64 / 312
本編
人も街も変わっていくもの。変わらないものなんてあるのだろうか。
しおりを挟む
早くも2月に入った。
三年生の先輩たちが卒業するまで約一ヶ月。
そして乙女ゲームの舞台が終了するまで後僅かである。
なのだが、ヒロインちゃんの攻略状況は未だに不明だ。
だけど私から見たら、久松と親密になっているような気がする。
(元)生徒会長は価値観の違う発言(大切なコート弁償する発言)でちょっと心の距離が生まれたらしいし、ヒロインちゃんは陽子様と犬仲間になった。
(元)副会長は許嫁候補がいたことを黙っていたせいか、ヒロインちゃんが避けてる。不誠実な男性は良くないよね。
眞田先生はただの保健室の先生ポジだし、大久保先輩はびっくりするほどヒロインちゃんと接触していない。
私がハラハラしていた橘先輩もすれ違いざまに挨拶してるのを見かけただけで会話らしい会話をしているのを見たことがない。
和真にしても学年も違うし、今は接触が一切なし。林道さんのせいかもしれないけど。
山ぴょんは比較的ヒロインちゃんと仲がいいのでダークホースな気がする。修学旅行中にイベントしてたみたいだし。
だけど山ぴょんよりも親しいのは久松だ。
修学旅行二日目に私が寝た後…ヒロインちゃんは23時頃部屋に帰ってきたそうな。先生たちから説教を受けていただろう時間も加えてだが、門限から5時間も経って帰ってきたそうな。
私は寝ていたし、詳しく話は聞いてないけど、ヒロインちゃんが友達と話している内容を聞いていたリンによると、祇園の一見さんお断りのお店に連れて行かれていたとかなんとか。
ヒロインちゃんは「お座敷遊びって楽しいんだね!」と言っていたらしい。
おいおい高校生の行く場所じゃないぜ。
もっと高校生らしいデートしてこいよ。
ヒロインちゃん、私が言うのは何だけどもっと反省しようね?
しかし久松か…いやヒロインちゃんがいいならいいけど…
でもやっぱり久松嫌だなぁ。
☆★☆
「それでコロは橘とはどうなんだ?」
「ごほっ!」
「大丈夫か?」
翌日、保健室の眞田先生にもお土産を渡しに行った。それでお茶を出してもらって一緒におかきを食べていた所、いきなり何の前触れもなくそんな事を聞かれて私は動揺した。
セーターにお茶を零してしまい、先生がタオルをくれたので叩いて水分を抜いていると「たつ兄!」と元気な声で三栗谷さんが入室してきた。
「あれっ田端さんも来てたんだ? それ京都で買ったやつ?」
「うん。眞田先生にあげたけど三栗谷さんも食べていいよ」
「わーい! 私あんまりお土産買えなかったんだよねー」
三栗谷さんは保健室に入ってきて勝手知ったるとばかりにパイプ椅子を何処からか引っ張り出してきた。
「そういえばどうしたのそれ」
「…お茶零しちゃって」
「橘との進展具合を確認したらコロはわかりやすく動揺してなぁ」
「先生、シッ!」
淹れたてのお茶を三栗谷さんに手渡しながらネタバラシをなさる眞田先生。
ちょっと待ってなんで先生まで気づいているの!? そんな事一度も話したことないのに!
「…橘って…風紀副委員長だった人? 剣道部の部長だった人だよね? え、田端さん付き合ってるの!?」
「付き合ってない付き合ってない! …その、私が一方的に…」
「そーなのー!? 田端さんああいうタイプが好きなんだ!」
三栗谷さんにまでバレてしまって私は両手で顔を隠した。
どんどんバレていくんだけど…
「橘先輩、大学でも剣道続けるのかな? 夏の大会でも惜しい所まで行ったらしいけど、辞めるのもったいないよね」
「あぁ…志望大学にサークルがあるらしいから入る予定だとは言ってたよ」
「えっ! そんな話するほど仲いいんだね! うわぁいいなぁ」
「ちがっ、先輩は面倒見がいいから!」
「照れるな照れるな」
三栗谷さんがニヤニヤしながら肘でツンツンしてくる。
あぁ顔が熱い。
止めてくれ。ほんとに。
…そう言えば先輩が剣道する姿って見たことないかも。
夏の時点では全く意識してなかったし、私バイトに熱中してたからなぁ。観に行こうとか考えたことがなかった。
…大学での剣道の試合とか観に行っちゃダメかな? 絶対にカッコいいに決まってる。
…観戦なんてしたら余計好きになって諦めることができないかもしれないけど…
はぁ~あ…とため息を吐くと、三栗谷さんが首を傾げていた。眞田先生が苦笑いして三栗谷さんを嗜める。
「楓、からかうのは止めてやれ。コロはこういうのに慣れてないから一杯一杯なんだろう」
「えー? でも来月卒業なんだよ? 行動するなら早めが良いと思うんだけど」
私はそれにギクッとする。
そうだ。来月橘先輩は高校を卒業する。
しかも今月下旬に二次試験を控えており、二月の半ば以降は自宅学習として卒業までは自由登校に切り替わるので会えなくなるのだ。
「………」
無言になって項垂れる私に二人は気遣わしげに視線を向けてフォローしてくれたが、私は現実に打ちのめされていた。
想いを告げる気はない。
だけど、別れを覚悟出来ていなかったのかもしれない。
今までは後輩として側にいられたらそれで良かったのに、最近の私は欲がどんどん深くなっている。
☆★☆
「明日試合あるから弁当作って」
「……なんで私に言うのよ」
「唐揚げが良い」
「……あんたね」
金曜の帰りに和真が迎えに来たかと思えばいきなりそんな事を言ってきた。
空手に熱中している和真は雰囲気が変わった。
イケメンなのは変わらないが、空手バカになりつつある。コイツが武道にハマるとは思わなかった。
だけど私が弁当を作る話とは別問題である。
「じゃー作り方教えてあげるから自分で作れば?」
「無理」
「無理じゃないでしょ。作れるでしょ」
私は了承していないというのに、私の鞄を引っ張り、二年の教室のある階から昇降口に誘導する。
「はやく」
「えぇ~」
「和真くーん!」
元気よく突っ込んできた林道さんは和真に抱きつこうとした。それをひょいっと避ける和真。勢い余った林道さんは私に抱きついてきた。
グリグリと頭を鎖骨付近に押し付けるの止めてくれ。
最近体当たりアタックするようになったよね林道さん…スキンシップ激しすぎるよあなた…
「フカフカ…あれっ和真くんがあやめちゃんになった!!」
「カズが避けただけだよ…」
「酷い和真君なんで避けるの!?」
和真は聞こえないふりをしてシカトをしていた。
弟よ。姉を見捨てるとはどういう了見か。
「姉ちゃん早く行こうぜ」
私はニヤリと笑った。
転生者であるものの林道さんが害のない人間と知った今、別に協力するわけじゃないけど飯炊きババア扱いする弟に制裁を与えてやろうかと。
「カズー? ここにこんなに可愛い女の子がいるんだから林道さんに大好きな唐揚げ作ってもらったら?」
「はぁ?」
「えっ? なになに唐揚げ?」
「あのね和真ねぇ…空手習ってるんだけど、明日練習試合があるからお弁当作ってもらいたいんだって~」
林道さんにそう教えると和真がぎょっとした顔をしたのが見えた。
和真は私が林道さんを苦手に思っている事を知っていたのでまさかっていうのと、多分和真も林道さんタイプをどう扱えば良いのかわからなくて同様に苦手と思っているのだろう。
私の話を聞いた林道さんはキラキラ目を輝かせて胸の前でグッと拳を握った。
「えぇ!? そうなの!? 行く行く! 美味しい唐揚げ作ってくるね!」
「……姉ちゃん…」
「ふん、お姉様を飯炊きババア扱いした報いだ」
恨みがましい目を向けられたが、私にとって弟の睨みなんて怖くない。鼻で笑ってやるわ。
…なんだけど強引にスーパーに連行されて材料買わされた。
和真、もう少しお姉様を敬いなさいよ。
翌朝、和真に監視されながら仕込んでいた唐揚げの材料を揚げると、試合に出かけていく和真に渡した。
「まぁ多かったら仲間にあげたら?」
「ん」
「ん。じゃないよ。ちゃんとお礼は?」
「…アリガトーゴザイマース」
なんかいちいち生意気だが大目に見てやる。
本当は観戦に行くつもりはなかったけど、林道さんが不安がっていたので暇つぶしも兼ねて私も試合開始時間に合わせて向かうことにしている。
化粧してばっちり変身すると、自分のお弁当と水筒を入れたトートバックを持って林道さんと待ち合わせしている駅前まで向かった。
「あやめちゃーん! おはよー」
「おはよ。早速だけど行こうか」
「うん!」
林道さんは可愛らしい格好だった。
自分の魅力をわかった服装で、よく似合っている。
膝上丈チェック柄スカートにショートブーツ組み合わせに、ボンボン飾りのついているフード付きのもこもこ上着に毛糸の帽子。
まぁ可愛い。でも寒くないの?
私はデニムショートパンツだけど寒いからタイツ着用の上ロングブーツ履いてるし、白のVネックのセーターの上はやっぱりダウンジャケット。
だって寒いやん。今二月よ?
空手教室は最寄り駅に近い。
なのだが林道さんの家の最寄りから離れているので道案内も兼ねていた。
「あれ? 橘先輩じゃない?」
「あ…本当だ…勉強してるね…」
「追い込みの時期だもんね」
夏と冬休みにバイトしていたファーストフード店の前を通り過ぎると、店内の窓際で勉強している橘先輩の姿を見かけた。集中しててこちらには気づいていないようだ。
窓を叩けは多分気づくだろうけど、邪魔しちゃ悪いので私達は先輩に気付かれないように通り過ぎた。
「…あやめちゃん、本当に告白しなくていいの?」
「…しないよ」
「むーっあやめちゃんの意気地なし」
自分のことじゃないのに腹を立てている林道さんに私は苦笑いしてしまった。
「…そうだね私は意気地なしだ」
「…あやめちゃんは本当に可愛くなったよ。…もっと自信持てばいいのに」
林道さんがそう言ってきたけども、やっぱり私はモブでしかなくて、告白なんてそんな大それた事をする勇気はなかった。
「もうその話は終わり。…ここだよ和真の通ってる空手教室」
「わぁすごい歓声! 和真君もう試合してるのかな?」
道場にたどり着くと既に試合は始まっていた。
少年部から青年部まであるこの道場。初心者の和真は少年部に所属している。
12月の下旬に入ったばかりだが、大分らしくなってきたように思えるのは姉の欲目だろうか。
「きゃっ! 和真君! 和真くーん!! かっこいいー!」
「林道さん落ち着いて。あと私の腕にぎんないで」
和真の試合になると林道さんが興奮して大変だった。周りの人の迷惑にならないように配慮していたら全然試合に集中できなかった。
残念ながら判定負けしたけども、いい試合だったと思う。
和真は悔しそうにしつつもその目には闘志が宿っているように思えた。
うん、前よりも良い顔してるよ。
「和真くーん! お疲れ様~」
「…ホントに来たんだ…」
「おい和真! 誰だこのかわい子ちゃんは!」
「…姉の同級生です」
待機場所に戻った和真に特攻した林道さんを追いかけた所、和真は熱烈なハグを受けていた。
すっごいなぁ林道さんのその積極的な所、私も見習うべきなのかもしれない。
「林道さん、道場の人に迷惑なるから止めてってば」
「だってぇ和真君カッコいいんだもん」
「…騒ぐなら帰ってくんない?」
和真の不機嫌そうな声に林道さんはビクッとして急にしおらしくなった。
借りた猫のごとく静かに戻ってく林道さんを呆れた目で見送り、私は弟に激励を送った。
「和真あんた良い顔するようになったね。カッコよかったよ」
「…うるせ」
「私もう帰るけど、多分林道さんおとなしくなったから安心したら良いよ。じゃあね」
「ん」
私は和真の試合を見れたらすぐに帰るつもりでいた。
今月末に学年末テストがあるので少し早いけど勉強しようと思って図書館に行くつもりだったのだ。
もしかしたら受験生で多いかもしれないけど、一席くらいなら空いているかもしれないしダメ元で行ってみることにした。
