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続編
彼の憂鬱【橘亮介視点】
しおりを挟むどこから間違えたのだろうか。
【もしも】なんて考えたところであの時に戻るわけでもないし、今の状況に自分は満足しているから別に戻らなくても良い。
だけど、未だに両親とギクシャクしている現状を思い出すと後悔してしまうことがある。
『恵介くんはすごいわね。亮介くん、ちゃんとお兄ちゃんを見習いなさいね』
3つ上の兄は幼い頃から優秀でいつも自分は兄が周りに褒められる姿を見てきた。
長男である兄は周りの期待を背負っていて、本人はプレッシャーを感じているようであったが、そんな様子を微塵も見せず両親の理想の息子でいる兄を尊敬していた。
自分も兄のように優秀であれと期待されるのは当然のことで、兄の背中を必死に追いかけていた。
だけど兄の背中は大きすぎて自分はいつも兄と比べられては一人いじけていた。
多忙である両親は昔から自分が寝るよりも遅くに帰宅し、自分が起きるよりも早く仕事に行く生活を送っていた。
長いことすれ違い生活を送ってきたため、実質自分たち兄弟は祖父母に育てられたもの。だがそれに不満はなかった。
なぜなら父は警察、母は検察官として人々のために働いているのだから。そんな両親を持って誇りに思ってきた。
そしていずれは自分も両親と同じように人々のために働く大人になるのだと信じて疑わなかったのだ。
中学生の時、同じ委員会のクラスメイトに交際を申し込まれた自分は二つ返事で受け入れた。
彼女に好意を持っていたこともあるが、彼女とは同じ志望校だったのでライバルとしてもきっといい関係になると思ったからだ。
共に受験勉強をしたり一緒に帰宅したり。自分はそれで満足だった。だけど彼女は寂しがり屋なのか、もっと長く一緒にいたいとせびることもあった。
自分は必要とされているのだなと感じて、彼女のわがままを聞くことも多かった。
あの日は本命私立高の受験3日前のこと。
連日の受験勉強で疲労が溜まっていたのか、自分は風邪気味だった。
祖父母には学校を休むことをすすめられたが、受験直前の時期に休むのは気が引けたので自分は登校した。
帰りもいつもどおりに彼女を家まで送って帰ろうと思ったのだが、その日も彼女からもっと一緒にいたいと強請られ、ついついそれに応じたのだ。
だけど、それが油断だった。
受験当日、朝から身体はしんどかった。
間違いなく風邪を拗らせたと自己嫌悪したが、取り敢えず受験だ。受験さえ乗り越えればなんとでもなると自分を叱咤して受験会場に向かった。
しかし、試験中どんどん体調は悪くなっていった。
頭痛に寒気に倦怠感に吐き気が自分を容赦なく襲いかかってきた。
そしてとうとう自分は試験中に意識を失い、その後意識を取り戻した時には自分の部屋で眠っていたのだ。
案の定だが受験は失敗。
友人や彼女の同情の眼差しはきつかったが、何よりも辛かったのは両親や兄の失望した目だ。
『交際するなら学業に支障のないようにしろといったのに…お前は何を考えているんだ? ……お前には失望した』
『大事な時期にデートなんて何を考えているの!? …受験生なのに彼女なんて作るからこうなるのよ! あなたの為にならない彼女とは別れなさい!』
『…自分の管理もできない人間が警察官として市民を守れるとでも思っているのか? …今のお前には無理だ。諦めて別の道を目指しなさい』
反論もできなかった。
自分が100%悪いとわかっていたから彼らの責めを受けるのは当然だと知っていたから。
祖父や父に憧れて昔から警察官になると夢見てきたのになんて体たらくだ。
あの時、彼女のわがままに応えなかったら合格に喜んでいたはずなのに。
……いや、彼女のせいじゃない。それは言い訳にしか過ぎない。
何もかも自分の責任なんだ。
そこから両親と兄とはギクシャクした関係になり、親の期待は志望校に難なく合格した兄へと一層注がれることになる。
今思えば、兄も期待が集中していることを重圧に感じていたのだろう。だから原因となった弟への当たりがきつくなったのだと思う。
当時の自分としては兄のキツい言葉を受け入れる事しかできずに辛かった。
今となっては兄の苦悩も理解できるから仕方ないとも思っている。
祖父母や友人たちが居てくれたお陰で自分は乗り切れた。
学業に部活に委員会にと充実した高校生活が送れたことに感謝している。
それにあの高校に進まなければあいつとも出会わなかっただろうから。
☆★☆
「………」
【あなたの彼女ともう一度お話したいのだけど】
大学の講義の後、スマートフォンに連絡が入っていないかを確認しようと電源をいれると、珍しく母から連絡が入っていた。
彼女というのは同じ高校だった後輩のことだ。先日彼女が兄から借りたハンカチを返しに実家へ行った際に母と遭遇したらしい。
彼女は母について何か気にしてる風でもなかったけども……。普段連絡の来ない母からそんなメールが来ると、あの時のことを思い出して不安になった。
まさか彼女になにか言うつもりなんじゃないだろうかと。
例えば…交際をやめるようにとか。
学業に支障をきたすからと横槍を入れてくるのではないだろうかと疑ってしまう。
特に自分は一度恋愛にかまけて体調管理を怠って失敗した例があるから尚更。
高校受験の失敗以来、自分は両親と必要最低限話すことはなくなった。
失望されたから合わす顔もなかっただけなのだが、話すことがなかったとも言える。
元々そうなる前から会話も少なかったから。
一人暮らしがしたいと言った時も両親が何か苦言を呈することもなく、大学へ進学した時も「学業に励むように」と告げられただけ。
両親が自分にはもう関心がないのだろうという事は前からわかっていたので今更ショックを受ける事もなかったのだが…
彼女に母からの連絡の内容を伝えると、彼女は何かを考えるような仕草を見せたものの、あっさり頷いた。
自分としては断って欲しかったので、自分の家族に彼女が傷つけられるんじゃないかと危惧していることを話してみた。
それでもやっぱり会ってみると言う。
気が乗らないが母にその事を返信した。
不安なので自分も着いていくと彼女に言ったが、「先輩がいたら話せないこともあるでしょうから一対一で会ってきます」と返されてしまった。
「心配しなくても、それで私が先輩から離れることはありませんよ」
それも怖い。
怖いけど俺が一番怖いのは…あやめ、お前が傷つくことなんだ。
約束の日、彼女が母と会っているであろう時間。
自分は自宅待機を彼女に命じられ、そわそわしつつも勉強して気を紛らわせようとしていたがどうにも集中できずにスマートフォンの液晶ばかり眺めていた。
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