お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

月夜の下で踊ろう

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 パーティ会場を抜け出して連れてこられたのは外だ。慎悟は無言のまま、私の手を掴んでずんずんと先を進む。どんどん会場から遠ざかって、会場内の音楽が遠くなっていった。

 ……寒い。私は寒さにブルッと震えた。
 季節は12月。そして私は肩出しドレス姿だ。寒いに決まっているだろう。男子はスーツの中に着込めるだろうけど、女子には限界があるのよ!!

「ねぇ慎悟、寒いんだけど!」

 寒さに耐えかねて声をかけると、彼の足がピタリと止まった。

「……笑さん」

 慎悟の声は硬かった。
 そこには校舎の他に外灯がぽつんとひとつあるだけ。ぼんやりとした明かりに照らされた慎悟の瞳はめらめらと嫉妬の炎に燃えているように見えた。

「…どこ触られた?」

 ぴとりと頬にくっつけられた慎悟の手はあたたかい。急に触れられてびっくりした私は小さく肩を揺らしてしまった。
 …上杉なんかに嫉妬しないでほしいんだけどな。なんか損した気分にならない? 私も微妙な気分になるしさ。 

「そこじゃない。もっと下」

 慎悟の手を掴んで、触られた箇所に誘導した。
 あの時の私は上杉から首を絞められるんじゃないかって、第二の人生の終わりを錯覚したんだよ。ゲームで言う、ゲームオーバーみたいな。蛇に睨まれた蛙のごとく、恐怖で動けなかったんだ。
 されたのはただのセクハラ行為だったけどさ。

「ふふ、くすぐったい」

 さわさわと触れられるとくすぐったい。身を捩った拍子に頬と肩で慎悟の手を挟んでしまった。
 慎悟の手で消毒だ。上杉に触られた感触なんか忘却の彼方へさよならしてしまえ。

「肩も触られた。…あいつ本当…人形を愛でるような目で見やがって…」

 あんなにも嬉しくない、絶望を感じる『キレイ』という褒め言葉、なかなかないよ。上杉に言われなくとも、エリカちゃんがキレイで可愛いくて最強なのは中の人である私がよくわかっとるわ!
 思い出して憤っていると、外灯の明かりがフッと遮られて視界が暗くなった。慎悟が屈んで来たので、彼の身体によって光が遮られたのだ。
 私はてっきりキスでもされるのかと思って、目を閉じたのだが……

 何を思ったのか。慎悟はガブリッと首筋に噛み付いてきたのだ。

「は!? ちょっと! なに!?」

 所有を示す痣を残すのではなく、思いっきり歯を立てて噛み付いてきたぞこいつ。噛みつかれたとは言っても、血が滲むまではいかない。甘噛みだ。
 嫉妬に狂って衝動的に噛み付いたのか。あんたは犬猫なのか。はたまた吸血鬼だったのか?
 何故そんな行動に走ったのかは不明だが、今日の衣装でそれをされるとまずい。歯型を付けたまま会場に戻るとか…どんな目を向けられるか…!

「だめっ、やめなさいってば! 歯型が残るでしょ!?」

 私がやめるように注意すると、慎悟はあっさり噛み付くのを止めた。
 顔を上げた慎悟の表情は、ムッスリと不機嫌そうである。こっちだって不機嫌な顔したいよ。なにが悲しくてストーカーに襲われた後に彼氏から噛みつかれないかんのよ。
 私は慎悟の頬を両手で挟んで引き寄せた。啄むようなキスを送ると、慎悟は大人しくそれを受け入れていた。  

 全くとんでもないお坊ちゃんだこと。彼女の首に噛み付くとか……私の命でも狙っとんのか。肉食獣か貴様は。
 唇をそっと離すと、息のかかる距離で私と慎悟は見つめ合った。心許ない外灯だけの明かりだけだというのに、慎悟の瞳はハッキリ見えた。

「…ごめん」

 慎悟は羽織っていたジャケットを脱ぐと、私の肩に掛けて謝罪してきた。ごめんで済めば警察はいらないよ? どうすんだよ、これ絶対に歯型が残ってるぞ。 
 上杉から逃げるにしても、別に外に逃げなくても良かったんじゃないの。人目がないとあいつは凶行に及ぶから、むしろ会場内のほうが安全だったかもしれないよ。
 なんだか変な空気になってしまったな。上杉が変態行為してきて、それから逃げたら今度は慎悟が首筋に噛みつき行為。何故そうなった。

「…踊ろ? 今度は慎悟が女性パートで」

 しょーんと慎悟が落ち込んでいたので、私はダンスに誘った。今度はダンスパートを交代だ。それで今の狼藉を許してやろう。
 慎悟は「え?」と困惑した声を出していたが、私は慎悟の腰に手を回して、彼の手を取った。

「おい、笑さん…」
「はい、ワン、ツー、ワン、ツー」

 ここには音楽が届かないので、掛け声に合わせで踊る。私が男性側の振り付けでリードすると、慎悟は困惑しながらもそれに合わせてステップを踏む。
 
「はいここでターン」

 グルーンと慎悟を回転させて引き寄せる。これなかなか様になってるんでない? 楽しくなってきたぞ。
 動いていると身体も温まってくる。白い息が宙で霧散した。こんな寒空の下で男女パート逆転して踊っている私達はさぞかし滑稽な姿に見えるだろう。
 だけど私達が楽しければそれでOKなのだ。こういう社交ダンスは人に見せびらかす目的もありそうだけど、踊っている人が楽しんでないと意味がないような気がするんだ。
 
 あぁでも普通のお嬢様は男性パートで踊ったりはしないか。私みたいにフォークダンスで男子パートに混ざることもない。
 でも仕方ないよね。私は元々お嬢様じゃないもの。……ホントお嬢様ってなんなんだろう。
 良家出身、富・名誉を持つ家の子女というイメージのそれは、数年前の私には雲の上の存在だった。あのまま生きていたらこうして関わることはなかったんじゃないかな。

「…ねぇ慎悟、お嬢様ってなんだろう?」

 私が質問すると、慎悟は目をパチパチと瞬かせていた。唐突な質問だったので、驚いたのかな。

「私はお嬢様をどう演じたらいいのかがわかんないの」

 ずっと私らしく生きたいと思ってきた。それと同時に、慎悟の隣に立っていても恥ずかしくないお嬢様にならなきゃとも思っているんだ。
 だけど“私”という個を殺して私がイメージするお嬢様を演じるのは、なにか違う気がするなって。
 理想のお嬢様像である寛永さんにアドバイスをもらったけど結局答えは見つからなかった。

 私も慎悟も生まれ育った環境が違う、価値観も違う、全く正反対の私達だからこそ、生まれる問題だ。
 以前、上杉に「環境が違うカップルは別れやすい」と言われたことが脳裏をよぎってしまう。私達がどうこうというより、周りがなにか言ってくるんじゃないかと不安になってくるのだ。
 私が私だから慎悟が好きになってくれたのはよくわかっているが、このままでは良くないのではないかなと不安になるんだ。
 私という人格はもう固定されてしまっている。今更別人のように成り代わるのは無理である。……だからこそ悩んでしまうのだ。

 慎悟は私の弱音を黙って聞いてくれていた。
 目の前に慎悟がいて、私はこうしてきれいに着飾っていて、今を生きていられる。それだけで幸せなのに、目隠しされて前が見えないような漠然な不安。
 こうして手を取ってくれる慎悟の手がすり抜けて、どこか遠くへ行ってしまったらどうしよう。
 そうなってしまえば、きっと私は情けなく縋って、止めてしまうに違いない。

 私は踊るのをストップすると慎悟に抱きついた。彼の胸に耳をくっつけるとトク、トク、トクと一定のテンポで鼓動する心臓の音。
 そっと背中に回された腕が、私を抱き締めてきた。…あたたかい。私は目を閉じて慎悟のぬくもりを感じていた。

「笑さんは笑さんらしくでいいよ」

 静かに慎悟は言った。

「…俺が好きなのは他の誰でもないあんたなんだ。誰かの代わりにはなれない。誰かを演じる必要はない」

 それはわかっている。
 だけどこのままでいいのかって迷いもあるんだ。
 私が納得してないと察したのか、慎悟がおでこにキスを落としてきた。 

「あんたは頑張ってる。みんなそんな笑さんを応援して、受け入れてくれている。このままで大丈夫だ。…いつもの我が道を行く笑さんはどこいったんだ?」

 そう言って苦笑いすると、今度はおでこをごっつんこしてきた。
 自分がゴーイングマイウェイな性格なのは自覚しているけど、私だって悩む時は悩むんだよ。だって私個人のことじゃないじゃない。慎悟や二階堂家に影響を与えるかもって真剣に考えていたんだから!

「別にバレー馬鹿の脳筋令嬢でもいいじゃないか。個性があって面白い」
「面白いで済ませるの!?」
「あんたはもうそのイメージが固定化されているから、無駄なあがきは止めたほうがいいぞ」

 否定できないけど、なんだか貶されているみたいで腹立つ!
 私が心外だと憤慨していると、慎悟は喉の奥を鳴らしながら笑っていた。この野郎、今度はその喉笛に私が噛み付いてやろうか!!
 背伸びして慎悟の喉に噛みつこうとしたら、察した慎悟が身を屈めて唇を重ねてきた。
 違う、そうじゃない。私はさっきの仕返しをしてやろうと喉に噛み付くつもりで…
 今差し出すのは喉だ。唇ではない。

 だけど慎悟はもうキスに夢中になっており、私は与えられる口づけを受け入れるしかない。薄目を開けると、目を閉じた慎悟の長いまつ毛が見えた。…キスしている顔まで美麗か。
 ……ん?
 ふわっと彼の背後を何かが舞った気がした。

 美麗な慎悟の目元とは別に、彼の後ろでチラチラ舞う白い物体に私は「フゴッ」と色気のない音を漏らしてしまった。慎悟の肩を押して引き剥がすと、私は空に視線を向けてはしゃいだ声を出した。

「雪! 雪だよ慎悟! 初雪だ!!」

 クリスマスパーティの夜に雪とか素敵じゃないの! 積もればいいな!

 私は手を伸ばして雪を手に乗せようとしたが、その手を慎悟に掴まれた。
 そのまま引っ張られて彼の腕の中に逆戻りすると、お色気ムンムンの熱い瞳で「雪なんかより、こっちに集中しろ」と至近距離で言われてしまい……ドコドコと心臓が大活躍し始めた。

 食べられてしまいそうなキスをされた私は見事に、慎悟の色気に陥落したのであった。

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