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番外編・もしも笑がお嬢様だったら
ごめん遊ばせ、二階堂笑でございます【4】
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「…血相変えてどうしたの?」
その男…上杉はニッコリと笑っていたが、その目は笑っていない。自分に向けられた笑顔じゃないとわかっているのに、私はゾッとした。
「あの、申し訳ありません…僕はあの件を降りさせていただきたく」
「今更逃げるつもり? 言うなれば君も共犯なのに」
ぎくりと肩を揺らしたのはもう片方の男子生徒だ。なぜだか彼は男の前で萎縮しているように見えた。まるで主従関係のように…
「君のカンニング疑惑を庇ってあげた恩を忘れたの? ……それとも正直に自供しちゃう? 僕がやりましたって。そうなれば…退学とまでは行かないけど、校内で村八分になるかもしれないね」
……? どういうことだ? 上杉は男子生徒君の弱みを握っているのか? …うん、カンニングは良くない。上杉がそれを庇ったという恩を作って利用しているってこと…?
男子生徒にはそれが公にバレてしまうことが恐ろしくてならないらしい。まだまだ残暑厳しい9月だと言うのにガタガタと震えている。
そんな彼の反応を見て楽しんでいるのか、上杉は目を細めた。その表情は獲物に狙いを定めた蛇に似ていた。
「…君は黙ってそれをやるだけだ」
「で、ですが…」
「いいの? 逆らったりしたらこの学校にいられなくなっちゃうかもしれないのに……なんてね」
「う、上杉様!」
最低だな。
だけど上杉にはそれができる力がある、よくも悪くも、ここはセレブ校。金と権力があれば悪事をもみ消せる場合があるのだ…
もともと嫌いだったけど、今の話を聞いて更に上杉のことが嫌いになった。軽蔑した。
カンニングを庇ったどうのはいい人とかそういうのじゃなくて、ただ利用できる人間を見つけたから気まぐれに庇っただけだろうし…。腹の底から淀んだものが口から飛び出してきそうなところを既のところで止めた。
私は短気な面があって、いつもそれを慎悟に注意されているのだ。行動を起こすときは一呼吸置いて、冷静に。でないと失言を吐き出す恐れがあるから一旦クールダウンして……
「…瑞沢姫乃を閉じ込めて、上杉様はどうなさりたいのですか…?」
しかし、その言葉で私は冷静さを失った。
今しがた食堂で起きた騒動で出てきた人間の名前だったからだ。
──閉じ込めた?
瑞沢姫乃…夢子ちゃんを、上杉が? その言い方だとこの男子生徒が一枚噛んでいるということになる。……無関係もいいところの瑞沢姫乃をこの上杉が人を使って、嫌がらせを働いた……。
どうして?
「そうしたらまた二階堂さんが疑われるでしょう? …本当は婚約破棄の直後に上手いことやるつもりだったけど……」
……は? 今、何つった?
建物の影から盗み見をしていた私は目をカッと見開いて上杉をガン見した。
いつものいけ好かないあの野郎はふぅ、とため息を吐いて、やれやれと言わんばかりの仕草で首を振っていた。
「何のために、宝生達の疑いを二階堂さんに持ってこさせたのか。全て水の泡になったよ。…流石にあんな目に遭えば、彼女も弱ると思ったのに……中々うまく行かないな…」
……な。なんだと…?
私はその場でピシリッと固まっていた。上杉の言った言葉を反芻するように自分の頭の中で繰り返して……理解した。
……じゃあ、なに?
あの婚約破棄騒動、とどめを刺したのは、上杉がなにかしら工作をしたって事? だって今の口振りじゃ…そうとしか……
「とにかく、君は言われたことをすればいいよ。そうすれば悪いようにはしないから」
「……はい…」
男子生徒の肩をぽんと叩く上杉。男子生徒は諦めきった様子で項垂れていた。
いやいやいや、ちょっと待てや。
なんの権利があって私を陥れようとするのか……!
ブチン! と私の頭の何処かが切れた音がした。
ごめん遊ばせ! 短気な私が通りましてよ!!
「今の話、全て聞かせてもらったぞ上杉! どういうことだ!!」
私はそこに乱入して怒鳴りつけた。
突然の乱入者に男子生徒は驚いた顔をしていたが、上杉は何を考えているかわからない顔でこっちを見ただけだった。
「……盗み聞きは趣味が悪いよ?」
「自分の手を汚さずに人を陥れようとする人間に言われたくないね!」
どの口が言うんだどの口が!
私は地面を力強く蹴りつけて飛び出すと、憎たらしい上杉のネクタイを乱暴に掴み、引っ張り上げた。
「…そんなことで私を窮地に陥れられるとでも思ったの? 勉強ができても、抜けてるんだねあんたって。……世の中あんたのために世界が回ってると思ったらとんだ勘違いだ」
金や権力なら我が二階堂家にもある。
あんたがケンカ売るなら、私はお祖父さんに助けを求めて徹底抗戦する構えだけどどうする? ピンチに震えて怯えて何もしない女に見えたか? そりゃあ見た目詐欺と言われるくらい、私の容姿は可憐で美しいけど……残念だったな!! お前の思い通りには行かないぞ!!
私が狂犬のように睨みつけると、上杉は「可愛くないなぁ」と残念そうに呟いた。この期に及んで何を言っているんだこのボンクラ。
「弱れば、君のがさつな性格も矯正できるかなと思ったけど、無駄だったね。ついでに宝生との仲が悪くなるようにちょいちょいと工作したけど、君には全く響いてないみたいだ」
目の前の男は何を言っているんだ?
…なんか私の性格を矯正してくださろうとしていたみたいだけど、赤の他人にそこまでしてもらう義理はないなぁ。私はたしかにがさつだが、人として性格が破綻しているとは思わない。人を操ろうだなんて何様のつもりなの?
「あのさぁ、仮に私が身に覚えのない嫌がらせの犯人に仕立て上げられて、精神的に追い詰められたとしても、あんたに心開くことはないよ? わかってないだろうから教えてあげるけど、私はあんたのこと嫌いなんだよ」
思い通りにはなってやらない。
あれだけ扱い雑にしているのに、好かれる可能性があるとでも思っていたのだろうか。おめでたい頭だ。ここまで鈍感だと生きているのが楽しそうである。
それよりだ。恐らくまだまだ余罪はあるはずだ。
「あんたさ…宝生家の会社で働く社員のことは考えてないの?」
婚約破棄で資金提供がなくなり、二階堂との縁が切れた宝生家は今大変らしい。今日明日倒産するというわけじゃないが、このままでは危ないと言われている。
それほどあのやり方はまずかった。行動したのは宝生氏だが、あぁなるように扇動したのはこの上杉だ。
「どうでもいいよ、知らない人なんて」
興味なさそうに一言。
…こいつ、どこまで畜生なんだ。良心の呵責を感じないのか…!
「それに、僕だけじゃないよ? 僕以外の誰かが君の名前を借りて嫌がらせをしてるんだ」
「はぁ? 誰よ」
私以外の誰かが、私の名前を借りてって…私そんなに恨みを買った覚えないんだけど。
なにか知っている風の目の前の男はニヤニヤ笑っていた。その顔がムカつく、殴りたいその笑顔。
「ただで教えるってのは嫌だなぁ」
「気持ち悪っ」
このままだと大事なものを失いそうだったので、上杉のネクタイから手を離して距離を取る。もしかしたらハッタリかもしれない。落ち着け私。
なのだが、今度は奴からジリジリと近づいてきたではないか。
「…ねぇ、僕のものになったら、一生楽をさせてあげるよ?」
笑いながら言われたそれはいうなれば、プロポーズ。生まれてはじめてされたソレだが、私はちっとも嬉しくなかった。むしろ生命の危機を感じていた。
その蛇はシューシューと舌を伸ばしながら私の頬をくすぐり、甘言をつむぐ。相手が油断したところで毒の含まれた牙で噛み付いて、逃げ道を断とうとしている。
「だが断るっ!!」
私は腹から声を出してお断りした。自分の身を守るため、腕を構えてザッと後退する。本能が訴えているのだ。逃げろって。
私はハッキリきっぱり断った。なのだが目の前の男は目を細めて笑っている。
「遠慮しなくてもいいのに。…やっと、あの宝生から引き剥がせたんだ。僕がこのチャンスを逃すわけがないでしょ…?」
ゾォォォッ
体中の毛穴という毛穴が開ききった。恐怖を感じて心臓が萎縮したように苦しくなった。
怖い。やばい。
こういうの、なんと言うんだっけ。
良心の呵責を感じない人、倫理が著しく欠損した人間……
「サイコパス……」
ドクンドクンと心臓が暴れている。
恐ろしいのに、私の足は地面に縫い付けられたかのように動かない。動け動けと念じているが、身体が恐怖に怯えて固まってしまっている。
そうこうしているうちに、奴が目の前に近づいて……私に手を伸ばした。
「おい、なにしてる」
あと僅か、というところで、第三者の声が耳に飛び込んできた。グリンと首を動かすと、そこには頼りになる友人の姿。
「し、慎悟ぉ! 助けて!!」
救いの神が現れた!! 私は恐怖も相まって、足をもつれさせながら彼に向かって腕を伸ばした。
「…! お、おい」
「ひぃぃー殺されるよぉ、サイコパスが来るよぉ」
私に抱きつかれた慎悟はビクリと身体を揺らし、戸惑った声を出していたが、私には気遣う余裕はない。身長5センチ差である彼の首に抱きついてヒィヒィと怯えていると、背後で舌打ちみたいな音が聞こえた。
「ちょっと…せっかくいいところだったのに邪魔だよ加納君」
「……俺の目にはちっともそう見えなかったが? 現状彼女はこんなに怯えてるじゃないか」
普段の様子から想像できない怯え方だ。そう呟くと、慎悟は私を守るように腕を回して上杉から庇ってくれた。
「…ナイト気取りってわけ?」
フン、と鼻を鳴らした上杉に対して、慎悟は警戒心を隠さずに言い返した。
「さてな。笑を陥れようと陰でコソコソしていたのはお前ってわけか」
「彼女にも言ったけど、僕だけじゃないよ?」
「話を逸らすな。……お前、仮にも二階堂家の令嬢にこんな事してただで済むとでも思ってるのか?」
慎悟は冷たく凍りつくような瞳で上杉を睥睨していた。
「お前のやっていることはすべて空回りだ。どれも彼女には響いていない。ただ自分が嫌われることをやってるだけだ。それを理解しているか?」
「なぁに? お説教? 今まで距離作っていいお友達のフリしていたくせに、こういう状況になった途端表に出てくるんだね」
だけど上杉には響かない。慎悟を挑発するような言い方であしらおうとする。
「……悪いか?」
上杉の言葉に慎悟は挑発をし返すように、鼻で笑っていた。それに上杉はスウッと目を細めて慎悟を睨み返していた。
彼らはしばらく無言で睨み合っていた。
私は間に挟まれたまま。男二人の醸し出すその空気がピリピリして居心地悪い。もぞもぞ動いていたら、私の背中に回っている慎悟の腕の力が増したような気がするが、気のせいかな。
その男…上杉はニッコリと笑っていたが、その目は笑っていない。自分に向けられた笑顔じゃないとわかっているのに、私はゾッとした。
「あの、申し訳ありません…僕はあの件を降りさせていただきたく」
「今更逃げるつもり? 言うなれば君も共犯なのに」
ぎくりと肩を揺らしたのはもう片方の男子生徒だ。なぜだか彼は男の前で萎縮しているように見えた。まるで主従関係のように…
「君のカンニング疑惑を庇ってあげた恩を忘れたの? ……それとも正直に自供しちゃう? 僕がやりましたって。そうなれば…退学とまでは行かないけど、校内で村八分になるかもしれないね」
……? どういうことだ? 上杉は男子生徒君の弱みを握っているのか? …うん、カンニングは良くない。上杉がそれを庇ったという恩を作って利用しているってこと…?
男子生徒にはそれが公にバレてしまうことが恐ろしくてならないらしい。まだまだ残暑厳しい9月だと言うのにガタガタと震えている。
そんな彼の反応を見て楽しんでいるのか、上杉は目を細めた。その表情は獲物に狙いを定めた蛇に似ていた。
「…君は黙ってそれをやるだけだ」
「で、ですが…」
「いいの? 逆らったりしたらこの学校にいられなくなっちゃうかもしれないのに……なんてね」
「う、上杉様!」
最低だな。
だけど上杉にはそれができる力がある、よくも悪くも、ここはセレブ校。金と権力があれば悪事をもみ消せる場合があるのだ…
もともと嫌いだったけど、今の話を聞いて更に上杉のことが嫌いになった。軽蔑した。
カンニングを庇ったどうのはいい人とかそういうのじゃなくて、ただ利用できる人間を見つけたから気まぐれに庇っただけだろうし…。腹の底から淀んだものが口から飛び出してきそうなところを既のところで止めた。
私は短気な面があって、いつもそれを慎悟に注意されているのだ。行動を起こすときは一呼吸置いて、冷静に。でないと失言を吐き出す恐れがあるから一旦クールダウンして……
「…瑞沢姫乃を閉じ込めて、上杉様はどうなさりたいのですか…?」
しかし、その言葉で私は冷静さを失った。
今しがた食堂で起きた騒動で出てきた人間の名前だったからだ。
──閉じ込めた?
瑞沢姫乃…夢子ちゃんを、上杉が? その言い方だとこの男子生徒が一枚噛んでいるということになる。……無関係もいいところの瑞沢姫乃をこの上杉が人を使って、嫌がらせを働いた……。
どうして?
「そうしたらまた二階堂さんが疑われるでしょう? …本当は婚約破棄の直後に上手いことやるつもりだったけど……」
……は? 今、何つった?
建物の影から盗み見をしていた私は目をカッと見開いて上杉をガン見した。
いつものいけ好かないあの野郎はふぅ、とため息を吐いて、やれやれと言わんばかりの仕草で首を振っていた。
「何のために、宝生達の疑いを二階堂さんに持ってこさせたのか。全て水の泡になったよ。…流石にあんな目に遭えば、彼女も弱ると思ったのに……中々うまく行かないな…」
……な。なんだと…?
私はその場でピシリッと固まっていた。上杉の言った言葉を反芻するように自分の頭の中で繰り返して……理解した。
……じゃあ、なに?
あの婚約破棄騒動、とどめを刺したのは、上杉がなにかしら工作をしたって事? だって今の口振りじゃ…そうとしか……
「とにかく、君は言われたことをすればいいよ。そうすれば悪いようにはしないから」
「……はい…」
男子生徒の肩をぽんと叩く上杉。男子生徒は諦めきった様子で項垂れていた。
いやいやいや、ちょっと待てや。
なんの権利があって私を陥れようとするのか……!
ブチン! と私の頭の何処かが切れた音がした。
ごめん遊ばせ! 短気な私が通りましてよ!!
「今の話、全て聞かせてもらったぞ上杉! どういうことだ!!」
私はそこに乱入して怒鳴りつけた。
突然の乱入者に男子生徒は驚いた顔をしていたが、上杉は何を考えているかわからない顔でこっちを見ただけだった。
「……盗み聞きは趣味が悪いよ?」
「自分の手を汚さずに人を陥れようとする人間に言われたくないね!」
どの口が言うんだどの口が!
私は地面を力強く蹴りつけて飛び出すと、憎たらしい上杉のネクタイを乱暴に掴み、引っ張り上げた。
「…そんなことで私を窮地に陥れられるとでも思ったの? 勉強ができても、抜けてるんだねあんたって。……世の中あんたのために世界が回ってると思ったらとんだ勘違いだ」
金や権力なら我が二階堂家にもある。
あんたがケンカ売るなら、私はお祖父さんに助けを求めて徹底抗戦する構えだけどどうする? ピンチに震えて怯えて何もしない女に見えたか? そりゃあ見た目詐欺と言われるくらい、私の容姿は可憐で美しいけど……残念だったな!! お前の思い通りには行かないぞ!!
私が狂犬のように睨みつけると、上杉は「可愛くないなぁ」と残念そうに呟いた。この期に及んで何を言っているんだこのボンクラ。
「弱れば、君のがさつな性格も矯正できるかなと思ったけど、無駄だったね。ついでに宝生との仲が悪くなるようにちょいちょいと工作したけど、君には全く響いてないみたいだ」
目の前の男は何を言っているんだ?
…なんか私の性格を矯正してくださろうとしていたみたいだけど、赤の他人にそこまでしてもらう義理はないなぁ。私はたしかにがさつだが、人として性格が破綻しているとは思わない。人を操ろうだなんて何様のつもりなの?
「あのさぁ、仮に私が身に覚えのない嫌がらせの犯人に仕立て上げられて、精神的に追い詰められたとしても、あんたに心開くことはないよ? わかってないだろうから教えてあげるけど、私はあんたのこと嫌いなんだよ」
思い通りにはなってやらない。
あれだけ扱い雑にしているのに、好かれる可能性があるとでも思っていたのだろうか。おめでたい頭だ。ここまで鈍感だと生きているのが楽しそうである。
それよりだ。恐らくまだまだ余罪はあるはずだ。
「あんたさ…宝生家の会社で働く社員のことは考えてないの?」
婚約破棄で資金提供がなくなり、二階堂との縁が切れた宝生家は今大変らしい。今日明日倒産するというわけじゃないが、このままでは危ないと言われている。
それほどあのやり方はまずかった。行動したのは宝生氏だが、あぁなるように扇動したのはこの上杉だ。
「どうでもいいよ、知らない人なんて」
興味なさそうに一言。
…こいつ、どこまで畜生なんだ。良心の呵責を感じないのか…!
