お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、皆さま。ハロー、新しいわたし

やさしいひと【???視点】

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『おはよう、ツボミが大きくなったね。今年も綺麗な花を咲かせてね』

 …あぁ、優しい声が降ってくる。
 この声を聞くとわたしは穏やかな気持ちになれるの。この人の優しい声が大好きだ。わたしには目がないから見えないけど、自分にとってあたたかい太陽みたいな人なのだ。

 この人の元にやってくる前のわたしは……暗くて冷たい、寂しい場所にいたの。一人ぼっちで寂しくて。誰もいない、ただ一人の世界に閉じ込められていた。
 寂しくて悲しくて…わたしはどうにかなりそうだった。周りに同じように物言わぬ植物たちがいたけど、わたしの声を聞き届けてくれる植物はいない。人間にもわたしの声が届かないの。
 他の植物と一緒に鉢へ植えられ、そしてどこかへと運ばれていく。わたしがたどり着いたのは花屋さんだ。

『その白いエリカの寄植えをください』

 わたしが植えられている寄植え鉢を購入したのは青年だ。青年はそれを優しい声の人に贈った。お祝いの品としてわたしは彼女の手に渡ったのだ。

 その日からわたしの日常は暖かくて優しいものに変わった。
 毎朝毎晩彼女は声を掛けてくれる。日常で起きたことを語りかけてくれるのだ。わたしは彼女と会話出来ないけど、彼女の話を聞いているだけで楽しかった。
 ずっと彼女のお話を聞いていたかった。

『今日から一年間留学してくるね。行ってきます』

 留学、という響きにわたしは衝撃を受けた。
 待って、置いていかないで。わたしも一緒に連れて行って。彼女に必死に訴えた。
 ……だけど、わたしには口がないから声も出ない。植物であるわたしの声が聞こえるわけもなく、彼女は遠い地へ旅立ってしまった。

 さみしい、さみしい。
 わたしをひとりぼっちにしないで。
 暗くて冷たい場所に戻るのはもう嫌。

 代わりにお世話をしてくれる人はいたが、わたしは日に日に元気を失ってしまった。どんなにあたたかい太陽の光を浴びようと、水を与えられようと、肥料を混ぜられても、わたしの気分は浮上しない。
 あの優しい声じゃないと嫌なのだ。
 また、寂しくて悲しい日々に逆戻りしてしまった。
 
 そして、彼女が帰国する前にわたしはしおれて枯れてしまった。



■□■



『ミー…』
『見つけたぞ。早く回収してしまえ』
『こんな小さな子猫も殺処分ですか……』
『それが仕事だからな』

 怖い人達に追いかけられ、わたしは追い詰められてしまった。彼らは檻のようなものを持って、じりじりとわたしを囲い込む。
 親兄弟たちは一目散に逃げたというのに、わたしは中でも小さく、鈍くさかったので逃げ遅れてしまったのだ。

 いやだ、捕まったらわたしは殺されてしまう。…わかるんだ。あそこに入れられたら殺されるのだ。毎日毎日死に怯えながら、残りの日数を生きなくてはいけないのだと。
 いやだよ、死にたくないよ。……それなのに怖くてもう足が動かせない。
 死にたくない死にたくない。まだ生まれたばかりなのに。やっと生まれたのに。
 わたしは目をぎゅっとつぶって身を縮こまらせていた。

『待ってください! その子うちの子です』
『え…?』
『シロちゃん、おいで!』 

 その、声。
 ……初めて聞いたはずなのに、わたしには懐かしい声に聞こえた。
 親でもない、兄弟でもない人間の声、目の前にいる怖い人達と同じ人間なのに、違うものに聞こえる。 
 わたしは震える四本脚に力を入れて、よろけながらその人のもとに駆け寄った。
 
『お世話掛けました!』

 優しい声の人は柔らかいスカーフにわたしを包んで抱き上げると、怖い人達に頭を下げ、その場から足早に立ち去っていった。

 
 彼女のおうちはあたたかい場所だった。
 わたしをおうちに迎えてくれた彼女は優しくて、わたしは一気に大好きになった。いつも面倒を見てくれる優しい声の彼女は、笑顔がお日様のようにあたたかい人。
 彼女は結婚したばかりの新婚さんで、旦那さんといつも仲良しで毎日幸せそうだ。
 ……だけど、わたしはこの旦那さんのことが苦手だ。なんたってわたしを拾ってきた事に渋い反応をしていたからだ。「他に貰い手を探そう」だなんて冷たいことを言っていたのだ。
 わたしは知っている。旦那さんは……お嫁さんを独占したいがためにそんなことを言ったのだと。猫に愛情を奪われることを恐れているのだと…!

 出会ったその日から、わたしVS旦那さんの戦いの火蓋は切って落とされた。
 わたしが彼女の膝の上でのんびりまったりして甘えていると、わざと持ち上げてどかす。…わざとその場所を奪おうとする。
 寒い冬に彼女と一緒に眠ろうと寝室に入ると、首根っこを掴んで部屋から追い出されたこともある。そういう日は決まって、旦那さんは彼女をベッドの上でいじめるの…! わたしはすすり泣く彼女の声を何度も聞いたことがある…!
 ひどい男、許せない! 

『ンニ゛ィィィィ…!』

 怒りに任せて部屋の扉を引っ掻いたら、部屋から出てきた彼に捕獲されて説教された。扉には立派な爪痕が残ったのだ。そのことをガミガミ叱ってくる。
 だけどわたしはそれをあえて無視して、これ見よがしに肉球をペロペロしてやった。元はと言えば彼が悪い。彼の手を振りほどいて寝室に入ると、ジャンプしてベッドの上に登った。
 ──彼女は寝間着を乱していた。頬を赤らめ、涙目になっている。……旦那さんにまたいじめられそうになっていたんだきっと。

 でももう大丈夫。わたしがそばにいてあげるからね。わたしがあなたを守ってあげる。
 甘えるようにすり寄ると、彼女はいつものように膝に乗せてわたしを優しく撫でてくれた。

 ……旦那さんがこちらを恨みがましく睨んでくるが知らんぷりだ。

『…シロ…ほら、自分の寝床にもどれ』
『フシャーッ!』
『痛っ』

 再度わたしを追い出そうと手を伸ばしてきたが、猫パンチをして振り払ってやった。…爪を出していないだけありがたいと思って欲しい。
 猫にヤキモチを焼くだなんて狭量すぎる男だと思う。

 
 旦那さんはいけ好かないけど、優しい声の彼女のことはずっとずっと大好きだった。
 穏やかな日々。わたしは幸せだった。

 その内、彼女は身ごもり、男の子を出産した。その3年後にも元気な男の子を出産。
 なんだか彼らのことを他人に思えなくて、わたしは一緒に子育てを手伝った。2人の子どもたちはいけ好かない旦那さんの血が通っているとは思えないくらい、素直ないい子に育っていった。

 ずっと、彼らと一緒にいられると思っていたの。子どもたちが成長して、大人になって結婚していくのを彼女と一緒に見送るんだって。ずっと一緒に暮らしていけると信じていた。
 わたしはずっとあたたかい彼女のもとにいたかったの。

『シロちゃん…もう頑張らなくていいんだよ。あなたは十分頑張った』

 優しい声の彼女が涙を流している。
 泣かないで、わたしはあなたの笑顔が大好きなの。

 もっと一緒にいたかった。
 ずっとあなたと生きたかった。
 どうしてわたしは寿命の短い猫なのだろう。頑張ったけど、この身体はもう寿命に耐えきれないらしい。

 また、暗くて冷たい場所に行かなくてはならないのだろうか。
 嫌だ、嫌だ、あたたかい彼女のもとにいつまでもいたいのに。

 身体に力が入らない、どんどん衰弱していくわたしを抱き上げて、彼女は徹夜で看病してくれる。
 死ぬのは怖い。
 ……だけど、彼女の腕の中で死ぬのは寂しくはない。

 ねぇ。また会えるかな?
 今度会えたらもっと仲良くなりたいな。出来たら意思の疎通が出来たら嬉しい。

 ……今度は、わたしの友だちになってくれると、嬉しいな。


 フワッと身体が持ち上がる感覚がして、わたしの意識は闇へと沈み込んだ。









 暗い空間でわたしは一人ぼっちだった。
 暗くて冷たくて寂しい場所でわたしは取り残されていた。

 …だけど今のわたしの心にはしっかりと温もりが残されていた。
 優しい声をした笑顔が素敵な彼女。最期まで、わたしを見てくれた彼女。

 また、会いたいな。
 また、会えるかな?

 先程まで重かったわたしの身体は不思議なくらい軽かった。

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