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番外編
浮気宣言と復縁希望。
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あやめ大学2年生辺りのお話です。
ーーーーーーーーーーーーー
「悪い、サークルの飲み会の予定が入った」
「……先輩、これ何回目ですか?」
駅前広場で開催されている期間限定展示の夜間アートアクアリウムを観に行きたいと一週間程前におねだりした私。その約束の日が翌日に迫るという時に、この彼氏様はまたふざけたことを言い出した。
仏の顔も三度までというが、これで何度目だろうか?
最初の頃はさ、惚れた弱みとかあって我慢してたけど…もう2年以上経過するとなると…ねぇ?
「先輩がそんな態度なら、私浮気しちゃいますからね!?」
「はぁ? 全く…そんな子どもみたいなこと言っていないで」
「子どもでも約束を守るって事を知っています! …もういいです。別の人と行きますから。先輩は精々飲み会にやってきた女子大生侍らせたらいいんですよ」
私はそう吐き捨てると、先輩に背中を向けてずんずんと前に進み始めた。
先輩も私も人間だ。欠点だってある。
だが、先輩はいつまで経っても変わらない。人のことはこっぴどく叱るくせに自分は何なんだってんだ!
サークルと私どっちが大事なんだよ! いい加減にしろよ!
「てなわけで私の浮気相手になってくれませんか」
「…家まで押しかけてきて二言目にそれか」
翌日、私は橘家にお邪魔していた。
浮気相手というのはただの建前だが、当たり障りのない相手が彼しか思いつかなかったのだ。本気で浮気する気はない。
ていうか橘兄に愚痴りに来たついででもある。
「聞いて下さいよ! 何度目か数えるのやめたから回数はわかりませんけど、先輩は私とのデートよりもサークルの先輩が大事らしいです。サークルの飲み会のコンパに来る女の子に鼻伸ばしておいて浮気じゃないと言い張るんですよ!」
「……あやめさん、頼むから俺を巻き込まないでくれないか」
土曜のその日も家で勉強していたのか、橘兄はちょっとお疲れ気味だった。そんなときこそライトアップしたアートアクアリウム観に行って癒やされようよ!
面倒くさそうな態度を隠さずにため息を吐くと、橘兄はメガネを外して眉間を揉んでいた。眼精疲労かな?
橘兄なら分かってくれると思ったんだよ! わかるよね!? わかるといってくれ!
「だって! 私、最初に先輩と喧嘩して以来ちゃんと自分の気持ちや不満は伝えるようにしているのに先輩ったら! 聞き分けのない子供に対する態度なんですよ!? 私のお願い聞いてくれた試しがありません! そういうの嫌だって言ってるのに!」
自分が若干面倒くさい女であるということは分かっている。正に「仕事と私どっちが大事なの?」と言っている女のようなものだからだ。
だけど! 我慢させられる方はたまったもんじゃないのだ。相談できそうな相手が橘兄しか思いつかなかったんだよ!
「ていうか私のことは束縛するくせに自分はいいってどういうことですか!? 私が飲み会に行こうとしたら止めるわ、着いてくるわで…いくら彼氏と言えど鬱陶しいです!」
わかってるんだ、自分は落ち着くべきだと。…だがこの怒りを抑えきれないの…!
何度目だ? ていうか飲み会ってそんな頻繁に行くものなの? 私はなんなんだ?
向こうの意見ばっかり押し通されて…これで付き合っているっていうの?
私が思いの丈を延々と語っているのを橘兄は目を閉じて聞いていたが、一応全て聞いてくれていたらしい。
私が言いたいことをすべてぶつけると、彼は「…話はわかった。…日付を別の日に変更することは出来なかったのか?」と確認してきた。
…駄目なのだ。だって明日は他の大学との剣道練習試合があるから駄目だと言われたし、アートアクアリウムイベントは明日までなのだ。
ていうか日付を変更するとかそういう問題じゃなくて、先輩の自分勝手な行動に腹を立てている。だから私は浮気をしたいのだと訴えた。
「…でも…亮介先輩は元カノに浮気された経験があるので、本気で傷つけたいわけじゃないんです」
「なら」
「でも腹立たしいんです! だからお兄さんと楽しくデートしている姿を写真撮影して、飲み会で鼻伸ばしている先輩に送ってやるのです!」
「………」
忙しい中付き合ってもらうのだ。ただとは言わない。お礼は弾むよ。
「お礼にお食事おごりますよ」
「……それに釣られるとでも?」
「なんだかんだお兄さんは面倒見がいいから乗ってくれると信じてます」
この間バイトのお給料が入ったから懐はあたたかい。居酒屋くらいは行けますよ。
橘兄は私を疲れた表情でじっと見ていたが、諦めたようにため息を吐いた。
「仕方ないな…」
快諾してくれた。そう、OKしてくれたから快諾でいいの。
てなわけで私は彼氏のお兄さんと一緒にアートアクアリウムを観に行った。
季節は夏の終わり頃だ。暑さも大分和らぎ、日が暮れた頃なら外を出歩くのも楽になってきた。
今日は丁度土曜なので大勢の人がアートアクアリウムを観に来ていた。夜に見ると益々綺麗に見えるよね。
ライトアップした水槽が金魚の色を映えさせる。そこだけ幻想的な風景を創り上げている。
「ほらほらお兄さんカメラを見て下さい。はいチーズタッカルビ」
「…君はアートアクアリウムを観に来たんじゃないのか…?」
到着するやいなや、私は自撮り棒にスマホをセットして鮮やかな金魚が水槽で泳ぐ姿を背景にして彼とツーショットを撮影した。
「見ますよ。まずは写真です」
数枚撮影すると、私はテンション高めのメールを打って写真を添付した。ちょっと自分の性格が悪いなとも思うけど、そうならざるを得ない! 大体先輩が悪いの! 私は怒っているんだ!
送信を確認するとスマホを鞄にしまって、お目当てのアートアクアリウムを見ることにした。
「お兄さんほら見て下さい。金魚綺麗ですね。この後居酒屋で魚でも食べますか?」
「何故金魚が綺麗から魚を食べる話になるんだ?」
だって魚みてたら食べたくなるじゃないの。お寿司でもいいけど、廻る方にしてね。
「そういやお兄さんって大学時代にサークルは入っていなかったんですか?」
「…3年まではな。4年になってからは受験に集中するためにもう活動はしていなかった」
橘兄ってサークル何に入っていたのかな。こっちも勉強だったのかな。
「何のサークルだったんですか?」
「ミステリー研究」
…父親と同じミステリー好きか!
本当橘兄はインテリ系だな。合気道習ってたって言うけど、運動よりも勉強のほうが好きなのかもしれない。
「え、じゃあ元彼女さんも同じサークルの人ですか?」
「いや…」
「…恵介?」
橘兄の過去の恋バナを聞き出そうとしたその時、どこからか女性が橘兄の名前を呼ぶ声がした。
「……君か」
「久しぶり……彼女…?」
あら美人さん。
なんかどこか英恵さんに雰囲気が似た女の人だな。真面目そうで賢そうな…薄化粧だけど、元の顔立ちが綺麗だから濃いメイクは必要ないか。ぴしりとしたスーツ姿に、ビジネス鞄を持った女性の登場に橘兄は少しばかり動揺している様子だった。
彼女の方も私を見て複雑そうな顔をしていらっしゃる。
「…こんばんは。私、恵介さんの弟さんとお付き合いしてる者です」
「あ…亮介君の?」
「はい。アートアクアリウム観に行く約束を破られたので、代わりにお兄さんに付き合ってもらってるんです」
誤解されると橘兄に迷惑がかかるので、ここはきっぱり否定しておく。
すると彼女は目に見えてホッとした様子を見せていた。
…あれ? あれれ、もしかしなくても橘兄の元彼女さんだったりする?
私は橘兄を見上げて生暖かい目を向けた。
「…お兄さん、私…席外しましょうか…?」
「余計な気を使わなくていい」
一蹴された。えーでも橘兄動揺してるじゃん。このチャンスを逃してはならんよ。
【♪…】
こんな場面だと言うのにスマホの着信が鳴った。うるさいので切っておく。液晶をちらっと見たら先輩からだったけど、きっと気のせいだ。
先輩は今頃女性に鼻を伸ばしている頃だから電話をかけてくるはずがない。
【♪…】
「うるさっ」
またかかってきたので、終話ボタンをタップする。
私は宣言したはずだぞ、浮気をするぞと。先輩もたまには痛い目を見たほうがいい。
「…亮介からじゃないのか」
「私はまだまだ怒っているんです! 今日は電話に出てやらないと決めてるんです!」
【♪…】
「ほらもう貸せ」
「あっちょっと!」
橘兄に着信中のスマホを奪われた。橘兄は電話に出て何かを話し始める。私達のいる場所から歩いて離れていくと暫く電話の向こうの相手と何かを言い合いしているようだった。
私はそれを元彼女さん(仮)と黙って見ていた。橘兄に弟を説教させるつもりはなかったんだけどな。
すると元彼女さんの方から私に話しかけてきた。
「…亮介君と喧嘩したの?」
「…喧嘩というか…約束を何度も破られて…またサークルの飲み会を優先されたので。もう何度も何度も」
「そうなんだ」
「…自分はコンパみたいな飲み会に行くくせに私には駄目って言って…法学部生なのに理工学部の集まりにまで着いてくるんですよ。最低ですよ。束縛ばかりして。自分勝手」
私とは初対面の元彼女さんなのだが、つい愚痴を吐き出してしまった。
私はぷりぷり怒っていた。たとえ先輩に叱られるとしても私は間違いなく反抗する。絶対に謝らないし、反省もしてやらない。私はそれだけ裏切られた気分なのだ。
彼女は私を苦笑いして見ていたが、遠い目をして、橘兄がいる方へ目を向けた。
「…でも、羨ましいな。…私はいつも追ってばかりだったから」
「え…」
「…束縛されるのが羨ましい」
私だって束縛は愛されている証だと思っていたが、こうも不公平な感じだと信じられなくなるってもんよ?
