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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
箱入り息子の慎悟を大切にすると誓います!
しおりを挟む「先日から慎悟さんとお付き合いさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
億ションなるものに私は初めて訪れた。最上階のペントハウス。エレベーターは専用。それだけで十分セレブだなって感じる。
窓から眺める景色はめっちゃ見晴らしがいい。だが、高層階は風が強いため窓を開けられないそうだ。その上日差しが厳しいため、日が照っている時間帯はカーテンを閉めているそうだ。勿体無いな。
ここが加納家かと色々観察してみたかったけど、慎悟のご両親の前なので、私はお澄まし5割増しでご挨拶した。今日の私は清楚可憐に見える洋服とメイクで、見た目だけは完璧なお嬢様だ。全て二階堂ママプロデュースである。
「慎悟、エリカちゃんは色々複雑な事情があるから、事を急いてはいけないよ。二階堂のご当主様にお話を持ちかけているから、お許しをいただけるまでは…わかっているね?」
「わかっていますよ」
「大丈夫ですよ! 清く正しい交際をしようってこの間話したばかりですもん! ねっ!」
慎悟に同意を求めたら、相手は複雑そうな顔をしていた。ここは私に合わせて頷きなさいよ。
お付き合いを始めたということでお互いの親に(ここでは加納家と二階堂家の親に)挨拶をしに行ったのだが、加納父が珍しくシリアスなことを言っていた。
私はてっきり、加納父が「婚約なんてまだ早い。可愛い慎悟はあげません」と駄々をこねると思っていたのだけど、そうじゃなかった。
それに私だって馬鹿じゃない。セレブとして清く正しい交際をするのは当然のことである。一時の衝動に任せて、一線を越えたりしない。
「決して息子さんを傷物にはさせませんのでご安心を」
「…エリカさん、この場合はあなたのことを心配しているのよ?」
慎悟のお母さんは心配そうにこちらを見てきたが、そんな心配はいらない。
「私にはもう色々ありすぎて、決してきれいな肩書ではないので…そこまでお気になさらずとも」
婚約破棄ってある意味スキャンダルなんでしょ? 私がされたことではないけど、ここでは二階堂エリカと加納慎悟の婚約の話が持ち上がったことになる。婚約破棄をされたということでちょっと不名誉な傷がある立場としては、まっさら無傷な慎悟の名前に傷がつかないようにしなくては。
それにエリカちゃんは殺人事件の関係者でもある。これ以上マイナスな意味で名前が広がるわけには行かない。
「あれは宝生の息子が勝手にやったことだから、エリカちゃんは気にしなくてもいいんだよ?」
「大丈夫です。何も気にしていません」
エリカちゃんとして、死ぬまで宝生氏のことで色々言われるのかな。否定するのが面倒になってきたぞ。
だが、誤解されるのは嫌なので半笑いで否定しておいた。
「…あの小さかった慎悟に彼女…彼女が…」
おじさんが慎悟をじっと見て、しみじみとつぶやいていた。いやぁ本当にお父さんに溺愛されているよね、慎悟ってば。今の発言で瑞沢嬢事件時のおじさんの頼もしさがどこかへと吹っ飛んだ気がする。
その溺愛は慎悟にとっては日常茶飯事らしいので、慎悟は冷めた表情でドライに返していた。
「…俺をいくつだと思っているんですか」
「うんうん、いつの間にかお父さんの身長を追い越しちゃったもんね…息子の成長が嬉しいけど寂しいだけだよ…。あ、エリカちゃん、慎悟の幼い頃の写真見る?」
親ばかが始まったなと生温かく見守っていると、おじさんが慎悟の幼い頃の写真を見せてくれるという。
「えっ見たいです! 小さい頃からさぞかし可愛かったんでしょうね!」
「おい…」
「そうなんだよ! 待ってて、確かDVDに焼いていたから…」
「止めてください父さん」
秘蔵映像の記録されたディスクを探しに行ったおじさんを阻止しようとする慎悟を私が阻止して、慎悟の幼い頃の映像鑑賞会が開催された。
