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番外編・大学生活編
君の気持ちが知りたいのに
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私は子供の頃に戻ったかのようにべそべそ泣きながら事の次第をユキ兄ちゃんに話した。
部活中に突如勃発した痴話喧嘩を止めたら、カップルの男のほうが私に近づいてきて嫌がる私に迫ってきた事。それを目撃した慎悟が誤解して嫉妬して、私が彼を拒絶して怒らせたこと。
…それ以降、慎悟は私を無視し、避け続けていることを。
相槌を打ちながら私の話を聞いていたユキ兄ちゃんは苦笑いを浮かべていた。
「笑ちゃんが周りの人を放っておけないのは昔からの癖だもんね」
私達の仲違いについて「いやぁ、若いなぁ」としみじみ評価しているが、ユキ兄ちゃん、その年でおじさん臭い発言になってるよ。
「…でもね、笑ちゃん。慎悟君も心配なんだと思うよ。世の中、身勝手な男ばかりなんだから、笑ちゃんもしっかり自衛しなきゃ」
その言葉にはぐうの音も出ない。
慎悟にはいつも言われていることだ。慎悟から見たら私は無防備らしい。
だけど私は無防備状態で過ごしているつもりではないのだ。……そもそも、あの状況でどう動けばよかったというのか。きっぱり拒否しても強硬手段に出てくる相手に……
まるで私が浮気したみたいな反応されたらこちらも不快だし、あんな乱暴な行動に出られたら拒絶する他ない。意に染まない事はしたくないではないか。
「慎悟君が乱暴な行動に出たのは褒められないことだけど、好きな子を奪われそうになっている現場を目撃して、嫉妬してしまうのは理解できるなぁ」
慎悟君も不安なんだよ、とあくまで中立の位置に立つユキ兄ちゃん。
それには難しい顔で考え込む私。
私は、自分のことばかりだったのかもしれない。慎悟の受けたショックを後回ししていた。…私が同じ現場を目撃したら慎悟と同じように責め立ててしまうかもしれないってのに……。
「正直、友人でもない女の子に相談する男もどうかと思うし。そんな男に優しくする必要はないよ。先輩だろうとなんだろうと遠慮する必要はないと思うな」
女性が見知らぬ男を警戒して拒絶するのは本能的に自分の身を守っているってことだから。と彼は諭してくる。男側なのに理解が深すぎないかユキ兄ちゃん……
「……笑ちゃんが大事なのはどっち? とっ捕まえてでも、慎悟君とちゃんと話し合ったほうがいい」
時間が経てば経つほど仲直りできなくなるよ。と言われて私はうつむく。
そんな事言われても、慎悟は私の顔も見たくないと言わんばかりに無視するんだもん。いくら私でも尻込みするってものである。…そんな態度を取り続けられたら、こっちだって萎縮して何も言えなくなるんだよ…
「あ、丁度いいところに。おーい慎悟君!」
突然ユキ兄ちゃんが右腕をブンブン振ってどこかへ呼びかけた。私はそれにドキッとする。
どういう偶然なのか。それとも講義が終わった時間が同じだっただけか。今しがた噂していた彼が通り過ぎて私は緊張した。
慎悟はユキ兄ちゃんの呼びかけにじろりと視線を向け、隣にいる私を見て冷たく睨みつけてきた。
…あの目いやだ。
言いたいことがあれば言えばいいのに、睨んでくるだけなのは慎悟の悪い癖だ。
「あれ、行っちゃった」
ユキ兄ちゃんが呼びかけているというのに慎悟は何事もなかったかのように通り過ぎた。何をしているんだあいつは。
「慎悟!」
流石に失礼だろと思った私は大きな声で呼び止めた。しかし、慎悟は振り返らない。声は聞こえているはずなのに。
タッ…! と地面を蹴る音。隣から聞こえた気がしたので横を見ると、先程まで隣にいたユキ兄ちゃんが駆け出していた。彼の手には私が貰ったものと同じ封筒があった。
背後に迫ったユキ兄ちゃんは慎悟の肩に手を伸ばし、ガシッと掴んだ。
「久しぶり! これ君にも渡したかったから会えてよかった!!」
彼は力づくで慎悟を捕獲すると、驚きにこわばった顔をする慎悟の手にその封筒を力強く載せた。
慎悟は押し付けられた白い封筒を訝しげに観察し、ユキ兄ちゃんの顔を見上げた。慎悟と目を合わせたユキ兄ちゃんはニッコリと微笑む。
「大学時代からずっと付き合ってきた彼女と今度結婚するんだ」
その言葉に慎悟は目を丸くしていた。
「これは結婚式の招待状だよ。笑ちゃんと一緒に、絶対に来てね。大事な従妹と一緒にお祝いしてほしいんだ」
ユキ兄ちゃんは強調するように言った。慎悟はユキ兄ちゃんを見て、招待状を見て、私に視線を向けた。
冷たい眼差しではない。少し戸惑っている目だ。表情は相変わらず硬いが、毒気が抜かれた様子でもある。
「色々不満とか、思うところはあるだろうけど、慎悟君の今の態度は悪手だよ。笑ちゃんが好きならちゃんと向き合ったほうが良い」
年長者としてユキ兄ちゃんは諭したのであろう。だけど慎悟は苦虫を噛み潰したような渋い顔を浮かべていた。
ユキ兄ちゃんはそれに気を悪くしたわけでなく、慎悟の肩を親しげにポンポンと叩くと、「俺はそろそろ会社に戻らなきゃいけないから、笑ちゃんをよろしくね」と言って去っていった。
残された私は慎悟を呆然と見ていた。
慎悟はといえば、招待状と去っていくユキ兄ちゃんを見比べて、はぁー…とため息を吐いている。
──今が話をするチャンスだ。冷静に話せばきっと誤解は解けるはず。……なのに、口から漏れ出すのは言葉ではなく、嗚咽だ。
この数日間のことは、かなり私の心に来ていた。無視されることは怒られることよりも辛い。私と向き合ってくれない慎悟に怒りを覚えたが、一番は悲しかった。
サクサクと公園の芝生を踏みしめる音が近づいてくる。慎悟の足音が近づいてきたようだが、私の視界は涙で歪んでいて慎悟の表情が見えない。まだ、怒っているのだろうか?
スッと私の目元が陰り、柔らかい物が目元を拭う感触がした。
「…怒ってもいいから無視しないでぇ」
お願いだから、と懇願すると、私の涙をハンカチで拭う慎悟の手が止まった。
「部活で、痴話喧嘩してる先輩を止めたんだ。そしたら、その片割れの男の先輩が近づいてきて、相談したいって言ってきたんだ」
思い出すだけでムカつく。
相談女ならぬ相談男。嫌がらせなのか、可憐なエリカちゃんの魅力にフラッとしたのかは知らんが、いい迷惑である。
「私がきっぱり断ったら強引に抱きついてきてさ、慰めてほしいって…拒否したけど、相手の力強いし、身体大きいしで手も足も出なくてさ……」
足が動けば金的出来たけど、あのときは足の位置も悪かったんだ。暴れようにも身動きが取れなかった。
「そしたら、慎悟が来て……ものすごく怒ってさ。私の話聞いてくれないし、無理やりキスするし。…苦しかったんだよ、痛かったんだよ。あんなのやだ。いつもの優しいのが良いのに……」
慎悟は黙って私の話を聞いていた。
「慎悟、どうして無視するの、私の顔も見たくないほど嫌いになったの? 私達、別れるの?」
短時間に一気に泣きすぎて目元が腫れぼったい。いくら美しいエリカちゃんの顔面もブサイクに変貌を遂げていることであろう。女優さんみたいに美しく泣けるならそうしたいが、私にはそんなスキルはない。
彼は私の言い分をすべて聞いてくれた。だけど最後まで沈黙していた。私達はこのまま終わりなのかどうかその問いすら答えてくれなかった。
私は慎悟の気持ちが知りたかったのに。やっぱりまだ私とは口を利きたくないのであろうか……
だけど彼は私の手を掴んでそのまま二階堂家の送り迎えの車が止まっている駐車場まで送ってくれた。その手は乱暴ではなく、いつもの優しい手だった。
何も言ってくれない彼に不安になってその手を握り返すと、それをそっとほどかれ、車の座席に座るように促されたのであった。
部活中に突如勃発した痴話喧嘩を止めたら、カップルの男のほうが私に近づいてきて嫌がる私に迫ってきた事。それを目撃した慎悟が誤解して嫉妬して、私が彼を拒絶して怒らせたこと。
…それ以降、慎悟は私を無視し、避け続けていることを。
相槌を打ちながら私の話を聞いていたユキ兄ちゃんは苦笑いを浮かべていた。
「笑ちゃんが周りの人を放っておけないのは昔からの癖だもんね」
私達の仲違いについて「いやぁ、若いなぁ」としみじみ評価しているが、ユキ兄ちゃん、その年でおじさん臭い発言になってるよ。
「…でもね、笑ちゃん。慎悟君も心配なんだと思うよ。世の中、身勝手な男ばかりなんだから、笑ちゃんもしっかり自衛しなきゃ」
その言葉にはぐうの音も出ない。
慎悟にはいつも言われていることだ。慎悟から見たら私は無防備らしい。
だけど私は無防備状態で過ごしているつもりではないのだ。……そもそも、あの状況でどう動けばよかったというのか。きっぱり拒否しても強硬手段に出てくる相手に……
まるで私が浮気したみたいな反応されたらこちらも不快だし、あんな乱暴な行動に出られたら拒絶する他ない。意に染まない事はしたくないではないか。
「慎悟君が乱暴な行動に出たのは褒められないことだけど、好きな子を奪われそうになっている現場を目撃して、嫉妬してしまうのは理解できるなぁ」
慎悟君も不安なんだよ、とあくまで中立の位置に立つユキ兄ちゃん。
それには難しい顔で考え込む私。
私は、自分のことばかりだったのかもしれない。慎悟の受けたショックを後回ししていた。…私が同じ現場を目撃したら慎悟と同じように責め立ててしまうかもしれないってのに……。
「正直、友人でもない女の子に相談する男もどうかと思うし。そんな男に優しくする必要はないよ。先輩だろうとなんだろうと遠慮する必要はないと思うな」
女性が見知らぬ男を警戒して拒絶するのは本能的に自分の身を守っているってことだから。と彼は諭してくる。男側なのに理解が深すぎないかユキ兄ちゃん……
「……笑ちゃんが大事なのはどっち? とっ捕まえてでも、慎悟君とちゃんと話し合ったほうがいい」
時間が経てば経つほど仲直りできなくなるよ。と言われて私はうつむく。
そんな事言われても、慎悟は私の顔も見たくないと言わんばかりに無視するんだもん。いくら私でも尻込みするってものである。…そんな態度を取り続けられたら、こっちだって萎縮して何も言えなくなるんだよ…
「あ、丁度いいところに。おーい慎悟君!」
突然ユキ兄ちゃんが右腕をブンブン振ってどこかへ呼びかけた。私はそれにドキッとする。
どういう偶然なのか。それとも講義が終わった時間が同じだっただけか。今しがた噂していた彼が通り過ぎて私は緊張した。
慎悟はユキ兄ちゃんの呼びかけにじろりと視線を向け、隣にいる私を見て冷たく睨みつけてきた。
…あの目いやだ。
言いたいことがあれば言えばいいのに、睨んでくるだけなのは慎悟の悪い癖だ。
「あれ、行っちゃった」
ユキ兄ちゃんが呼びかけているというのに慎悟は何事もなかったかのように通り過ぎた。何をしているんだあいつは。
「慎悟!」
流石に失礼だろと思った私は大きな声で呼び止めた。しかし、慎悟は振り返らない。声は聞こえているはずなのに。
タッ…! と地面を蹴る音。隣から聞こえた気がしたので横を見ると、先程まで隣にいたユキ兄ちゃんが駆け出していた。彼の手には私が貰ったものと同じ封筒があった。
背後に迫ったユキ兄ちゃんは慎悟の肩に手を伸ばし、ガシッと掴んだ。
「久しぶり! これ君にも渡したかったから会えてよかった!!」
彼は力づくで慎悟を捕獲すると、驚きにこわばった顔をする慎悟の手にその封筒を力強く載せた。
慎悟は押し付けられた白い封筒を訝しげに観察し、ユキ兄ちゃんの顔を見上げた。慎悟と目を合わせたユキ兄ちゃんはニッコリと微笑む。
「大学時代からずっと付き合ってきた彼女と今度結婚するんだ」
その言葉に慎悟は目を丸くしていた。
「これは結婚式の招待状だよ。笑ちゃんと一緒に、絶対に来てね。大事な従妹と一緒にお祝いしてほしいんだ」
ユキ兄ちゃんは強調するように言った。慎悟はユキ兄ちゃんを見て、招待状を見て、私に視線を向けた。
冷たい眼差しではない。少し戸惑っている目だ。表情は相変わらず硬いが、毒気が抜かれた様子でもある。
「色々不満とか、思うところはあるだろうけど、慎悟君の今の態度は悪手だよ。笑ちゃんが好きならちゃんと向き合ったほうが良い」
年長者としてユキ兄ちゃんは諭したのであろう。だけど慎悟は苦虫を噛み潰したような渋い顔を浮かべていた。
ユキ兄ちゃんはそれに気を悪くしたわけでなく、慎悟の肩を親しげにポンポンと叩くと、「俺はそろそろ会社に戻らなきゃいけないから、笑ちゃんをよろしくね」と言って去っていった。
残された私は慎悟を呆然と見ていた。
慎悟はといえば、招待状と去っていくユキ兄ちゃんを見比べて、はぁー…とため息を吐いている。
──今が話をするチャンスだ。冷静に話せばきっと誤解は解けるはず。……なのに、口から漏れ出すのは言葉ではなく、嗚咽だ。
この数日間のことは、かなり私の心に来ていた。無視されることは怒られることよりも辛い。私と向き合ってくれない慎悟に怒りを覚えたが、一番は悲しかった。
サクサクと公園の芝生を踏みしめる音が近づいてくる。慎悟の足音が近づいてきたようだが、私の視界は涙で歪んでいて慎悟の表情が見えない。まだ、怒っているのだろうか?
スッと私の目元が陰り、柔らかい物が目元を拭う感触がした。
「…怒ってもいいから無視しないでぇ」
お願いだから、と懇願すると、私の涙をハンカチで拭う慎悟の手が止まった。
「部活で、痴話喧嘩してる先輩を止めたんだ。そしたら、その片割れの男の先輩が近づいてきて、相談したいって言ってきたんだ」
思い出すだけでムカつく。
相談女ならぬ相談男。嫌がらせなのか、可憐なエリカちゃんの魅力にフラッとしたのかは知らんが、いい迷惑である。
「私がきっぱり断ったら強引に抱きついてきてさ、慰めてほしいって…拒否したけど、相手の力強いし、身体大きいしで手も足も出なくてさ……」
足が動けば金的出来たけど、あのときは足の位置も悪かったんだ。暴れようにも身動きが取れなかった。
「そしたら、慎悟が来て……ものすごく怒ってさ。私の話聞いてくれないし、無理やりキスするし。…苦しかったんだよ、痛かったんだよ。あんなのやだ。いつもの優しいのが良いのに……」
慎悟は黙って私の話を聞いていた。
「慎悟、どうして無視するの、私の顔も見たくないほど嫌いになったの? 私達、別れるの?」
短時間に一気に泣きすぎて目元が腫れぼったい。いくら美しいエリカちゃんの顔面もブサイクに変貌を遂げていることであろう。女優さんみたいに美しく泣けるならそうしたいが、私にはそんなスキルはない。
彼は私の言い分をすべて聞いてくれた。だけど最後まで沈黙していた。私達はこのまま終わりなのかどうかその問いすら答えてくれなかった。
私は慎悟の気持ちが知りたかったのに。やっぱりまだ私とは口を利きたくないのであろうか……
だけど彼は私の手を掴んでそのまま二階堂家の送り迎えの車が止まっている駐車場まで送ってくれた。その手は乱暴ではなく、いつもの優しい手だった。
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