お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

雛子と都【前編・三人称視点】

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※登場人物に関係する人たちの過去話です。
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 あるところに2人の姉妹がいた。
 姉の雛子ひなこと妹のみやこ。2歳差の彼女たちはあまり似ていなかった。華やかな雛子に対して、美しい人形のような都。
 同じ環境で同じように育てられた2人ではあるが、周りの評価は「お姉ちゃんの雛子ちゃんは利発な子なのね」で、妹の都に対しては「都ちゃんはのんびり屋さんなのね」と言った感じであった。

 同じ血が流れる姉妹でも優秀さは一致しない。いつしか、優秀な姉の雛子と、凡人な妹の都というイメージが付いてしまった。
 いつも明るい場所にいるのは雛子。都は影でそんな姉を羨んでいたのか?
 そんなことはなかった。

 ……実際のところは少し違ったからだ。


 その日、妹の都は憤りを隠さずに、姉の行く手を塞ぐようにして立ちはだかった。
 都は泣きそうな所をこらえて姉を睨みつけるが、姉はそんな妹を胡乱に見下ろしていた。

『お姉様、どうして私が作ったワンピースを自分のものだと偽って先生に提出したの?』
『…都、あなたあの作品はなんなの? 地味で華やかさのかけらもない。お陰で私が恥をかくところだったわ』
『人のものを盗んでおいてよくも…!』

 姉妹がいくつか習っている習い事の一つである洋裁の課題で、自分でデザインしたワンピースを作るようにと課題を出された。
 いつまで経っても課題に手を出さない雛子に対して、都は早速デザインをいくつか描きあげて地道に制作していた。糸くずまみれになりながら自力で作り上げたワンピースを見た時は達成感で高揚したほどだ。
 自信を持って先生に提出できると思っていたのに、提出日前日にそれが部屋から忽然と消え去ってしまったのだ。……作り直す時間もなく、都は未提出のまま、習い事の先生に叱られてしまったのだ。

 姉はそんな都を見てほくそ笑んでいた。彼女の手には都が制作したはずのワンピース。都の好みである昭和レトロ風のワンピースを当時の写真資料からデザインして型紙から手作りしたのだ。布だって、昭和らしさを追求していくつもお店を探し回った。
 都が頑張って作った、世界でたった一つのワンピースだったのだ。

 なのにそれを悪びれもせずに盗んで自分のものとし、挙句の果てに地味と吐き捨てる姉の雛子。

 都は拳を握って怒りに震えた。
 …こういうことはなにも初めてではなかった。
 生まれた時から姉に敵対心を向けられていた都。姉の雛子は何かに付けて競いたがった。
 都は姉と競い合うつもりはなかった。出来ることなら姉と仲良くしたかったが、姉はそうじゃなかったらしい。
 都は当初、自分がなにか気に触ることをしたのではと気に病んでいた。だがその内そうではないのだと気づいた。姉の雛子は妹である都に勝ちたいのだ。…姉は自分が一番でなければ許せない人なのだと。
 この姉はたとえ、汚い手を使ったとしても妹よりも優位に立ちたいと考えているのだと理解した。

 雛子は甘え上手で、都が両親に構われていると決まって、なにか理由をつけて割り込んできた。そして都に与えられるはずの愛情までも奪い取ろうとした。
 両親は雛子のことも都のことも大切に想っていた。彼らも姉のほうが出来が良いと誤解をしていたが、そのことで妹である都を理不尽に叱責することはなかった。都は都のペースで頑張ればいいと温かく見守ってくれていた。
 よく言えばおおらかで、悪くいえば鈍感な両親であった。
 両親は確かに都のことも愛してくれていたが、彼らと都の間には雛子という壁が阻んでおり、なかなか近づけなかったのである。

 家族仲が崩れることを恐れて、姉から受けた仕打ちを多忙な両親に相談することをためらっていた都は1人で耐え続けた。
 告げ口をしたら、姉がどんな反応をするかわからなかった。怖くて動けなかったのだ。
 
 だが、そんな姉に妨害されても都は腐らず、自分に与えられた課題をしっかりこなそうと頑張っていた。
 幼い頃より教養として習わされていた習い事にも学業にも全力で挑んでいた。身につけたものはいつか自分の血肉に変わると習い事の先生に教えられたからだ。自分のために頑張っていた。


 2歳上の姉はそんな都の足を引っ張る存在で、見ず知らずの罪を被せられることも少なくなかった。
 どんなに訴えようと、姉はまともに受け取らなかった。むしろ都が悪く言われるように印象操作することもあり、都はだんだん声が小さくなった。
 何を言ってもこの姉には届かないのだと諦めてしまったのだ。


 都はなるべく姉とは離れていたかったので、滅多に言わないわがままを言って高校は全寮制の学校に進学した。2歳上の姉と高校在学時期が被るのはたったの1年であるが、その一年が耐えられなかったのだ。
 両親は親元から離れることに難色を示していたが都の意志を尊重してくれた。
 進学先の学校は実家から県1つ跨いだ離れた場所にあった。全寮制ということで、門限や規律などガチガチに縛られた環境であったが、都はあの姉から離れられてホッと息ができた気がした。
 
『都さん、良かったら僕と付き合ってくれないかな?』

 学校生活を送るようになって半年ほど経過した頃、いい雰囲気になった男性がいた。
 彼は同じ学校の3年生。都の2歳上だ。同じ部活動で親しくなった先輩。その頃流行りだった若手俳優に似ていると評判で、多くの女性徒に人気だった。
 都も彼に憧れていた一人であったが、なんとあちらから都に好意を向けてきたのだ。

 はじめ都は戸惑った。
 都はこれまで姉の影に隠されて生きてきたので、自己肯定力が低かったのだ。姉・雛子のいない環境に身を置いた都が、周りの生徒達にどんな印象を持たれているかを知らなかった。
 都は繊細な顔立ちをした美しい少女だった。おとなしそうな女の子で、いつも一人でいることが多かったが、努力家で成績優秀、教師からの覚えもめでたい優等生だ。彼女こそ憧れの的だったのだ。
 …なのだが、皆が注目していることに彼女は気づいていなかった。

『高嶺の花である都さんとお付き合いしていると友人に話したら、ひどく恨まれたよ』

 彼は都に初めての恋を教えてくれた。都はどんどん綺麗になって、笑顔が増え始めた。
 入学した当初は人形のように表情が少なかった彼女の周りに人が集まるようになったのもこの辺りからである。都には沢山の友人が出来た。
 こうして先輩とお付き合いを始めた都だが、身体の関係だけは断固として拒否していた。学生という身分であり、交際歴も浅い。そういうことはまだ早いと考えていたのだ。

 それが悪かったのか。
 それとも、どっちにせよ、こういう結末に陥っていたのかはわからない。


『…ごめん、都さん…』
『私達、お付き合いすることになったの』

 高校の文化祭で知り合って、その日のうちに男女関係に陥ったらしい。
 彼は運命だって、本当の恋を知ってしまったと言っていたが、きっと違う。

 彼女は…彼が妹の恋人だと知って、招待していない文化祭にわざわざ乗り込んで彼に近づいたのだ。
 わざわざ、遠く離れたこの学校までやってきた雛子。体を使ってまで奪いたかったのか。妹の恋人を。


 彼が私を好きだと言ったのは何だったのか。
 ──身体を許せばよかったのか。
 ……私を馬鹿にしているのか。

 …姉も姉だ。どこまで私から奪えば気が済むのか。
 都の中でピシリピシリと何かがひび割れた音が聞こえた気がした。


 まもなく彼らの交際は両家の知ることとなり、婚約が内定したのである。


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