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本編
恋は人を狂わせる。時としてその人しか見えなくなるってものだよね。
しおりを挟む「おぉ田端病院行ったか?」
「…行きました。骨はなんともないけどスジ痛めてるからしばらく固定してろと言われました」
売店に飲み物を買いに行こうとしたら丁度すれ違った保健室の眞田先生に声をかけられた。
この人養護教諭としてはまともなんだよな。サドだけど。誰にでも親しくできるタイプだし。ただ女性関係ですごい疑心暗鬼になるので面倒くさい。女に関する心の傷が深すぎる。
彼がまだ中学生の時に家庭教師に勉強を習っていたのだけど、ある日その家庭教師(女子大生)に性的に食べられてしまった。彼女に憧れと恋心を抱いていた眞田少年はその事で家庭教師の先生も同じ気持ちなのだと歓喜した。
それでもまだ子供の域を抜けきれない彼は大人である彼女に追いつこうと必死に頑張り、難易度の高い志望校に合格した。
だがしかし彼女には彼氏がおり、もうすぐ結婚を控えているという。つまり弄ばれたのだ。そんな振られ方をした彼はそこから女性不信の道を進む。
一年後また彼は恋をした。可愛らしく純粋そうな同級生の女の子とは同じ委員会で仲良くなった。そして交際を始めたのは良かったが、三ヶ月後に他の男と歩いてるのを偶然見つける。問い詰めるも彼女が反省している様子もなく、自己中な理由で彼を傷つける。
『だって、なんだかつまらないんだもの。付き合って3ヶ月経つのにキスしかしてこないし退屈』
眞田少年は彼女を大切にしたかったのだ。だが彼女にはそれが物足りなかったのだろう。
浮気をするほうが悪いのは決まりきっていることなのだが、眞田少年は自信をなくした。高校生活はそれ以降彼女を作ることはなかった。
そして次は社会人になってからで、相手は異業種の3個年上の女性。男性に囲まれてバリバリ働いている多忙な彼女だったが、眞田先生は頑張り屋な彼女に惚れていた。デートがドタキャンされても怒らなかったし、忙しい彼女のために食事を用意してあげたり気遣ってあげていた。
そのうちは結婚をとも考えていたし、彼女ともそんな話をしていたのだ。
だが、また裏切られた。
彼女は職場の上司と不倫をしていたのだ。
ドタキャンのうちのいくつかは上司との密会のため。結婚の話に乗っていたのも不倫をするために眞田先生は隠れ蓑にされそうになっていたのだ。結婚をしたとしても上司との関係は止めるつもりはなく、眞田先生を騙し続けるつもりだったらしい。
ゲーム通りならばその彼女はお相手の奥様に慰謝料請求されて大変らしいけど、眞田先生は巻き込まれる前に別れたそうな。
なんでそんな事知ってるかってゲームで攻略したら眞田先生がすべて語るからだよ。
その経験があって女性不信に磨きがかかっている。不貞する女ばっかだなしかし。先生女見る目がないんじゃないの?
女性に対して不信感もあるし、自分自身も男性としての自信が欠落している感じだろうか。
普通に生徒に接する分では態度には出さないようだけど、女は信用出来ないって内心思ってるんだろう。
私は思わず眞田先生を憐れみの目でみてしまう。彼がそれに気づいているかは定かではないが、サポーターを見せびらかしていた私の頭を何故か撫で始めた。
「…あの?」
いきなりの頭ヨシヨシに私はポカンと眞田先生を見上げた。すると彼は懐かしそうな顔をして笑うではないか。
イケメンの笑顔にちょっとドキッとしてしまう私。
…だったのだがすぐに私の心は氷水をかけられて冷静になった。
「お前、昔飼っていた柴犬のコロに似てるな」
「…………」
(知 ら ん わ)
私は眞田先生の腕を速攻はたき落とした。
どいつもこいつも人を柴犬に例えやがって…!