今見ている写真の慎悟は2歳くらいであろうか。ふくふくほっぺた、もっちりとしたあんよがとっても可愛い。
「わーかわいい」
「でしょー」
「なんで…」
「…諦めなさい慎悟」
慎悟は両手で顔を隠して項垂れているところをおばさんに諭されていた。恥ずかしがらなくても可愛いから、胸を張っていたらいいのに。
「で、これが年長さんの頃。父の日に絵を送ってくれた時に一緒に撮影した写真。この頃は反抗期がひどくてねぇ、一緒に眠ってくれなくなったんだ…寂しかったなぁ」
写真の中で、デレデレのおじさんがミニ慎悟をハグしている姿が映っているが、おじさんは無表情のミニ慎悟に張り手されていた。この時から慎悟はビターなお子様だったのか…
「…まぁ…それも成長ですよね」
「これは3歳のときだね。夏に皆で別荘に行ったんだけど、従兄の子にいたずらされて泣いちゃった時の写真だね。あ、ちゃんとその従兄の子には躾したから大丈夫だよ」
「ほぉ…これ写真撮ってもいいですか?」
泣いている慎悟とか貴重じゃないか。スマホで撮影してもいいかとおじさんに尋ねていたのだけど、その前に慎悟が私のスマホを没収してしまった。何だよケチ。
おじさんが事細かに、慎悟が何歳の時、どういう状況で撮影したかを説明してくれた。…よく撮影時期を記憶しているな。どんだけ息子のこと好きなんだろうこの人。
まぁ…愛されているということはいいことだよね、うん。
「…そういえば常磐の泰弘君はもうすぐ大学に入学するのだったかな? 推薦入学だって義姉さんが自慢していたよね?」
「…あの人はいつも競ってくるから…泰弘も姉さんに似てしまって…」
思い出したようにおじさんが誰かの話をしていた。それに反応したのは渋い顔をしたおばさんだ。
…トキワ? ヤスヒロ? …誰だ? 英学院の生徒かな? 慎悟の腕をつついて、目で誰? と尋ねてみたら小さな声で「さっき映っていた従兄のこと」とぼやいていた。
その時の慎悟はとても面倒くさそうな表情をしていた。…その従兄と慎悟は、エリカちゃんの従妹の美宇嬢と私のような間柄なのかな? 従兄で名字が違うから、母方の従兄…おばさんの兄弟の子供の事なのかな。
松戸家は親戚同士仲が良かったので、セレブの世界のギスギス感に私は未だに馴染めずにいたりする。口を挟めずに私が沈黙していると、隣にいた慎悟が私の手を取った。
「…行こう」
「え? どこへ?」
まだ写真を見終わってないですけど? そう訴えたけども、慎悟は私を強引に引っ張ってどこかへと連れ去って行こうとする。
「まだ写真を見終えていないよ!」
「もういいよ」
撮影会が行われていたリビングのソファに座っているおじさんが「あっまだ慎悟の秘蔵の写真が残っているのに~」と残念そうな声を出していた。
私は写真を見たいんだよ! 頑張って踏ん張ってみたけど、どんどんリビングから引き離されていったのであった。
■□■
「わぁ、ここが慎悟のお部屋ですかぁ…広いね。わぁ…難しそうな本が沢山…」
上品で高そうな家具や調度品が揃った部屋は、慎悟の性格を表しているようにシンプルに統一されていた。全然散らかっていない。人が来るからきれいに片付けた可能性もあるけれど…そんでもって本棚にはたくさん本が置かれていた。わー難しそう。私には絶対に読めないなぁ。
私が加納家に訪問したと知ったら、加納ガールズはきっと羨ましがるだろうなぁ。いや、妬まれるのかな…
「写真もっと見たかったなぁ」
「見なくていい」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「俺の何かが確実に減る」
まったくもーわがままだなぁ。仕方ない。まだまだチャンスはある。今日のところは勘弁しておいてやろう。
いつまでも立っているのは何なので、座り心地の良さそうなベッドに腰掛けた。わぁフッカフカ。エリカちゃんのベッドも寝心地いいけど、このベッドもいい夢見られそうだな。
「…そこに座るなよ」
「えー? 布団がぺしゃんこになるのが嫌なの?」
だってこの部屋、勉強机の椅子しかないじゃん。床に座っていいの? 床に座って、はしたないとか指摘してこない?
「いいじゃん、細かいことはいいんだよ。慎悟も座りなって」
ポスポスと隣を叩いて座るように促したら、慎悟はため息を吐きつつ、横に座っていた。
「いやー緊張したなぁ。慎悟は二階堂パパママに挨拶する時落ち着き払っていたよね」
先日の日曜日に挨拶しに慎悟が二階堂家に訪れたけども、慎悟は普段どおり落ち着き払っていた。私なんてさっき挨拶した時めっちゃ声が上擦っていたのに。下手したらバレーの試合の時位、緊張したかも。
「そうでもないよ。婚約破棄で宝生家とゴタゴタがあったこともあるし、二階堂のおじさんおばさんも慎重にはなってるから、もしかしたらって不安はあった」
まぁ…そうだよね。しかも本物の娘はおらずに憑依した人間が、って話だもの。交際に賛成してくれているものの、やはり慎重にならざるを得ないよね。
私は首を斜めに傾けて隣にいる慎悟を窺い見た。相手は私の顔を見ていたので、お互いの目がぱっちり合った。
…なんだか恥ずかしくて、私はそっと目をそらした。
「…それよりさぁ…本当に私でいいの?」
「あんたがいいって言っているだろ」
「なんだか不安なんだよ」
こんな私を選んでくれたんだ。…あんたのために頑張りたいけど、やっぱり不安になっちゃうんだ。
多分、慎悟のように憑依した私のことを受け入れてくれる人は滅多にいないと思うんだ。私の気持ちに寄り添ってくれるような優しい人は…そういないと思う。私はきっと慎悟の手を離せない。
…私は、自分が思っている以上に慎悟のことが好きみたいだ。だって今すごく心臓がバクバクしてるもん。
「見た目こそ、美少女なエリカちゃんだけど、中身はただのバレー馬鹿だし?」
「今更だよ」
「ちょっと、ここは可愛い彼女の長所を褒め称えるところ!」
慎悟はどこまでも慎悟である。ちょっとくらい褒めたらどうなんだ! 私だってたまには褒められたいの!
「…無駄に男前なところとか?」
「それ長所なの?」
慎悟は私の男らしいところが好きなのか。それはそれで複雑なのだが。
「鈍感なくせに、態度には気持ちが現れているところとか」
「…具体的には?」
「…例えば」
スッとこちらへ手が伸びてきて頬を撫でてきた。自然な動作で唇を奪われてしまう。軽い、触れるだけのキスだけど、私はそれだけで胸が一杯になってしまった。
ゆっくりと唇が離れて行くと、寂しい気持ちになってしまう。もうちょっとキスしていたいって…
「…いつもこんな風に物欲しそうな顔をしていた」
「してないよ!?」
キスされた後の顔なんて確認したことないよ! 人をいやらしい女みたいな言い方しないでもらおうか!
「素直じゃないところも可愛い」
「私はいつだって素直に生きているよ!」
かわ、可愛いって! 慎悟の口からそういう単語が出てくるとムズムズしちゃうじゃないか!
私一人が慌てふためいているようでとても恥ずかしい。落ち着こうとしているけれど、この身体の心臓は暴れる始末で全く落ち着けない。そんな私を面白そうに眺めていた慎悟によって体を抱き寄せられて、そして…
『慎悟? お茶とお菓子を持ってきたけれど、開けてもいいかしら』
コツコツ、と軽いノックの音が聞こえてきた。おばさんの声が聞こえた瞬間、私は慎悟を思いっきり突き飛ばした。強いスパイクを打つべく普段鍛えている腕力によって、慎悟はボスッと音を立ててベッドに倒れ込んだ。
いかん! 私達は清く正しい交際をしないといけないの! 危うく雰囲気に流されるところだったわ!
「今開けまーす!」
私はベッドから立ち上がると、慌ててドアを開けに行ったのであった。
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