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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
教室のど真ん中で琵琶法師が語りだすのかと思ったら…そっちか!
しおりを挟む「ただじゃ転ばないと思ってたけど、斜め上に突っ走るよなあんたって」
「呑気に傍観しておいてなに言ってるの、三浦君てば」
「庇わなくてもあんたなら奴らとやり合えただろ」
ピンクドレスが脱兎のごとく逃げていくのを見送っていると、お皿にご馳走を盛った三浦君が声を掛けてきた。彼は今頃食事をしているのかなと思ったら、それを慎悟に差し出していた。
「ん。慎悟は何も腹に入れてないだろ。適当に持ってきた」
「…悪いな、ありがとう」
慎悟はお礼を言ってそれを受け取っていた。
…そうか、ここに遅れてやってきて、その後ごたごたがあったから何も食べてなかったのか。気が付かずに申し訳ない。
「しかし見ものだったな。見事にジュース濡れになって…何で自ら掛かりに行ったわけ?」
半笑いで言われたそれは揶揄が含まれており、私は半眼になった。
スカッシュ対決で心の距離は近づいたかと思ったけど、やっぱり私と三浦君の間には距離があるようだ。まぁ、絶対に仲良くする必要はないからどうでもいいけど。
これが三浦君なりのコミュニケーションのとり方だとポジティブに考えてみよう。
「あれで武隈さんがピンクドレスにジュースを掛けていたら……ますます泥試合になると思ったんだよ。余計にややこしいことになると思って」
「はは、アイツらが面倒なことになっても、あんたが関わらなければいいだけなのに。…てかピンクドレスって」
ピンクドレス呼びを三浦君に指摘された。仕方ないじゃないの、最後まで名前を聞けなかったんだから。
「あ、そういえばさ、部屋まで迎えに来てくれたけど、慎悟は私の居場所を武隈さんから聞いていたの?」
「いや…賀上から伝言受けたんだ。多分武隈に指示されていたんじゃないか?」
「あぁー…」
なるほどそっちか。私は首を動かして会場内にいるであろうメガネの賀上氏の姿を探したのだが、別の人物を見つけた。
彼は偶然こちらを見ており、バチッと目が合ったので私が会釈すると、にっこり笑ってこちらに手を振っていた。
さっきはあんな別れ方をしたので直接謝りたいのだが、何も言わずに出向いたら慎悟が複雑に思うかもしれないな。慎悟に一言声を掛けて行こうか。
しかし私が動くよりも先に、彼はこちらに歩み寄ってきた。
「2人とも仲直り出来たみたいだね」
「先程はご迷惑をおかけしてしまって…すみません」
「ううん、力になれたようで良かったよ」
よかった。痴話喧嘩に巻き込む形になってしまって機嫌を損ねてしまったんじゃないかと思っていたが、いつもの穏やかな西園寺さんだ。
軽食をとっていた慎悟は西園寺さんを警戒した様子で注視していた。慎悟の視線がこちらにもチクリと刺さったので、彼の背中を叩いておく。さっき言ったことを忘れたのかあんたは。
西園寺さんは私から視線を外して慎悟に目を向けると、スゥッと目を細めていた。その表情はいつもの西園寺さんがする穏和な表情ではなかった。
なんだろう、好敵手に向けるような……そんな顔だったので、あの西園寺さんがそんな顔をするのかと私は驚いて固まってしまった。
「加納君…さっきのことは脅しじゃないよ。君が改めなかったら…その時は」
「わかってます…そんな事はさせません」
慎悟と西園寺さんの間では会話が成立しているらしいが、私にはなんのこっちゃである。そういえば結局2人がどんな話をしていたのかとか教えてもらっていないな。
両者の間で火花が散っている幻覚が見えるが……私ちょっと疲れてるんだなきっと。そっと目を閉じてこめかみをマッサージした。
「おい、他人事みたいな顔してるけど、あんたが元凶だからな。こんな時にこめかみマッサージすんなよ」
「何その言い方。私は何もしていないよ!」
三浦君が私のせいにしてきたので否定したけど、彼は私達を見比べて半笑いで見守るだけであった。
あとで慎悟に西園寺さんとは何の話をしていたのかを聞いたけど、「少し注意されただけ」と返されるのみ。そうは言うが…彼らは他にも別のやり取りをしていると見ている。
聞いても教えてくれないから、聞くのは諦めたけどさ、私には言えないことなのであろうか。
■□■
「今度の文化祭2日めに行われる招待試合での出場選手の発表をするぞー。部員集まれー」
コーチの呼びかけに、女子バレー部員が一斉に集合した。クラスマッチが終わって中間テストも終わった10月の後半に入る頃であった。
そうだ、11月には文化祭があるんだった。招待試合のレギュラーに選ばれたから、シフトを調節してもらわなきゃだな。
今年くらいは慎悟と文化祭一緒に回りたかったけど…時間がなくて出来ないかもしれないなぁ。
「招待試合頑張りましょうね! 二階堂先輩」
「レギュラー選抜おめでとう珠ちゃん。うん、頑張ろう」
元気よく私に声を掛けてきた珠ちゃんはワクワクが隠しきれないようで、バレーがしたい気持ちを抑えきれていないみたいである。
招待試合に出場することになった珠ちゃん。これはもしかすると、春高予選のレギュラーに珠ちゃんが選抜される可能性があるな……追い抜かれないように頑張らなきゃ。
うちのクラスは例に漏れず、文化祭の出し物を決めるのが遅かった。毎年のことだけど初動が遅いよね。業者に任せるからってのんびりし過ぎじゃない?
それはともかく、今年はなんの出し物をするのであろう。
「では、うちのクラスでは源氏物語カフェで決定します」
自分が挙手したお化け屋敷は却下された。カフェが大人気だったのだ。私は一昨年コスプレ喫茶をしたので、別のことをしたかったけど多数決なので仕方ない。
それにしても……源氏物語カフェとは…? え、なに、みんなで戦うの? 壇ノ浦の戦いみたいな…?
「つきまして配役決めですが、平等になるようにくじ引きで決めます。接客も裏方も平等にくじです」
クラス委員長の提案にクラスのあちこちからブーイングが出た。まぁ、希望がある人は色々不満なんだろうね。でもある意味平等だ。挙手制で決めても何かと理由つけてサボる人もいるし。誰とは言わないけど。
それにしても源氏物語ってどんな話だったっけ。祇園精舎の鐘の声、諸行無常……確か平氏と源氏が戦うんだよね、聞くだけでむさ苦しそうなカフェだな。扇子を矢で射抜いたのが那須与一だったっけ?
「そんなの横暴よ! 慎悟様は当然光の君! 他のじゃがいものような男に光の君をさせたくありませんわ!」
背後から巻き毛がブーイングを飛ばす声が聞こえてきた。
光の君……あれ。出てくるのって弁慶とか牛若丸とかじゃなかったっけ。慎悟なら美少年な牛若丸ぴったりだと思うんだけど…
「そして私が藤壺の更衣!! あぁぁなんてことでしょう禁断の愛ですわァァ!」
「櫻木さん、静かにして下さいね」
ひとりで盛り上がる巻き毛をクラス委員長が淡々と注意している。何故巻き毛はあんなにも興奮しているのだろうか。
予めクラス委員長が用意しておいたくじを順番に引いていくと、クラス中で悲喜こもごもの声が聞こえてきた。
表に出る人はみんな武者姿で接客するのであろうか…。私は深く考えずにくじを引いたのだが、私が引いたくじには【紫の上】と書かれていた。
紫の上? …そんな人物、いたかなぁ…
「君は六条御息所の方が似合いそうなのにね。“彼女”なら紫の上がぴったりだけども」
「…あんたはなんなの?」
「見事に大当たりだよ」
ピラリと見せられたくじには【光源氏】と書かれている。
……あの軍記物語に光なんていたっけなぁ…
なんだか嬉しそうに笑っている上杉を胡乱に一瞥してやり、くじを見て呆然としている慎悟のもとに向かった。
「慎悟慎悟、くじどうだった? 牛若丸だった?」
「……それ、平家物語だろ。違う物語だよ……もう最悪だよ」
慎悟に平家物語と言われてハッとした。物語違いであった。私ずっと軍記物語カフェでもするのかと思っていたよ。お客さんがお茶を飲んでると、突然陣取り合戦が勃発する参加型カフェかと…
それよりも慎悟の様子だ。すっごく嫌そうな顔をしている。ハズレくじでも引いてしまったのだろうか。私が慎悟の手元を覗くと、そこには【藤壺の宮】と書かれていた。
「え? 何その人どんな役柄なの?」
「…あんたの役柄の叔母に当たる人だよ」
「…あ、女の人なんだ」
不勉強ですまんな。源氏物語…平家物語とミックスされてどんな話だったか思い出せないや。あとで調べてみよう…
「なんですってぇぇ! この私が弘徽殿の女御!?」
巻き毛がキャンキャン喚いている。どうやら彼女もハズレくじを引いてしまったらしい。クラス委員長に詰め寄ってやり直しを求めているが却下されていた。
慎悟はそれを聞いてガクリと肩を落としていた。体育祭の王様コスプレにしても去年の文化祭マッドハッターにしても、慎悟ってコスプレ運悪いよね。どんまい…
「二階堂さぁん、くじなんだったー?」
「紫の上だって」
「わたし、葵の上なの! 名前が似てるね!」
きゃっきゃと笑っている瑞沢嬢もどうやら源氏物語をあまり理解していない様子だ。
ぴかりんは【朱雀帝】で、阿南さんは【夕顔】。幹さんは裏方の座をゲットしてひとり拳を握って喜んでいた。裏方の人も世界観のためにコスプレするが、召使いの恰好をするので、メインキャラクターのような重装備にはならないそうだ。
基本的に裏から出てこないのに力の入りようがすごい。さすが英学院である。
当番制になるので、主要人物を2人ずつ選出された入り乱れの配役になっている模様だ。もうひとりの紫の上には男子である菅谷君が選ばれていた。彼は慎悟と同じくがっくりと項垂れていた。…焼肉系男子、頑張れ。紫の上の星を目指すのだ。
物語を把握してないので、それぞれのキャラをいまいち理解していないけど、メチャクチャなカフェになりそうだなと言う予想は概ね外れていないと思うんだ。
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