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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
遺伝子越しの握手。目の前に本人がいるんですけどね。
しおりを挟む珠ちゃんから握手を求められ、輝く瞳を向けられた渉は引き気味であった。
「遺伝子越しの握手…! 一生の思い出にします…! 稲妻スパイクを放つ松戸さんと同じ遺伝子を持つ手の平……なんだかご利益がありそうです」
珠ちゃんが渉の手をニギニギ握りながら、そんな発言をしていた。
確かに私と渉は同じ両親から生まれて、同じ血液型、同じ遺伝子、場合によっては骨髄型とかも一致したかも知んないけどさ、その発言はちょっと引いちゃうよ。憧れてくれるのは嬉しいけどね。
「弟さんもバレーをなさっているんですよね! 今度の予選大会には出場なさるんですか?」
「…補欠としてベンチ入りはします…」
監督に寵愛ならぬ、鬼指導されている渉だが、それはそれだ。決して依怙贔屓されずに選抜されたメンバーで出場らしい。
私は渉の側にはいられないので、弟がどのくらい強くなったのかを把握することは出来ない。
「私たまに高校の体育館覗きに行くけど…あいつ、強くなったよ」
「そうなんだ」
依里の言葉に私は目を瞬かせた。
彼女は誠心高校の卒業生だ。多忙の合間を縫って、渉の様子を観に行ってくれるらしい。
「…女子部の監督さ、笑がいなくなって覇気がなくなったけどさ……渉が入学してから元気になったのよ。引退したくせに今は毎日渉にくっついて指導してるんだってさ。元気になったなら良いけど、無給でよくやるよね」
「……そっか」
依里はそう言ってカラカラ笑っていた。
高齢を理由に引退した女子部の監督であるが……弟の渉が高校入学してからずっと、頼んでいないのに指導しにやって来るらしい。押しかけ女房ならぬ、押しかけ監督である。
最後に会った時、監督の元気がなくなっていて心配だったけど…今も元気に指導しているなら良かった。その代わり気に入られた弟は大変だろうけど。
「私、松戸笑選手の試合を見て、バレーを始めたんです! 今でも時折試合記録を見返しているんですけど、やっぱりすごいですよね! あのくらいの才能があれば高1の段階で世界大会出場への切符も目に見えていたんじゃないですか!?」
「そっすね…」
そうだね、出場できるチャンスが有れば、若年選手対象の世界大会とかにも出場したかったなぁ。
……でも珠ちゃん、称えてくれるのは嬉しいが、こうして目の前で伝説扱いされると恥ずかしいな。
珠ちゃんに感激されて対応に困っている弟の渉へ目を向けて…私は真顔になった。現在175cmだという珠ちゃんよりも……おそらく渉のほうが高い。
「ねぇ…渉…まさかあんた、また身長伸びた?」
「えっ?」
「目線が、依里と一緒」
私がわなわな震えながら問いかけると、渉は引きつった顔をして後ずさっていた。……依里だけでなく、あんたも伸びたっていうのか。
背が伸びなくて苦しむ私を置いて伸びたのか!! すくすく成長してんじゃないよ!
「180超えたのか!? 縮め。さもなくば私に分けろよ!」
「無理だよ!」
「足のところノコギリで切って移植してよ!」
「やだよ!」
畜生わかってたさ、弟は男だからいずれ私の身長を軽々越えることは予想してた。だけどあまりにも早すぎる! 目の当たりにすると嫉妬心が抑えられないよ!
渉の胸ぐらを掴んでがくがく揺さぶるが、渉は全く堪えていない。制服のシャツがシワになると文句言われたけど、私の衝撃はシャツがシワになることよりも大きいんだぞ!
私が渉に身長を寄越せと言い続けていると、背後からその手を掴まれて慎悟に止められた。
「やめろって」
「だって…」
私の周りの人間は伸びてるのにこの身体ちっとも伸びないんだもん。155から156に伸びた時の奇跡は何だったのよ。
慎悟に拘束された体勢で、私はガクッとうなだれた。
「…弟、ねぇ…」
ボソリ、と呟かれた言葉に顔を向けると、三浦君がジロジロと渉を観察していた。
三浦君には前科があるので、どうしてもその探る目が見逃せない。私は渉を背中に隠すと、三浦君を睨みつけた。…頭どころか身体を全く隠せてないことは突っ込まないで欲しい。
「ちょっと、私の弟に手を出したら許さないよ!」
「失礼な。似てるなぁと思っただけだよ!」
渉の夢への道の妨害したら本当に許さんぞ。二階堂家の権力乱用してでも制裁加えるからな!
三浦君は「心外」と言いたげな顔をしているが、私も警戒せずにはいられない。
「…弟?」
珠ちゃんの不思議そうな声に私はギクッとした。体育館2階の観覧席の一角にいるのは、私達だけでない。憑依を知らない珠ちゃんもいるのだ。
「いや、ほら、色々あって弟のように思っているんだ!」
「なるほど! 親しくされているっておっしゃっていましたもんね!」
いかんいかん。つい口が滑ってしまった。珠ちゃんをこの事に巻き込む気はないから隠し通さなきゃ。
珠ちゃんは素直に信じてくれた。私が松戸家と家族ぐるみの付き合いをしていると知っているからであろう。…良かった。
「じゃあ私達帰るけど…また空回りして怪我しないようにね」
「え、もう帰るの?」
「文化祭の終了時間までもう間もないでしょ」
依里は自分の車で渉を連れてきてくれたんだ。
せっかくここまで来てくれたのだ。文化祭でなにかおもてなしをしたかったが、何も出来なかったな。土曜の今日も渉は部活で、ここに来られるのがこの時間になってしまったのだ。仕方がない。
せめて正門までお見送りしようと、渉と依里と3人で並んで体育館を出た。
「姉ちゃん、随分熱烈なファンいたんだな」
「ね、私もびっくりした」
帰り際にもう一度珠ちゃんに握手を求められた渉は「あの子握力強い」と手を振りながら苦笑いしていた。
珠ちゃんはスパイクの威力を高めるために、ダンベル運動も課してるって言っていたからなぁ。細そうに見えて筋肉しっかり身についてるんだよねぇ。
「でもあの子の言ってることわかる。俺も姉ちゃん達がバレーやってる姿に憧れて始めたし」
幼い頃、私と依里がバレークラブでプレイしている姿を体育館の隅で三角座りをしてぼうっと眺めていた弟は、今じゃ同じ夢を見ている。
私と弟はあの日離れ離れとなり、いまじゃ血の繋がりのない他人同士という関係だ。私達がいくら姉弟であると言っても、何も知らない周りの人間には信じてもらえないだろう。
「…その体になってさ、姉ちゃんも色々悩むことあるだろうけど…姉ちゃんは姉ちゃんだし、そのままでいいと思うよ」
弟も、両親も、色々悲しんだろうし、苦しんだろうに、いつも私のことを心配する。離れた場所にいても私の応援をしてくれる。……今はここが私の居場所だって理解できているけど、時折家族の側が恋しくなるんだ。
鼻がジンとしびれた気がしたが、私はそれをごまかすために「手出して」と渉に命じる。
渉が首を傾げながら手を出してきたので、私は珠ちゃんに負けない、力強い握手をした。
渉の手は大きかった。小さかった弟はすっかり大きくなっていた。
「渉、いくら補欠出場でも油断するんじゃないよ。誠心高校は強い、それ故にアクシデントも多い。…いつチャンスが訪れるかわからないから、ちゃんと準備を整えておくんだよ」
誠心高校は英学院とは比べ物にならないくらい、弱肉強食の世界だ。代わりの選手は掃き捨てるほどいる。
補欠として出番があったときの働き具合で、実になるか、腐り落ちてしまうか…選手たちの意識が見られる場でもある。その態度を監督たちは注視しているんだ。
「…録画して見てるからね。…あんたの本気のスパイクをいつか必ず見せてね」
渉は目を丸くしていたが、手を握り返すと、しっかりうなずいていた。依里はそんな私達を黙って見守っていた。
正門前まででいいと言われたので、2人を見送って体育館に引き返そうとしたら、ちょうど帰るところだったらしい三浦君、お見送りの慎悟とかち合った。
「もう2人は帰ったのか?」
「うん、あまり遅いと渋滞に引っかかるからって」
慎悟に尋ねられたのでそう返事すると、私は隣にいた三浦君を見上げた。文化祭を満喫したようだが、他校生である彼はこんな事をしている暇はないと思う。
「……三浦君さぁ、受験生なのに遊んでていいの?」
今11月よ? 英学院大学部の一般入学試験は確か2月だ。受験生が遊び回って大丈夫なのか。外部受験は内部進学よりもハードルが上がるというのに大丈夫なの?
「見くびられるとは心外。余裕だよ余裕。それに文化祭に来て並んだお陰で源氏物語のコスプレなんて面白いもの見れたしね」
まぁ、普段見られないものが見れて気分転換になったのかもしれないけど…
「だけど三浦君は一番の見所を見逃しているよ」
「え…?」
確かに夕霧な慎悟はかっこよかった。だけどあの慎悟を見たらきっと…
「だって慎悟の美しい藤壺の宮な姿を見られていないじゃない」
その瞬間、私達の周りから音が消えた。
異変を感じた私は目の前にいる男2人を見比べた。手の平で額を覆ってうなだれる慎悟と、驚愕の表情で固まる三浦君がそこにいた。
「えっ、写真は? 藤壺の宮の写真はないの?」
「…笑さん…」
「えっ、言ってなかったの? ごめん、てっきり知っているものだと」
嘘だろ何それ見たかった! と騒ぐ三浦君は決して面白がっているのではなく、本気で見たかったと残念がっていた。
その後激しい「写真を見せろ」コールが三浦君から投げかけられたが、慎悟が無理やり正門の向こうに彼を追い出していた。
三浦君が正門の外で「見せろよー」と騒いでいたが、慎悟はそれを無視すると私の腕を引いて引き返してしまった。
そのあと慎悟からスマホ出せと言われたけど、断固拒否しておいた。
■□■
今年の後夜祭ではちょっと趣向を変えて、ミスコンミスターコンなるものが開催される。
ルールは簡単だ。所定の位置にタブレット端末があるので学生証で認証の上、画面操作で投票するだけ。締め切り時間後に自動計算されるという仕組みだ。
見事表彰された人には記念品が授与されるそうだ。あと栄誉かな。
制服に着替えた私は、慎悟とともに後夜祭に参加していた。特設の壇上の上では実行委員と生徒会役員が後夜祭の進行を進めている。
「誰に入れるか迷ったんだ。ミスターは迷いなく慎悟だけど、ミスも慎悟に入れたくて…慎悟以上にきれいな人いないし…」
「おい」
「仕方がないからエリカちゃんに入れた」
他の人に投票しても良かったけど、やっぱりエリカちゃんの美貌にかなわないと言うかさぁ…。外から見たらナルシストに見られちゃうんだろうなぁ……
エリカちゃん可愛いやん。ええやん別に…
『お待たせいたしました、集計が終わりましたので只今よりミス・ミスターコンテストの結果発表を行いたいと思います。呼ばれた方は恥ずかしがらずに壇上までおいでくださいませ』
マイク越しに実行委員がコンテスト結果の発表を始めた。
まず最初はミスター部門からの発表だ。私は慎悟かなと期待していたけど、映えあるミスターに選ばれたのは別の人物であった。
『初代ミスター英に選ばれましたのは、3年3組山本ひかりさんの朱雀帝です!女性票がダントツでした!』
うん。なんとなく予想はしてた。
壇上に上がったぴかりんは王様のような王冠とマントを付けさせられて困惑した顔をしている。だけどぴかりんの男装は本当にかっこよかったもんなぁ…1位か……
『続いてミス英の発表です。…この方はミスター部門でもいいところまで行ったのですが、あと僅かでした。ミス英に選ばれましたのは、3年3組加納慎悟君です! とても美しい藤壺の宮が人気でした!』
「……」
『どうぞ! 壇上へ!!』
慎悟は俯いていた。
初日だけの女装だったのに、慎悟の美貌は多くの人の心を掴んでしまったらしい。
渋々あがった壇上で、実行委員からティアラと女性用のマントを付けさせられそうになっていた慎悟だが、それを拒否していた。
称賛の拍手を向けられてもちっとも嬉しくなさそうで、彼は死んだ目で佇んでいた。
「ぎゃー慎悟様ー!」と加納ガールズが甲高い声で慎悟に歓声を上げているが、慎悟は全く嬉しそうではない。彼は宙を見つめて無の境地にいた。
あれだけ女装を嫌がっていたのだ、仕方がない。後で慰めてあげようと思う。
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