お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

理屈でなく本能。輝いて見えるのもきっとそのせい。

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「笑さん」

 ビクーッ!
 その声に私は過剰反応をしてしまった。
 なんてことはない。朝の登校時に慎悟から声を掛けられただけである。私は深呼吸をして心を落ち着かせる。
 大丈夫、大丈夫だ落ち着けと自分に言い聞かせると、平静を装って元気よく朝の挨拶をした。

「お、おはよう…今日もいい天気だね!」
「…曇っているけど…」

 慎悟は空を見上げて困惑していた。そうね、お昼から雨降る予報だったものね。生憎の曇り空である。…いかん、今ので不自然に思われてしまったかもしれない。
 自分の気持ちを自覚してしまったら慎悟が眩しく見えてきて直視できない。
 
「…昨日のことだが…」
「昨日はキーマカレー食べたよ! 慎悟が連れて行ってくれたお店で食べたんだ!」
「…それで?」

 それで? と聞かれても……あの後のことを本人に言えるわけもなく。私は視線をさまよわせた。

「あのー…近くの公園で…カモ見て過ごして…解散したかな」

 カモみたいな鳥はいたけど、近くにいたわけじゃないからもしかしたら違う鳥かもしれない。

「あんた……なにか隠していないか?」
「とんでもない。何もなかった。西園寺さんは紳士だからね」

 慎悟は疑惑に満ちた目を向けてきた。
 失礼な。隠すだなんて人聞きの悪いな…。ただ西園寺さんから告白されて、本当の想いを自覚しただけ……それを思い出すとカッと顔が熱くなってきた。その顔を見た慎悟は目を丸くしていた。

「…笑さん?」 
「遅刻するからもう行こう!」

 挙動不審な私が怪しく見えたのだろう。慎悟が疑いの眼差しを向けてくるが、私はそれに気づかないふりをして足早に教室に向かった。 
 とりあえず私には冷却時間が必要だ。一旦落ち着こう、冷静になろうと深呼吸を繰り返した。

「おい、まだ話は」

 私の返事に納得できない慎悟が、通せんぼして進路を妨害してきた。私は今の今まで直視するのを避けてきたのだが、その時は正面から慎悟の顔を見てしまった。
 毎日見てきたはずの顔なのに、自覚した途端ときめく胸。…私は面食いじゃないのに。これは恋という名のマジックか。キラキラし過ぎだよあんたは。目が潰れるわ。
 慎悟の顔立ちは相変わらずきれいだが、成長で頬の丸みがなくなってシャープになったし、表情も男っぽくなった。前よりも背が伸びて肩も広くなった。今まで年下の男の子だと思ってきたけど、慎悟は…もう子どもではないな。

 慎悟の顔を直視すると途端に不整脈のように心臓が落ち着かなくなってしまった私は耐えきれずにその場から逃走した。慎悟がギョッとした顔をしていたが、私はそれどころでは無い。
 恥ずかしいんだよ! 
 落ち着けと言っているのに何故暴れるかなこの心臓は!

「あの、二階堂様!」
「…丸山さん?」

 廊下を駆け抜ける私を慌てて呼び止める声がした。急ブレーキをかけた私が振り返ると、そこには丸山さんの姿があった。朝から一体どうしたのだろうか。

「あの、お昼休みに少々お時間を頂けませんか?」
「え……」
「お話ししたいことがございますの」

 丸山さんの表情は真剣だった。
 話したいことと言うのは…縁談のことだろうか? 慎悟は丸山家からの縁談話を断ったと言っていた。そのことでなにか言われるのか…?

「宜しいですよね?」
「うん…」

 この流れでお断りができるわけでもなく、私は曖昧に頷いた。お昼休み食後に中庭で落ち合う約束をして別れたのだが…十中八九、慎悟関連だよね…
 気持ちを自覚した今ならわかる。丸山さんは今までの私の行動にさぞかしイラついた事であろう。自分でも思い返せば、中途半端だったなと思うことがある。
 この身体はエリカちゃんの身体で、私は憑依した人間なんだという理由は、何も知らない丸山さんには通用しない。好きな人と親しげにしている女。しかし、好きな人の想いには応えずにひょうひょうとしている、いけ好かない女だと思われていたこと間違いなした。

 私はこれからどんな顔して、どんな風に慎悟と接していけばいいのだろうか。自覚しないままのほうが楽だったかもしれないのに… 
 ていうかいつから私は慎悟のことを気になっていたんだろう。そもそも、私はどうしたらいいのであろうか。慎悟と、どうなりたいのであろうか…



■□■


「なぁ」
「ちょっとお花摘みに行ってくる!」

「おい」
「牛乳買ってくるから!」

 自然に避けていたつもりなのだが、慎悟はどんどん機嫌が悪くなっている気がする。おかしいぞ、私の断り文句は完璧なはずなのに…

「エリカ…あんた今日一日なにしてるの? 加納君が可哀相じゃない」
「…別に…」

 ぴかりんの指摘に私はそっけない返事をした。だって本当のことを言ったら絶対なにかしてくるもん。外部から圧力かけられるのは嫌だ。

「悪いことをしたのであれば正直に謝りましょう? 私が一緒に謝りに行ってあげますから」
「幹さん、私小さい子どもじゃないからね? …あ、そろそろ行かなきゃ」
「どちらへ?」
「ちょっと中庭に。先に教室に戻ってて」

 阿南さんからの問いに簡潔に答えると、私は食事を終えたトレイを返却口に戻して食堂を後にした。
 あー…なに言われるんだろう…怖いなぁ。

 中庭の噴水前にはすでに丸山さんが到着していた。この噴水を見ると、この間の事件のことを思い出すんだけど…まぁいいや。
 噴水傍のベンチに座って丸山さんは待っていた。その他に人はいなかった。

「お待たせ」
「いえ、私も来たばかりですので」

 丸山さんは私の姿を確認すると、ゆっくりと立ち上がった。私をまっすぐ見つめ、単刀直入に話を切り出してきた。

「…先日、私と慎悟様の縁談が持ち上がったいうお話をしたかと思いますけど…先方から断られてしまいましたわ」
「う…うん…」
「…その様子じゃ知っていらしたのですか? …自分は想われているからと余裕でいらっしゃるのですか?」

 丸山さんは涙声になった。もしかしたらずっとずっと我慢していたから、今になってこみ上げてきたのかもしれない。
 私には返す言葉もない。ナチュラルに彼女のことを傷つけてきたのだろう。

「…ごめん」
「やめてください! 余計に惨めになるではありませんか! …何故、あなたは思わせぶりな態度を取っておきながら、慎悟様のお気持ちにお応えになりませんの? あなたのしていることは残酷なことだと思いませんか?」
「……そうだね…」

 昨日の今日だからダメージがでかすぎる。
 彼氏もいないまま死んで、エリカちゃんとして蘇った後は忙しかったのでそれどころではなかったし…今までがバレー中心だった私はそういう色恋に疎い自覚はある。
 私は彼と気楽な友達のままでいたかった。そうすれば、あんなに苦しい失恋の感情を味わうこともない。友達の距離感が心地よかったから。

 だけど、ここ最近の私は……きっと無意識の内に慎悟に惹かれていた。だって手を繋いでも、抱きしめられても、キスをされても…私は拒否することが出来なかった。
 慎悟のことを想うと胸の奥がキュウと苦しくなる。それは失恋したときとは違う、幸せな苦しみ。心臓がバクバク動くのも、不整脈とは違う苦しさだ。
 私は見て見ぬ振りをしてきたんだ。エリカちゃんの身体で色恋をすることは出来ないと思っていたのは勿論ある。だけど理由は他にもあるんだ。
 慎悟の想いに応えてしまったら、私は弱い人間になってしまいそうで怖い。自分が1人で立っていたところに、彼が現れると私は彼に縋ってしまう事間違いない。慎悟の負担になりたくないし、弱い自分も嫌なのだ。
 誰かに依存して、弱い人間になってしまったら私という軸が本格的に崩壊してしまいそうで怖い。 

 なのに慎悟のやつはお構いなしに正面からぶつかってくる。本人はもう後悔したくないからと言っていた…
 エリカちゃんの姿をした私を、松戸笑と知って、私自身を見て、私に想いを真っ直ぐぶつけてくる慎悟は。
 …慎悟はいつだって私を笑と呼んでくれる。私にとって特別な存在なんだ。

 …あぁ私はバカだな。
 私こそ、またあの時のような後悔をするところだったのか。

「…二階堂様…?」

 私の様子を訝しんだ丸山さんに呼ばれた。ここまで言わせておいて自分はだんまりというのは彼女に申し訳ない。

「…私、昨日自覚したんだ。人に言われてようやく、自分が慎悟のこと好きなんだって気づいた」
「…えっ?」

 丸山さんは先程のピリピリムードから一変、唖然とした顔をしていた。
 ごめん引くよね。でも本当なんだ。

「私は、幸せにはなってはいけないとずっと思っていた。だから多分慎悟への想いを無意識に抑え込んでいたんだと思う…だけど本当は自分が傷つきたくなかっただけなんだ」

 私は頬を伝う涙をごしごし拭いながら吐露した。丸山さんは神妙な顔をして私を見つめると、その理由を尋ねてきた。

「…それは、事件の被害者への遠慮ですか? それとも、宝生様との婚約破棄ですか?」
「……前者かな」

 宝生氏のことは全く考えてないよ。大丈夫。
 …エリカちゃんのことを思い浮かべると私は後悔ばかりしてしまう。罪悪感で前に進めなくなるのだ。
 きっと彼女は恨んだりはしないというのはわかっているんだけど、残された側はそうは行かない。

「今でも、どんな選択をしたら良かったのかがわからなくなることがある。1人で抱え込んで苦しくて仕方がない時に、慎悟が差し出す手を取ってしまったら、私は弱い人間になってしまいそうで怖い」

 なによりも、彼の重荷になってしまうことがなによりも嫌なのだ。だからわからない。なにが彼のためになるのか。

「私は慎悟のことが好きだ。だけど、どうしたらいいのかがやっぱりわからない」
「あ」

 私は真面目な話をしているのに、丸山さんが呆けた顔をしている。
 今の話に呆れたとでも言うのか。そりゃ同じ状況じゃないとわからんだろうけど、そんな顔せんでも…
 だけどよく見てみると、丸山さんは私じゃなくて私の後方を見ている。なんだ? 私の後ろに背後霊でも…

 彼女の視線を追うようにして振り返った私は、15秒位固まった。
 なぜなら。

「慎悟様…」

 今正に話題になっていた、慎悟がそこにいたからである。 
 私が自覚したのは昨日だ。整理できたのも今日だ。そんな私がその本人を前にして…

「ぎゃあー! なんでここにいるんだよーっ!」
「あっ二階堂様!?」

 発狂するのは致し方無いと思うんだ! 
 やっぱり慎悟の顔を見ると恥ずかしくて、私はその場から走って逃げた。このまま授業開始まで女子バレー部の部室で立て籠もりしよう! 恥ずかしくて死ぬ!
 なんで中庭にいるんだよアイツ!

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