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続編
誰にも触れられたくないことがある。人それぞれ異なった事情があるから。
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「えへへ~私も持ってるんだよこれ~」
「あ、それうちの母さんが撮ったポラロイド写真…大分劣化してるね」
「大切にしてたつもりなんだけどね」
休み時間に花恋ちゃんが幼い頃二人で並んで撮影した写真を見せてきた。アルバムに保存していた私の持っている写真と違って大分くたびれている。
写真の中には地味な少年と可愛らしい少女が映っていた。
運動帽を被ったやんちゃ坊主の私。…これを私だと言ったらどれだけの人が信じるだろうか。成長すると顔が変わる人っているからね。しかも私、今は化粧してるし。
「おーい田端ーお前進路希望出してないぞ~」
「あ、いけない。すいません!」
担任に呼ばれた私は鞄から最終進路希望表を出して渡しに行った。
夏休みが明けたら本格的に願書受付が始まるので最終進路表を出すように言われていたんだ。
「ここにしたのか」
「通学のことを考えたらここが一番だったんです。両親が一人暮らしは難色を示してるんで」
理工学部を目指していることはすでに担任に話していたが、私はいくつか大学を見学して考えた結果、亮介先輩の通う国立大の理工学部を目指すことにした。
決して先輩が通うからじゃない。ホントだよ。
一番自宅から通いやすいし、他の国公立は通学圏外だったこと。
それで両親としてはこのご時世、女の子を一人暮らしさせるのは心配だから就職するまではせめて家にいなさいと言われたのだ。
大学は家の最寄りから電車で7つ先。そう遠くないのでバイトも出来るし、以前働いていたファーストフードの店長が大学入ったら働かない? と声を掛けてきたのでそれもいいなと思ったんだ。
大学入ったら少しばかり門限は伸びるだろうけど、居酒屋とかは無理だろうな…そもそもうちの親は居酒屋とかは反対しそう。居酒屋…22時以降になると時給高いんだけどね。
担任に希望表を無事渡し終えた私は自分の席に戻る。すると花恋ちゃんが質問してきた。
「あやめちゃん、橘先輩と同じ大学受験するの?」
「学部は違うけどね。元々国立志望だったし、家から通いやすい距離だったのが決め手かな」
「そうなんだね。いいなぁ彼氏と同じ大学かぁ」
「花恋ちゃんは私大希望だっけ?」
「うん。陽子さんの通う大学に見学に行ったんだけど、すごく授業が面白かったの。それに施設も新しくて綺麗だし、女性専用の自習室なんてあるんだよ!」
大学を選ぶ理由って色々あるけど、私立って学費が高い分設備投資とかすごいよね。橘兄の通う大学も確かにすごかったもん。
あの時は就職希望な上、興味のない学部を見学したせいか魅力は特に感じなかったけど。
「ということは間先輩と同じ大学でもあるんだね。花恋ちゃん、間先輩とは最近どうなの?」
「どうって?」
「…ほら、卒業式前に告白されてたじゃん」
「あぁ! 間先輩とは友達だよ? だって陽子さんの婚約者だもの」
「………そっか」
間先輩、進展どころか後退してるじゃないですか。……私のせいじゃないよきっとコレは。
「そんな事よりあやめちゃん、今日付き合って欲しい場所があるんだけど!」
間先輩がそんな事呼ばわりされた。こりゃ完全に対象外扱いですね。心の中で間先輩にドンマイと声をかけておく。
それにしても付き合って欲しい場所とはどこだろうか。
「どこに?」
「南町の駅前のカフェ! 今日新作が出るの~。和菓子フレーバードリンクがどうしても飲みたくて!」
「花恋ちゃん冒険するの好きだねぇ。私はコーヒー飲むけどそれでもいい?」
花恋ちゃんが行きたがっているのは世界的にも有名なコーヒーショップのこと。
定期的に期間限定の新作が現れ、通常のコーヒーもカスタマイズすることが出来る店なんだけど、私はあの呪文のような注文ができずにいつもシンプルな注文しかしない。
ぶっちゃけ雅ちゃんと行きつけになっている喫茶店のほうが落ち着くから好きなんだけど、たまにはいいだろう。
自分と花恋ちゃんの最寄り駅はだいぶ先だけど私達は電車を途中下車した。
この駅に降り立つのは去年の和真拉致暴行事件以来なのでちょっとドキドキしてしまったが、周りにはタカギの姿がないのでホッとする。
あいつ今頃なにしてんだろう。
あの時は本当に自分は向こう見ずだったなと今更猛省しながら花恋ちゃんとコーヒーショップに入る。店に入るとすっごい冷房が効いてて涼しい。
カウンターで注文する時、私も冒険してカスタマイズしようかなと一瞬思ったけど、やっぱり不安になってしまい「ソ、ソイ……いえ、普通のアイスカフェラテください」と注文した。
「うー…ん?」
「…美味しい?」
「うーん…」
花恋ちゃんはしきりに首を傾げていた。
花恋ちゃんが飲んでいるドリンクは羊羹フレーバーラテの上に山盛りホイップがかかっており、その上に黒蜜ときなこがかかっている上にわらび餅が鎮座している。
わざわざミックスしないで単独で出せばいいのに。店の開発部門は何故和菓子を組み合わせたんだろうか。個人的には和菓子には緑茶だと思うんだ。
一口飲む? と花恋ちゃんに聞かれたので少しだけ飲んでみたけどとっても甘かった。コーヒーの味が一切しません。
単独だったらきっと美味しかったと思う。
自分のアイスカフェラテで口直ししていると、花恋ちゃんはまたあの写真を取り出してじっと眺めた。
「…やっぱり現実問題、理想の人ってなかなか現れないものだよね」
「…理想…」
「…あやめちゃんが男の子だったら良かったのにな…」
花恋ちゃんに潤んだ瞳で見つめられ、私はドキッとした。美少女の潤んだ目やばい。
そんな目で見ないで。私が存在しなければ花恋ちゃんはヒロインとして攻略対象の誰かとくっつけたはずなのに…!!
……あ、ていうか私が男に生まれてれば万事解決だったのか?
「…あやめ?」
「すいません! ほんの出来心だったんです!!」
どこからか亮介先輩の声が聞こえてきて私はビクーッと肩を大きく揺らす。つい訳のわからない懺悔をしてしまった。
私には大切な彼氏がいるというのになんてことを!!
私は女なの! 性癖はノーマルなの! そんでもってギャルゲーの主人公じゃないの!
元ヒロインの魅力やばすぎるでしょ!!
頭を抱えてブンブン振っていると「…お前は何してるんだ」と訝しげな声が降って来る。空耳にしては声がリアルだ。そっと顔を上げてみるとそこには本物がいた。
「邪な事を考えた私に戒めが…」
「……また何か危険なことに首突っ込んでるんじゃないだろうな」
「…違います。決してそのようなことは」
「こんにちは橘先輩。偶然ですね、大学この辺でしたっけ?」
「いや、ここは健一郎の家の近くなんだ。待ち合わせをしていて」
花恋ちゃんが亮介先輩と会話しているのを眺めていた私だったが、ふと机の上に置かれたままの【あっくんとかれんちゃん】写真を見つけたのでシュバッと裏返す。
よしよし見られてないなと安心していると、目聡い亮介先輩は私の一連の動きを目撃していたらしい。
「…今何を隠した?」
「え? なんのことですか?」
「それだ。隠したの見てたぞ」
「それ花恋ちゃんの写真です。ダメですよ乙女の秘密を探る真似しちゃ」
隠した写真を見ようとする先輩の手をガシッと捕獲してあっくんな私を見せないようにしていたのだが、先輩は諦めずに写真を見ようとしてくる。
私と先輩が戦っているのをくすくす笑ってみていた花恋ちゃんがネタばらしした。
「あやめちゃんたら恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってるんじゃなくて嫌なの!」
「小さい頃の私達が映った写真なんですよ。あやめちゃん、それを見られたくないみたいで」
「…小さい頃の」
「はい。実はあやめちゃんは私の初恋の人だったんです」
「………初恋?」
「本当に格好良くて、私の王子様だったんですよ」
頬を赤らめて私を見つめてくる花恋ちゃんの瞳と、余計に疑惑に満ちた目をする亮介先輩の瞳が私に集中する。
先輩そんな目で見ないでよ! 誰だって見られたくないものの一つや二つはあるでしょ!
仕方がないから渋い顔をして見せたくない理由を話す。
「……私、小さい頃男の子になるつもりでいた時期があったんです。それには男の子みたいな私が映ってるんですよ。だから見られたくないんです」
「なんだそのくらい」
「何言ってるんですか。文化祭の時のメイド服姿の写真嫌がってたじゃないですか。先輩、説得力ないですよ」
私の指摘に亮介先輩はぐっと口ごもる。
その隙に私は花恋ちゃんに写真を早く鞄に仕舞うようにお願いした。
亮介先輩が不満げな視線を向けてくるので、私は彼に納得してもらおうと例を出してみた。
「先輩、もしも私が先輩の幼い頃のアルバム見たら恥ずかしくないですか?」
「…俺の?」
「もしかしたら先輩の恥ずかしい写真とかが残ってるかもしれないんですよ? どうです」
「……そんなものはない」
「えーなら先輩のお祖母さんにお願いして見せてもらおうかな~」
また来てねって言われたし。
フフフ、としてやったり顔で笑っていたのだが、先輩にとって昔のアルバムは脅威ではないらしい。別に見られても恥ずかしくないみたいだ。見たきゃ見ればいいって言われてしまった。
ほんとに見ちゃうよ? いいの!?
「…それはそうと、兄さんがハンカチを受け取ったと連絡があった」
「それは良かった。お兄さん不在だったんですよね。直接謝りたかったんですけど」
なんだかんだで橘兄ったら面倒見が良いよな。
私も長子で弟がいるけど、上の兄弟として頼りがいがあるのは橘兄のほうだと思う。私より4個年上だからだろうか。
喉が渇いたので氷が溶けかかったラテをストローでくるくる回して一口飲み込む。やっぱりコーヒーはシンプルが一番だ。
なんだか亮介先輩が視線を彷徨わせてなにか言いたげにしているんだけど、言う気配がない。
それを察知した花恋ちゃんが空気を読んだのか「あっ私ちょっとお手洗い行ってくるね! 多分15分位戻らないと思う!!」とわかりやすい気遣いを見せて席を離れていった。
和菓子ラテを持ってカバンごと移動してしまったので他の席で待っててくれるのだろう。
気を遣わせてゴメン。
花恋ちゃんがいなくなった席に亮介先輩が座ると、彼は本題を話し始めた。
「……それと母からも連絡が来ていた。あやめにまた来て欲しいって」
「……英恵さんから…ですか?」
「ずいぶん気に入られたんだな。まさか母からそんな連絡が入ってくるなんて思わなかったぞ」
えぇ?
…私そんなに先輩のお母さん…英恵さんとそんなに会話してないんだけどな。人見知りらしいし。
そもそも私は新米彼女の身分。どこまで先輩のうちの事情に首を突っ込んで良いものかわからないからどうすれば良いものか。
「…そうですか……」
「無理そうなら断っておくが」
「いやいやそうじゃなくて…英恵さんの都合のつく日を教えていただければ時間作ってお伺いしますって伝えてもらえますか?」
「……大丈夫か? 俺が言うのは何だが母はあまり感情を露わにしないし、おとなしい人だから」
やっぱり橘母子はギクシャクしてるなぁ。
この状態だとお父さんともそんな感じなんだろう。以前『両親の期待を裏切ってしまった』と話していたけども実際どんなやり取りをしたのかわかんないしなぁ。
お互いコミュニケーション不足のせいですれ違いも大いに考えられるけど、本当に関係の悪い家族の可能性もある。
実際には血のつながった親兄弟同士のほうが憎しみは深かったりするし、難しい問題だ。私がどうこうできることじゃない。
橘兄と橘両親との間はどうなのかな。期待を背負っているというくらいだから仲が良いのだろうか。
でもなー…そんな事を私がぐるぐる考えても仕方のない話なので直球で尋ねてみた。
「…先輩はどうです? 他人である私にお家のことで口出されたくないと思うんですが、どこまで踏み込んで大丈夫ですか?」
「他人ってそんな」
「先輩が触れられたくないことがあったら言ってください。ほらお互いに話したことのないことがあるし、知らないことも沢山あるってこの間話してたじゃないですか」
私がそう言うと先輩は目を伏せて黙ってしまった。やっぱり言いにくいのかな。