「「あ…」」
図書館にたどり着くと、私は意外な人物と遭遇した。
「あなた…田端さん」
「…沙織さん…」
それは決して友好的な相手ではなく、彼女は私を見た瞬間そのきれいな顔を歪めていた。
三年生の先輩たちが卒業するまで約一ヶ月。
そして乙女ゲームの舞台が終了するまで後僅かである。
なのだが、ヒロインちゃんの攻略状況は未だに不明だ。
だけど私から見たら、久松と親密になっているような気がする。
(元)生徒会長は価値観の違う発言(大切なコート弁償する発言)でちょっと心の距離が生まれたらしいし、ヒロインちゃんは陽子様と犬仲間になった。
(元)副会長は許嫁候補がいたことを黙っていたせいか、ヒロインちゃんが避けてる。不誠実な男性は良くないよね。
眞田先生はただの保健室の先生ポジだし、大久保先輩はびっくりするほどヒロインちゃんと接触していない。
私がハラハラしていた橘先輩もすれ違いざまに挨拶してるのを見かけただけで会話らしい会話をしているのを見たことがない。
和真にしても学年も違うし、今は接触が一切なし。林道さんのせいかもしれないけど。
山ぴょんは比較的ヒロインちゃんと仲がいいのでダークホースな気がする。修学旅行中にイベントしてたみたいだし。
だけど山ぴょんよりも親しいのは久松だ。
修学旅行二日目に私が寝た後…ヒロインちゃんは23時頃部屋に帰ってきたそうな。先生たちから説教を受けていただろう時間も加えてだが、門限から5時間も経って帰ってきたそうな。
私は寝ていたし、詳しく話は聞いてないけど、ヒロインちゃんが友達と話している内容を聞いていたリンによると、祇園の一見さんお断りのお店に連れて行かれていたとかなんとか。
ヒロインちゃんは「お座敷遊びって楽しいんだね!」と言っていたらしい。
おいおい高校生の行く場所じゃないぜ。
もっと高校生らしいデートしてこいよ。
ヒロインちゃん、私が言うのは何だけどもっと反省しようね?
しかし久松か…いやヒロインちゃんがいいならいいけど…
でもやっぱり久松嫌だなぁ。
☆★☆
「それでコロは橘とはどうなんだ?」
「ごほっ!」
「大丈夫か?」
翌日、保健室の眞田先生にもお土産を渡しに行った。それでお茶を出してもらって一緒におかきを食べていた所、いきなり何の前触れもなくそんな事を聞かれて私は動揺した。
セーターにお茶を零してしまい、先生がタオルをくれたので叩いて水分を抜いていると「たつ兄!」と元気な声で三栗谷さんが入室してきた。
「あれっ田端さんも来てたんだ? それ京都で買ったやつ?」
「うん。眞田先生にあげたけど三栗谷さんも食べていいよ」
「わーい! 私あんまりお土産買えなかったんだよねー」
三栗谷さんは保健室に入ってきて勝手知ったるとばかりにパイプ椅子を何処からか引っ張り出してきた。
「そういえばどうしたのそれ」
「…お茶零しちゃって」
「橘との進展具合を確認したらコロはわかりやすく動揺してなぁ」
「先生、シッ!」
淹れたてのお茶を三栗谷さんに手渡しながらネタバラシをなさる眞田先生。
ちょっと待ってなんで先生まで気づいているの!? そんな事一度も話したことないのに!
