お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

景色好美啊! …私じゃなくて夕暮れの景色を見なさいよ。

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 淡水は九份と比べて、日本人観光客が少ないせいか、異国に来たなぁと感じる。
 観光名所に足を伸ばせば、あちこちにヨーロッパ風の建物が建てられており、中華と西洋を感じる町並みであった。流石台湾のベニスと呼ばれるだけある。
 紅毛城辺りを散策したが、その周辺だけヨーロッパみたいだった。この城は西洋列強の時代にスペイン人を追い出したオランダ人が城跡に更に新しく強固な城を建てたんだって。オランダ人の髪の色から取って紅毛城と台湾の人が呼んだのが名前の由来なんだそうな。城内は歴史博物館みたいになっていた。今は英国領事館が隣接している。
 修学旅行後に提出するレポートに書けそうな歴史の話をしっかりノートにメモっておいた。レポートとか…思い出の修学旅行にそんな野暮なもの要らないと思うんだけどね…

 その後は特に目的なく淡水をぶらついていた私達ではあるが、阿南さんが薦めてくれた夕日スポットに行くには、フェリーかバスかタクシーに乗って移動する必要があるということが判明した。日暮れ前にはまだ早いけどもフェリー乗り場に向かった。
 台湾のバスの運転が荒いからフェリーを選択したけど、フェリーも運転が荒い。いや、揺れやすい船体なのかもしれない…水上だし。
 揺れのせいで、海から街を眺める余裕がなくてあまり楽しめなかった。フェリーに揺られて約15分。私はフラフラしながら港に降り立った。
 
「大丈夫か? 笑さん」
「船酔いはギリしてない。大丈夫」

 あと5分長く乗っていたら船酔いしていたかもしれないけどね。帰りもこれに乗る必要があるのかと考えると少し憂鬱である…でもバスは荒いし…
 港に一歩足を踏み入れたら、入口にどデカイハートのオブジェが飾られていた。
 なんだコレ。

「あれハートだよね、なんだろ」
「バレンタインデーに出来た橋らしい」
「へぇーそうなんだ」

 バレンタイン…そういえばもうすぐバレンタインだったな。台湾でもバレンタインにはしゃぐ風習があるのだろうか…

「慎悟は今年もたくさんチョコレートもらうんだよね? 羨ましいなぁ」

 何気なく話を振っただけなのだが、慎悟は何故か真顔になった。
 真剣な話をしているわけじゃないのにどうしたんだろうかと思っていたら、慎悟はこう口にした。

「あんたが嫌なら、誰からも受け取らないけど」
「…バカ、そんなつもりで言ったんじゃない。貰えるものは貰っておきなって」

 妬みで言ったんじゃないよ! まるで私がやきもち焼いているみたいな言い方はやめようか! …そりゃあんなに大量にお菓子もらえていいな~とは思うけどさ。
 なんだか気恥ずかしくなったので慎悟の腕を軽く叩いておく。
 それはそうと橋だ。白い橋に行かねば。
 台湾・淡水の2月の日の入りは17時40分前後。ちょっと早いが、阿南さんおすすめのスポットに足を向けてみた。

 なるほど、真っ白な橋が架けられている。空が映えてとてもキレイだ。私は橋と空を写真に収めておいた。そのついでに橋から海を眺める慎悟を撮影しておく。抜き打ちで撮影したけど、慎悟は写真映りもいいな。

「撮ってやろうか?」
「ううん、映るのは私じゃないから良い」

 エリカちゃんの姿をした自分のことを少しは割り切れるようになったとはいえ、積極的に写真が欲しいわけじゃないから別にいい。

 パシャッ

「…ちょっと」

 遠慮したのに慎悟はお返しの抜き打ち撮影をしてきた。橋から身を乗り出して海を眺めている姿を撮影されてしまった…
 シャッター音に気づいて、スマホを構えている慎悟を非難こめて睨むと、慎悟は悪戯げな笑みを浮かべて首を傾げていた。

「笑さんとエリカはぜんぜん違うよ。性格や言動もだけど、顔つきがぜんぜん違う」
「…ガサツって言いたいんでしょ…」

 いくらお嬢様のフリしようと思っても中々難しいんだよ!
 私はエリカちゃんじゃないんだ、全く同じ人間にはなれないよ!

「そうじゃない…いくらエリカの姿形をしていても、俺には笑さんにしか見えないよ」

 慎悟から言われた言葉に、バクッと心臓が跳ねた。
 それは嬉しいからか。それともエリカちゃんの中にいる私を見つめてくれたからか。それとも…全部なのか。

「……な、何いってんの! ……バカじゃないの…」

 私は慎悟から顔を背けると、サンセットが見られるポジションに小走りで移動した。
 日暮れ時になると人が増えてきた。妙にカップルが多い気がするけど、ここはデートスポットなのかも。それもそうか、綺麗な夕日が見られる海はロマンチックだものね。恋人達が出没するのも頷ける。

「笑さん照れてるのか? 顔が赤い」
「夕日のせいだよ!」
 
 隣にやってきた慎悟が私をからかってくるから夕日のせいにしておいた。年上を何だと思ってるんだコイツは!
 沈み始めた夕日は橙色で、まるで空が燃えているように見えた。九份で眺めた夕日とは違う味わいがある。
 この綺麗な景色を写真に残しておこうとスマホで撮影していると、横からシャッター音が聞こえた。

「…慎悟」
「ちゃんと可愛いから大丈夫だよ」
「…エリカちゃんは可愛いんだから当然でしょ」

 可愛いからって撮って良いわけじゃないけど、私も今までに慎悟を無断撮影したことが数回あったのでこれ以上は文句言えない。

「私よりも夕日を見てよ! ほらっ慎悟はこれが見たかったんでしょ。夕日が綺麗だよ!」

 明日で修学旅行は終わりで、夜には日本に帰国するのだ。修学旅行はこれが最後なのだ。しっかり目に焼き付けておかないと勿体無いじゃないか。

 私は燃える夕日とそれが反射した海をぼんやり眺めていた。
 あっという間の修学旅行だった。はじめての海外が台湾で良かったかも。…もしも私がパパママの仕事の手伝いをするようになったら同じ様に海外に飛ぶことがあるのだろうか。
 考え事をしていると、そっと手を掴まれた感触がした。私が隣を見上げたら慎悟が私を見下ろしているではないか。
 …私は慎悟の瞳に見惚れてしまって、反応が遅れてしまった。

「……ゆ…夕日見なきゃ」
「もう見たからいい」
「今正に海の彼方に沈もうとしてるんだよ!?」

 何を言っとるんだ君は。何のためにここまで足を運んだのよ。
 私は空いた手で慎悟の頬を押して夕日に向けようとしたのだが、その手も掴まれてしまった。
 慎悟はあの瞳で私を見つめてくる。エリカちゃんの中の私をあばくような瞳から、私は目を逸らせなかった。
 その目で見つめられると、心が落ち着かなくなるからやめてよ。

「し…」

 慎悟は身をかがめて、ゆっくり私に近づいてきた。
 あ、避けなきゃと頭の片隅で考えていたけど、私は動かなかった。心臓がバクバクと活動している音が聞こえてくる。
 ふわっと彼の唇が当たると、私は無意識に瞳を閉じていた。
 掴まれた手は優しく掴まれている。振り解こうと思えばいつでも解けた。でも私の身体は動けなかった。いや、動かなかった。
 唇から伝わってくる慎悟の体温が熱くて、その熱をもっと感じたいと思ったのだ。
 …その唇にもっと触れたいと思ったのだ。

「…奥手だと思っていたけど、加納君って積極的なんだね?」

 観光客より、現地の人が多いこの場所は現地語が飛び交っていたのだが、ここに来て日本語、しかも聞き覚えのある声を耳にした私は慌てて慎悟から離れた。
 奴に見られていたという衝撃と、抵抗せずにキスを受け入れていたという事実に私は恥ずかしくなった。私は一体何を…修学旅行マジックか…!?
 よりによって何故こいつに見られちゃうんだ…!
 
「上杉…お前まさか尾けてきたのか?」

 慎悟は不機嫌そうな声で上杉に問いかけた。彼の眉間にはシワが寄っていて、少々お怒り気味のようである。
 それに対し、上杉は反省している素振りはない。あの人の良さそうな笑みを浮かべ、アッサリと自供していた。

「君達のクラスメイトに聞き回って捜したんだけど、中々見つけ出せなかったんだ。諦め半分でここに辿り着いたら、見覚えのある2人が夕日を見ずにイチャついていたから驚いたよ。……君たちいつの間にそんなに親しくなったのかな?」

 その口ぶりだと朝から私達が歩いた道のりを追いかけて来たように聞こえるんだけど。えぇ、ここまで1人で来たの?
 誰がバラしたんだ…おっそろしいな。どこにスパイがいるんだ。
 もしかしてまた立場の弱い生徒を脅したのかあんたは…

「あんた…一緒に回る友達いないの? 折角の修学旅行なのに、私のことストーカーして楽しいの?」

 最後の修学旅行にストーカーって…もっとすること他にもあるでしょ? 
 上杉は困ったように笑って肩をすくめていた。

「本当は君と観光したかったんだけどね? どうせ断ってくると思って」
「あのさぁ…」

 確かに誘われても断固拒否していたさ。
 でもさぁ…なぜそこまで執着する?
 そんなにエリカちゃんの顔が好きか。がさつな私が中に入ってても好きなのか?

 私は幻滅されるようなことばかりコイツに見せてきたのに…
 なんなのよ…私はお嬢様の皮を被ったただのバレー馬鹿なんだよ…? サイコパス何考えているかわからなくて怖いんですけど…

 上杉の登場で何だか脱力してしまった。
 
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