「…もうちょっと我慢していたら、何か変わっていたかな?」
「いや、我慢してもその内限界きますし、片方だけがしんどいだけですから止めておいたほうがいいですよ」
「…そう?」
経験者だからわかる。一方通行じゃ駄目なのだ。我慢すればするほど、すれ違いが生まれるから。そんなの片方が辛いだけだ。
私はブンブンブンと超速で首を横に振って否定した。
それに彼女は悲しそうに笑っていた。
女の人の恋は上書き保存って言うけど、それは人によるんだろう。いつまでも想っているって人はいると思う。彼女は多分そのタイプ。
「…どちらかが悪いとかそんなんじゃなくて…お兄さんは検察官になりたいから…そうせざるを得なかったんじゃないですかね? やり直しが出来ない社会ですし…」
「…うん、わかってるの。…あの時の私は子どもだったのね」
目を伏せてため息を吐く彼女。
難しいよね。本当男女の仲は難しい。
「あやめさん、亮介が代わってほしいそうだ」
「…え? 嫌ですけど。電話切って下さい」
「…意地を張っていても仕方がないんだぞ」
「意地じゃありません。これは切実な訴えです! お兄さん、もう居酒屋行っちゃいましょう! おごりますよ!」
橘兄からスマホを受け取って電源ボタンを長打して消すと、彼の腕と元彼女さんの腕を掴んで引っ張り出す。
「お、おい…」
「夏休みにガッツリバイトしたので私の懐は暖かいんです。ご心配なく」
「あの…」
「お急ぎですか?」
急いで帰る用事があるのか尋ねると、元彼女さんは「そういう訳じゃないけど…」と否定していた。ならいいじゃない!
私の勝手な推測だが、2人は決して嫌い合って別れたんじゃないと思うんだ。色々タイミングが悪かったと思うの。
このまま解散しても私がスッキリしないし、たまには私がお節介をやいてあげるよ橘兄!
その後、居酒屋チェーン店に2人を連れていき、3人で楽しくお酒を飲んだ。
お酒が入ると2人は緊張がとけたのか、素直に話ができそうな雰囲気になった。
これはチャンスだ。2人きりにしてあげようと思って私は多目にお金をおいて2人に別れを告げる。
「お兄さん、男を見せて下さいよ!」
「君は余計な一言が多すぎる」
橘兄の文句を聞こえなかったふりをして私はその場を辞した。
居酒屋を出た私は、夜空を見上げながらのんびりと家までの道を歩いて帰った。生暖かい風がお酒で火照った頬をくすぐる。いい感じに酔っ払った。
あー美味しかったなぁ、魚。
私はすっかりスマホの電源を消していることを忘れており、家に帰ってそのまま寝てしまった。
翌日スマホの電源を入れるとすごいことになっていた。そして亮介先輩と激しく喧嘩をした。
以前と比べて私と彼は自分の意見をポンポン投げ合うようになったと思う。すごい進歩なのか退化なのかはわからないけど…我慢するのは良くないよね!
先輩が理解するまで私反抗し続けるからね…!
後日、復縁をしたのかと橘兄に尋ねると、それは断ったと言っていた。
何故だ!? あんた満更でもなかったよね!?
「ここまで来たら色恋を抜きにしてやっていきたい」
「…ストイックすぎるでしょ」
悪いことじゃないけど…あなたそれでいいの?