「…橘って…風紀副委員長だった人? 剣道部の部長だった人だよね? え、田端さん付き合ってるの!?」
「付き合ってない付き合ってない! …その、私が一方的に…」
「そーなのー!? 田端さんああいうタイプが好きなんだ!」
三栗谷さんにまでバレてしまって私は両手で顔を隠した。
どんどんバレていくんだけど…
「橘先輩、大学でも剣道続けるのかな? 夏の大会でも惜しい所まで行ったらしいけど、辞めるのもったいないよね」
「あぁ…志望大学にサークルがあるらしいから入る予定だとは言ってたよ」
「えっ! そんな話するほど仲いいんだね! うわぁいいなぁ」
「ちがっ、先輩は面倒見がいいから!」
「照れるな照れるな」
三栗谷さんがニヤニヤしながら肘でツンツンしてくる。
あぁ顔が熱い。
止めてくれ。ほんとに。
…そう言えば先輩が剣道する姿って見たことないかも。
夏の時点では全く意識してなかったし、私バイトに熱中してたからなぁ。観に行こうとか考えたことがなかった。
…大学での剣道の試合とか観に行っちゃダメかな? 絶対にカッコいいに決まってる。
…観戦なんてしたら余計好きになって諦めることができないかもしれないけど…
はぁ~あ…とため息を吐くと、三栗谷さんが首を傾げていた。眞田先生が苦笑いして三栗谷さんを嗜める。
「楓、からかうのは止めてやれ。コロはこういうのに慣れてないから一杯一杯なんだろう」
「えー? でも来月卒業なんだよ? 行動するなら早めが良いと思うんだけど」
私はそれにギクッとする。
そうだ。来月橘先輩は高校を卒業する。
しかも今月下旬に二次試験を控えており、二月の半ば以降は自宅学習として卒業までは自由登校に切り替わるので会えなくなるのだ。
「………」
無言になって項垂れる私に二人は気遣わしげに視線を向けてフォローしてくれたが、私は現実に打ちのめされていた。
想いを告げる気はない。
だけど、別れを覚悟出来ていなかったのかもしれない。
今までは後輩として側にいられたらそれで良かったのに、最近の私は欲がどんどん深くなっている。
☆★☆
「明日試合あるから弁当作って」
「……なんで私に言うのよ」
「唐揚げが良い」
「……あんたね」
金曜の帰りに和真が迎えに来たかと思えばいきなりそんな事を言ってきた。
空手に熱中している和真は雰囲気が変わった。
イケメンなのは変わらないが、空手バカになりつつある。コイツが武道にハマるとは思わなかった。
だけど私が弁当を作る話とは別問題である。
「じゃー作り方教えてあげるから自分で作れば?」
「無理」
「無理じゃないでしょ。作れるでしょ」
私は了承していないというのに、私の鞄を引っ張り、二年の教室のある階から昇降口に誘導する。
「はやく」
「えぇ~」
「和真くーん!」
元気よく突っ込んできた林道さんは和真に抱きつこうとした。それをひょいっと避ける和真。勢い余った林道さんは私に抱きついてきた。
グリグリと頭を鎖骨付近に押し付けるの止めてくれ。
最近体当たりアタックするようになったよね林道さん…スキンシップ激しすぎるよあなた…
「フカフカ…あれっ和真くんがあやめちゃんになった!!」
「カズが避けただけだよ…」
「酷い和真君なんで避けるの!?」
和真は聞こえないふりをしてシカトをしていた。
弟よ。姉を見捨てるとはどういう了見か。
「姉ちゃん早く行こうぜ」
私はニヤリと笑った。
転生者であるものの林道さんが害のない人間と知った今、別に協力するわけじゃないけど飯炊きババア扱いする弟に制裁を与えてやろうかと。
「カズー? ここにこんなに可愛い女の子がいるんだから林道さんに大好きな唐揚げ作ってもらったら?」
「はぁ?」
「えっ? なになに唐揚げ?」
「あのね和真ねぇ…空手習ってるんだけど、明日練習試合があるからお弁当作ってもらいたいんだって~」
林道さんにそう教えると和真がぎょっとした顔をしたのが見えた。
和真は私が林道さんを苦手に思っている事を知っていたのでまさかっていうのと、多分和真も林道さんタイプをどう扱えば良いのかわからなくて同様に苦手と思っているのだろう。
私の話を聞いた林道さんはキラキラ目を輝かせて胸の前でグッと拳を握った。
「えぇ!? そうなの!? 行く行く! 美味しい唐揚げ作ってくるね!」
「……姉ちゃん…」
「ふん、お姉様を飯炊きババア扱いした報いだ」
恨みがましい目を向けられたが、私にとって弟の睨みなんて怖くない。鼻で笑ってやるわ。
…なんだけど強引にスーパーに連行されて材料買わされた。
和真、もう少しお姉様を敬いなさいよ。
翌朝、和真に監視されながら仕込んでいた唐揚げの材料を揚げると、試合に出かけていく和真に渡した。
「まぁ多かったら仲間にあげたら?」
「ん」
「ん。じゃないよ。ちゃんとお礼は?」
「…アリガトーゴザイマース」
なんかいちいち生意気だが大目に見てやる。
本当は観戦に行くつもりはなかったけど、林道さんが不安がっていたので暇つぶしも兼ねて私も試合開始時間に合わせて向かうことにしている。
化粧してばっちり変身すると、自分のお弁当と水筒を入れたトートバックを持って林道さんと待ち合わせしている駅前まで向かった。
「あやめちゃーん! おはよー」
「おはよ。早速だけど行こうか」
「うん!」
林道さんは可愛らしい格好だった。
自分の魅力をわかった服装で、よく似合っている。
膝上丈チェック柄スカートにショートブーツ組み合わせに、ボンボン飾りのついているフード付きのもこもこ上着に毛糸の帽子。
まぁ可愛い。でも寒くないの?