「それに、僕だけじゃないよ? 僕以外の誰かが君の名前を借りて嫌がらせをしてるんだ」
「はぁ? 誰よ」
私以外の誰かが、私の名前を借りてって…私そんなに恨みを買った覚えないんだけど。
なにか知っている風の目の前の男はニヤニヤ笑っていた。その顔がムカつく、殴りたいその笑顔。
「ただで教えるってのは嫌だなぁ」
「気持ち悪っ」
このままだと大事なものを失いそうだったので、上杉のネクタイから手を離して距離を取る。もしかしたらハッタリかもしれない。落ち着け私。
なのだが、今度は奴からジリジリと近づいてきたではないか。
「…ねぇ、僕のものになったら、一生楽をさせてあげるよ?」
笑いながら言われたそれはいうなれば、プロポーズ。生まれてはじめてされたソレだが、私はちっとも嬉しくなかった。むしろ生命の危機を感じていた。
その蛇はシューシューと舌を伸ばしながら私の頬をくすぐり、甘言をつむぐ。相手が油断したところで毒の含まれた牙で噛み付いて、逃げ道を断とうとしている。
「だが断るっ!!」
私は腹から声を出してお断りした。自分の身を守るため、腕を構えてザッと後退する。本能が訴えているのだ。逃げろって。
私はハッキリきっぱり断った。なのだが目の前の男は目を細めて笑っている。
「遠慮しなくてもいいのに。…やっと、あの宝生から引き剥がせたんだ。僕がこのチャンスを逃すわけがないでしょ…?」
ゾォォォッ
体中の毛穴という毛穴が開ききった。恐怖を感じて心臓が萎縮したように苦しくなった。
怖い。やばい。
こういうの、なんと言うんだっけ。
良心の呵責を感じない人、倫理が著しく欠損した人間……
「サイコパス……」
ドクンドクンと心臓が暴れている。
恐ろしいのに、私の足は地面に縫い付けられたかのように動かない。動け動けと念じているが、身体が恐怖に怯えて固まってしまっている。
そうこうしているうちに、奴が目の前に近づいて……私に手を伸ばした。
「おい、なにしてる」
あと僅か、というところで、第三者の声が耳に飛び込んできた。グリンと首を動かすと、そこには頼りになる友人の姿。
「し、慎悟ぉ! 助けて!!」
救いの神が現れた!! 私は恐怖も相まって、足をもつれさせながら彼に向かって腕を伸ばした。
「…! お、おい」
「ひぃぃー殺されるよぉ、サイコパスが来るよぉ」
私に抱きつかれた慎悟はビクリと身体を揺らし、戸惑った声を出していたが、私には気遣う余裕はない。身長5センチ差である彼の首に抱きついてヒィヒィと怯えていると、背後で舌打ちみたいな音が聞こえた。
「ちょっと…せっかくいいところだったのに邪魔だよ加納君」
「……俺の目にはちっともそう見えなかったが? 現状彼女はこんなに怯えてるじゃないか」
普段の様子から想像できない怯え方だ。そう呟くと、慎悟は私を守るように腕を回して上杉から庇ってくれた。
「…ナイト気取りってわけ?」
フン、と鼻を鳴らした上杉に対して、慎悟は警戒心を隠さずに言い返した。
「さてな。笑を陥れようと陰でコソコソしていたのはお前ってわけか」
「彼女にも言ったけど、僕だけじゃないよ?」
「話を逸らすな。……お前、仮にも二階堂家の令嬢にこんな事してただで済むとでも思ってるのか?」
慎悟は冷たく凍りつくような瞳で上杉を睥睨していた。
「お前のやっていることはすべて空回りだ。どれも彼女には響いていない。ただ自分が嫌われることをやってるだけだ。それを理解しているか?」
「なぁに? お説教? 今まで距離作っていいお友達のフリしていたくせに、こういう状況になった途端表に出てくるんだね」
だけど上杉には響かない。慎悟を挑発するような言い方であしらおうとする。
「……悪いか?」
上杉の言葉に慎悟は挑発をし返すように、鼻で笑っていた。それに上杉はスウッと目を細めて慎悟を睨み返していた。
彼らはしばらく無言で睨み合っていた。
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