「…それに俺のペースに付き合わせていたら、彼女をかなり待たせることになってしまうからな。…女性は色々と大変だろう」
「……」
「彼女にはもっとふさわしい男がいるはずだ」
橘兄は、元彼女さんのことを心配して敢えて振ったらしい。
…真面目だなぁ。
でもそれが橘兄らしいんだよな。
☆☆☆
それからだいぶ先の話になるのだが…
長男がいつまで経っても結婚しない事を心配する橘両親が知り合いのツテを使ってお見合い話を用意した。
親に言われるがまま渋々出席したその場に彼女が現れ、トントン拍子に橘兄の結婚が決まることになるのは、だいぶ先の未来の話である。
彼女も橘兄と同じく仕事に夢中になって婚期が遅れたパターンだったらしい。
…似た者同士だな全く。
ーーーーーーーーーーーーー
「悪い、サークルの飲み会の予定が入った」
「……先輩、これ何回目ですか?」
駅前広場で開催されている期間限定展示の夜間アートアクアリウムを観に行きたいと一週間程前におねだりした私。その約束の日が翌日に迫るという時に、この彼氏様はまたふざけたことを言い出した。
仏の顔も三度までというが、これで何度目だろうか?
最初の頃はさ、惚れた弱みとかあって我慢してたけど…もう2年以上経過するとなると…ねぇ?
「先輩がそんな態度なら、私浮気しちゃいますからね!?」
「はぁ? 全く…そんな子どもみたいなこと言っていないで」
「子どもでも約束を守るって事を知っています! …もういいです。別の人と行きますから。先輩は精々飲み会にやってきた女子大生侍らせたらいいんですよ」
私はそう吐き捨てると、先輩に背中を向けてずんずんと前に進み始めた。
先輩も私も人間だ。欠点だってある。
だが、先輩はいつまで経っても変わらない。人のことはこっぴどく叱るくせに自分は何なんだってんだ!
サークルと私どっちが大事なんだよ! いい加減にしろよ!
「てなわけで私の浮気相手になってくれませんか」
「…家まで押しかけてきて二言目にそれか」
翌日、私は橘家にお邪魔していた。
浮気相手というのはただの建前だが、当たり障りのない相手が彼しか思いつかなかったのだ。本気で浮気する気はない。
ていうか橘兄に愚痴りに来たついででもある。
「聞いて下さいよ! 何度目か数えるのやめたから回数はわかりませんけど、先輩は私とのデートよりもサークルの先輩が大事らしいです。サークルの飲み会のコンパに来る女の子に鼻伸ばしておいて浮気じゃないと言い張るんですよ!」
「……あやめさん、頼むから俺を巻き込まないでくれないか」
土曜のその日も家で勉強していたのか、橘兄はちょっとお疲れ気味だった。そんなときこそライトアップしたアートアクアリウム観に行って癒やされようよ!
面倒くさそうな態度を隠さずにため息を吐くと、橘兄はメガネを外して眉間を揉んでいた。眼精疲労かな?
橘兄なら分かってくれると思ったんだよ! わかるよね!? わかるといってくれ!
「だって! 私、最初に先輩と喧嘩して以来ちゃんと自分の気持ちや不満は伝えるようにしているのに先輩ったら! 聞き分けのない子供に対する態度なんですよ!? 私のお願い聞いてくれた試しがありません! そういうの嫌だって言ってるのに!」
自分が若干面倒くさい女であるということは分かっている。正に「仕事と私どっちが大事なの?」と言っている女のようなものだからだ。
だけど! 我慢させられる方はたまったもんじゃないのだ。相談できそうな相手が橘兄しか思いつかなかったんだよ!
「ていうか私のことは束縛するくせに自分はいいってどういうことですか!? 私が飲み会に行こうとしたら止めるわ、着いてくるわで…いくら彼氏と言えど鬱陶しいです!」
わかってるんだ、自分は落ち着くべきだと。…だがこの怒りを抑えきれないの…!
何度目だ? ていうか飲み会ってそんな頻繁に行くものなの? 私はなんなんだ?
向こうの意見ばっかり押し通されて…これで付き合っているっていうの?
