お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

そう簡単にはレギュラーの座は譲らない。悔しかったら強くなってみなさい!

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 後輩の神崎さんからのSOSを受け、私は現場に急行した。バレー部が使用している体育館に駆け込むと、そこにはすでに部員たちが招集されていた。
 突然の賭けのような試合に戸惑いを見せる部員もいたが、やる気に満ちている部員たちも多数だ。お互いに不満が募りに募っているのであろう。

「ぴかりん! 阿南さん!」
「…エリカ…この生意気な後輩たちを黙らせるチャンスだよ…さぁ、徹底的に叩き潰すよ…」
「…お着替えしに参りましょうね、二階堂様…」

 ぴかりんと阿南さんの2人は既に臨戦態勢にあった。いつでも戦えると言わんばかりに燃え上がっている。…私にはそんな彼女達を抑えることなぞ出来なかった…
 今回は1年VS3年の戦いだ。2年生のマネージャーに審判を務めてもらうことになった。
 3年生で編成された即席チームは1年を負かせることで頭いっぱいになっており、1年の反抗勢力+αで編成されたチームはどうやって相手を叩き潰すかを話し合っていた。
 …おかしい、バレーはこんなものじゃない。正々堂々と、スポーツマンシップに乗っ取って楽しくプレイするものなのに…

 私の心だけが置いてけぼりとなり、促されるまま練習着に着替えさせられ、コートに立つこととなったのだ。
 置いてけぼりになっているのは向こうのチームの神崎さんもだ。スパイカー志望の彼女は特待生。中学で優秀な成績を収めた上に、特待生試験に合格した期待の新人である。彼女も私と同じく戸惑っている様子が窺えた。
 こんな形で試合なんてしたくなかったなぁ…でも1年生の彼女達が心改めてくれないのなら、こういう形で決着をつけるしか出来ないのかも。
 彼女達のその目に私が今まで努力してきた成果を見せつけようではないか。これでも全国の強豪校と戦ってきたんだよ。目にものを見せてやる。
 私は深呼吸を繰り返し、目の前の試合に集中した。

 現在、予選大会のレギュラー確定しているメンバーの指示塔セッターは2年生の子なのだが、今回はぴかりんがセッター担当という形で決まった。その他のメンバーも大会で活躍している部員ばかりだ。

「エリカ、いざとなったらアレ使うよ!」
「…相手の動き見てからね」

 アレね。ぴかりんとのコンビは去年のクラスマッチ以来だけど…タイミング合うかな? ぴかりんは基本的に後衛だもんなぁ。
 私に向けて鼻息荒く「勝つよ!」と圧力をかけてくるぴかりん。ぴかりんが闘志に燃えている。…ぴかりん大丈夫かな?

「3年生の皆様、頑張ってくださいな!」
「…阿南さーん…」

 阿南さんは足を引っ張りたくないからと出場を辞退している。…この言い出しっぺめ。
 阿南さんもバレーが好きだけど、大会に出られるほどの実力はないため、いつも応援側だ。部活だけでも楽しいみたいだからそれでいいらしい。

 …ちなみに新1年生には基本練習しかさせていない。あっちのスパイカーの技量がどの程度かわからないから、ちょっと様子見しないと…
 向こうのチームを見ていると、佐々木さんを中心とした反抗勢力は自信満々そうにしていた。その中で神崎さんだけが困惑している様子だ。
 勝負内容は問題ありだけども、私は注目の新人である神崎さんの本気のスパイクがみたいな。動揺する気持ちはわかるが、なんとか頑張ってほしい。

「それでは、試合を開始いたします」

 審判を任せたマネージャーが試合開始を告げる。笛の音が鳴ると、サーブ権をゲットした1年生の佐々木さんがジャンプサーブを仕掛けてきた。

 ──ズバン!
 中学でもバレーをしていたと言うから当然のことながら手慣れている。
 だが、こちらも全国大会に出場経験のあるメンバーが揃っているのだ。簡単には奪わせないぞ。後衛のリベロが軽々とボールを拾うと、ぴかりんがトスを上げた。私はそのボールを追ってクイック攻撃を仕掛ける。
 小柄な私をナメて油断をしていたのか、1年生は攻撃ボールを拾うこと無く、それをむざむざと見過ごしていた。

「ちょっと! なんで拾わないのよ!?」
「ご、ごめん…」

 ボールを拾わなかったことを叱責する佐々木さんに、後衛の子がオドオド謝罪していた。
 …ふと思ったんだけど、私らと違って入学したばかりの彼女達ってまだまだ全然チームワークないよね。私らのほうが年上だし…この勝負、こっちのほうが有利で、この勝負ふっかけたのは流石に大人げないんじゃないかな?

「本気でかかってきな! あんた達そんなんであたし達に勝てると思ってるの!?」
 
 頭に血が上っているぴかりんはその事は全く頭にないらしい。
 …うん、まぁでもそうなんだよね。レギュラーメンバーよりも強いなら話は別だけど、そうじゃないのに勝手に見下さられるのはこっちとしても腹立たしい。
 こちらが得点をとったので、サーブ権が3年側に渡った。私はボールをドリブルして手に馴染ませると、開始の合図とともに駆け出す。スパイクサーブを放つと、あちら側の後衛の1年がそれを拾い上げた。トスされたそのボールに向かって、スパイカーの神崎さんが狙い定めてスパイクを打つ。

 …あれ?
 彼女のスパイクの撃ち方に私は既視感を覚えた。…どっかで見たかな? 

 期待の新人ということで、粗さは残るがいいスパイクだ。
 だけどうちのリベロをナメてもらっては困る。そのボールを難なく拾い、それを受け取ったセッターのぴかりんがトスを上げたので、別のスパイカーがアタックを仕掛けていた。そのスパイクボールを相手チームの後衛が拾って、それを繋げていったが…やっぱりチームワークがなぁ。息が合っていない。

 トスされたボールを佐々木さんがスパイクして来たが、そのボールは神崎さんほどの威力はない。神崎さんと身長も同じくらいで、経験年数も同じ位…。
 神崎さんなら場合によってはレギュラー入り出来るだろうけど、佐々木さんはまだ実力が追いついていないかな…だって他にもスパイカー希望の生徒はいるもの。
 佐々木さんもスパイカー志望で…筋は悪くない。改善の余地がある。多分力み過ぎなんだ。それに踏み込む瞬間に足に力を入れたらもっと…
 
「佐々木さん、助走時は力抜いて。打つ前から力入れすぎているから、スパイクに威力が出ないんだよ」
「…は?」
「ちょっとエリカ、なに敵に塩を送っているのよ」

 私がネットの向こうから佐々木さんにアドバイスをすると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。隣にいたぴかりんに注意されたけど、今のうちじゃないと伝えるべき改善点をド忘れちゃうかもしれない。

「だって、せっかく1年の実力を確認できるチャンスなんだよ? 100%の実力を見てみたいじゃない。佐々木さん、アタックする前の踏み込みをもっと強くして。せっかく身長があるんだから、高い打点からのスパイクを活用しなきゃ」
 
 今はいがみ合っているけど、私達は同じ学校の部活仲間なのだ。そりゃあ、正直に言ってしまえばこの後輩は生意気すぎて腹立つけども、バレーの話なら話は別。
 戦力になる部員の力を伸ばすのも先輩として当然のことであろう。

「…余計なお世話です!」
「まぁ試してみてね」

 彼女は反抗期も合わさってこんなに反発してくるのかなぁ。
 その後も試合は続行されたが、結局3年生の圧勝という形で終わった。思ったよりも実力差があったので、奥の手使うのは止めておいた。だって試合途中既に1年が戦意喪失していたのだもの……1年の心折るために対戦試合してるんじゃないからね。反抗的な態度を改めさせる為にしているから…
 
 試合終了し、お互い挨拶を交わす。最初の勢いはどこへやら。1年達はずぅぅんと意気消沈していた。
 試合前の自信はどこに消え去ったんだ? だが彼女らも上級生をナメ過ぎだからこれで反省してほしいな。
 そんな中で佐々木さんが目に見えてイライラしているみたいだが、なんだかなぁ。私がここで声を掛けてもキレてしまいそうだし、ぴかりんが声を掛けても反発しそうだ。
 そんな中で、1年の出場メンバーだった神崎さんが動いた。

「…佐々木さん、もういいでしょ? 先輩方と私達1年の実力の差を…二階堂先輩がズルしてレギュラーになったんじゃないってわかったでしょ?」
「…うるさいな…! …なによ、特待生試験に受かったからって調子に乗って…!」

 宥めてきた神崎さんに対して、佐々木さんは八つ当たりのような発言をしていた。…佐々木さんも特待生試験受けたかったのかな? スポーツ特待生受験に関しては中学の部活動での活躍が証明されなければならない。学校側の推薦がなければ受けられないのだ。それは誠心高校の推薦試験でも同じだった。
 一般枠での入学をした佐々木さんは神崎さんに劣等感を抱いているのだろうか? 何かがきっかけになってやさぐれてしまったのかな?

「…別に調子に乗ってないよ…」

 神崎さんは戸惑った様子である。急に噛みつかれて驚いたのであろう。

「先輩の前だからっていい子ちゃんぶってんじゃないよ! あんただって同じこと思っているでしょ!? …セレブ生が活躍するのが面白くないって。私達はセレブ生達よりも明らかに努力しているのに…」

 …もしかして彼女達一般生は、この学校に入学して早速セレブ生の選民主義の洗礼を受けたのだろうか。…それなら、同じセレブ生の私に尚更反発しちゃうか…
 セレブ生の中にはまともな人もいるんだけど、一部の高慢なセレブ生が悪目立ちしてるんだよね…これは学年問わず、長年の問題だ。今に始まったことではない。私だって通い始めた時、内心でこの学校のセレブ生たちに反発していたもの。

「…佐々木さん、ちょっといいかな」

 私が声をかけると、佐々木さんがじろりとこちらに視線を向けてきた。彼女が不機嫌なのはわかっていたが、声を掛けずにはいられなかった。

「悔しかったら、私からスパイカーの座を奪うくらい上手になりなさい」
「……なんですか偉そうに」

 鬱陶しいと言った態度を隠さずに佐々木さんは眉をしかめていた。悔しい、負けたくないという闘争心は大事だ。しかし彼女は方向を誤っている。

「だけど、今のあんたじゃ全然駄目。間違いなく神崎さんのほうが先にレギュラー入りするね…ていうか他にもっと上手い子がいるかな?」

 佐々木さんは私をギッと睨みつけてきた。
 …今の彼女は、私の元同級生の江頭さんに少し似ている。劣等感から彼女は当初の目的を見失いそうになっている。このままでは、佐々木さんも成長できずに燻り続けてしまう恐れがある。
 
「…あんたはどうなりたいの? どうしてこの高校に入ったの?」
「…は?」
「…こうして人を妬むだけじゃどうにもならないんだよ? その劣等感を闘志に代えて、レギュラーを奪い取るくらい強くなってみなさいよ」

 佐々木さんは私を睨みつけている。そんな事言われなくても、と目で訴えかけているようだ。
 いいね、その負けん気。私は嫌いじゃない。

「あんたの言う通り、私はバレー選手としては致命的に背が低い。どんなに頑張っても、スパイカーとしてプロにはなれない」

 自分でもわかっているけど、口に出すと悲しくなってくるよ…いやうん、今生きている事が幸せなのだ。…来世に期待しているからいいの…閻魔大王が約束してくれたし?

「それにひきかえ、佐々木さんは体格に恵まれている。私はどんなに頑張っても背が伸びなかった。あんたはこの時点で私に勝っているんだ。それに伸びしろがある。高校で飛躍的に成長する選手はたくさんいるからね」

 そこからは彼女次第だ。
 人を妬み、見下し、腐っていくか。 
 ここで奮起して、バレーに没頭するか。

「あんた、バレーが好きだからバレー部に入ったんでしょ? 活躍したいからこの高校を選んだんでしょうが。冷静になって考えてごらん」

 人を妬むために入学したんじゃないでしょう? せっかくの環境だ。バレーが強い高校に入れたのにもったいないじゃないか。入学したばかりなのに、腐ってしまって本当にもったいない。
 佐々木さんはさっきまで不機嫌そうに私を睨みつけていたというのに、今では困惑顔で見下ろしている。私の話がわかりにくかったのであろうか?

「英学院の女子バレー部はこれからどんどん強くなっていくよ。次の世代を担うっていう自覚を持ちなさい」

 バシバシと佐々木さんの肩を叩いて激励しておく。
 私は最終学年なので、大会出場は来年1月の春高大会までである。その後は大学のバレー部に入るけど、高等部とは別々だから一緒に活動することはなくなる。
 1年の付き合いだ。楽しく、充実した部活動をしようじゃないか!

「さぁて! それじゃ練習再開しよう。1年生諸君はグラウンド5周してくるように!」

 なにはともあれ一件落着だ。気を取り直して、私は今日のノルマを1年生に課した。

『えぇっ!?』
「それと試合に負けたんだから約束通り、先輩たちに舐めた態度は取らないようにね? あまりにも酷いと、もっときつい練習メニューさせるからね」

 私がランニングを命じると。1年生たちは顎がはずれそうなくらい口を大きく開けていたが、練習メニューは別物だ。先程まで試合をしていたとかは関係ない。
 嫌そうな反応をしている1年生たちを体育館から送り出すと、私達もいつもの練習メニューに移ったのであった。

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