47 / 312
本編
私のお友達【小石川雅視点】
しおりを挟む「雅ちゃーん! ごめんね待った~?」
「いいえ全然。今日はいきなりお誘いして申し訳ございません」
「全然いいよー! ていうか洋服って珍しいね! かわいい」
「お着物はお稽古事の時に着ているだけで、普段はお洋服なのですよ」
彼女の名前は田端あやめさん。
派手な格好をしていらっしゃるから以前の私なら関わることのない方だったかもしれないですけど、そんなのただの偏見だと気づきました。
だってあやめさんは優しくて、一緒にいると楽しい方。私にないものをたくさん持っていて、私の知らないことを色々教えてくれる大切なお友達。
もしかしたら冬休みの最終日もアルバイトをされているのかなとは思ったのですが、丁度休みだとお返事を頂いたので、今日は映画にお誘いしたのです。
「あやめさんのお洋服も素敵ですね」
「そう? これ福袋で買った服なんだ~。福袋って当たりハズレがあるけど当たりでよかった」
あやめさんがお召しになっていらっしゃる丈の短いニットワンピーススカートにロングブーツは彼女にとってもよくお似合いです。
派手な格好をする理由が知りたくて、どうして髪を染めるのかをお尋ねした時、あやめさんは苦笑いしてお答えしてくださいました。
容姿に恵まれた弟さんが同じ学校にいるから、比べられないようにと仰っていて。弟さんの写真を拝見させていただきましたが、確かに美形な弟さんでいらして納得いたしました。
高校二年になる前まではあやめさんも黒髪でお化粧もしていなかったそうですが、弟さんの入学を機に今の形に収まったと。
一年前のあやめさんのお写真を頼み込んで見させて頂きましたが、清楚で愛嬌のあるお姿でした。
私は元のお姿も好きだとは申しましたが、あやめさんは苦笑いするのみ。
…もしかしたら、周りから心無いことを言われ続けたのでしょうか?
映画館の売店で飲み物を私の分まで頼んでくれているあやめさんの後ろ姿を眺めながら、私は考え込んでいたのですが、何処からか聞き覚えのある声がしてそちらに目を向けました。
「花恋、俺は飲み物を買ってきますからここで待っていて下さい」
「わかりました」
そこには婚約者候補の志信様が他の女性に私には向けた事のない笑顔で優しく話しかけているお姿でした。
彼は私がここにいることに気づくこともなく、売店の列に並んでいきました。
心にナイフが刺さったような苦しみが私を襲いました。
私はここにいるのに。
何故その人がいいのですか志信様。
どうして私には心を開いて下さらなかったのですか!?
思わず志信様の元へ駆け寄って詰りたくなる衝動が沸き上がってきました。
私は彼の妻になるために幼少の頃から努力してきたというのに、どうしてぽっと出の女に奪われなければならないのでしょうか。嫉妬の感情が抑えきれずに足が自然と一歩前へと進みました。
「雅ちゃーん。おまたせ~」
ですが、そこにあやめさんが戻ってこられたのでその衝動を胸の奥に押しとどめて、あやめさんと劇場に入って行ったのです。
…醜い姿を晒さずに済んでホッとしました。
私達が観た映画は児童書が世界的にヒットして映画化したもので、老若男女が楽しめるような作品でした。もやもやしていた気持ちは映画のおかげで幾分かマシになりました。
映画館を出た後、その辺のお店を二人で見て回っていたのですが、化粧品を眺めていらしたあやめさんが神妙なお顔で私に尋ねてこられました。
「ねぇ雅ちゃん…」
「なんですか?」
「…私の顔って柴犬っぽいかな?」
「……え?」
いきなりそんな質問をされて私はぽかんとしてしまいました。
柴犬? どういうことですの?
柴犬の姿を想像して、目の前のあやめさんを見つめてみます。
…あぁ…そう言われたら目の辺りが…
「やっぱり! 犬顔なんだ!」
「えっ!? いえいえ、悪い意味ではなくて可愛らしい意味で似ていると」
「化粧かな!? すっぴんの時そんな事言われたこと無いのに、化粧しだして柴犬に似てるって言われることが増えてさ! でももうすっぴんには戻れない!!」
頭を抱えて嘆かれるあやめさん。私はどうしたらいいのかとオロオロするしか出来ません。
薄化粧しか嗜まない私は彼女にどうアドバイスするべきか。決して悪い意味で柴犬に似ていると言われたとは思わないのですが、彼女にはマイナスに感じているようです。
「メイクのことでお悩み?」
「「!」」
「びっくりさせちゃったかな? ごめんね聞こえてきちゃったからさ。お姉さんで良かったらお話聞くよ? 一応その道のプロだから」
化粧品売り場にいたカウンセラーの方がそう声を掛けて来られ、プロの意見ならあやめさんも前向きになるかもと思い、私は二つ返事でお願いしました。
一旦、化粧を全て落とされたあやめさんにカウンセラーの方はスキンケアのことから説明してくれ、私も大変お勉強になりました。
「若い肌を維持するのは若い内からのケアだからね。化粧も出来ればしないほうがいいけど、気にしてる子に化粧するなって言うのは酷だから…肌に負担のかからない化粧方法を教えてあげるね」
そう言って慣れた手付きで化粧を施していきます。プロというのはどの道の人でもすごいものですね。
あやめさんは雰囲気がガラリと変わりました。
「目が小さいわけじゃないからアイラインはそんなに太くしなくても十分可愛いよ。それに眉もはっきりくっきりするんじゃなくて自然にして、チークはピンク。リップは健康的なピンク色があなたには合うんじゃないかな? さっき付けてたベージュはまだ大人っぽすぎるから」
「うわぁー…すごーい…」
「あやめさんとっても可愛いです! …お写真撮ってもよろしくて?」
清楚にかわいらしくなったあやめさん。
カウンセラーの方に付けてもらっていた化粧品をいくつか購入して、このお化粧の方法を再確認する気の入り様でしたが、 私もこのあやめさんのほうがいいなと思います。
お店を後にしたあやめさんはホクホクしていらっしゃいました。お化粧のことで悩んでいらしたようです。
「明日から学校どうしようかと思ってたから良かった~」
「それなら良かったです」
「ちょっと買いすぎたけどバイト頑張ったからいいよね。雅ちゃん付き合わせちゃってゴメンね」
「いいえ。私もいい経験になりましたから。私は和装の時に薄くお化粧する程度しか嗜みませんから、プロの方の技を見て勉強になりました」
あやめさんは自分自身を守るために派手になったと仰っていた。これが私の鎧で私の主義なのだと。
彼女には彼女のジレンマがあってその行動に至ったのでしょう。だって自分に悪意を持つ相手…それも複数に立ち向かうのは並大抵のことではありませんから。
彼女のその選択はある意味賢い選択なのかもしれない。
…主義。私には何があるかしら?
親の言う通り親の決めた習い事を習い、親の決めた学校に進学し、親同士が決めた婚約者候補に媚びを売ってきた私は自分というものがなにもない。
…相手のために、と思ってやってきたけども彼は別の女性に夢中。
…私は、一体何なのでしょうか。
「雅ちゃんはすごいね」
「えっ…」
「習い事たくさんしてるし、今までいっぱい頑張ってきたんだろうね」
「いえ、そんな…」
「部活一つだけでも大変なのに習い事を複数掛け持ちするのって大変だと思うよ? しかもそれ全部一生懸命身につけてさ」
いきなりあやめさんに褒められて私は目を丸くしました。
すごいと言うよりは、親に従うのが当然と思っていたからやってきたことで、それをきちんとこなさなければみんなに見捨てられると思ったから頑張ってきたと言ってもいい。
胸を張れることではないと私は思っていました。
「私も習い事の一つくらいしてみたら良かったかも。何も熱中することがなかったから、未だに進路が決まんないんだろうなぁ」
今更始めても身につかないかと呟くあやめさん。
あやめさんが進路に悩んでいるお話は聞いていましたが…習い事をしているからと言ってそういう訳ではないのですよ。
…私だってしたい事なんて何もありません。だって決める余地はなかったから。周りが決めたことを淡々とこなすだけ。
…だけど、志信様があの女性を選んだ今は、私は不要の存在。彼のために努力することは無駄になってしまった。
だから私もなにか、自分で決めてみてもいいのではないでしょうか?
きっと志信様との縁談が破談になっても他の殿方との縁談が持ち込まれるでしょう。進学先も親の希望通り、今通う高校の上にある姉妹大学になるでしょう。習い事も継続して続けることになるでしょうし、それなりの振る舞いをしていかないといけないでしょう。
私はそう育ってきたのでそれを受け入れる気ではありますし、それに反抗した生き方をするほど私には度胸がありませんから。
…だけどそれとは別の部分で、私がしたいことを私が決める事があってもいいのではないでしょうか?
彼女と接してきた私はそう思えたのです。
今度はどこに誘おうかしら? あやめさんは今月修学旅行を控えてるからその後がいいですね。
来月はバレンタインがあるから友チョコの交換を誘ってみようかしら。
なんだか楽しみが増えました。
その後あやめさんと一緒に食べたクレープは食べにくかったですけど、とっても美味しかったです。
22
あなたにおすすめの小説
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる