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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
私だって人並みに嫉妬はするさ。これでも我慢しているのだよ。
しおりを挟む「彼女さんには、かっこ悪い姿を見せられないから色々我慢しているんですよね? …私、加納先輩の力になりたいんです…」
彼女は頬を紅潮させて、潤んだ瞳で慎悟を見上げていた。私のいる位置からは、背を向けている慎悟の表情は窺えない。
──彼氏が他の女の子からアプローチされている姿を目撃してしまった私ではあるが、不安にはならなかった。
なんたって慎悟である。ファビュラスな慎悟様だぞ。加納ガールズという粒ぞろいの美少女たちに囲まれても、平然としていたリアルハーレム野郎だよ? そこの1年の彼女は確かに可愛いが、相手が悪かったなと感じる。
もちろん私だって嫉妬はするよ? 本音はムカつくよ? 好きになるのは自由だけどさ、告白したい気持ちはわかるけどさ。私だって初恋の人に彼女いたとわかっていたけど、吹っ切れるために告白したもの!
しかしだな、やり方が気に食わん! 慎悟は私の彼氏なんだ、何だそのあざといアプローチ! 健気系か? あざとい系か? 1年の子の出方によっては、私の彼氏だぞ! と威嚇するつもりではある。
…大人げないとか言わないで。私にだって独占欲くらいはあるのよ。
「…必要ない。見ず知らずの相手に心の内を明かすほど、俺は抜けてない」
可愛い女の子からのアプローチに対して、慎悟はドライに交わしていた。予想していた反応である。
バレーボールが入っているであろうカゴを押して動かす音がこちらまで聞こえてきた。
「えぇっ、そんな言い方ひどいです! これから仲良くなっていけばいいじゃないですかぁ!」
女の子に引き留められたのか、ギッとカゴのキャスターが軋む音が聞こえた。
「……仲良くなる理由がない。よって断る。これで話は終わりだ。もういいか?」
「そんなぁ! 待ってください、私納得できません!」
納得できませんって…
これは対処に困るタイプだな。加納ガールズタイプの肉食系女子だ。ここは私が助太刀ならぬ牽制をかけておこう。
「慎悟!」
私が体育倉庫の中にいる慎悟に声をかけると、慎悟はぎょっとした顔で1年の子に抱きつかれていた。薄暗い体育倉庫に二人の男女が熱く抱き合う姿は事情を知らないと間違いなく、誤解するに違いない。
1年の子は私の登場にびっくりした様子だったが、慎悟の胸に顔をぴったりくっつけた状態でニヤリと笑っていた。
あらー完全に喧嘩売られてますね。イラッとしたぞ。
「違う、これは違うんだ!」
珍しく慎悟が焦った顔をしている。
まさか、私が少女漫画のヒロインみたいに他の女との浮気だと誤解して、走って逃げるとでも思っているのであろうか。
言ったでしょ? 慎悟が他の女にフラッとしたら、ビンタしてでも目を覚まさせるって。
「うん知ってるよ。外で話を聞いていたから。…ねぇ1年のあなた、慎悟は私の彼氏なの。略奪を考えているのかもしれないけど、私がそれを許さないよ?」
「えっ…私そんなつもりじゃなかったんです」
うるうると怯えた瞳で私を見てくる割には、慎悟から離れないんだね。いい度胸だ。
「うん、そんなつもりがなくても、結果そうなってるからさ。いい加減私の彼から離れてくれる?」
1年の両肩を掴んで、慎悟からやんわり引き剥がすと、今度は私が慎悟に抱きついた。消毒だ。慎悟の肩にグリグリとおでこをこすりつける。
「おい…」
「私は嫉妬しているの」
私に無防備って言ってくるくせに、慎悟だって無防備だ。
嫉妬で苛ついていても、慎悟から香るいい香りは無視できない。スンスンと慎悟の体操着のフローラルな香りを楽しんでいると、後ろでタタタ…と走って逃げてく音が聞こえてきた。やっと立ち去ったか。
彼の胸から顔を離して、視線を上に向けると、ジト目で睨みつけた。
「…なに他の女の子に抱きつかせてるの?」
「あっちが勝手に抱きついてきたんだよ。…俺にはその気は全く無かった」
この魔性の男め。何人もの女をたらせば気が済むんだ。あんたの美しさは罪の領域だわ。
「慎悟は無防備だ」
「ごめん。…俺が選んだのは笑さんあんただって知っているだろ?」
宥められるように背中をポンポンと撫でられたが、私の嫉妬心はそんなんじゃ抑えられない。
慎悟だって嫉妬するときはめちゃくちゃ不機嫌になるでしょ? 私だって嫉妬して不機嫌になったっていいじゃないの。
「キスしてくんなきゃ許さん」
ん! と目をつぶってキスを要求すると、そっと慎悟の手が頬にかかり、唇に息がかかった。
あともうちょっとで唇が重なるというタイミングだった。
「…いちゃついてる所悪いけど、みんな待ってるよ?」
天敵の声に反応した私はバッと慎悟から離れた。…さすがに他人に見せつけながらキスをするのは恥ずかしい。こいつ本当タイミングが悪いな…
突如出没した上杉はふっと鼻で笑っているが、やはり目が笑っていない。慎悟が胡乱に奴を見ているが、上杉は全く気にしていないようである。
「さっき飛び出していた1年、男子に人気があるんだってよ。惜しいことしたね、加納君」
「惜しい? 俺はそうは思わないな。興味がない」
それほど目立つ子なら、情報通の慎悟も知っている子だったのかな。私は基本的に関わりがない生徒の名前や評判に頓着しないので知らない子だったけど。
あぁいう庇護欲をそそる子を好きな男は多そうだよね。ロリ巨乳みたいなタイプだった。
「君の不貞を見てしまった彼女が、僕の元にやって来ることを期待していたんだけどなぁ」
「万が一慎悟が不貞したとしても、あんたのとこには行かないから安心して」
何を寝ぼけたことを言っているんだこのサイコパス。スパイクボールを頭にぶつけたら正気に戻ってくれるかな?
「誰がそんな事させるか。…そもそも不貞なんてマイナスイメージの付くことをするわけがないだろ」
「わからないよ? でももしもその気になったらいつでも歓迎だよ」
にっこりとウェルカムアピールしているが、もしそうなったとしても絶対にあんたのところには行きません。
「そうなったら迷わず出家してくるね」
「照れなくてもいいんだよ?」
「嫌がってるんだよ!?」
会話が成立しないな。上杉は私の話を聞いているのかな? 本当に変な方向にポジティブな野郎だな……脳の構造上の問題で、常人とは解釈が異なるのかな…?
「そうだ、早く戻ろう。みんなのこと待たせちゃってる!」
私は慎悟が運ぼうとしていたボールカゴに手をかけて、小走りでグラウンドに逆戻りした。
後ろで慎悟と上杉が何やらチクチク言い合いしているがもう放っておこう。
慎悟がモテる上に肉食女子に好まれるのは前から知っていた。十分に牽制できたし、この件は終わり、と思っていたのはどうやら私だけのようだったのだ。
■□■
事は翌日に起きた。
「ひどぃんだよぉ! 私の肩、痣になっちゃって…」
昇降口すぐの廊下でキャンキャン騒ぐ声に、登校したばかりの生徒たちの視線がそこに集中した。
「関わらないほうがいいって。痛い目にあうよ」
「あの人前に婚約者を略奪されたらしいしさ…」
「二階堂グループの娘かなんか知らないけど、親の七光りのくせに偉そうだよね」
その日は部活の朝練があったので、部室からそのまま昇降口前の廊下を通過して教室に向かっていた私だったが、その噂話に反応しないわけがない。
廊下のど真ん中で騒いでいるのは昨日の1年だった。彼女の言い分に私は渋い顔をしてしまった。肩に痣って…そんなに強く握ったつもり無かったけど…
「ねぇ、それって昨日あなたが私の彼氏に抱きついていた時に、私が引き剥がした事を言っているんだよね?」
私の感覚では力を入れていないけど、実は無意識に力を入れていたのかもしれない。ああでもしないと彼女は慎悟から離れてくれないと思ってやったことだったが、力余って怪我をさせてしまったのか…
それならきっちりけじめとして責任を取ろう。私の責任だ。
けじめのために声を掛けたのだが、彼女たちは私に話しかけられたことにギョッとしていた。そして次の瞬間には例のふわふわ系女子を庇うように立った。私のことを警戒するように睨みつけてくる。
わざとではないけど、結果的に怪我させたんだもんね、警戒されても仕方がない。
「私は自分の彼氏に色仕掛けされたくなくて、あなたのことを引き剥がしたのだけど…それで怪我させたのならごめんね。診断書と患部の写真を出してくれたら、お詫びとして慰謝料を払わせてもらうよ」
「はぁ…?」
「あと一応、体育倉庫には監視カメラがあるからそれで検証も出来るけど。…あなたも、ああいう真似するのはもうよしてね。慎悟は私の彼氏なの。悩み相談を聞くふりして近づこうとしないで」
彼氏をとられたくない気持ちが先走りして、私も冷静じゃなかったのかもしれない。だからせめてお詫びをしようと思ったのだけど、彼女たちは顔をこわばらせて固まっているだけだ。
どうしたんだ。私は怖くないぞ?
「二階堂先輩、こんなところでどうしたんですか?」
「あれ、野山さんたち…なにしてるの?」
「佐々木さん、珠ちゃん…あー…実は」
「意味わかんない! 行こう!」
先程まで一緒に部活をしていた後輩たちから声を掛けられたので、事情を話そうとしたら、ふわふわ系女子が話を打ち切って走り去ってしまった。
意味分かんないのはこっちである。お詫びはいいのであろうか。
後輩ズに簡単に事情を説明すると、珠ちゃんは「先輩って見た目によらず握力ありますもんね! だけど私もそういうことありますよ!」と共感してくれた。
「そもそもは、先輩の彼氏に手を出そうとした野山が原因でしょう? 辛かったら診断書なりなんなり出してくるんじゃないですか。あまり気にしなくていいと思いますよ?」
いつもズバズバものを言う佐々木さんらしいお言葉を頂いた。
言われている言葉は一理あるんだけど、なんかスッキリしないんだよなぁ。
「二階堂先輩、ちょっとお時間よろしいですか? 彼女たちが謝りたいそうなんですけど」
朝の騒動から数時間後。食堂で昼食後のお茶を飲んでいると、後輩の佐々木さんが数名の女子生徒を引き連れて席までやってきた。
彼女たちの顔にはぼんやりと覚えがある。
「……あ、今朝の」
「今日体育があったんですけど、着替え中に確認しました。野山の体に痣なんか出来てなかったんですよ。全部野山の嘘っぱちだって露見したんで」
あの…私午前中ずっと自分の握力について考えて凹んでいたんですけど…
バレーのために鍛えた握力で人を傷つけたと反省していたんですけど…
『すみませんでした!』
「あぁ、うん…」
ふわふわ系女子・野山さんの友人たちが一斉に頭を下げていた。彼女たちは脚色した話に騙されたと言うことか。
何故そんなバレちゃう嘘を付くのか。こっちは真剣に反省していたというのに。この嘘であのふわふわ系女子は何人か友達なくしたんじゃない?
後輩の佐々木さんが影で私の汚名返上をしてくれたのはとても嬉しいが、なんともモヤつく出来事であった。
他にもセレブ男子がいるのに、狙われたのは彼女持ちの慎悟。慎悟が美形じゃなければこんな騒動が起きなかったのかな…。美しいって罪である。
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