眞田先生は「あ、そのふくれっ面も似てるぞ! おやつお預けしたときの顔そっくり」とのたまっていたが私は聞こえないふりをして足早に立ち去ったのである。
◇◆◇
その日も何事もなく授業が終わり、私は放課後に文化祭の準備をしていた。昨日よりは腫れ物扱いがましになっているが、気のせいかお調子者男子らはサボらずサクサク制作をしている。こっちを気にしながら。…沢渡君は特に顕著である。
ちなみに昨日の放課後からあの看板を本当に山ぴょんにだけ直させている。私は現場監督よろしく後ろで仁王立ちをして指示していた。
見かねたヒロインちゃんが「手伝ったほうがいいんじゃないかな?」と言っていたが、そんなあなたも痴話喧嘩に巻き込まれたのよ? なんでそんなに慈悲深いわけ?
ヒロインちゃんの優しさに思わず「ソウダネ!」とうなずきそうになったけど私は心を鬼にした。
「そこ! 歪んでる!!」
「っ!? あやめ…こんくらい勘弁しろよ…」
「手ぇ抜くな! 気合でなんとかしろ!」
私の鬼監督に山ぴょんは情けない顔をしていた。そんな顔しても可愛くともなんともないよ!
元通り戻るまで私は許しはしない。
文化祭の準備で帰りが最近遅くなっているがどんどん日没が早くなっている気がする。秋は夕焼けがきれいな時期だけど食欲も増すので要注意な時期である。
今日の夕飯はなんだろうかサンマ食べたいと考えながら階段を降りて下駄箱で靴を履き替え、さあ帰ろうとしたその時、「あやめ!」と山ぴょんが私を呼んだ。
「…なに。どしたの? クレームは受け付けないよ」
「じゃなくて、荷物持ってやるよ。家近いし一緒に帰ろうぜ」
「えー山ぴょんと帰るの? めんどくさいしやだなぁ」
「なんだよその反応!」
山ぴょんは私の怪我を気にして申し出てきたのであろうが、私は出来るだけ火の粉は避けたい。山ぴょんは攻略対象なだけあってイケメンなのだ。女子の妬み嫉みを買いたくないし、幼馴染といえど噂になるのは勘弁願いたい。
私が拒否を示すとそんな反応を女子からされたことがないだろう山ぴょんはわかりやすくショックを受けていた。
私はそんな事気にせずとっとと帰ろうと歩き出したのだが、諦めの悪い山ぴょんは急いで靴を履き替えて私を追いかけてくるとサッと手を差し出してきた。
「ほら! 鞄持ってやるから!」
「いらんて」
私の鞄を奪おうとする山ぴょん。
しつこいなこいつと私は胡乱げな視線を向けていたのだが、あっさりと鞄を奪われてしまった。…中に定期とかスマホが入っているためこのままじゃ帰れないので仕方なく諦めた。
「もういいよ…早く帰ろうよ」
「全く。最初から甘えればいいんだ」
(何いってんだこいつ)
昨日はそんなこと言ってこなかったくせになんで今日になっていきなり。偉そうになんなんだ。
私が幼馴染の言葉にイラッとしていたその時。
「大志! 待って!」
「…真優」
真優ちゃんが泣きそうな顔して現れた。
「お願い話を聞いてよ…」
「言っただろ。もうお前とは付き合いきれないって」
「謝るから! もう二度とあんなことしないから」
「お前さ、あれからあやめにも本橋にも謝ってないだろ。そういうケジメをちゃんとできないやつは本当に無理」
「それは今度お母さんと一緒に謝りに行くから」
「違うだろ? お前がやったことなの。真っ先に謝らないといけない立場なんだよ。なんでそれがわかんないわけ?」
「た、大志…」
そう言って山ぴょんは真優ちゃんを突き放した。この二人の仲はあの件以降拗れていたらしい。
確かに謝罪に来ない真優ちゃんに私も思うところがあったが…別れの危機となるとちょっと複雑な気分になる。
山ぴょんは怒っているが怒鳴っているわけではない。だけど男の人の怒っている低い声って威圧感があって少し怖い。そばにいる私でさえ少しビビっているのだから、真優ちゃんは相当怖いのだろう。クールで涼しげなその瞳からは涙が次々と溢れ出し、その肩は泣くのを堪えているためか小刻みに震えていた。
…女の涙に男は弱いとはいうが、今の山ぴょんはその限りではないようで真優ちゃんに厳しい視線を向けて今までの不満をぶちまけはじめた。
「お前のヤキモチもさ、最初は可愛かったけど…ちょっと女子と話すだけでキレてきて…俺もう無理なんだよ。本橋は転入生だからクラス全員でサポートしてるんだよ。なんでわかってくれないわけ? なんで俺のこと信じてくれないわけ? 人を傷つけようとするわけ?」
「だ…だって、スズちゃんが…」
「友達のせいにすんなよ。…好きだからって何してもいいわけじゃないだろ…?」
眼の前でまた修羅場が起きていた。
下校中の生徒らの目が痛い。私は浮気相手とかそんなんじゃないので誤解しないでほしいと訴えたい気分である。
コイツらおととい私が怒ったの忘れたのか? 痴話喧嘩は余所でやれよ!
「大志…! 私、直すから。もうヤキモチも妬かない!」
「ごめん。無理だわ」
「いや! 別れたくないよ!」
真優ちゃんには場所など関係ないらしい。必死に山ぴょんに縋っている。その姿は哀れにも思えた。
私は少し可哀想だなと思ったけど、今回のことはやりすぎたし自業自得なのかもしれない。
山ぴょんが不安にさせたのが原因かもしれないけど、それで手を出すのはアウトだろう。
…恋というものは恐ろしいわ…
話は決裂のまま終わった。泣き崩れた真優ちゃんを放置し、山ぴょんが私に「帰るぞ」と声をかけてきた。
ごめんけど今私に声かけるのやめてくれないかな…関係者と思われるんだけど…
電車に乗って家に帰るまでの間、私達の間には会話が無かった。定期を入れているスマホは確保できたので、暇つぶしはできたのだが、気まずいことこの上ない。
ようやく家に帰り着いて苦行が終わった…とホッとしていると山ぴょんが改めて謝罪してきた。
「…あいつの友達が俺と本橋の仲がいいって吹聴してきたのがきっかけらしいけど、そんなのは言い訳だし俺もあいつの不安に向き合ってやることができなかったのが悪かったんだ。二人には本当に申し訳ないことをした」
「…看板を元通りにしたら許してあげるよ。山ぴょん」
「…ありがとなあやめ。あやめが居なかったらもっと大変なことになってた」
「いやいや」
「じゃあまた明日な」
山ぴょんから自分の荷物を受け取ると家の前で別れた。いつまでもそこに居ても仕方ないので私は家に入る。
だけど自分の家の玄関に立つと、私はそこから動けなかった。
さっきの話が引っかかったから。
山ぴょんとヒロインちゃんの仲を真優ちゃんの友達が吹聴したって言ってた。
あの時真優ちゃんが言っていた『スズちゃん』って名前。
真優ちゃんと林道寿々奈は同じクラスだから多分気のせいじゃない。
………どうして?
そのままそうしていると和真が二階から降りてきていた。
「…何してんの?」
「なんでもない…今から出かけるの? ご飯は?」
「後で食べる」
そういって素っ気なく弟は家を出る。いつもの夜遊びに行ったのだろうか。
本当は…弟に言いたいことがあった。
林道寿々奈には気をつけて。って。
だけど証拠がないから言い出すこともできなかった。
林道寿々奈は和真を好きならどうして真優ちゃんをけしかけるマネなんてしたの?
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本当に何がしたいの?
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それとも私の考えすぎなのだろうか。
実行犯は真優ちゃんだから真優ちゃんが一番悪い。
けれど…でも、なんか。
「あやめ? 早く上がりなさい。こんなところでなにしてるの」
「あ…うん」
「今日お父さん遅いから先に食べちゃいましょう」
母さんに促され、私は部屋で着替えるとダイニングに向かって二人で晩御飯を食べる。いつもどおり母さんのご飯は美味しい。
晩御飯のおかずは食べたいって思っていたサンマなのになんだか嬉しさが半減した。
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