176 / 312
続編
人を妬む前にわが身を振り返れ。ないものねだりほど虚しいものはない。
しおりを挟む教師…?
いじめっ子の蛯原が教師を目指しているとな? なにがどうして教師を志しているんだ。
別に勉強を教えるのが好きとか、そういう素振りはなかったよね。むしろあまり勤勉な性格でもなかったし……わからん。
あと私をサンドバッグにするのはいい加減にやめてくれ。
「はぁぁ? あんたが教師? …ありえないわー…あんたが教師になったら子供が可哀想だから、受験失敗して良かったんじゃない?」
「!? 植草さん!」
「だってその人の口振りじゃ大学落ちたみたいな言い方じゃないですか。じゃなきゃ先輩の事妬む必要ないでしょ」
私がフリーズしてたのは一瞬。事の次第を見ていた植草さんが反撃してしまった。
…いや、私もその意見に同意だけど…今の蛯原に対して面と向かって言うのは火に油を注ぐっていうかさ…
沢渡君も第一志望に落ちてしまい、後期試験にすべてを賭けている状況だが、切羽詰まっている様子はない。
その上、友人達の進路が次々決まることを妬むことなく、むしろ祝福を贈るほどの呑気さで、担任の胃をキリキリさせている現状だ。蛯原と彼を比較するのは間違っているかもしれないけど…
だがしかし受験に落ちたそれを私にぶつけて来られても私が困る。
「…うるっさいな……何よあんたには関係ない!」
「ていうかー受験落ちたのってあんたの努力不足でしょ。なんで先輩のこと妬むの。あんたの言ってること全部意味分かんないよ」
植草さんはふるふると首を横に振ると、腕を組んで蛯原を威嚇するようにして睨みつけた。美人だから睨み顔に迫力が増すな。
「大体、あんたに先輩の何がわかるのよ。進学校に進んだ事はあやめ先輩が努力したからだし、格好いい彼氏さんがいるのは先輩が可愛いからに決まってんじゃん」
植草さんに褒められてしまった。恥ずかしい。美人に可愛いって言われちゃった。でももうその辺でいいです植草さん。
「先輩の周りに人が集まるのは、あやめ先輩が人の痛みがわかる優しい人だからに決まってんじゃん。そんな先輩だから周りに人が集まってくるんだよ」
「…だから気に入らない! いい子ちゃんぶってて嫌い!」
いい子ちゃんぶってて…とは。
そんなつもりはないのだが……お人好しと言われることもあるけど、偽善者ぶっているようにも見えるのだろうか私は。
ちょっとショックである。
「それってただの僻みって知ってる? そういう人ってずっとそうなんだよね。人のこと妬んでばっかりで自分はなんにも努力しないの。ホント可哀想」
「なっ…!」
蛯原は目を見開いて植草さんを見上げていた。…その顔が一瞬泣きそうに歪んだのは気のせいだろうか?
「どうせ自分より下だと勝手に思い込んでいた相手が、自分よりも上の位置にいる事に気づいて勝手に焦っているんだろうけど」
植草さんの追撃にカッとなった蛯原。図星のようだ。
でもそうかもしれない。蛯原の今までの発言は私を下に見てる発言ばかりだったもの。優位に立って自分のプライドを守りたいのだろうか。
それは人を傷つけてでも守るべきである高尚なものなのだろうか。大したプライドである。
「植草さん、大丈夫だから」
私はそっと声をかけると、植草さんの腕を引いて蛯原との距離を作った。この流れだとあっちの手が出てくるかもしれないからね。
「…あんたの目的がよくわからないけど、後期試験あるんでしょ? 私に絡む暇があるなら試験勉強したら?」
「………」
私は蛯原を刺激しないようになるべく落ち着いた態度で対応したが、蛯原はこっちを射殺しそうな目で睨みつけてくる。
これって受験の八つ当たりを私にしてきてるってこと? 今頑張れば後期で受かるかもしれないじゃん。人に当たっても受験合格はしないよ! …親とか弟に八つ当たりしてた私が言うのはなんだけど!
こうなれば植草さんと走って逃げるか。
「教師ってさぁ千差万別だよね。あたしが小学生の時もクソみたいな担任がいたことあったけど、その時期一番いじめがひどかったもん」
植草さんはまだまだ口撃をやめない。
植草さんも結構言うね。こんなに弁が立つとは思わなかったよ。
「理由がハーフだからだってぇ。ひどいよねぇ」
「……いじめられる側に問題があるからいじめられるのよ。いじめられる方も悪いでしょ」
「わぁすごい暴論。あんた馬鹿じゃないのー?」
蛯原の眉間にシワが寄る。
…ハーフなのは仕方ないじゃない、生まれ持ったものなんだし。それを理由にいじめを擁護するなんて最低なことだよ。今は差別問題とかにうるさいんだから、教師になりたいと言うなら蛯原はもうちょっと考えて発言をするべきじゃないか?
「ぼ、暴論じゃない! 教師であるあたしの親がそう言っていたのよ!」
「それっていじめっ子の持論じゃん。あんたの親も学生の時いじめしてたんでしょ。やだぁこわい…教師ってさぁいじめっ子だった奴もなれるらしいし…」
「植草さん、それ以上は駄目」
「えー」
蛯原をどんどん煽っていく植草さん。でも相手の親を貶すのはあまり良くないからやめよう? 私がそれされてすごく嫌だったからやめようね。植草さんだって親を貶されたら嫌でしょ?
蛯原の肩がわなわな震えており、怒り具合がはっきりとわかる。本当にそろそろ止めないと…
「何も知らないくせにあたしのお父さんのこと悪く言わないでよ!」
蛯原が癇癪を起こしたかのように叫んだ。顔を真っ赤にさせており、興奮しすぎて鼻息が荒い。
…このままここにいたら更に血を見るかもしれないな…
「将来子供が出来たらあんたがいる学校に入学させたくないから今のうち名前聞いておこうかな? あんた名前なんて言うのー?」
気持ちはわかる、わかるけど神経逆なでし過ぎだって植草さん!
あかん。このまま植草さんを暴走させていたら本当に血を見る。
「植草さん、行こう!」
「えー、もっとこてんぱんにしちゃいましょうよー」
「あなたはいつからそんな好戦的な女の子になったの!? いいから!」
わなわな震えている蛯原はぎりぎり手を握りしめていて、即殴り掛かってきそうだ。本当にこれはまずい。
敵前逃亡と言うな。避難であるこれは。
私は植草さんの手を握ると、その場から逃走したのであった。
逃走先はファッションビルの立ち並ぶ地下街だ。植草さんが先程話していた、たい焼き屋さんに到着すると、私は彼女にたい焼きを奢ってあげた。
「庇ってくれてありがと」
「当然です! だってあたしも先輩に助けてもらいましたもん!」
「でももうあんな危険な事しないで? 怪我したら危ないからさ」
自分がこんなセリフを言うことになるとは。
…もしかして先輩や母さんはいつもこんな心境だったのであろうか。いつもこんなハラハラさせていたのか。
……今更申し訳ない気持ちになってきたぞ。
「すいませーん。あの女の自分勝手な言い分にムカついちゃって、つい口が止まらなくなったんです。…そうだ、手ぇ大丈夫ですか?」
「うーん…もう血が固まってるし消毒するほどじゃないかな。さっき手を洗ったし大丈夫でしょ」
もしかしたら青アザになるかもしれないけど、痕が残るほどじゃない。手を洗ったとき沁みたけど、このくらいならすぐに治るだろう。
気を取り直して、たい焼きを食べながら植草さんとおしゃべりをしていると、ピヨピヨと彼女のスマホが鳴った。
「あ、ママからだ。…先輩、これから家来ません? ママが先輩に会いたがってます」
「…そしたらお邪魔しようかな。お土産にたい焼き買っていこう。エレナさんたちの好きな具って何かな?」
「パパはこしあん派で、ママは白あん派、お兄ちゃんはカスタードが好きですよ」
「好みが見事バラバラだね」
いつもご馳走になってばかりなのでせめてお土産くらい持っていきたい。
植草一家の分のたい焼きを追加購入すると、私は植草さんのお宅へとお邪魔していつものよく効くエスプレッソでおもてなしされたのだった。
あんまり考えたくはなかったが、蛯原はこれからどうするつもりなんだろうか。
私と遭遇する度に私に八つ当たりをするつもりなのか。
バッタリ会ったら今度から走って逃げるしか手立てはないのかな。
だけど私のそれは杞憂であった。
高校卒業した後に知ることになるんだが、家の近所で遭遇した中3の時の同級生であるじゃがいも小僧(坂下)の情報筋によると、蛯原は後期試験の試験中に過呼吸を起こしてしまったらしい。受験辞退をして、浪人生になったという話を聞かされた。
…私には蛯原のことは何もわからないし、事情を知ったところであいつを許そうという気にはなれないけど、蛯原は蛯原でなにか事情があったのかなとその時察した。
嫌いな相手だけどなんとなく、モヤついてしまう結末だった。
10
あなたにおすすめの小説
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる