お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

小話・大人の階段

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「誕生日おめでとう、笑さん」
「ありがとう!」

 大学に入学して程なくして訪れた、私の20歳の誕生日を慎悟が祝ってくれた。
 場所は某高級ホテルのレストランである。すっかりセレブな生活に慣れた私は平然とエレガントにお食事している……嘘だ、大人な空間に呑まれてしまって、出入り口付近で固まっていた私を慎悟が窓際の一等席までエスコートしてくれた。今も緊張でカチコチしてるぞ。
 だって空間がもう別世界なんだもの。雰囲気に呑まれない? なんで慎悟は落ち着いているの?
 ……それはともかく、こうして私の誕生日祝いをしてくれるのは本当に嬉しい。
 
 
 ドリンクのメニュー表を見せられた私は、ニヤリと口元を歪めた。

「ねぇねぇお酒とかって…」
「だめだろ。身体はまだ18歳なんだし」

 慎悟に素気なく却下されてしまった。
 チェッ、駄目か。あと1年お預けなのか…。中の人は20歳なのになぁ。
 エリカちゃんの誕生日まであと3ヶ月。そして誕生日を迎えてもこの身体は19歳。つまり飲酒できる年齢ではない…! 18歳成年になるんだからお酒も18歳からに引き下げてほしいよ全く。 
 だが、お嬢様が法律違反したら周りに多大な迷惑がかかるな。ここは我慢してジュースでも頼んでおくとしよう。

 お料理はどれも素晴らしく美味であった。美味し美味しと夢中になって食べていると、慎悟がこちらを見て微笑んでいた。
 なんだよそんなに見られたら食べにくいだろ。

「本当に美味しそうに食べるよな、あんたって」
「だって美味しいもん。…思うんだけどさぁ、セレブは美味しいものを食べているときは表情に表しちゃいけない裏ルールでもあるの?」

 これは以前から疑問に感じていたことだ。英学院高等部の食堂はどの料理も美味しかった。誠心高校と比べてしまっては、誠心高校の食堂のおばちゃんに失礼だが、やはり味に大きな差がある。
 …なのに、周りにいたセレブ陣はそれを当然のように静かに食べるのだ。表情を変えずに。美味しいのかまずいのかも言わないからわかんないのだ。
 私はそれが不思議でならなかった。いつも豪華なものを食べているから舌が肥えているのか? それとも感想を口に出すのははしたないことなのか? ……彼らと比べたら、私は異様なのだろうか。

「美味しいものは美味しいと感じてるさ。…ただ、それを素直に表現するように育ってないんだ。食事は静かにする家だったし、それが普通だと思っていたから」

 一般家庭の家でもテレビ見ながら食べないとか、孤食の人がいるから、顔や言葉に出さない人もいるだろう。その家庭それぞれだ。
 ……でも慎悟は、美味しそうに食べる私のことが気になっているんだよね? ……羨ましいってことじゃないの?

「…じゃあさ、私の前ではもっと感情の引き出しを増やしてみようか。ほら、食べて美味しー! って口に出してご覧。更に美味しく感じるよ!」

 私の前なら気取る必要ないでしょ? さぁ、素直に感情をさらけ出してご覧よ!

「あんた見てたら十分美味しくなるから間に合っている」
「なぁにそれ」
 
 だけど慎悟は私の誘いをあっさりお断りしてきた。冷たいなぁ。ノリの悪い男である。
 よく言うじゃない言霊が宿るって。悪いことを言った時に影響を受けるように、ポジティブな事を発信したら、いい影響を受けると思うんだよ。
 美味しいものは更に美味しく。好きなものが更に好きになるという形でね。

「見ているだけで満足できるから、笑さんはそのままでいてくれ」
「…うん」

 慎悟はそう言うと平然とした顔で食事を再開していた。食べ方まで綺麗で……ついつい見惚れてしまうではないか。
 ……なんだよ、こんな場所で口説いちゃって。
 
 なんだかいつもと雰囲気が違うな。場所のせい? 大学生になったからかな。それなら私もだけど……見慣れていた慎悟の制服姿を見なくなって久しい。
 3年前に初めて会った頃は中学生らしさが抜けていない少年だったのに、今となったら年下扱いできないな。男子三日会わざれば刮目して見よ。ってことわざがあるけど、正にそれだ。

「…なんだよ、俺の顔まじまじ見て」
「美人は3日経っても飽きないなぁと思って。慎悟は鏡で自分の顔を見た時に見惚れたりしない?」
「しないよ、あんたじゃあるまいし」

 何よその言い方! 慎悟の素っ気ない反応に私はムッとした。

「待って、私はナルシストじゃない。あんたそれ知っているでしょ? ほら、エリカちゃんは美少女でしょうが。男顔だった私からしてみたら惚れ惚れするお顔なんだよ!」

 美形な奴にはわからんだろう。
 今でも自分の顔が恋しくて、最近は実家から持ってきた昔のアルバムを見て自分の姿を思い出している。アルバムを見ていると、つくづくエリカちゃんと私は正反対なんだなぁと思うんだ。お人形のように綺麗なエリカちゃんと、体育会系のスポーツ少女だった私。
 この美貌はエリカちゃんのもので間違いない。だから今でも鏡を見てその美貌に見惚れ、素直に称賛してしまうんだな。

 周りに人がいるからその辺りの話は大きな声で話せないが、言わずとも慎悟ならわかっているはずなのにそんな、人をナルシスト扱いせずとも…!

「…あんたは、自分のことを男顔であると気にしているみたいだけど……俺はあんたの顔が好きだぞ。笑さんは綺麗だ」
「……」

 彼の瞳が私を射抜いた。
 ここはレストラン。落ち着いたピアノ曲がしっとりと流れる大人な空間。他のお客さんも周りで食事をしているというのに、周りの音が完全に遮断されて目の前には彼しかいないと錯覚してしまった。
 頬がカッと発熱する。
 どうしてスルッとそんな事が言えちゃうのか…普段はドライでビターなくせに…!

「それに、成長につれて女性的な雰囲気を身に着けられたと思うぞ。そんなに自分を卑下するなよ。…怒るぞ」

 慎悟は少し怒った顔で、私に言い聞かせてきた。
 自分を卑下するんじゃないと言いながら、さりげ無く愛の告白をしてきたぞこいつ。注意されているはずなんだけど、私は無性に恥ずかしくなって沈黙してしまった。
 熱くなる顔が抑えられない…! 恥ずかしさに悶えてしまいそうだった。震えそうな手をなんとか動かしてお皿の上の料理を片付けていく。

 その後、デザートプレートが運ばれてきた。小さなケーキが2種類と、橙色のアイスクリーム、ゼリーの組み合わせだ。
 旬の果物で作られたケーキは、いちごのショートケーキとマンゴータルト、甘夏のシャーベットにびわゼリーだそうだ。どれも美味しそうで、食べるのに迷ってしまった。


 口説かれるサプライズ(?)はあったが、終始和やかに会話を交わしながら私達は食事をした。窓から眺める絶景もさながら、目の前のA5ランク婚約者に酔ってしまいそうだよ。お酒飲んでないけど。飲んだこともないので酔った感覚わからないけどさ。
 ふふ、君の瞳に乾杯…なんてね。

「ご馳走様でした。あー美味しかった。お腹いっぱいだから帰りの車の中で眠っちゃうかも」

 満足満足。お祝いしてもらった上に、ご馳走してもらえて、今夜はいい夢を見られそうだ。
 お腹を擦りながらホテルのレストランを出ると、慎悟に手を掴まれた。引き止められるように引かれたそれに足を止めた私は不思議に思って顔を上げた。

 ──何故か彼は、口を一文字に引いて真顔で私を見下ろしていた。
 どうした、忘れ物でもしたのか? …それにしてはなんだか緊張したような顔をしているな……

「どうしたの?」
「……今夜はもう車の迎えは来ない」
「えっ?」

 え、なんで? 加納家の運転手さんが出られないの? 
 二階堂家の運転手さんにお迎えに来れないか電話して聞いてみよう。ダメならタクシーを呼ぶしかない。仕方がないなと自分のスマホを取り出すと、その手を慎悟に止められた。

「…部屋を取ってるんだ」
「…部屋?」
「おじさん達には許可をもらった。今夜は一緒に過ごして欲しい」

 真顔で、しかし熱く燃えるような瞳で見つめられた私の心臓がドクンと大きく跳ねた。慎悟が握ってくる手に彼の熱が伝わり、徐々に体温が上がっていく気がした。
 ……つまり、勘違いでなければ…ここにお泊りしようってお誘いを受けているんだよね?

 あの、それならそうと事前に言ってほしかったといいますか、そんな雰囲気微塵も出さなかったでしょ、出さなかったじゃないのよ。
 ていうかパパ達に許可って……! それってどうなの! 第2の両親達にお泊りデートがバレバレって…!

「……ダメか?」

 ただ単に嵐のように色んな感情を駆け巡らせて無言になっていただけなのだが、それを嫌がっているのではないかと慎悟は不安に感じたらしい。
 いつもドライで気位の高い猫みたいな雰囲気のくせに、こういう時は捨てられた子猫みたいな顔しやがって…!

「う、ううん…そんなことはない…よ」

 拒否ではない、動揺していただけだ。
 だけど私はまだ心の準備をしていないんだ。ちょっとでいい、待ってくれないか。
 緊張で口の中が張り付いてしまい、言葉が紡げない。私の言葉を同意と受け取った慎悟は私の肩を抱いて、部屋へと誘導していくではないか。

 あぁー緊張で吐きそう…。こんなことなら食べる量セーブしたのに。私本気でお腹パンパンになるくらい食べちゃったのよ?
 部屋に行くまでのエレベーターの中でも慎悟は無言で、私も口を挟める雰囲気ではなかった。
 吸い込まれるようにして部屋に入ると、身体を抱き込まれた。ハグならいつもしているはずなのに、2人きりの空間。ここでこれから行われるコトを想像すると急に怖くなってしまった。

「ちょっと待ってくれないかな! 怖いんだ!」

 恥を忍んで、私は正直に今の心境を訴えた。誰だって初めてのことには恐怖を覚えるものでしょ!
 私の訴えに慎悟は少し驚いた顔をしていた。まさか私には怖いものなしだと思っていたのか? 怖いよ!? 脳筋でもこういう慣れないことは怖いの!
 彼はそっと触れるような軽いキスをおでこに落とすと、私の目を覗き込んできた。
 あぁその目。エリカちゃんの中にいる私を暴くようなその目に見つめられると、心がザワザワして落ち着かなくなるんだ。

「極力優しくする。…俺も経験がないからなんとも言えないが」
「じゃあせめてシャワーを!」

 私はなんとしてでも落ち着きを取り戻したかった。
 お互い初めて同士、ならばここは年上の私がリードしてあげなくては……だが、緊張ですごい汗かいているの。格好がつかないからせめて汗を流させて欲しい。

「なら一緒に入るか?」
「なんてはしたない事言うの!? そんな淫らな事出来るわけ無いでしょうが!」

 慎悟のとんでもないお誘いを私が非難すると、慎悟は心外とでも言いたげな顔をしていた。
 一緒に入る入らないの押し問答の末、業を煮やした慎悟によってそのままベッドに押し倒されてしまった。
 私は恥ずかしくて顔を隠していた。電気を消せと言っても消さないし……やい、優しくするんじゃないのか!

「大丈夫だよ、笑さん…ひどいことはしない」

 緊張でカチコチの私に優しく触れ、名前を呼ぶ慎悟。
 やっぱり好きだなぁ。私の名を宝物のように呼ぶその声が。その瞳が私のことを好きだ、大切だって伝えてくる。その手が触れると、幸せで切なくて泣きそうになった。
 いつの間にか緊張もほぐれ、慎悟を素直に受け入れていた。


 こうして、私の誕生日の夜、獣に変わった慎悟からぺろりと頂かれてしまったのである。
 ……おかしいな、私の誕生日なのに、慎悟がプレゼントを貰っている感じになってないか?
 ちなみに起き抜けの慎悟は目に毒であった。美形は凶器にもなるんだな。驚きすぎてヒェッと悲鳴を上げてしまったわ。
 

 私はまたひとつ大人の階段を登ったのであった。

 
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