お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

間違いない、5年位寿命が縮んだ。

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「あーぁ。もう本当、加納君って性格悪いよねぇ……彼女のキレイな白い肌になんてことしてくれてるの?」

 外でイチャついていた私達であったが、いい加減に寒い上に、腹が減ったとずっと訴え続けていたお腹が大合唱し始めたので、会場に戻って食事をとり直すことにしたのだが……やっぱり上杉が寄ってきた。
 奴は私と慎悟を見比べると、不快そうに顔を顰めて、今の発言をしてきたのだ。

「いやいや、上杉あんたは自分の性格を顧みたほうがいいよ。私のファビュラスA5ランク慎悟を罵倒しないで?」
「笑さん、その二つ名止めてくれ」

 なんで? 最高級グレードの素晴らしい彼氏だって意味なのに。慎悟はお気に召さないらしい。
 キョトンと慎悟を見上げていると、慎悟がハッとした顔をして私を抱き寄せてきた。反応する間もなく、私はそのまま慎悟の腕の中に飛び込んだ。
 …何事だ?

「…触るな」
「1曲くらいいいじゃない。僕は3年前から彼女に振られっぱなしなんだよ? 高校最後のダンスパーティくらい相手してもらってもバチは当たらないはずだよ?」

 低い声で威嚇する慎悟はピリピリしていた。険しい顔で上杉を睨みつけている彼の視線を追いかけると、上杉は私に向けて手を伸ばしかけていた。
 なるほど、私がぽけーと呆けている間に、上杉が魔の手を伸ばそうとしていたらしい……なにそれ怖! 今や慎悟がそばにいても危険な野郎なんだなストーカー上杉め。
 上杉は眉間にシワを寄せると、手持ち無沙汰になった腕を組んでいた。うわぁ、居丈高でやな感じ。私の意志は無視ですか。相変わらずだな。
 
 私が軽蔑の眼差しを向けていると、その視線に気づいた上杉はニッコリと微笑みかけてきた。……笑顔を向けられたが、こんな時はいつも嫌な予感しかしないんだ。なんたって相手がサイコパス上杉である。 

「ねぇ、“エミ”さん」

 ──ゾッ!
 突然の名前呼びに私は鳥肌を立てた。
 ネットリした声で呼ばれた私の名前。親からもらった大事な名前をこの上杉に呼ばれた。呼ばれただけだけど……大事なものを穢されたような気がした私は戦慄した。

「いやぁぁぁ! 呪われる! 止めて、私の名前を呼ばないで!」
「…ひどいなぁ。君、名前呼ばれるのが嬉しいって言っていたじゃない。せっかく呼んであげたのにその反応はあんまりじゃない?」

 それ、慎悟に呼ばれた場合ね? あんたには呼ばれたくないと言ったはずですけどねぇ!?

「あっ、今寿命が1年縮んだ! 絶対に縮んだ!」
「落ち着け、縮まないから」
「だって見てよこの鳥肌を! ものすごいストレス感じたよ!」

 落ち着くようにと慎悟に背中を擦られたが、私の狼狽はおさまらない。過度なストレスは体に良くないんだよ! 知ってるでしょ!

「ほら、何か食べよう。きっと空腹だから気持ちが落ち着かないんだ」

 慎悟がきれいなお皿に料理を盛ってくれた。先程手つかずのまま放置した料理は片付けられてしまったみたいだ。もったいない事をしてしまった…

「ピンチョスと…ローストビーフだったか?」
「…そこのパスタも」

 慎悟の腕を掴んだまま、私は震えていた。慎悟から離れれば、サイコパスによって強引にダンスフロアに連行されそうな気がしてならなかったのだ。

「…そんな怯えなくても…僕は取って喰ったりしないよ? ねぇ“エミ”さん?」
「ひっ」

 横から口を挟んでくる上杉がやかましい。存在までは無視できなくて、それが上杉には面白く感じたらしい。合いの手のように名前を呼ばれて、私の体力気力、ついでに寿命がガリガリ削れていくようであった……その姿を、上杉は楽しそうに眺めてきやがった……
 私には上杉を睨みつけるしか出来ない。
 慎悟が強めに注意しても……相手、上杉だしさ。処置なしだよ。

 私と慎悟は場所を移動して食事をとったが、どこまでも上杉に付きまとわれる…
 去年と一昨年のクリパ時、二宮さんによる護衛には本当に助けられていたんだなと実感した。あの人ヘラヘラしていながら結構人のことよく見てるよね。

「あっ! 慎悟様やっと見つけましたわ!」
「ちょっと二階堂さん! その上着は慎悟様のものでしょう!? 慎悟様が風邪をひいたらあなたどうしてくれますの!?」
「慎悟様ぁ今までどちらにいらっしゃいましたの?」

 そこに加納ガールズが寄ってきたらパーティどころではなくなった。…だがここで慎悟から離れると、上杉の魔の手にかかるので、意地でも慎悟にピッタリくっついて離れない。
 ──私の事情など知るはずもない加納ガールズは、それを別の意味に捉えてキィキィ喚いていたが、私だって必死なんだよ。それと私の彼氏なんで、どんなに罵倒されようと離れないからね!

「二階堂さんいい加減に離れなさいよ! 慎悟様へ近づきすぎよ!」

 巻き毛が私を慎悟から引き剥がそうとグイグイと上着を引っ張ってきた。サイズの合っていないジャケットがズルリと脱げ…髪の毛を全てアップにしている今日のスタイルでは、首筋の歯型がハッキリ見えてしまう。
 …そう、ここにいる慎悟が噛みついてきた痕である。

 それを直視した巻き毛はピキッと固まり、これでもかってくらい目をカッ開いていた。彼女の手がギリギリとジャケットを握り閉める音が耳に届く。
 ……幽鬼のような形相で、巻き毛は私を睨みつけてきた。

「……この、この痴女! 慎悟様を誑かして! はしたない、ふしだら、みだら!! 学校で何をしていたの! 恥ずかしい人!」
「失礼な!」

 まるで私が誘って噛みついてくれとお願いしたみたいな言い方して! 私はそんなアブノーマルな性癖は持ち合わせていません!
 巻き毛がこちらに腕を伸ばしてきた。またタコ殴りにされるのかと思って腕でガードしていると、慎悟が巻き毛の腕を掴んで止めていた。

「やめろ。…いつも彼女のことを罵倒しているが、お前たちの態度も大概はしたない。人のこと言えないんだぞ」
「しっ、慎悟様…この私をそこの二階堂エリカと同じ、慎みのない恥知らずと申しますの…!?」

 悪口投げかけて、奇声あげて、暴力を振るうのは十分慎みがなくて恥知らずだと思うよ。
 過激になりすぎて対処に困るわ。

「文句があるなら俺に言えといつも言っているだろ。いい加減にしろ」
「…っひどいです、ひどいですわぁぁ!」
「あっ櫻木さん!」
「お待ちを!」

 涙を浮かべて走り去っていく巻き毛を能面とロリ巨乳がてろてろ走りながら追いかけていった。
 …彼女はひどいと叫んでいたが、あまり同情はできない。私が当事者だからだろうか。

「…ほんとにひどいよね、君も、加納君も」
「はぁ? あんたに言われたくないわ」

 どの口がそれを言う。
 好きな女の子を窮地に追いやって漁夫の利を得ようとしていたサイコパスが。
 奴を目いっぱい睨みつけると、上杉は肩を竦めていた。

「慎悟、気を取り直してデザート食べに行こう!」

 パーティ閉幕まで残り僅か。私は慎悟を連れ回して思う存分楽しんだ。…ストーカー上杉のことはよく喋るクリスマスツリーとでも思って、なるべく視界の隅に入れないようにしておいた。
 だけど奴が無視されて大人しくなるタイプではないのはおわかりだろう。ご馳走を食べている間も、慎悟との会話にも、遠慮なく割って入ってきてパーティが台無しだ。

「ほら“エミ”さん、ラストダンスだって」
「慎悟! 最後にもう一度踊ろう!」

 上杉、名前を呼ぶな! 寒イボが立つだろうが!
 ラストダンスの時は殊更うるさかったので、私は慎悟の手を取ってダンスフロアにて最後の一曲を踊った。
 完全なる防衛のためのダンスであったが、ワルツも踊れたら楽しいもんだね。これで高等部のクリパ参加は最後だが、大学部はどんなクリスマスパーティが行われるんだろう。楽しみだな。
 
 こうして高校最後のクリスマスパーティは初雪と慎悟の歯型とサイコホラーを残して幕を下ろしたのであった。


■□■


 クリスマスパーティが終わると、短縮授業が数日続いたのち、冬休みに入った。
 年が明けたら春の高校バレー大会が待ち構えている私は部活に専念…と行きたいところだが、1月下旬には進学試験が待ち構えているので、勉強にも力を入れていた。その代わり、他の習い事はしばらくお休みである。…あぁ、お馬さんに乗りたい。

「えっちゃん、元旦の話なんだけど」
「うん? あ、毎年恒例の新年の挨拶だよね?」

 二階堂夫妻とお茶会をしていると、パパが元旦の話を持ち出してきた。今年も二階堂本家にて挨拶があるのだろう。もう3回目だもの、大丈夫だよ! 私は自信満々にうなずいた。
 するとそんな私を見て、パパは微笑んでいた。

「父さんがやっと首を縦に振ってくれたんだよ。元旦の日、正式に慎悟君との婚約を親戚縁者の前で発表するからそのつもりでいてね」
「……えっ?」

 正式に、慎悟との婚約発表?
 加納家からの婚約打診に中々首を縦に振らなかったお祖父さん。
 私はてっきり大学に入学してもまだ渋るのかなぁと思っていたら、このタイミングでか。びっくりしてカップの中の紅茶を零しそうになってしまった。 

「婚約がゴールではないけど、これで一歩前に進めたことになるわね、良かったわね、えっちゃん」
「…えへ…なんだか照れくさいな」

 そうか、お祖父さんは慎悟を認めてくれたのか。…良かった。慎悟もこれで一息つけるだろう。お付き合いはともかく、婚約が許されないことを誰よりも気にしていたのは慎悟だったもの。
 私はゆっくりでも構わなかったけど、慎悟が焦っているようだったから認められて安心したよ。

「どうやら慎悟君のお祖父さん…お母さん方のお祖父さんが、父さん宛に何度か手紙を送っていたみたいだよ。慎悟君のことを大層褒め称えていたらしい」
「へぇ、慎悟ってばおじいちゃん子なのかな」

 愛されてんじゃん。孫息子のために手紙で後押しするとか優しいお祖父さんだね。慎悟も今頃、返事を受け取ったのかな?
 婚約、婚約か……
 照れくさいけど、どこか重々しく感じる響きだ。単なるお付き合いとは違う。家同士の約束事なのだ。責任重大である。

 エリカちゃんが宝生氏と婚約したのは5歳の時。なにがなんだかよくわかってない中で、大人たちが勝手に決めた婚約。多分エリカちゃんも宝生氏もぼんやりと将来の結婚相手だとわかっていたけど、友達が増えたみたいな感じで受け止めていたんだろうな。
 私と慎悟のように想い想われての婚約ではない。
 ……宝生氏は、エリカちゃんの執着が怖い、優秀なエリカちゃんに負い目を感じていたと言っていた。
 でも…エリカちゃんが彼に執着せずに、一定の距離で接していても……宝生氏は同じことをしていた気がする。宝生氏は劣等感が大きすぎる。家柄の格が違い、優秀なエリカちゃんにきっと引け目を感じていたに違いない。
 前提からして、2人は相性が悪かったんのではないかと思うのだ。

 私と慎悟だって彼ら以上に正反対だ。
 ここで気を抜いたら、慎悟に失望されるかもしれない。慎悟に限ってそんなことはないとは思うけど、ここで廃れるのは私が許せないのである。
 宝生氏とエリカちゃんの2人を思い出した私は、慎悟との婚約が許されたからと慢心することなく、自己研磨に努めようと自分に言い聞かせたのだった。

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