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続編
羨望から嫉妬へ【蛯原月夏視点】
しおりを挟む『──月夏、どうしてこんな事もできないの? お母さんを困らせないでちょうだい』
『仲間はずれ? …そんなのお前がなにかしたからお友達に嫌われたんだろう。いじめられる方が悪いからいじめられるんだ』
──あたしの両親は教師だ。
それぞれ中学と高校で教鞭を取っていて、いつも忙しくしていた両親。あたしは小さい頃から一人で家にいることが多かった。頼れる祖父母は近所にはいなかった。風邪を引いた時などは誰も傍にはいてくれずにいつも家で一人寝かされていた。
それが普通だと思っていたが、小学校の時に他所のお母さんはお仕事を休んででも寝込む子供の傍に居てくれる家が圧倒的多数だと知った時、あたしは衝撃を受けた。
次第に両親は自分よりも他所の子供のほうが可愛くて、自分のことなんて愛していないんじゃないかと考えるようになった。
わがままを言ったら捨てられるんじゃないかと不安になってきて、あたしは両親の前で物分りの良い、いい子を演じるようになっていた。
両親は自分の職業に誇りを持っており、同時にプライドも高かった。その為子供であるあたしに求める条件も高く、それをクリアするのは当然のことであると思われていた。
だから両親から褒められたことはなかったと思う
そんな両親を小さい頃から見てきたあたしは自分ながらイライラする事の多い子供であったと思う。
思い通りにいかないと腹を立てて、それを繰り返していたら友達が離れてしまい、ハブられた時期があった。
その時はとても悲しくてひどく落ち込んでしまい、幼いあたしは思い切って父に相談した。
返ってきたのはあたしが悪いという回答。
ならどうしたらいいんだ。どうしたらハブられずにお友達と仲良くできるんだ。それからしばらく、あたしはひとり悩む日々が続いた。
親との会話は学校での成績のこと、自分の素行についての叱責、お小遣いの使い方など、業務連絡のようなやり取り。ああなるな、こうなるな、面倒をかけさせるなとあたしに念押しするだけ。
…親に心配されたことなんて…あったかな。いつも注意されてばかりだった気がする。
自然とあたしは自分に自信を持てない人間へと成長していった。
このままじゃいけないとはわかっていたので、ひとりで悩みながらも今度はうまくやろうと自分なりに上手い付き合い方を学んでいった。
だけどそれは何処か歪で、ちゃんとした友人関係を築くことは出来ていなかった。
中学二年の時、三者面談があった。
あたしは親に勧められた名門私立高校への進学を希望しており、もう既に進路相談も済んでいた。
三者面談が終わった生徒は先に下校をしていいことになっていたが、あたしには部活動があったのでそのまま部活に向かっていた。
『わ! 誰のお母さんなのあの人!』
『びっじーん…』
40に差し掛かるであろう婦人を下校中の生徒がマジマジと見つめていた。
決して若作りではない。年相応なんだけど、それでも目を引くような美人だった。
興味津々に生徒達が婦人を目で追っていると、「母さんこっち」という女の子の声が聞こえた。
お母さんと呼んだのだからその子が婦人の娘なのだろう。その子は至って普通のかわいい女の子。丸顔で愛嬌のある顔立ちの女の子だった。
だけど婦人と並んだらその差は歴然だった。
きっとあの子はお父さん似なのね、お母さん似だったら良かったのにね、とあたしは同情の気持ちを持って彼女を見送っていた。
だけどその同情の気持ちは、ほんの30分くらいの短い時間でガラリと180度変わってしまった。
『あそこの高校、偏差値高いけど大丈夫なの?』
『将来したい事への幅を広げるから勉強は出来たほうがいいって父さんが言ってたし、頑張るよ。私はまだしたいこと見つかってないから』
『高校に入ったらゆっくり考えたらいいわ。…それよりあやめ、制服のスカートが少し短くなってるからお直ししようか』
『いいよそんなの。それより母さん、二人に内緒でなんか食べに行こうよ』
全く似ていない母子が仲良さそうに並んで、正門までの道を歩いていた。
何気ない会話をして、娘が母親に甘える。至って普通で、何処にでもありふれた風景。
だけど、あたしはそれを知らなかった。
☆☆☆
その子とあたしは三年に進級した時に同じクラスになった。
別にその子が悪いわけじゃないのはわかっていたけど、妬ましかった。
だから無視した。
無視してみたものの、面白い反応がないからわざとぶつかってみたり、聞こえるように悪口を言ったり、ごみを投げつけてみた。だけどあいつは泣くこともなく、何をしても無反応だった。
学校も休まずに登校して、ひたすら勉強する。休み時間は決まってどこかへと姿を消す。
その姿を見てると増々苛ついてきたあたしの行動はエスカレートした。
だけどそれはあたしだけじゃない。クラスの大半が共犯者だった。みんなでやったんだからあたしだけが悪いんじゃない。
だっていじめはいじめられる方に原因があるんだから、いじめられて当然なんでしょ? 教師である父がそう言っていたのだから間違いない。
受験のストレスもあったのかもしれない。彼女はクラスで八つ当たりの的になっていた。誰も庇わなかった。
だから、私がやっていることは何も悪くないんだって思った。だってみんなも田端のことが気に入らないからいじめていたんでしょ?
『…ごめんなさい……』
『あなたを過大評価してたみたいだわ……もうがっかりよ』
『ごめんなさい。大学は教育学部に入れるように頑張るから!』
『当然でしょう……これ以上お母さんをがっかりさせないでちょうだい』
第一志望の高校に落ちたあたしを母は失望した眼差しで見下ろしていた。
ちょうど同時期に高校教諭をしていた父が同僚と不倫関係に陥り、家庭内の雰囲気は最悪。職業上離婚はしにくいので両親は事実上家庭内別居生活に入った。
母はその苛立ちをあたしにぶつけるようになった。
高校受験に失敗したあたしは二次募集の高校に間に合せで入学をすることになった。
風の噂であいつは第一志望の公立の進学校に合格したという。
……なんでよ。あたしはちゃんと頑張ったのになんであいつだけが合格するのよ。
なんであいつだけ…!
あたしがあいつを妬むようになるのは自然のことだった。
大学受験のために通っていたゼミで再会した時には、カッコいい彼氏に迎えに来させていたし、海で遭遇した時にはその彼氏に守ってもらっていた。
なんであいつがあんなに大切にされているんだ。あたしは男にそんなに大切にされたことがないのに。
あいつばかりずるい。
羨ましくて妬ましい気持ちが再び湧き出てきた。
第一志望の私大が不合格だったあたしの前に、スマホを眺めてニヤニヤしている呑気そうなあいつが現れた時、すごく腹が立った。
そういえば昨日から国立大学の入試が始まっていたんだ。
国立希望のこの女はこれから大事な入試だと言うのにどうしてそんなに余裕なんだ。
あたしは大学に落ちてしまったというのに。
……この女は、親に失望されたことがないのだろう。 ぬくぬく愛されて大切にされてきたのであろう。
親に見捨てられてしまったあたしの苦しい気持ちなんて理解できないんだろう!
どうしてあたしに持ってないものをこの女が持っているんだ!
悔しい、許せない!
…鞄についた2つのお守りを取ってやればこいつは動揺するだろうか。
そうしたらこの女も受験に失敗するかもしれない。
あたしは気配を消してあの女の背後に忍び寄る。電車を降車しようとする田端の鞄に手を伸ばして、お守りを力任せに引っ張った。
田端の絶望した顔を見てやりたかったから。
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