お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、皆さま。ハロー、新しいわたし

未来へ、再び巡る。

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 エリカちゃんの通う小学校で学園祭なるものがあるから是非、と招待された。彼女はわざわざ家までお迎えの車を手配してくれた。その車に揺られながら移動して、エリカちゃんが通う小学校にお邪魔したのだが……。
 エリカちゃんの小学校すげぇぇ。
 私の通っている小学校と違って、皆大人しくて賢そうである……どんな教育を受けたらそんな落ち着いていられるんだろう…

 私の住む環境と180度異なる世界に度肝を抜いたが、異なるのはなにも小学校だけでない。エリカちゃんと私は、全くの正反対なのだ。
 女の子らしくおとなしい、とても可愛らしいエリカちゃんに対し、背が高く元気で活発な私は少年っぽく見られがちである。

 しかも庶民の私と違って、エリカちゃんはお金持ちのお家の子どもだ。そんな子と私が仲良くしてもいいのかなと思ったけど、エリカちゃんの両親は気のいい人達だった。
 今では家族ぐるみのお付き合いをしているんだ。たまにお泊り会を開催することもあるんだよ。短い期間で仲良くなった私達は境遇も外見も全く違うのに、仲良しの姉妹みたいだとよく言われる。

「咲さん、私が進学予定の中学校には奨学生制度があるのよ」

 通路の隅に設置されたベンチにて休憩中に、エリカちゃんがそんな事を言ってきた。
 お金持ちの家の子どもであるエリカちゃんは私立の小学校に通っている。それもお金持ちの子息子女の通うブルジョワな学校……もちろん進学先もその兄弟校だそうだ。
 その私学の中学校に奨学生制度? …中学でそんなのがあるんだ? 親戚のお姉ちゃんが大学進学にあたって奨学金を借りたとかそういう話を親たちがしているのを聞いたことがあるけど、とどのつまり…金銭的に助けてもらう制度のことだよね?
 
「へーそうなんだ。エリカちゃんは利用するの?」

 セレブなエリカちゃんには必要ない気がするなと思いながら、学園祭の出店で購入したアメリカンドッグをかじっていると、エリカちゃんはにっこり笑ってパンフレットを差し出してきた。

「いいえ、そうではなくて……咲さんにどうかなと思って」
「…いや、私は近くの公立中学校に進む予定なので…」

 何を言っているんだエリカちゃん。
 私みたいな庶民がお金持ちに混じって過ごすとか…無理だろう……。もう学園祭にお邪魔しただけで住む世界の違いを痛感してるんだよ?
 エリカちゃんのお家もめちゃくちゃ豪華で落ち着かないけど、最近は慣れてきた。
 …その調子で慣れ…いやいや。

「ごめんね、うちにはそんなお金ないんだ」
「ここの高等部のバレー部は全国大会の常連で、優勝経験もあるの。…咲さんは東洋の魔女になりたいのでしょう?」

 うぅ、エリカちゃんが誘惑してくるよ…。こんな押しの強い子でしたっけ…あれ、私の影響? おかしいな……
 でも本当に家から遠いし、本気で金銭的に厳しいので無理です……
 エリカちゃんが奨学生には学費だけでなく、学用品、学園内で利用するICカードに限って食費や雑費の無償援助など、手厚いフォローがあるのだとプレゼンしてくる。

 なに? 何なのこの子、なにが彼女をそうさせるの?
 お金がないと言えば、中等部、高等部の奨学生は全てカバーされると説得され、家を出なきゃいけなくなると言えば、ウチに下宿すればいいという。
 何を言っているんだ。駄目だよ、そんなの。
 そもそもこの学校、学力レベルも高くて有名じゃない。私そこまで勉強に関心ないからさ…バレーさえできれば満足だし……だけど、全国レベルのバレー部は魅力的……


「おい、エリカ」

 私がエリカちゃんの誘惑に迷っていると、誰かが後ろから彼女の名を呼んだ。
 エリカちゃんにつられて振り返るとそこには同じ年齢くらいの少年の姿。…エリカちゃんと同じくらいの背丈の男の子だ。
 ──とっても綺麗な男の子だった。こんなに綺麗の男の子を見たのは初めてだ。普段私の周りにいる男子が全てじゃがいもになってしまいそうなくらい恐ろしく顔が整っている。肌も白くて……彼とエリカちゃんと並ぶと、お内裏様とお雛様のようでついつい見惚れてしまう。

 彼はといえば、私を見ると眉をひそめて訝しんだ表情をしていたが、ハッと用事を思い出した様子で私から目をそらしてエリカちゃんに向き直っていた。

「お前、泡立てた生クリームをそのまま常温放置するなよ、衛生的に良くないだろ。廃棄処分になったんだぞ」
「ごめんなさい…」

 エリカちゃんはしょんぼりして謝罪していた。
 なにやら学園祭の出し物で、エリカちゃんが当番の仕事を途中で投げ出して放置してしまっていたらしい。少年はその事を注意しに来たそうだ。
 エリカちゃんのクラスはパンケーキ屋さんだったかな。今は7月。冷房がきいているとしても、常温放置はまずかったな。衛生面を考えたら色々問題があるから注意されても仕方がない。
 
「本当にお前はいつもやりっ放しだよな、周りの迷惑考えろよ。もうちょっと周りとコミュニケーションとったらどうなんだ。…だからいつになっても周りと馴染めずに孤立するんだ」
「…っ!」

 少年の言葉にエリカちゃんは言葉をつまらせた。反論できない様子で苦しそうに口を噛み締めている。
 …今の言い方はだめだ。エリカちゃんがやらかしてしまったかもしれないが、それとこれとは別だろうが。

「ちょっと待ってよ、そんな言い方することないでしょう! もうちょっと言い方を考えなさいよ」
「…あんた、誰だよ」

 彼から邪魔者を見るような目を向けられたが、私だって黙っていられない。

「私は未来の東洋の魔女になる女だよ! よく覚えておきな!」
「……何を言ってるんだ?」

 ぐむむ…アホを見る目を向けられた。
 良いんだよ、今はそれだけを覚えておけば! 私が何者かだなんて今は関係ないんだ!

「あんたの言っていることは正しいよ。だけど言い方がきついの。そんなんじゃエリカちゃんだって怖がって聞き入れようとはしないでしょう!」
「あんたには関係ないだろ」
「関係あるわ! 私はエリカちゃんの友達なの! 友達が傷ついている姿を見て黙っていられるわけがないでしょうが!」

 このお坊ちゃんまさか、庶民とは話す口を持ってないとか言い出すんじゃなかろうか! そんな事言いだしたら怒るぞ!?
 お坊ちゃんは偉そうに腕を組んで私を見上げてきた。その顔は怒っているというよりも、こちらを探るような表情をしている。
 …ちなみに私のほうが身長が高いので彼を見下ろす形になっているのだが、それでも威圧感がある。
 なんだこの偉そうなお坊ちゃんは。

「…あんた、名前は何ていうんだ?」
「名前ぇ!? 笑顔の素敵な子になりますようにと付けられた咲って名前ですけどねぇ!? ……はっ、まさか小学校に苦情でも入れるつもり!?」

 名前を正直に名乗ってしまった私はハッとなった。
 学校の担任の先生にいつも「他所の人から名前を聞かれても教えちゃいけません」と言われているのに、聞かれるまま名乗ってしまった! 小学校特定されたら大変だ…!
 私は口を抑えて目の前の美少年を恐る恐る見た。……彼は考え事をしながら何やらブツブツと呟いた。 

「ふーん、…咲…咲か…」
「…なに呼び捨てしてるの。馴れ馴れしいな」
「別に」

 なんで初対面である私の名前を呼び捨てしているんだこの坊っちゃん。それがセレブ男子の流儀なの?
 ……なんだか彼はとても嬉しそうな顔をしており、私はそれを直視してしまった。
 気のせいかな…その表情を、私はどこかで見た気がするのだが…懐かしくて、愛おしくて泣きそうになる…胸がざわつくんだ…。
 だけど彼と私は初対面のはずである。それなのに彼を見ていると心臓が落ち着かなくなってくる。ふわふわして…彼から目を離せない。
 なんだろうこれ、なんだろう、この気持ちは……

「彼女は私の友達なの! あなたには渡さないわ!」
「は…? お前のものじゃないだろ。…エリカ、お前の悪いところはそういうところだからな」
「あなた今自分がどんな顔してるかわかっているの!? いやらしい!」

 エリカちゃんが私の腕に抱きついてきたことで、私は彼から視線を外した。
 なに、なんで私達見つめ合っていたんだろう……意味不明だ…。

 彼女とその少年は睨み合いをしており、私は周りからの「なにあの三角関係」と陰口になっていない噂を立てられてとても肩身の狭い思いをした。

 なによ、イケメンと美少女のカップルに横恋慕する美少年の図って。禁断の少年愛ってなに。色々とおかしいでしょうが。
 私はボーイッシュだけど、これでも女だからね!?

 ──なんだか前途多難、嵐の予感がします。

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