お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

私は亡者で、エリカちゃんではない。彼のその反応は正常だが、やっぱり傷つく。

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 客間で待っていた三浦君は笑顔だった。
 隣に座っている慎悟が肘で彼の腕をつついて注意しているが、彼は謝罪をしにきたとはとても思えない態度で私に声を掛けてきた。

「やぁ、二階堂さん。ご機嫌いかが?」
「おい、三浦…」
「すこぶる好調だよ、ありがとう。…ご用向きを伺うけど?」

 私が用件を伺うと、三浦君は含み笑いを浮かべた。その反応を怪訝に思った私は眉を顰めてしまった。
 慎悟が渋い顔をして三浦君をたしなめているけど彼はそれを聴き流していた。そして笑顔を浮かべたまま、持っていたカバンからA3サイズの封筒を取り出したのだ。
 そう分厚くはない封筒だ。それが何だというのだろうか…

「君にどうしても見てもらいたい物があるんだ。…慎悟にも関係あることだよ」

 謝罪はどこに行った。謝罪したいと言うから時間を作ったというのに。
 その言葉に私は不穏なものを感じた。それは慎悟も同様のようで、眉間にシワを寄せて三浦君を軽く睨みつけていた。

「お前…非礼を侘びたいって話だったじゃないか」
「まぁまぁ、慎悟もこれを見たら目が覚めるよ」

 三浦君は客間の対面式ソファの間にあるテーブルの上に封筒の中身をぶち撒けた。沢山の写真と何かの書類がテーブルいっぱいに広げられた。
 それに息を呑んだのは慎悟である。

「お前っ…これはどういう事だ!」
「探偵を変えて再調査してもらったんだ。…どうにも引っかかってね…俺の記憶の彼女とはあまりにも違いすぎると」
「……」

 三浦君は笑うのをやめて、私をまっすぐ視線で射抜いた。私は余計な発言をしないように口を閉ざし、三浦君を注視する。
 三浦君が見せてきた写真にはここ最近の私のプライベート写真が映っていた。そこには、実家に帰った時、家族と外食に出た時、お母さんと2人で遠出した時の写真が混じっていた。
 私がお母さんとソフトクリームを食べながら厩舎を覗き込んでいる姿だったり、お土産屋さんで買い物をしている姿、車に乗り込んでいる姿であったり。

 その写真のどれも視線は別の方向へと向かっている。尾行された上に隠し撮りされていたのか。
 ここ最近ズッコケ探偵の視線を感じないと思ったら、別の探偵に頼んだってわけね。

「調査報告書には、彼女が松戸家の面々ととても懇意にしていると報告が上がっている。…知っての通り、あの通り魔事件で二階堂さんを庇って殺された女子高生・松戸笑の実家だ。……なぁ、あんた誰なんだよ」

 質問の体をとっているが、三浦君は確信している。…私の正体に気づいてしまったのか。

「三浦、いい加減にしろ、お前にそんな事を探る権利はないぞ」
 
 探偵業の人は逮捕できない。そういう権限があるもんね。
 だが、それを活用して全く関係のない人間に調べられるのは気分が悪いぞ。文句を言おうとしたら慎悟が先に怒ってしまったので、私は出鼻を挫かれた。
 正体を暴露されてしまった(慎悟は既に知っていることだけど)私はテーブルに放置された報告書を手にとって、斜め読みした。
 【二階堂エリカ】が、一緒にいた松戸笑の母親のことを「お母さん」と呼んでいたことや、松戸家の面々と外食している時の会話の内容や行動などが書かれていた。
 ……それと、わたしの生前の性格、趣味嗜好など……どこからそんな情報を得たのかは謎だが、事細かに報告されている。

 この三浦君、中々鋭いな…いや、私がエリカちゃんのフリを一切してこなかったからってのもあるけど…それ以前によく人のこと観察してるな。中等部時代、ボッチなエリカちゃんのことを気にかけていたのだろうか。それとも人間観察が趣味なのかな。

「慎悟、お前はおかしいと思わなかったのか? …俺だってまさかって思ったよ。…死んだ人間が二階堂さんの中にいるなんてそんな非科学的なこと、誰が信じるかって」

 そうだね。私も未だに不思議でならないよ。死人の魂が別人の身体に定着するとか…どんな仕組みなんだろうね。

「だけどどう見ても、ここにいるのはあの二階堂さんじゃないんだ。おかしいだろ、なんで死んだ人間が二階堂さんの身体で生きているんだよ」
「三浦! いい加減にしろ!」

 追及の手を緩めない三浦君に慎悟がキレ気味に怒鳴っている。慎悟、そんな大きな声出せるんだね。

「あの大人しかった二階堂さんが事件の直後にバレーを始めるか? あんなに好きだった宝生から簡単に手を引くか? 人が変わったように人付き合い始めるか? いじめっ子とバトルなんてするか? おかしいだろ、なんで普通に暮らしているんだよ!」

 だが三浦君の口は止まらなかった。……まさか慎悟の友人に見破られるとはね。
 三浦君は完全に疑っている。ここで誤魔化しても問題を先延ばしにするだけであろう。

 私は慎悟の肩を掴んで軽く後ろに引くと、三浦君の前に仁王立ちした。
 三浦君は私を睨みつけるように見下ろしてくる。その視線に友好的なものは一切ない。異物を排除しようと考えていることがはっきり伝わってきた。
 ならば、私も真正面からぶつかっていくしかない。三浦君はしつこい質だ。ここで煙に巻いて逃げても無駄であろう。

「……慎悟は知ってるよ? 全部ね」

 短いその言葉だけで三浦君は全てを理解したようだ。目を見開き、呆然と慎悟と私を見比べていた。物分りが早くて結構だ。
 ぶっちゃけバレようが何しようが、私が二階堂エリカとして生きるのは決定されたことなので、今更どうしようもない。
 これで他の人にバラされても…どうしようもないのである。

「……は? …慎悟、なんで」

 三浦君は動揺を隠せないようで、縋るような目で慎悟を見ていた。

「…お察しの通り、私はエリカちゃんの人生を奪う形で生きている……いや、もう生きるしか私には道がない」
「…いや、意味わかんないんだけど」

 だよね。まぁ色々あったんだよ。…説明したら彼は信じてくれるかな…。私は思わず自嘲してしまった。
 ──ふと、転生の輪の前で最後に見たエリカちゃんの泣き顔の記憶が蘇ってきて、悲しくなってきた。
 三浦君は困惑した様子だ。慎悟が全て理解・納得した上で私と交際しているのが信じられないのであろうか?

「じゃあ……本物の二階堂さんはどこに行ったんだよ、あんたが二階堂さんの魂を抑えつけているんじゃないのか?」
「…エリカちゃんは、私の代わりに……転生したよ」

 彼女はもういない。もう無理なんだよ。

「……ふざけるなよ…!」
 ──グイッ!

 三浦君は逆上した様子で、乱暴に私の胸ぐらをつかんできた。殴られるかと思った私はギュッと目をつぶって身構えた。

「おい三浦!」
「いいの慎悟、大丈夫」

 慌てて慎悟が割って入ろうとしてきたが、私がそれを止めた。ここは一対一で会話をしたほうがいいと思うんだ。恫喝されるのは宝生氏で耐性ができたから大丈夫……なんだか嫌な耐性だな…
 三浦君は気味悪い化け物を見るかのように、私を睨みつけてきた。私は彼のことが好きではないが、それでもそんな目で見られると傷ついてしまう。 

「…死人の癖に…人の体を乗っ取って何様のつもりだ! あんたが誑かしたんだろうが! 慎悟にはもっとふさわしい女性がいるはずだ、潔く成仏しろよ!」  

 三浦君に言われた言葉が胸の奥深くに突き刺さった。
 そうだ、私は亡者なのだ。ここにいるはずのない、本来は死んだ人間。過去の人間。
 わかっているんだよ。私は本来慎悟と結ばれるはずのなかった存在で、慎悟みたいなハイスペックには、同じくハイスペックな女性がお似合いだと。
 だけど、なんと言われようとその命令は聞けないんだ。

「…断る。私は慎悟と共に寿命まで生きると誓ったの」

 私は三浦君の言葉を突っぱねた。悪いが、君の言うことは聞けない。
 それに苛ついた様子の三浦君の表情が険しくなった。

「それは二階堂さんの身体だろうが!」
「わかってるよそんなこと。…私はもう戻れないの。私がここで命を放棄しても、それはこの身体の死を意味するの。もう後戻りできないんだよ!」

 三浦君の怒鳴り声に私も大声で返す。
 どんなに悔いても、悩んでも、もうエリカちゃんにこの身体を返せない。私が次に死んだときには、この肉体の死を意味するんだ。
 …エリカちゃんの身体を無駄にする気はサラサラない。…どんなに化け物と罵られようと、聞いてあげられない。

「大した取り柄のない、しかも中身が幽霊だと……? 慎悟の負担にしかならないとわかんないのか!? お前、慎悟を潰す気かよ!」
「潰すわけないじゃん! 一緒に頑張ってくと決めたの。……死人が恋しちゃ駄目なの!? 人を好きになってはいけないの!?」

 カッとなった私は三浦君の肩を掴んで問いかけてみた。それにビックリした三浦君は私の胸ぐらから手を離していた。
 慎悟はヤキモキしているようだが、私の意志を汲んで口出ししないで見守ってくれている。

 私だって前はこの身体で恋愛することに消極的で悩んでいたよ…何も知らない人がそう思うのは当然のことだ。
 結果的に私がエリカちゃんを乗っ取ったのは間違いない。いつかそのうち誰かにそう言われるかもしれないというのは覚悟していた。
 だけど実際に言われるとキツイなぁ…
 
「周りが、二階堂エリカとして見てくる中で、慎悟は私を見つけてくれたの! 私を名前で呼んでくれる。…私は慎悟と生きていきたい、そう願っちゃ駄目なの!? 私は慎悟が好きなの、この身体の寿命が尽きるその瞬間まで側にいたいんだよ!」

 強制終了させられた私の人生はたった17年だった。今ではエリカちゃんの体のほうが年上になってしまった。
 私は死にたくなんてなかったんだよ。ここに至るまで沢山沢山悩んだんだよ。
 もう今更、慎悟の手を離せないんだ。離してしまったら、私はきっと崩れ落ちてしまう、そんな気がするんだ。

 自分の死の瞬間を思い出してしまって、涙腺がじわっと緩んでしまった。
 背中の鋭く焼け付くような痛みを思い出した。どんどん体の感覚が無くなっていく中で、体温が下がって行くあの感覚。私の魂に刻み込まれたあの記憶が私の心を蝕む。
 三浦君は私が嗚咽を漏らし始めたのを怪訝そうに見下ろしていた。

 私は本来ここにいてはいけない人間だってことは私が一番よくわかっている。私の人生はあの日に終わったはずなんだもの…
 三浦君の肩から手を離すと、私は俯いた。泣くつもりはなかったけど、最期の瞬間を思い出すと、フラッシュバックして駄目だな…
 泣くのを堪らえようと深呼吸をしていると、慎悟が私を抱き寄せてきた。

「…三浦、お前は俺を心配してこんな事をしたんだろうが、もうやめてくれ。俺はこの人だから好きなんだ。……もう失いたくないんだ。もう二度と後悔したくはないんだよ」

 慎悟のその言葉にたまらなくなって、とうとう私は涙を溢してしまった。
 失いたくないのはお互い様だ。そのために2人で一緒にいられるように私も慎悟も努力している段階なんだ。 

「…慎悟、お前…」
「将来を共にする人は自分で決める。…なにか気にかかることがあるなら、この人じゃなくて俺に言えよ。…これ以上この人を追い詰めるなら、俺はお前を許さない」

 俯いていた私を隠すようにして抱き込まれる。慎悟の胸に顔を隠す形になった私は慎悟にしがみついた。慎悟の温もりが私を包み込んで守ってくれているようで、安心して泣けた。

「探偵なんか雇って、この人を追い回して…いくら友人でもしていいことと悪いことがあるはずだ。…いい友人だと思っていたのに残念だよ」
「俺はお前の為を思ってやったんだよ!」

 今現在、私は慎悟の胸に抱き込まれているので、2人の表情が見えないが、多分慎悟はあの冷たいツンドラな視線を三浦君に注いでいる気がする。
 慎悟の冷たく突き放す声と三浦君の情けない声が聞こえる。

「言ったよな? インターハイの会場ではっきり言ったよな? 余計なお世話だって。この人を追い回す真似はするなって言ったよな? その時お前なんて言った? “わかった”ってうなずいていたよな?」
「だから」
「──二度とお前の顔を見たくない。さっさと帰れ」

 愛想尽きたかのように慎悟がそう吐き捨てると、三浦君は絶句したようだ。

 
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