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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
布鲁图斯、也有你嗎? 追っ手の執念はすごい。
しおりを挟む招かれざる上杉の登場で、私達の間に流れる空気は微妙なものになってしまった。
…それ以前に私も今何をしていたんだ? 自分で自分がわからない…夕日のせいなのか? …周りにカップルが多いから? それとも修学旅行の魔力で雰囲気に流されたのか…!
「上杉、お前は本当に小賢しいな…」
「君こそ…どんな手を使って彼女を誘ったのかな? 一度ご教授願えないかな」
上杉の嫌味のような問い方に対して、慎悟ははっと鼻で笑っていた。
出た。久々に目にする、相手の神経を逆撫でさせる笑い方。
「…同じ流れになったとしても、お前には絶対に無理だろ。早い所見切りつけたほうがいいんじゃないか?」
目の前では秀才同士が何やらチクチクやり取りをしている。
やめろ、2人の男が私を取り合っているみたいな図柄は止めてくれ。ほら周りを見てみなさい。同じく夕日を見に来た観光客や現地の人達の注目受けてるぞあんたら。日本語で言い合っているけど、傍から見たらバリバリの修羅場に見えること間違いなしだ。
もれなく私も視線を浴びるオプション付きである。美少女のエリカちゃんと美形の慎悟と、それなりに見目のいい上杉の三角関係みたいに見えるんだろうな。実際はすごい歪な関係なんだけど…
慎悟の忠告に対して、上杉はニッコリとその笑みを深くした。…前から思っていたけど、笑顔なのに恐怖を与える上杉ってなんなんだろう。怖いんですけど…
「それを決めるのは僕だよ。君じゃない」
「俺は善意で言っているんだがな」
「それはどうも。だけど余計なお世話だったね」
「あのー…さ、そろそろ帰らない…?」
そうこうしている内に夕日は海の向こうへと沈んでしまった。この辺で止めないといつまでもこれが続きそうな気がした私は2人に恐る恐る声を掛けた。
それに反応した男2人は一斉に此方を向いた。私はそれに驚いてビクリと体を震わせて身構える。
「…そうだな。帰るか」
慎悟は諦めたようにため息を吐くと、私の手を掴んで引っ張ってきた。その動作があまりにも自然だったので、私は連れて行かれるまま歩き出したのだが、目敏い奴はチクリとその事を指摘してきた。
「よくも僕の目の前でそんな事できるよね?」
「…お前が好きなのは淑やかで従順なエリカだろ? …この人は正反対の人だ」
横に並んで着いてきた上杉と歩きながらまた嫌味の応酬してるよ。…そしてさりげに私のこと貶してないか慎悟。あんた私のこと好きだって言ってたのに何貶しているんだよ。ガサツで悪かったな。
上杉は私がエリカちゃんではないと確信を持っている。慎悟の言葉の意味をすぐに理解したようだ。
「…それはそうだけど、そっちの彼女のことも気に入っているんだよ僕。…それに性格のことなら手に入れた後に矯正できるでしょう?」
「……は?」
にこやかに上杉の口から吐き出された発言に慎悟はぽかんとしていた。
だが、奴の狂気に耐性のある私にはすぐにヤバイことを言っていることがわかった。性格を矯正って…!
「…このサイコパスめ! やばいよ、慎悟逃げよう! やっぱりコイツ、私を生きた人形にしようとしてるよ!」
「お、おい笑さん」
エリカちゃんの身体に憑依した私が蝋人形のように物言わぬ人形になった未来を想像してしまい、全身を悪寒が走った。
乗り心地の悪かったフェリー。帰りのフェリーが憂鬱だったけど、今は一刻も早く乗り込みたくて仕方がなかった。
「早くフェリーに! 急いでコイツから離れよう!」
私は慎悟の手を引いて必死の形相で逃げようと訴えた。慎悟はちょっとびっくりしている様子である。
あんた頭いいんだから、今の発言でコイツがやばいやつだってわかるでしょ!? 油断してたら恐ろしいこと言ってくるんだよ、上杉の野郎は!! しかも冗談じゃなく、本気で言っているから尚更タチが悪いんだ!
慎悟は辺りを見渡すと、手を軽くあげてタクシーを停めた。車のドアを開けて何やら運転手と中国語でのやり取りをすると、私に後部座席へ乗るように促してきた。
「慎悟、タクシーよりフェリーの方が安いと思うんだけど」
「いいから。あんたフェリー酔いしかけてただろ。タクシーのほうが早いし、乗り心地も良い。酔わないはずだ」
グイグイと背中を押されたので、私は仕方なくタクシーに乗り込んだ。私が奥に詰めると、慎悟もタクシーに乗り込み、すぐさま車のドアを閉めた。
タクシーの運転手さんが後ろを振り返ってきて何かを問いかけて来ると、慎悟は短く返事をしていた。中国語わからないから何言ってるのか全然分からない。
走り始めたタクシーに揺られて、隣の車線を走っていた満員状態のバスを追い越した時に気付いた。上杉をあの場に置いたままにしていることを。
…でも一緒に来たわけじゃないし、あいつ1人でも別に大丈夫だよね?
今はそれよりも隣に座っている慎悟が握ってくる手が熱い。
「…慎悟」
「なに」
慎悟の名を呼ぶと、握られる力が増したのは気のせいだろうか。
「……ちゃんと夕日見たの? …折角淡水に来たのに、あんた全然見てなかった気がする」
自惚れじゃなければ、慎悟は私のことばかり見ていた気がする。思い出しちゃったけど、またキスしちゃったんだよ…私達は付き合ってすらいないのに。
これがはしたないという行動じゃないのか!? そこの所どうなんだ慎悟。
「ちゃんと見たよ…あいつさえいなければもっと良かったけど。あんたとなにかする時は人の耳がない所で計画立てるべきだな」
うちのクラスにスパイがいるってことだもんね。上杉の奴と誰が繋がっているんだろう…裏切り者はクラスの中にいる…なんて映画の煽り文句みたいだな。
いやそれよりもだ。
「あの、さ…さっきの事なんだけど」
「謝らないぞ。俺は遊びのつもりじゃないから」
真顔でそんな事を言われた私は言葉を失った。ただ顔が燃えるように熱い。薄暗い車内の中で、慎悟の瞳から目を逸らせなかった。
日が暮れてしまい、外が薄暗くなっているおかげで顔が赤くなっているのがバレなくてよかった。
だって慎悟にバレたら、絶対にからかわれるはずだもの。
■□■
あの後淡水駅までタクシーで向かい、MRTで移動した私達は夕飯を小籠包で済ませることにした。私が本店で食べたかったなとボヤいたら、門限まで時間があるから台湾の有名小籠包店に行こうと慎悟が言ってくれたのだ。
ここは注文表に必要なものだけを記入して注文する形式みたいだ。到着した小籠包に私のテンションは爆上がり。ちょっと頼みすぎたけど、ペロリといけちゃうよ! 日本で食べるよりも格段に安い!
──ガッシ!
「みぃーつぅーけぇーましたわよっ」
「あっつぅぅい!」
ウキウキと早速小籠包にありつこうとしたら背後から肩を力強く掴まれた。小籠包の中に入っているスープを吸おうとした瞬間の出来事だったので、唇に熱いスープが接触して私は叫んだ。慌てて冷たい茉莉花茶で口を冷やす。
私達が今いるのは某小籠包の本店。ホテルのある西門駅の数駅先の場所なのだが、小籠包の他にそう目立つような店はないというのに何故ここにいるのか。
「…櫻木。人が物を食べている時に脅かすのはよくない」
見咎めた慎悟が注意するとしょんぼりと落ち込む巻き毛だが、3秒もしない内に般若の形相で私を睨んできた。彼女の背後にはロリ巨乳と能面の姿があり、巻き毛同様、私を射殺すような目で睨めつけている。
「二階堂サァン…あなたに大切なお話があるのだけどぉ…とっとと食べてくださらないかしらぁ?」
「えぇ…私これ楽しみにしてたんだよ? ゆっくり食べさせてよ…帰国してからじゃダメなの?」
「あなたがご意見を言える立場とでも思っているのかしら?」
「慎悟様と2人きりでさぞかし楽しい時間を過ごせたのでしょうね?」
巻き毛とロリ巨乳、そして能面が私の真横・真後ろに立ちはだかって圧力を掛けてきた。楽しく小籠包を食べられる雰囲気ではない。「慎悟様との自由時間を楽しみにしていたのに」と加納ガールズたちの小言が耳に刺さってくる。
そうだよね、彼女たちの大好きな人と一緒に私は今日一日観光を楽しんできた。妬まれて当然だ。…だけどさ、前もって誘っておかなかった彼女たちにも落ち度があると思うのだけど…
「…おい、やめろ。俺が誰と観光に行こうと俺の勝手だろうが」
慎悟が鬱陶しそうに加納ガールズを突き放していた。
慎悟だって自分で一緒に回る人は決めたいよね。慕われているからって、彼女たちと一緒に回る義務があるわけでもなし。
だが、私を庇うその発言が気に入らなかった加納ガールズはギュッと眉間にシワを寄せて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「…慎悟様、お言葉ですが、この女はあなた様の優しさを利用しているだけに過ぎませんわ」
「まるで人格が入れ替わったかのように人が変わったので、観察してましたけど……令嬢として相応しくない振る舞いばかりをなさるこの方は慎悟様の格を落としかねませんわ。どうかお考え直しくださいませ」
「二階堂家の娘としては勿論のことですが…令嬢として失格ですわね。慎悟様に恥をかかせる前に、身を引くべきですわよ」
それを言われた私はギクリとした。私がその言葉にギクリとしたのは、私が別人だとバレそうになったからか、それとも図星を突かれたからか…
私はエリカちゃんじゃないもの。そもそも令嬢ではないもの。1年やそこらで令嬢らしくなるわけがない。私だって最近やっと令嬢教育を学び始めたのだからボロばかりで当然だ。
生粋のお坊ちゃんの慎悟の隣に立っている姿は不釣り合いもいいところであろう。見た目は美少女でも中身が私じゃあね…
…私は、一体どうしたいのだろうか。私は令嬢としての振る舞いをいまいちよくわかっていない。ここ最近はエリカちゃんとして生きようと考えてばかりで、松戸笑としての軸がブレているのは否めない。
だってわからないんだもん。なにが正解なのか。どうしたら私はエリカちゃんに報うことができるのか。なにもわからない。
慎悟にも宣言したことだけど、これからエリカちゃんとして生きるとして、エリカちゃんの体で色恋をすることは考えていない。ましてや秘密を共有する仲間のように思っている慎悟と特別な仲になることを想像したことがない。
…私がしてきた事は、私に好意を持ってくれている慎悟の事を利用しているって事なのであろうか。友達として一緒に過ごすこともよくない事なのだろうか。
それは最低で、卑怯なことなのだろうか。
「…いい加減にしろ。それを決めるのは俺だ。お前たちじゃない」
私の思考を止めたのは慎悟の一言だ。
加納ガールズは異論があるようで更になにかを言い募ろうとしたが、慎悟は彼女たちを睨みつけ、聞く耳持たない態度を示したので彼女たちは諦めていた。
だけど彼女たちが最後まで私を責め立てるような目を向けていたのだけは覚えている。
楽しみにしていた小籠包は冷めてしまって…食べたけどもあまり味を覚えていない。
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