私はデニムショートパンツだけど寒いからタイツ着用の上ロングブーツ履いてるし、白のVネックのセーターの上はやっぱりダウンジャケット。
だって寒いやん。今二月よ?
空手教室は最寄り駅に近い。
なのだが林道さんの家の最寄りから離れているので道案内も兼ねていた。
「あれ? 橘先輩じゃない?」
「あ…本当だ…勉強してるね…」
「追い込みの時期だもんね」
夏と冬休みにバイトしていたファーストフード店の前を通り過ぎると、店内の窓際で勉強している橘先輩の姿を見かけた。集中しててこちらには気づいていないようだ。
窓を叩けは多分気づくだろうけど、邪魔しちゃ悪いので私達は先輩に気付かれないように通り過ぎた。
「…あやめちゃん、本当に告白しなくていいの?」
「…しないよ」
「むーっあやめちゃんの意気地なし」
自分のことじゃないのに腹を立てている林道さんに私は苦笑いしてしまった。
「…そうだね私は意気地なしだ」
「…あやめちゃんは本当に可愛くなったよ。…もっと自信持てばいいのに」
林道さんがそう言ってきたけども、やっぱり私はモブでしかなくて、告白なんてそんな大それた事をする勇気はなかった。
「もうその話は終わり。…ここだよ和真の通ってる空手教室」
「わぁすごい歓声! 和真君もう試合してるのかな?」
道場にたどり着くと既に試合は始まっていた。
少年部から青年部まであるこの道場。初心者の和真は少年部に所属している。
12月の下旬に入ったばかりだが、大分らしくなってきたように思えるのは姉の欲目だろうか。
「きゃっ! 和真君! 和真くーん!! かっこいいー!」
「林道さん落ち着いて。あと私の腕にぎんないで」
和真の試合になると林道さんが興奮して大変だった。周りの人の迷惑にならないように配慮していたら全然試合に集中できなかった。
残念ながら判定負けしたけども、いい試合だったと思う。
和真は悔しそうにしつつもその目には闘志が宿っているように思えた。
うん、前よりも良い顔してるよ。
「和真くーん! お疲れ様~」
「…ホントに来たんだ…」
「おい和真! 誰だこのかわい子ちゃんは!」
「…姉の同級生です」
待機場所に戻った和真に特攻した林道さんを追いかけた所、和真は熱烈なハグを受けていた。
すっごいなぁ林道さんのその積極的な所、私も見習うべきなのかもしれない。
「林道さん、道場の人に迷惑なるから止めてってば」
「だってぇ和真君カッコいいんだもん」
「…騒ぐなら帰ってくんない?」
和真の不機嫌そうな声に林道さんはビクッとして急にしおらしくなった。
借りた猫のごとく静かに戻ってく林道さんを呆れた目で見送り、私は弟に激励を送った。
「和真あんた良い顔するようになったね。カッコよかったよ」
「…うるせ」
「私もう帰るけど、多分林道さんおとなしくなったから安心したら良いよ。じゃあね」
「ん」
私は和真の試合を見れたらすぐに帰るつもりでいた。
今月末に学年末テストがあるので少し早いけど勉強しようと思って図書館に行くつもりだったのだ。
もしかしたら受験生で多いかもしれないけど、一席くらいなら空いているかもしれないしダメ元で行ってみることにした。
「「あ…」」
図書館にたどり着くと、私は意外な人物と遭遇した。
「あなた…田端さん」
「…沙織さん…」
それは決して友好的な相手ではなく、彼女は私を見た瞬間そのきれいな顔を歪めていた。
21
あなたにおすすめの小説
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる