お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

何故あんたに色気がないと断言されなきゃならないんだ。私達は清い交際をしているのよ!

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「慎悟おまたせ!」

 明日の試合のためにシフト調整で初日の今日は長めに働いていたが、慎悟は違う。一足先に上がった彼は十二単を脱ぎ去っていつもの制服姿に戻っていた。その姿でも十分美形だが、お雛様のように綺麗だった慎悟をもう少し撮影しておくべきだった。
 私の上がりの時間まではクラスの友達とその辺をぶらついていたようで、慎悟の手には数枚のパンフレットがあった。

「何見てきたの?」
「2年のクラスでうどん屋をやっていたから菅谷たちと食べてきた。笑さんはお腹すいてないか?」
「お客さんからお菓子ごちそうになったから今は要らないかな」

 甘いものは苦手だからとお客さん数名がお菓子をくれたんだ。じゃあ何故頼んだのだとは思ったけど、ありがたく頂いた。お陰で口の中がまだ甘い気がする……今日はもう甘いものは要らないな。

「ていうかね、今お店がすごいことになってるんだよ! ぴかりんが指名率NO1なの!」
「山本は朱雀帝だったな」
「そうそう」

 朱雀帝は光源氏の腹違いの兄だ。ぴかりんは男装して接客しているのだが、超かっこよくてねぇ……遅番のぴかりんや阿南さんもシフト調整しているため勤務時間が少し被ったのだけど、とにかくすごかった…
 お店のコンセプト的に指名制になるんだけど、ぴかりんは指名移動に大忙しであった。写真撮影も頼まれまくっており、売れっ子状態。正に男装の麗人という言葉がぴったりで……

「みんなで写真撮ったんだよ! …慎悟は一緒に撮ってくれなかったよね…」

 高校最後の文化祭なのに。思えば去年の文化祭でも写真撮影していなかった気がする…

「あ、隠し撮りした写真消しておけよ」
「やだ」

 余計なことを思い出した慎悟から、藤壺の宮写真を消せと言われたが、私はスマホを出すこと無く、その指示を拒否した。

「慎悟は美人だから堂々としていても大丈夫だよ! とても綺麗だった! 自信持って私の彼氏なんだって言える!」
「そういう問題じゃない。ほら、出せ」
「やだぁ! どこ触ってるんだよー!」

 私は彼を安心させようと思って言ったのに、慎悟は私のスマホを取り上げようと身体を…具体的には制服のポケットを捜索し始めた。プリーツスカートのポケットのある辺りを触られるとくすぐったいと言うかなんというか。
 スマホを奪われないように慎悟の手を抑えたが、すでにスカートのポケットに手を突っ込まれかけている。

「ちょ、くすぐったい! もぞもぞしないでよ!」
「写真を消さないあんたが悪い」

 私達は廊下の隅っこでスマホ攻防を繰り広げていた。慎悟としては女装写真を残してほしくない一心で、私はそれを拒否したくてそれを続けていたのだが……

「廊下のど真ん中で堂々とイチャついて…君たち節度がないんじゃないの?」

 周りからはイチャつくバカップルに見えたらしい。
 同じシフトだった上杉はひとりで文化祭を回っていたのか? …それとも私を待ち伏せしていたのかは定かではないが、私達を面白くなさそうに観察していた。

「失礼な! 私達は純異性交遊を続けているのよ! その言葉撤回してもらおうか!」
「余計なこと言わなくていい」

 上杉のチクっとした嫌味にムッとした私は撤回を要望したが、慎悟に止められた。慎悟は私の肩に手を回すとその場から引き剥がすようにして歩き始めた。

「まぁ、彼女の様子からして進展はしていないだろうなとは気づいていたけど……もしかして加納君…その気が起きないの?」

 無視するようにして上杉を放置していたが、上杉は私達の後ろを堂々とストーカーし始めた。奴はニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべ、挑発を始めたのである。

「…お前には関係ない」

 慎悟は素っ気なく返す。
 そんな事ないよ、私が待てをしている状態なんだと言い返したいけど、慎悟から余計なこと言うなと言われたばかりだ。私は口を開かなかった。

「やっぱり色気がないからかな?」
「はぁー!? そんなことないよ!」

 上杉の言葉にカチンとしたので振り返って反論しようとしたけど、慎悟に身体を押されて阻止されてしまった。
 失礼な奴め! そんな事ない! 確かに中の人はバレー馬鹿だけどそんな事ない、はず……  
 ……体育会系の私は色気があるタイプではない。エリカちゃんは美少女だが、お人形さんのようで、汚してはいけない美しさがあるタイプ……その組み合わせだと…色気って……
 隣にいる慎悟をチラリと見上げた。
 通常時で色気のある慎悟。藤壺の宮な慎悟を思い出すと、私は今更になって女としての自信がぺしゃんこになりそうになった。


 普通に歩いていると最後まで付き纏ってきそうだったので、早歩きをして撹乱させて上杉を撒いた。

「…上杉は笑さんに相手して欲しいからわざと吹っかけているだけだ。あいつの言ってることはあまり気にするな」
 
 人気のない屋上前階段踊り場までたどり着くと、慎悟が私を慰めてきた。
 …わかってるんだ、上杉の言葉の大体は私の反応を見て楽しむような発言ばかりだから。
 …だが私にはちょっとグッサリ来た。美少女の皮を被った私にはそもそも色気というものが存在しないのではと不安になってしまったのだ。
 私は弁解したかった。生前の私にだってどこかに色気は残っていたはずだ。そうだ……ロリ巨乳と比べるのはあれだけど、ぺったんこというわけではない。正反対な私とエリカちゃんだが、共通点があった。
 俯きがちになっていた私はゆっくり顔を上げた。視線の先には慎悟のお美しい御尊顔である。私は情けなくなりそうな顔をキュッと引き締めて、震える声で言った。

「…慎悟あのね。私とエリカちゃん、体格は異なるけど…胸の大きさは同じくらいなんだよ…」
「は……」

 私は汚名(?)を濯ぎたかっただけなのだ。何故上杉ごときに色気がないと断言されなきゃいけないのかと。それによって慎悟に気を遣われなきゃならないのかと。
 私の訴えを慎悟は呆然とした顔で聞いていた。まさか、これは信じてくれていないパターン?

「信じてよ…」
「……外でそういう事言うのやめろよ…本当に」
「本当なんだよう…」

 だってグサッてきたんだもん…
 私は先程まで文化祭デートにワクワクしていたのに、上杉による言葉のナイフで傷ついてしまった。
 情けなくも泣きそうになっていると、慎悟が身体を引き寄せてきた。身体がくっついたことによって相手の心臓の音が聞こえてきたが、慎悟の胸の鼓動は少し早い気がした。 

「…色気がないと俺が言った事じゃないだろ。…俺は我慢しているんだぞ。そういう事言って煽るのは控えてくれ」
「…ごめん」

 私は単純に上杉の言葉を否定したかっただけなのだが、よくよく考えたらはしたない発言だな。今になって恥ずかしくなってきた。
 首にグリグリと慎悟が顔を押し付けてきてくすぐったい。…首筋にキスするのは止めてくれないかな、変な気分になるから。まずいぞ…慎悟が色仕掛けをし始めてしまった。今回は私のせいなのであまりきつくは言えない。
 だけどここ学校だし、私達はまだ清い関係でいたほうがいい。私は空気を変えるために話題転換をすることにした。

「明日、10時過ぎにお祖父さん来るって」
「……」

 私がお祖父さんの来訪予定を知らせると、慎悟の身体がぴしっと固まった。緊張させてしまったであろうか。
 念の為に伝えておこうと思っただけなのだが、今はまずかったかな。

「お祖父さん、私の試合も観ていくって。…それと依里と渉も遅れて試合観戦に来てくれるんだ」
「…遭遇したらまずくないか?」
「2人には前もって言ってるから多分大丈夫」

 渉ひとりだと心配だが、依里がいるからね。
 慎悟は私からそっと離れると、緊張した顔で私を見下ろしてきた。

「大丈夫。2人で頑張ろう。精一杯のおもてなしをしてあげようね」

 今私達が出来ることはお祖父さんをおもてなしすることくらいだ。不安がるな。案ずるより産むが易しっていうでしょう。やるしかないんだよ。
 大丈夫、粗相しなければ印象が悪くなることはない。

「…櫻木達に念押ししておいたほうが…」
「どうかな。最近加納ガールズ、慎悟の言うこと聞かなくなってるでしょ」

 ここで念押ししても彼女たちは暴走するだけだと思うな。言って聞いてくれたらいいけど…
 私はぴかりんや阿南さん、幹さんに協力を求めている。友人たちにはサラッと今の慎悟と私の婚約までの進捗状況を伝えているので、陰ながら助力すると心強いお言葉を頂いた。つまり加納ガールズの暴走を水際で阻止してもらうのだ。
 
「弱気にならないの。慎悟はどこに出しても恥ずかしくない、いい男だ。大丈夫、胸張っていこう」
「…本当、笑さんは男前だよな」

 何やらため息を吐かれてしまった。なんだよ元気づけてあげたのに。私がジロッと上目遣いで軽く睨みつけると、慎悟は苦笑いしていた。
 慎悟はそっと頬を手の平で撫でて、私の顔を上向かせた。

「そういうところも好きだけどな」
「む」

 私は何かを言おうとしたが、慎悟の唇に塞がれた。口づけに夢中になっているうちに自分が先程まで何を言おうとしたのかを忘れてしまった。

 ちょっとしたおしゃれで付けた色つきリップが慎悟の唇に移ってしまったけど、私はあえて何も言わないでおいた。
 大丈夫、ほんの少し色づいているだけだもん。
 ……私のおちゃめな独占欲である。

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