そりゃ距離を置かれると凹むけど、誰にだって触れられたくない面はあると思う。それは仕方ない。
私のすっぴんとかあっくん時代も触れないでほしいし。
「ほら私は付き合い始めてまだ半年にも満たない彼女だし、馴れ馴れしくお母さんと関わってほしくないとかそういう思いがあると思うんですよ」
「いや、そうじゃない…お前が傷つけられたりするんじゃないかと思うと心配なんだ」
「傷つけるって」
「兄さんとの初対面を覚えているだろう? …俺の両親の影響を兄さんは受けている。……悪い人達じゃないんだ。だけど根本的に選良意識があって…」
…あぁ自分の親なのに信用ができないのか。難しいな。
でもそう言われるとそうかもしれない。もしかしたら二人で会った時にでも「別れろ」と面と向かって言われるかもしれないし。
だけどなー…私がすっきりしないし、一か八か会ってみようと思うんだ。
この間会った時は初めこそ嫌われた!? と思ったけど目立った悪意を感じることはなかったし、話してみないとわからないからね。
だって亮介先輩自身ご両親と全然喋ってないみたいだもん。
「先輩、大丈夫。私貶されることには定評があるんですから」
「は?」
「昔から貶されてきたんで全然。お兄さんのあれなんて軽いビンタのようなものですよ」
「……あやめ?」
私は親戚を始めご近所クラスメイト教師にまで貶されてきた田端あやめだぞ。とはいっても言われると傷つくけどな。
もしも英恵さんに反対されているなら悲しいことだが、それで先輩を嫌うことはありえない。
「心配しなくても、それで私が先輩から離れることはありませんよ」
「………」
「何かあればすぐに先輩に泣きつきますから!」
拳を握ってそう宣言すると先輩は何故か少しだけ泣きそうな顔をしていた。
ポコポコ、とメッセージ受信の着信が鳴ったので机の上のスマホを見ると花恋ちゃんから「先に帰るね! また明日」とメッセージが来ていて、出入り口を見ると和菓子ラテを持った花恋ちゃんが私に手を振ってそのまま帰っていった。
その後、大久保先輩と待ち合わせしていたはずの亮介先輩の家へ連れて行かれた私は門限ギリギリまでぬいぐるみ扱いを受けていた。つまりずっとハグされてた。
…先輩筋肉質だからめっちゃ暑かった。
「あ、それうちの母さんが撮ったポラロイド写真…大分劣化してるね」
「大切にしてたつもりなんだけどね」
休み時間に花恋ちゃんが幼い頃二人で並んで撮影した写真を見せてきた。アルバムに保存していた私の持っている写真と違って大分くたびれている。
写真の中には地味な少年と可愛らしい少女が映っていた。
運動帽を被ったやんちゃ坊主の私。…これを私だと言ったらどれだけの人が信じるだろうか。成長すると顔が変わる人っているからね。しかも私、今は化粧してるし。
「おーい田端ーお前進路希望出してないぞ~」
「あ、いけない。すいません!」
担任に呼ばれた私は鞄から最終進路希望表を出して渡しに行った。
夏休みが明けたら本格的に願書受付が始まるので最終進路表を出すように言われていたんだ。
「ここにしたのか」
「通学のことを考えたらここが一番だったんです。両親が一人暮らしは難色を示してるんで」
理工学部を目指していることはすでに担任に話していたが、私はいくつか大学を見学して考えた結果、亮介先輩の通う国立大の理工学部を目指すことにした。
決して先輩が通うからじゃない。ホントだよ。
一番自宅から通いやすいし、他の国公立は通学圏外だったこと。
それで両親としてはこのご時世、女の子を一人暮らしさせるのは心配だから就職するまではせめて家にいなさいと言われたのだ。
大学は家の最寄りから電車で7つ先。そう遠くないのでバイトも出来るし、以前働いていたファーストフードの店長が大学入ったら働かない? と声を掛けてきたのでそれもいいなと思ったんだ。
大学入ったら少しばかり門限は伸びるだろうけど、居酒屋とかは無理だろうな…そもそもうちの親は居酒屋とかは反対しそう。居酒屋…22時以降になると時給高いんだけどね。
担任に希望表を無事渡し終えた私は自分の席に戻る。すると花恋ちゃんが質問してきた。
「あやめちゃん、橘先輩と同じ大学受験するの?」
「学部は違うけどね。元々国立志望だったし、家から通いやすい距離だったのが決め手かな」
「そうなんだね。いいなぁ彼氏と同じ大学かぁ」
「花恋ちゃんは私大希望だっけ?」
「うん。陽子さんの通う大学に見学に行ったんだけど、すごく授業が面白かったの。それに施設も新しくて綺麗だし、女性専用の自習室なんてあるんだよ!」
大学を選ぶ理由って色々あるけど、私立って学費が高い分設備投資とかすごいよね。橘兄の通う大学も確かにすごかったもん。
あの時は就職希望な上、興味のない学部を見学したせいか魅力は特に感じなかったけど。
「ということは間先輩と同じ大学でもあるんだね。花恋ちゃん、間先輩とは最近どうなの?」
「どうって?」
「…ほら、卒業式前に告白されてたじゃん」
「あぁ! 間先輩とは友達だよ? だって陽子さんの婚約者だもの」
「………そっか」
間先輩、進展どころか後退してるじゃないですか。……私のせいじゃないよきっとコレは。
「そんな事よりあやめちゃん、今日付き合って欲しい場所があるんだけど!」
間先輩がそんな事呼ばわりされた。こりゃ完全に対象外扱いですね。心の中で間先輩にドンマイと声をかけておく。
それにしても付き合って欲しい場所とはどこだろうか。
「どこに?」
「南町の駅前のカフェ! 今日新作が出るの~。和菓子フレーバードリンクがどうしても飲みたくて!」
「花恋ちゃん冒険するの好きだねぇ。私はコーヒー飲むけどそれでもいい?」
花恋ちゃんが行きたがっているのは世界的にも有名なコーヒーショップのこと。
定期的に期間限定の新作が現れ、通常のコーヒーもカスタマイズすることが出来る店なんだけど、私はあの呪文のような注文ができずにいつもシンプルな注文しかしない。
ぶっちゃけ雅ちゃんと行きつけになっている喫茶店のほうが落ち着くから好きなんだけど、たまにはいいだろう。
自分と花恋ちゃんの最寄り駅はだいぶ先だけど私達は電車を途中下車した。
この駅に降り立つのは去年の和真拉致暴行事件以来なのでちょっとドキドキしてしまったが、周りにはタカギの姿がないのでホッとする。
あいつ今頃なにしてんだろう。
あの時は本当に自分は向こう見ずだったなと今更猛省しながら花恋ちゃんとコーヒーショップに入る。店に入るとすっごい冷房が効いてて涼しい。
カウンターで注文する時、私も冒険してカスタマイズしようかなと一瞬思ったけど、やっぱり不安になってしまい「ソ、ソイ……いえ、普通のアイスカフェラテください」と注文した。
「うー…ん?」
「…美味しい?」
「うーん…」
花恋ちゃんはしきりに首を傾げていた。
花恋ちゃんが飲んでいるドリンクは羊羹フレーバーラテの上に山盛りホイップがかかっており、その上に黒蜜ときなこがかかっている上にわらび餅が鎮座している。
わざわざミックスしないで単独で出せばいいのに。店の開発部門は何故和菓子を組み合わせたんだろうか。個人的には和菓子には緑茶だと思うんだ。
一口飲む? と花恋ちゃんに聞かれたので少しだけ飲んでみたけどとっても甘かった。コーヒーの味が一切しません。
単独だったらきっと美味しかったと思う。
自分のアイスカフェラテで口直ししていると、花恋ちゃんはまたあの写真を取り出してじっと眺めた。
「…やっぱり現実問題、理想の人ってなかなか現れないものだよね」
「…理想…」
「…あやめちゃんが男の子だったら良かったのにな…」
花恋ちゃんに潤んだ瞳で見つめられ、私はドキッとした。美少女の潤んだ目やばい。
そんな目で見ないで。私が存在しなければ花恋ちゃんはヒロインとして攻略対象の誰かとくっつけたはずなのに…!!
……あ、ていうか私が男に生まれてれば万事解決だったのか?
「…あやめ?」
「すいません! ほんの出来心だったんです!!」
どこからか亮介先輩の声が聞こえてきて私はビクーッと肩を大きく揺らす。つい訳のわからない懺悔をしてしまった。
私には大切な彼氏がいるというのになんてことを!!
私は女なの! 性癖はノーマルなの! そんでもってギャルゲーの主人公じゃないの!
元ヒロインの魅力やばすぎるでしょ!!
頭を抱えてブンブン振っていると「…お前は何してるんだ」と訝しげな声が降って来る。空耳にしては声がリアルだ。そっと顔を上げてみるとそこには本物がいた。
「邪な事を考えた私に戒めが…」
「……また何か危険なことに首突っ込んでるんじゃないだろうな」
「…違います。決してそのようなことは」
「こんにちは橘先輩。偶然ですね、大学この辺でしたっけ?」
「いや、ここは健一郎の家の近くなんだ。待ち合わせをしていて」
花恋ちゃんが亮介先輩と会話しているのを眺めていた私だったが、ふと机の上に置かれたままの【あっくんとかれんちゃん】写真を見つけたのでシュバッと裏返す。
よしよし見られてないなと安心していると、目聡い亮介先輩は私の一連の動きを目撃していたらしい。
「…今何を隠した?」
「え? なんのことですか?」
「それだ。隠したの見てたぞ」
「それ花恋ちゃんの写真です。ダメですよ乙女の秘密を探る真似しちゃ」
隠した写真を見ようとする先輩の手をガシッと捕獲してあっくんな私を見せないようにしていたのだが、先輩は諦めずに写真を見ようとしてくる。
私と先輩が戦っているのをくすくす笑ってみていた花恋ちゃんがネタばらしした。
「あやめちゃんたら恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってるんじゃなくて嫌なの!」
「小さい頃の私達が映った写真なんですよ。あやめちゃん、それを見られたくないみたいで」
「…小さい頃の」
「はい。実はあやめちゃんは私の初恋の人だったんです」
「………初恋?」
「本当に格好良くて、私の王子様だったんですよ」
頬を赤らめて私を見つめてくる花恋ちゃんの瞳と、余計に疑惑に満ちた目をする亮介先輩の瞳が私に集中する。
先輩そんな目で見ないでよ! 誰だって見られたくないものの一つや二つはあるでしょ!
仕方がないから渋い顔をして見せたくない理由を話す。
「……私、小さい頃男の子になるつもりでいた時期があったんです。それには男の子みたいな私が映ってるんですよ。だから見られたくないんです」
「なんだそのくらい」
「何言ってるんですか。文化祭の時のメイド服姿の写真嫌がってたじゃないですか。先輩、説得力ないですよ」
私の指摘に亮介先輩はぐっと口ごもる。
その隙に私は花恋ちゃんに写真を早く鞄に仕舞うようにお願いした。
亮介先輩が不満げな視線を向けてくるので、私は彼に納得してもらおうと例を出してみた。
「先輩、もしも私が先輩の幼い頃のアルバム見たら恥ずかしくないですか?」
「…俺の?」
「もしかしたら先輩の恥ずかしい写真とかが残ってるかもしれないんですよ? どうです」
「……そんなものはない」
「えーなら先輩のお祖母さんにお願いして見せてもらおうかな~」
また来てねって言われたし。
フフフ、としてやったり顔で笑っていたのだが、先輩にとって昔のアルバムは脅威ではないらしい。別に見られても恥ずかしくないみたいだ。見たきゃ見ればいいって言われてしまった。
ほんとに見ちゃうよ? いいの!?
「…それはそうと、兄さんがハンカチを受け取ったと連絡があった」
「それは良かった。お兄さん不在だったんですよね。直接謝りたかったんですけど」
なんだかんだで橘兄ったら面倒見が良いよな。
私も長子で弟がいるけど、上の兄弟として頼りがいがあるのは橘兄のほうだと思う。私より4個年上だからだろうか。
喉が渇いたので氷が溶けかかったラテをストローでくるくる回して一口飲み込む。やっぱりコーヒーはシンプルが一番だ。
なんだか亮介先輩が視線を彷徨わせてなにか言いたげにしているんだけど、言う気配がない。
それを察知した花恋ちゃんが空気を読んだのか「あっ私ちょっとお手洗い行ってくるね! 多分15分位戻らないと思う!!」とわかりやすい気遣いを見せて席を離れていった。
和菓子ラテを持ってカバンごと移動してしまったので他の席で待っててくれるのだろう。
気を遣わせてゴメン。
花恋ちゃんがいなくなった席に亮介先輩が座ると、彼は本題を話し始めた。
「……それと母からも連絡が来ていた。あやめにまた来て欲しいって」
「……英恵さんから…ですか?」
「ずいぶん気に入られたんだな。まさか母からそんな連絡が入ってくるなんて思わなかったぞ」
えぇ?
…私そんなに先輩のお母さん…英恵さんとそんなに会話してないんだけどな。人見知りらしいし。
そもそも私は新米彼女の身分。どこまで先輩のうちの事情に首を突っ込んで良いものかわからないからどうすれば良いものか。
「…そうですか……」
「無理そうなら断っておくが」
「いやいやそうじゃなくて…英恵さんの都合のつく日を教えていただければ時間作ってお伺いしますって伝えてもらえますか?」
「……大丈夫か? 俺が言うのは何だが母はあまり感情を露わにしないし、おとなしい人だから」
やっぱり橘母子はギクシャクしてるなぁ。
この状態だとお父さんともそんな感じなんだろう。以前『両親の期待を裏切ってしまった』と話していたけども実際どんなやり取りをしたのかわかんないしなぁ。
お互いコミュニケーション不足のせいですれ違いも大いに考えられるけど、本当に関係の悪い家族の可能性もある。
実際には血のつながった親兄弟同士のほうが憎しみは深かったりするし、難しい問題だ。私がどうこうできることじゃない。
橘兄と橘両親との間はどうなのかな。期待を背負っているというくらいだから仲が良いのだろうか。
でもなー…そんな事を私がぐるぐる考えても仕方のない話なので直球で尋ねてみた。
「…先輩はどうです? 他人である私にお家のことで口出されたくないと思うんですが、どこまで踏み込んで大丈夫ですか?」
「他人ってそんな」
「先輩が触れられたくないことがあったら言ってください。ほらお互いに話したことのないことがあるし、知らないことも沢山あるってこの間話してたじゃないですか」
私がそう言うと先輩は目を伏せて黙ってしまった。やっぱり言いにくいのかな。
そりゃ距離を置かれると凹むけど、誰にだって触れられたくない面はあると思う。それは仕方ない。
私のすっぴんとかあっくん時代も触れないでほしいし。
「ほら私は付き合い始めてまだ半年にも満たない彼女だし、馴れ馴れしくお母さんと関わってほしくないとかそういう思いがあると思うんですよ」
「いや、そうじゃない…お前が傷つけられたりするんじゃないかと思うと心配なんだ」
「傷つけるって」
「兄さんとの初対面を覚えているだろう? …俺の両親の影響を兄さんは受けている。……悪い人達じゃないんだ。だけど根本的に選良意識があって…」
…あぁ自分の親なのに信用ができないのか。難しいな。
でもそう言われるとそうかもしれない。もしかしたら二人で会った時にでも「別れろ」と面と向かって言われるかもしれないし。
だけどなー…私がすっきりしないし、一か八か会ってみようと思うんだ。
この間会った時は初めこそ嫌われた!? と思ったけど目立った悪意を感じることはなかったし、話してみないとわからないからね。
だって亮介先輩自身ご両親と全然喋ってないみたいだもん。
「先輩、大丈夫。私貶されることには定評があるんですから」
「は?」
「昔から貶されてきたんで全然。お兄さんのあれなんて軽いビンタのようなものですよ」
「……あやめ?」
私は親戚を始めご近所クラスメイト教師にまで貶されてきた田端あやめだぞ。とはいっても言われると傷つくけどな。
もしも英恵さんに反対されているなら悲しいことだが、それで先輩を嫌うことはありえない。
「心配しなくても、それで私が先輩から離れることはありませんよ」
「………」
「何かあればすぐに先輩に泣きつきますから!」
拳を握ってそう宣言すると先輩は何故か少しだけ泣きそうな顔をしていた。
ポコポコ、とメッセージ受信の着信が鳴ったので机の上のスマホを見ると花恋ちゃんから「先に帰るね! また明日」とメッセージが来ていて、出入り口を見ると和菓子ラテを持った花恋ちゃんが私に手を振ってそのまま帰っていった。
その後、大久保先輩と待ち合わせしていたはずの亮介先輩の家へ連れて行かれた私は門限ギリギリまでぬいぐるみ扱いを受けていた。つまりずっとハグされてた。
…先輩筋肉質だからめっちゃ暑かった。
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