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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
私にはまだ自覚が足りなかったようだ。二階堂家の娘がどれだけ狙われやすい立場なのかを。
しおりを挟む電話をして10分くらいで警察が到着した。思ったよりも早い到着なのは、近くをパトロールしていたのだろうか?
私は危険な瑞沢母から隔離され、婦人警察官同伴の元で事情聴取を受けていた。一通り話し終えると、そのタイミングで声を掛けられた。
「笑さん」
「あ、慎悟! …なんか呼び出したみたいでごめんね」
二階堂ママよりも先に到着したのは慎悟の方だった。気づかなかった。いつ到着したのであろう。
急なことだったので慎悟は家の車ではなくて、タクシーで駆けつけてくれたみたいだ。心配させてしまった。
「それは気にしていない。…それより怪我は? 何もされていないか?」
私に怪我がないかと頭の先から確認していた慎悟は、ある箇所を見ると眉をひそめた。
拉致されかけた時に瑞沢母によって掴まれた二の腕が内出血に加えて、爪で傷つけられていたのだ。
私は慎悟を安心させようと、彼の両手を握った。慎悟の視線が怪我している二の腕から顔に戻ったので、にっこり笑顔を向けた。
「怪我はこれだけだよ、身体は穢されてないから大丈夫!」
「……そういう問題じゃなくて」
「私は慎悟にしか身体を許さないよ、安心して! 慎悟の為に貞操を守るよ!」
「…だから……」
先程まで青ざめていたはずなのに、慎悟は頬を赤らめてしまった。言葉が出ないようで口ごもってしまったぞ。安心させるために言ったのにどうしたんだ。心配だったんだろう?? まだ不安か?
掴んだままである慎悟の手をブンブン振りながら、彼の顔を覗き込むと目を逸らされた。
「あんた本当…外でそういう事言うなよ…」
「…あ、ごめん。身の潔白を証明したくて言ったんだけど…慎みなかったね、ごめん」
慎悟はか細い声で私に注意してきた。
言われてみればそうか。外、しかも知らない人がいる前でする発言じゃないよね。
「清く正しい純異性交遊だもんね! 発言に気をつけます」
なんたって二階堂のお祖父さんからのゴーサインが出ないため、私達の婚約は未定。その上セレブな立場である私達だ。自分で純異性交遊すると宣言したのだ、きっちりケジメはつけなくては。
握った手に力を込めて頷いていると、慎悟が屈んできて、おでこにごっつんこしてきた。
何故頭突きするんだ。痛くないけどさ。
「…僕の家の会社でイチャつくの、止めてくれる?」
それが奴の目にはイチャついているように見えたらしい。不機嫌な声でクレームを言われた。こっちを見るな上杉。
「うるさいよ上杉」
「……この人を保護してくれてありがとう上杉」
水を差された私と慎悟は真顔に戻った。面白くなさそうな顔をする上杉に慎悟がお礼を言うと、奴は皮肉げに鼻で笑っていた。
「別に君のためじゃないよ? 僕以外の男に穢されるのが嫌なだけ」
「あんたに穢される予定は永久に来ないよ!?」
なに寝ぼけた事言ってるんだサイコパスよ。そんなの私が許すはずが無いだろ。
「ひどいなぁ…恩人に対して」
「あのおばさんの暴力から庇ってくれたことはありがとう。だけど拉致未遂に関してはあんた何もしてないよね。売買予定価格に笑っていただけじゃないの。警備員さんの迅速な対応に私は救われたんだよ」
手柄横取りしそうな勢いで気持ち悪いことを上杉が言ってきたので、すかさず否定しておく。私はこの身体を慎悟以外の男に許すつもりはありませんから。ゾッとするからその発言やめろ。
私が慎悟の背中に隠れると、奴が身を乗り出して顔を覗き込んできた。またあの捕食者の目で私を見てきたので、恐怖を感じた私は慎悟の背中に抱きついた。
「たまには可愛くお礼を言ってくれてもいいんじゃないかな?」
「…アリガトウゴザイマシタ」
私が口をへの字にしてお礼を言うと、上杉が「可愛くないなぁ」と残念そうに首を振っていた。可愛くなくて結構だ。
「えっちゃん!」
上杉に対して変顔を披露していたら、慌てて駆けつけた二階堂ママがヒールの靴をカツカツ鳴らしながら早歩きで私のも元に歩み寄ってきた。
「ママ! ごめんねお仕事中なのに」
「いいのよ、大丈夫。…怪我は? 何もされてない?」
「ちょっと腕を強く握られちゃって…」
二の腕の患部は手形がくっきり残っていたりする。ちょっとしたホラーである。
ママはそれを見て険しい顔をすると、この会社の外に停められたパトカーの中で事情聴取中の瑞沢母に視線を向けた。色々文句を言いたいだろうけど、あの人話が通じないから無駄だと思うよ。
「…えっちゃん、どうして家の車を使わなかったの?」
おや、いつもお上品で穏やかな二階堂ママの様子がおかしいぞ。なんだか怒っているようだ。
「え? …いつも遅い時間まで連れ回しているから…何時に終わるかわからなかったし、お迎えを待つのも退屈だからバスで帰ればいいかなと思って…」
「前にも、瑞沢の娘関連で首を突っ込んだ時も車を使わずに移動していたでしょう?」
そういえばそうだったな。あの日の朝は病院まで送ってもらった後は一旦車を帰して、診察が終わった後に呼ぶつもりであった。その前に気分転換でカレー食べようと近くの繁華街を歩いていて…はずれの裏道で瑞沢嬢たちを発見したんだ。
「あのね、手間を掛けて悪いと思っているのなら、それは大きな間違いよ? 彼らにはそれなりのお給料を支払っているの。仕事を奪うような真似はよして頂戴」
ママの言葉に私はウッとなった。確かに、そう言われてみたら…そうなのかもしれない。
「…えっちゃん、今回は運よく救われたけど…最初からお迎えの車を待っていればこんなことにはならなかったのよ。…わかる?」
「…うん」
「二階堂の娘というだけで、誘拐目的で狙う人間も世の中にはいるの。その為にセキュリティの厳しい英学院という環境に通わせているのよ」
うん…それは教えてもらっているから知っていた。今は学校の制服を着ていないから大丈夫と油断していた部分もあった。
「贅沢をさせているわけじゃなくて、あなたを守るために車での移動をさせているのよ。…それだけ、今のあなたは狙われやすい立場なの」
庶民だった私と違って、セレブのエリカちゃんは立場が異なる。エリカちゃんが美少女であるということを抜きにしても、セレブな彼女は狙われる確率が倍以上に膨れ上がるというものだ。
今回は、私が二階堂の娘とは把握されずに狙われたようだが、英学院に通う生徒だと言うことは知られていた。迂闊すぎた……まだまだ松戸笑としての庶民感覚が抜けきれなかったようだ。
そういえば慎悟はよく車移動をすすめてくる。それは移動が面倒くさいからだと思っていたが、自己防衛のつもりだったのかもしれない。
…良かれと思って行動していた事がこういう結果になってしまったのだと理解した私は気持ちが沈んでしまった。
「…ごめんなさい、ママ」
私が俯いて謝罪すると働き者の手がそっと頬を包んだ。しっかりケアして爪もきれいに磨かれているが、その手は間違いなく働き者の手だ。
二階堂ママは哀しそうな目をして、エリカちゃんの中にいる私を見つめてきた。
「…えっちゃん、私達はもう2度と娘を失いたくないのよ。…以前の生活よりも息苦しくて、気を遣ってしまうのでしょうけど…お願いだから我慢して頂戴」
「…うん、私も考えなしだった。ごめんなさい」
私と二階堂ママは血の繋がりのない間柄だ。ただこの身体は彼女の遺伝子を受け継いでおり、ママがお腹を痛めて産んだ娘である事は間違いない。
私は本物の娘じゃないけれど、二階堂夫妻は本当に良くしてくれる。私の意志を汲みつつも時に厳しく、私の将来のために惜しみなく助力してくれる。
私は二階堂家の娘である自覚が足りなかったのだ。自らエリカちゃんの身体を危険に近づけていた。彼女が私に与えた大切な身体を自分で傷つけてしまおうとしていたのだ。
もしもあそこでそのまま拉致されて…考えたくもないが強制的に売春させられたら、私はどうなっていただろう。
この身体は私の身体ではない。だけどこうして生きてきた私は自分の体以上に大切なものになっている。きっと、そんな目に遭ってしまったら私は自分を責めて潰れていたかもしれない。
私は両手を広げて二階堂ママに抱きついた。
「ごめんなさい。…心配してくれてありがとう」
「…馬鹿ね、当たり前じゃないの」
私達はいびつな関係だ。
だけどお互いに痛みを知りながら歩み寄ってきた。実母とまでは行かないけれど、私はママのことを第2の母と思っている。彼女を悲しませたくない。彼女もまた大切な存在なんだ。
「えーと…お母さんが到着したのかな? 話をしたいんだけど…」
私とママが抱き合っていると、警察の人が窺うように声を掛けてきた。その声にママはビジネスモードに変わったらしく、キリッとした顔で警察の人と話を始めた。
私はその姿を見守りながら、涙目になっていた目を手で擦っていた。慎悟に横からすっとハンカチを差し出されたので、それを受け取らずに慎悟の胸に飛び込んだ。
「…心配かけてごめんね慎悟。私が考えなしのアホだった」
「…本当だよ。これに懲りたら今度からちゃんと車移動しろよ?」
「んっ」
二階堂ママに注意されたからか、慎悟はそれ以上叱ってくることはなかった。
慎悟の肩におでこを載せて、甘えるようにぎゅうと背中に腕を回すと「…だからイチャつかないでよ」と再び上杉に文句を言われたが、私は更に腕の力を入れて慎悟から離れなかったのである。
瑞沢母は拉致未遂の現行犯で逮捕された。
あまり頭がよろしくないのか、自分から余罪を吐き始めたので、そのまま警察署に連行されることとなった。
被害妄想なのか、武勇伝のつもりかは知らないがアッサリ罪を認めたので、逮捕されるまでに時間はかからなかった。
現在、車のナンバーを元にして逃げた車を追いかけているみたいだ。女衒おっさんもその内見つかるんじゃなかろうか。
……多分、同じように売られた女の子が他にもいそうだし、これ以上の被害が出ないように芋づる式に裏社会の人間も御用となればいい。
「二階堂家の令嬢!? ますます高く売れるじゃないの!」
警察官がパトカーに乗車しようとドアを開けたタイミングで、瑞沢母がそんな発言をしていた。
…とても今更な発言だが、もう拉致はさせないぞ。
名前を知らないので、彼女のことを瑞沢母と呼んでいたが、彼女と瑞沢嬢は血の繋がりはあっても今は別の名字を名乗り、別の家庭で暮らしている。
何処まで瑞沢家に影響があるのかは知らないが……瑞沢嬢は虐待されて育った被害者でもあるので、この件で彼女に責任を追及するつもりはない。この間のことだってある。母親の犯した罪を娘に押し付けるのはあまりにも酷だ。
私も無防備だったからね。私にも落ち度がある。今度からは気をつけるよ。
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