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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
何故私。可愛がっている後輩に背中から撃たれた気分になりました。
しおりを挟む今気づいたが、瑞沢嬢の指は絆創膏だらけだった。
それを見た私は去年のバレンタインデーを思い出した。多分慣れない料理をして怪我をしたのだろう。宝生氏が喜ぶと思って頑張ったのかな。
それなのに宝生氏が全然食べてくれなかった。つまり、庶民育ちの瑞沢嬢の味が合わなかったのか、単純にお腹がいっぱいだったのか…。
私は宝生氏じゃないので彼の考えはわからん。
どうするべきか30秒悩んだ私は瑞沢嬢の横に座ると、スッと手を差し出した。
「…?」
私が手のひらを差し出していることにキョトンとする瑞沢嬢。とりあえず彼女が作ったものを味見してみてから、掛ける言葉を考えよう。
「食べるから貸して」
「…二階堂さん、慎悟君とお昼ごはん食べていなかった? 足りなかったの?」
足りないから食べたいんじゃないんだよ。
瑞沢嬢が困惑した様子でお弁当箱を渡してきた。それを受け取り蓋を開けるとそこには見栄えは悪いが、家庭的なお弁当のおかずが並んでいた。
瑞沢嬢が新しい割り箸を渡してきたので、それを受け取るなり端からつついてみた。
ちょっと焦げていて形が歪んでいるけど、卵焼きの形をしたそれ。口に入れてみると甘い。瑞沢嬢は甘い卵焼き派か。人によっては塩のみとか出汁派がいるからなぁ。だけど原因はこれだけじゃないだろう。
形が均等じゃない肉団子はまぁまぁ美味しかった。ちょっと揚げすぎたエビフライは背わたを取っていないのか、ちょっと臭みがあって食感が良くなかった。
ミニトマトやブロッコリーは素材そのものなので感想は省略。肉巻きおにぎりは少々味が薄いが、おかずの塩っ気があればちょうどいい。
「…エビフライに背わたが残っているのが残念だけど、ほかは普通に食べられるよ? 宝生氏は甘い卵焼きが苦手だったのかな?」
初心者にしてはおいしいと思うし、愛する彼女の作ったものなら男は喜んで食べるものなんじゃない? 慎悟だって私が作ったカレーを食べて美味しいって言ってたもん。あの頃はまだ付き合ってなかったけどさ。
瑞沢嬢の料理はすっごい下手くそなわけじゃない。それなりに美味しい。
これからどんどん上手くなる可能性があるんだ。宝生氏は瑞沢嬢の頑張りをもっと評価してもいいと思うんだけどな。
「もしかしたらお腹の調子がよくなかったとか、体育祭が楽しみで眠れなかったから食欲がなかったんじゃない?」
婚約破棄してまで選んだ恋人(だよね?)の手作り弁当だ。多少の失敗くらいは大目に見るだろ。それともアイツは一個でも失敗があれば許さん亭主関白気質なのか?
私の言葉に瑞沢嬢は「うん…」と返事をしていたが、明らかに元気がなかった。
この件は2人の問題だもんなぁ。私と宝生氏は微妙な関係だ。あまり関わるのは良くないと思うし、内容がお弁当だからなぁ。
『現在暫定1位の赤ブロックの応援合戦になります。赤ブロック応援団長は……』
グラウンド側からBGMや各ブロックを紹介するアナウンスの声が聞こえてきた。瑞沢嬢のお弁当を食べている間に午後の部が始まってしまったのだ。
ササッと片付けを済ませると、応援合戦プログラム途中でこっそり戻ったのである。
■□■
応援合戦の後は障害物競走だった。瑞沢嬢のお弁当を食べた私はお腹がいっぱいだったので、自分の競技が終了した後で良かったとほっとした。
少食ではないけど、しっかりお昼食べた後だったから結構苦しいんだ。
「慎悟ー頑張れー!」
『慎悟様頑張ってくださいましー!!』
『ぎぃやああああ!』
私は自分の席に座って慎悟を応援していたのだが、加納ガールズの勢いに負けていた。
負けじと声を張り上げて応援していると、慎悟の応援と言うよりも加納ガールズに負けない戦いになりそうだったので、途中で諦めて大人しく慎悟の競技を観戦することにした。
英学院の障害物競走は50メートル走った先に配置されているハードルを超えて、平均台を通過後にネット網を潜るというシンプルな競技だ。最後は100メートルほど走ってゴールである。
慎悟は運動神経が良い。ただ帰宅部なので、運動部の生徒には体力で負けてしまう。
だがそれでも彼は華々しい活躍を見せてくれた。ネット潜りで手間取ったり、平均台で落ちたりしないかと思ったがアッサリ通過していた。だが最後のリレーで1位を争い…僅差で2位ゴールしていた。惜しかったなぁ。相手陸上部だから仕方がないか。
競技が終了すると、加納ガールズが一斉に退場門にダッシュしていった。きっと競技を終えた慎悟をファビュラス賛美しに行くのであろう。
…面白くはないが、加納ガールズとのやり取りは気力を使うので私は動かなかった。…彼女達とまともにやりあうとこちらが消耗するばかりなのだ。あまりにも行動がエスカレートした時にだけ割って入っていくことにしている。
…いいんだよ、慎悟が好きなのは私だとわかっているから、ドンと構えておくんだい。
その後も流れるように競技が進行していった。友人たちが出場する競技を応援して楽しんでいたのだが……去年のトラウマがある、借り物競争で私はまた指名された。
「二階堂先輩! 一緒に来てくれませんか!?」
「…え?」
今回は後輩の珠ちゃんだった。
違うブロックの彼女はお題の書かれた紙を握りしめて、私が座っている応援席まで声を掛けに来たのだ。お題はなんだろう。部活の先輩とか? それならぴかりんでも阿南さんでもいいと思うんだけどな。
「先を越されちゃったな。…ねぇ、君は1年生だから、先輩の僕に譲ってくれる?」
「え?」
そこにひょっこり現れたのはサイコ上杉だ。
…また、私か。
去年と同じ競技で去年と同じ借り物を引いたのかあんたは…?
上杉の言い分に珠ちゃんは困惑している。謎の先輩ルールを突き付けられた彼女が狼狽えていたので、私は席を立ち上がると、珠ちゃんの手を掴んでゴールへ向けて走り始めた。
「ちょっと二階堂さん、敵に塩を送るつもりなの?」
「並走してこないでください。変態上杉君」
私は珠ちゃんのリクエストに応えたのに、上杉が横から着いてくる。
珠ちゃんは「何だコイツ」と言いたげな顔をして上杉を見ていた。
私とともにゴールした珠ちゃんはゴール地点にいた実行委員にお題の紙を渡す。マイクを持った実行委員がお題を読み上げた
『1年1組神崎さんの引いたお題は“背の低い人”です! 長身の神崎さんから見たら大体の人が小さいですよねー』
「ですねー」
アハハハと実行委員と笑い合う珠ちゃん。私は死んだ目で彼女を見上げていた。
珠ちゃんは1等でゴール。
それはおめでたいことだけど、代わりに私のガラスのハートが粉々になりました。
「ちょっと珠ちゃん」
「二階堂先輩、怒ってます?」
「…もっと低い人いるよね? 140センチ台の人もいるよね?」
「すいません。親しくない人に声を掛けるのは憚れてしまって…私のクラスの友達は背の高い子ばかりだし、バレー部で一番低いのが二階堂先輩だったので…」
競技を終えた私は後輩を尋問していた。
何故私なんだ。私よりも小さな女の子はそのあたりにゴロゴロいるだろう。誠に遺憾である。
…私がバレー選手として背が低いことを気にしているのをわかっているのに何故…
珠ちゃんは眉を八の字にしてペコペコ謝っている。わざとではないのはわかっているのよ。でも、でもさぁ…
「エリカ、神崎も悪気があったわけじゃないんだから許してあげなよ」
「…ぴかりんの身長10センチちょうだい…」
「いや訳わかんないから」
間に入ってきたぴかりんに身長を恵んでくれと乞うていると、「後輩に絡むなよ…」と慎悟からも注意された。
呆れた目で見られているのはわかっていたから私は顔を上げなかった。どうせいつもの馬鹿にした顔してるんでしょ。
…私は地面を睨みつけながら言った。
「…じゃあ慎悟の身長19センチちょうだい」
「なにが“じゃあ”なんだよ。要求が大きくなってるぞ。無理だから諦めろ」
「私は傷ついた…!」
私が慎悟の体操服を握りしめて、彼の肩に頭をグリグリ押し付けていると「後は加納君に任せたらいいから、神崎はもう行きな」とぴかりんが珠ちゃんを解放している声が聞こえてきた。
まるで私が駄々をこねて珠ちゃんを困らせているかのようなこの状況が納得いかない。
身長がほしい、と小さく呟くと慎悟に頭を撫でられた。
「…でもあの後輩が笑さんを指名してくれてよかったじゃないか」
慎悟が言った言葉に私はビクリと肩を揺らした。
あの借り物競争で、私は珠ちゃんの引いたお題としてゴールした。…私の横にピッタリくっついたままであった上杉は、体育祭実行委員から【お題品の重複は禁止。よってゴールは無効。代替品を借りてくるように】と促されていた。
そして奴が改めて持ってきたのは、体育祭を観に来たどこかの生徒の弟妹が持っていた人形。
繊細な装飾が施された真っ白なドレス姿のきれいな人形を持ってゴールに現れたのを見た時、私は全身の血の気が引いた気がする。…なんとなく、その人形がエリカちゃんに似ていたからだ。
その時の恐怖を思い出した私はガッと慎悟の背中に腕を回してしがみついた。
「…思い出させないでよ…!」
そう、あいつの引いたお題は【人形】だった。皆は気づいていないだろうけど、あいつ私を【人形】としてゴールに誘導しようとしていたんだ。
下手したら去年同様お姫様抱っこでね…!
「あぁぁ…寒気がする。怖い怖い怖い」
ブルブル震えていた私はその恐怖を紛らわせるために、彼の肩に顔を埋めてぐりぐりする。…慎悟の体操服いい匂いがする。なんの洗剤使ってるのかな…。慎悟から香るフローラルな匂いでちょっと心が落ち着いた気がするぞ…
「ちょっと二階堂さん!?」
「公衆の面前でだ、抱き合うだなんて破廉恥極まりない…! なんてふしだらな人なの!? 信じられませんわ!」
「慎悟様を穢さないでちょうだい!! この痴女!」
安定の加納ガールズの発言。私はため息を吐いた。痴女は言いすぎだろうが。失礼な。
移動式玉入れやお昼休みのときのことを忘れていない。…私は慎悟に抱きついたまま、首だけ動かして加納ガールズににっこり笑ってみせた。
ちょっとした仕返しである。
「…笑さん、後が面倒だから喧嘩売るなよ」
慎悟は加納ガールズの相手に疲れている様子だ。小さな声で止められたけど、もう遅い。
数秒遅れで加納ガールズが発狂する声が五月晴れの青空に響き渡ったのである。
今年度の体育祭は、私が所属するブロックが優勝という結果に終わった。やったね。
こうして高校最後の体育祭は無事(?)幕を下ろしたのであった。
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