ。
 辛いものと言えば、私はふと慎悟のことが心配になった。通路を挟んで斜め前に座っている慎悟の様子を窺うと、彼の手元にはチキンがあった。きっと味を知らずに選んだのであろう。
 辛いものが得意じゃない彼のために私は声を上げた。

「ねぇねぇ慎悟、私辛いものが食べたくなったから交換してくれないかなぁ! これまだ口つけてないよ!」
「…エリカあんた、あまり加納君困らせちゃダメでしょ」
「いいじゃんいいじゃん交換交換!」

 通路側に座っている慎悟に向けて腕を伸ばしてクリームパスタの入った機内食を差し出す。慎悟は私を見て難しい顔をしていたが、多分私の意図を読み取っているに違いない。
 慎悟は何も言わずに交換に応じた。ちょっと相手が複雑そうな顔をしているのはまぁまぁまぁ…だって苦手なもの無理やり食べるって辛いじゃない。

 私はチキンを平らげた。独特の風味があったが、あれが台湾風なんだろうか。食事を終えた私は機内食に付いていたおやつを手に取った。パイナップルケーキだ。
 パイナップルケーキは苦手な人もいるけど、美味しいとこのは美味しいって聞くなぁ。お父さんが会社の人からのお土産で私達に横流ししてくれたことあるけど、メーカーによる。味の当たり外れがある気がする。
 試食で美味しいのがあればお土産に買って帰ろう。

 約3時間半ほど飛行機の旅を楽しんで台湾の桃園国際空港に降り立つと、入国審査があった。
 でも修学旅行で生徒が大量にいるから適当に済まされるのだろうなと思ったら、それ以上に適当だった。…パスポートを審査官に渡した時すっごいドキドキした。だって中の人が違うんだもん。
 ちゃんと英語で「観光です」って言う練習したのに何も聞かれなかったよ…

 2月に入ったばかりだが、台湾は暖かく感じた。薄手のコートで十分な気がする。台北の2月平均は16.5度位だったかな。 
 空港まで迎えに来ていた大型バスにクラスごとに乗り込んだのだが……台湾のバス、運転荒い気がするんだけど。これが台湾風のおもてなしなの…?
 そして添乗員さんが片言の日本語でガイドしてくるものだから、前列に座っている私は彼女の話を聞いてあげないとという使命感に燃えて窓の外の風景を眺めることが出来なかった。

 入国審査の待ちが長引いたため、現地に到着して台北中心部のホテルに辿り着くまで少々時間がかかった。ホテルにチェックインできたのは現地で14時過ぎだ。時差で日本よりも1時間遅れなのでちょっと変な感じ。
 部屋は既に割り振られているので、私は友人たちと一緒の部屋に入った。今日の予定は夜20時頃から観劇があるため、少し早めに夕飯をとるそうだ。
 それまでの時間このホテルの近辺をクラスごとに散策した。宿泊先のホテルがあるのは西門町という場所なんだが、東京の原宿みたいな場所なんだって。
 必要な荷物だけを学生カバンに収めると、私達は集合場所に降り立った。

 洋服がところ狭しと飾られていたり、台湾の雰囲気がにじみ出るような出店があったり。当然のことながら雰囲気は日本とぜんぜん違う。道路と歩道が完全に分かれていて、歩道は建物の軒下スペースと決まっているようだ。時折原付バイクがエンジンふかしながら通過しているけど…あれ、いいのかな?
 異国なのにあちこちに日本のコンビニがあると、ここ日本だっけって錯覚してしまう。

「ねぇねぇあそこにコスメショップがあるよ」
「台湾のお化粧品ってどうなのでしょう…」

 ぴかりんと阿南さんは女子力高くコスメに惹かれて、なにかのお店に入っていった。他の女子生徒たちも同様である。
 私はと言うと、ビルの1階にあるタピオカミルクティー専門店を発見したので、メニュー表を指差し購入していた。「謝謝」とお礼言って受け取ると、お店のお姉さんも返してくれた。お姉さんニコニコしてて優しい。
 …タピオカドリンク日本よりやっす! しかもんまい。
 幹さんと一緒にタピオカウマイウマイと語っていると、クラスの友達と一緒に店を冷やかしている慎悟を見つけたので、駆け寄ってタピオカが美味しいことを報告した。

「慎悟慎悟、台湾のタピオカもちもちしてて美味しいよ!」
「…夕飯が入らなくなっても知らないからな」
「大丈夫だよー。おいしいから一口飲んでみなって」

 ミルクティーの入った容器に刺さったストローを慎悟の口元に近づけると、慎悟は少々狼狽えていた。
 どうした、タピオカ嫌いなのか? と思ったのだが、それを問うよりも先に「…ちょっと、二階堂サァン…?」とあの声が私の背後に忍び寄ってきていた。
 振り返った先には巻き毛が顔を真っ赤にさせて私を睨みつけていた。

「はっ! いたのか加納ガールズ…」
「あなたって人は…か、間接キスを狙おうとするなんて…! なんというはしたない人なの…!?」
「か、間接キス!?」

 その指摘に私は焦った。
 わ、私はそんなつもりじゃ…私って奴はまたセレブらしからぬ行動をしてしまったのかー!
 タピオカドリンクをさっと下げた私はガクッと項垂れた。

「じゃあ僕がもらおうかな?」
「出たな上杉! あんたにはやらん!」
「えーひどいなぁ…」

 話が拗れるからお前は入ってくるな!
そもそもクラスごとに移動していたはずなのに…! そこから外れて私の居場所を探し当てるな!

「慎悟ごめん! 無意識にセクハラしようとしてた私! 善意のつもりだったのに」
「…もういいから。他所ではするなよ」 
「うん! 本当にゴメンね!」

 慎悟は疲れた様子でため息を吐いていた。すまん、異国の地でも疲れさせてしまった。旅行は始まったばかりだと言うのに…

「ねぇ二階堂さん、夜の観劇は何を観に行くの?」
「え? …幹さんが布袋劇を観たいって言うからそれに行くけど?」

 上杉は脈絡もなく、今夜の団体行動の観劇について質問してきたが、それがどうしたというのだ。
 私は間違いなく寝るから、後で幹さんにどんな内容だったか聞かなきゃ。寝ないように事前にカフェインとっても全然ダメなんだよね。…エリカちゃんの身体なのに何故自分の体質が受け継がれているんだろうな…
 ちなみにぴかりんと阿南さんは京劇観に行くんだって。やっぱりあの2人仲いいよね。

「ふぅん、そっか。ありがとう」
「…?」

 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべた上杉は私が鑑賞する物を確認するとアッサリと何処かへと立ち去っていった。

「なんだあれ」
「二階堂さん? お話はまだ終わっていなくてよ?」

 いつものように上杉を不気味に思っていた私の右肩に、巻き毛の綺麗に手入れされた爪が食い込んだ。制服越しだというのに、爪が皮膚にメリメリ刺さってくるような痛みが伝わってくる。

「イッタイ! ちょ、巻き毛あんた肩の骨砕くつもり!?」
「んまぁぁ! 私の名前は櫻木でしてよ! あなたまさか私の名前を未だに覚えていないというの!? 巻き毛ってなによ!」

 巻き毛は私の制服の襟を掴んでがくがく揺さぶってくる。
 やめろよ、通りすがりの台湾の人に奇異な目で見られているだろ。日本人は変だと思われちゃうでしょ。

「櫻木、落ち着け。今のはこの人が悪かったけど、ここは一歩引いて大人になってくれ」
「……慎悟様がそう仰るなら……」

 慎悟の一声で借りてきた猫のように大人しくなる巻き毛。その変わり様に私は脱力した。
 だって仕方ないじゃない…もう巻き毛で完全にインプットしてしまっているのだもの…

「あーっ慎悟様こんなところにいましたの? 捜しましたわ」
「おひとりですよね? 一緒に回りましょ」

 その他の加納ガールズが群がってきて慎悟を囲むが、慎悟は今の今までクラスの男子達と一緒に回っていた。なので1人ではない。
 …だが彼女たちには1人に見えるらしい。

 私は犠牲になった慎悟に向かって手を合わせて拝むと、そそくさと幹さんとその場から避難したのであった。

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