私が思いの丈を延々と語っているのを橘兄は目を閉じて聞いていたが、一応全て聞いてくれていたらしい。
私が言いたいことをすべてぶつけると、彼は「…話はわかった。…日付を別の日に変更することは出来なかったのか?」と確認してきた。
…駄目なのだ。だって明日は他の大学との剣道練習試合があるから駄目だと言われたし、アートアクアリウムイベントは明日までなのだ。
ていうか日付を変更するとかそういう問題じゃなくて、先輩の自分勝手な行動に腹を立てている。だから私は浮気をしたいのだと訴えた。
「…でも…亮介先輩は元カノに浮気された経験があるので、本気で傷つけたいわけじゃないんです」
「なら」
「でも腹立たしいんです! だからお兄さんと楽しくデートしている姿を写真撮影して、飲み会で鼻伸ばしている先輩に送ってやるのです!」
「………」
忙しい中付き合ってもらうのだ。ただとは言わない。お礼は弾むよ。
「お礼にお食事おごりますよ」
「……それに釣られるとでも?」
「なんだかんだお兄さんは面倒見がいいから乗ってくれると信じてます」
この間バイトのお給料が入ったから懐はあたたかい。居酒屋くらいは行けますよ。
橘兄は私を疲れた表情でじっと見ていたが、諦めたようにため息を吐いた。
「仕方ないな…」
快諾してくれた。そう、OKしてくれたから快諾でいいの。
てなわけで私は彼氏のお兄さんと一緒にアートアクアリウムを観に行った。
季節は夏の終わり頃だ。暑さも大分和らぎ、日が暮れた頃なら外を出歩くのも楽になってきた。
今日は丁度土曜なので大勢の人がアートアクアリウムを観に来ていた。夜に見ると益々綺麗に見えるよね。
ライトアップした水槽が金魚の色を映えさせる。そこだけ幻想的な風景を創り上げている。
「ほらほらお兄さんカメラを見て下さい。はいチーズタッカルビ」
「…君はアートアクアリウムを観に来たんじゃないのか…?」
到着するやいなや、私は自撮り棒にスマホをセットして鮮やかな金魚が水槽で泳ぐ姿を背景にして彼とツーショットを撮影した。
「見ますよ。まずは写真です」
数枚撮影すると、私はテンション高めのメールを打って写真を添付した。ちょっと自分の性格が悪いなとも思うけど、そうならざるを得ない! 大体先輩が悪いの! 私は怒っているんだ!
送信を確認するとスマホを鞄にしまって、お目当てのアートアクアリウムを見ることにした。
「お兄さんほら見て下さい。金魚綺麗ですね。この後居酒屋で魚でも食べますか?」
「何故金魚が綺麗から魚を食べる話になるんだ?」
だって魚みてたら食べたくなるじゃないの。お寿司でもいいけど、廻る方にしてね。
「そういやお兄さんって大学時代にサークルは入っていなかったんですか?」
「…3年まではな。4年になってからは受験に集中するためにもう活動はしていなかった」
橘兄ってサークル何に入っていたのかな。こっちも勉強だったのかな。
「何のサークルだったんですか?」
「ミステリー研究」
…父親と同じミステリー好きか!
本当橘兄はインテリ系だな。合気道習ってたって言うけど、運動よりも勉強のほうが好きなのかもしれない。
「え、じゃあ元彼女さんも同じサークルの人ですか?」
「いや…」
「…恵介?」
橘兄の過去の恋バナを聞き出そうとしたその時、どこからか女性が橘兄の名前を呼ぶ声がした。
「……君か」
「久しぶり……彼女…?」
あら美人さん。
なんかどこか英恵さんに雰囲気が似た女の人だな。真面目そうで賢そうな…薄化粧だけど、元の顔立ちが綺麗だから濃いメイクは必要ないか。ぴしりとしたスーツ姿に、ビジネス鞄を持った女性の登場に橘兄は少しばかり動揺している様子だった。
彼女の方も私を見て複雑そうな顔をしていらっしゃる。
「…こんばんは。私、恵介さんの弟さんとお付き合いしてる者です」
「あ…亮介君の?」
「はい。アートアクアリウム観に行く約束を破られたので、代わりにお兄さんに付き合ってもらってるんです」
誤解されると橘兄に迷惑がかかるので、ここはきっぱり否定しておく。
すると彼女は目に見えてホッとした様子を見せていた。
…あれ? あれれ、もしかしなくても橘兄の元彼女さんだったりする?
私は橘兄を見上げて生暖かい目を向けた。
「…お兄さん、私…席外しましょうか…?」
「余計な気を使わなくていい」
一蹴された。えーでも橘兄動揺してるじゃん。このチャンスを逃してはならんよ。
【♪…】
こんな場面だと言うのにスマホの着信が鳴った。うるさいので切っておく。液晶をちらっと見たら先輩からだったけど、きっと気のせいだ。
先輩は今頃女性に鼻を伸ばしている頃だから電話をかけてくるはずがない。
【♪…】
「うるさっ」
またかかってきたので、終話ボタンをタップする。
私は宣言したはずだぞ、浮気をするぞと。先輩もたまには痛い目を見たほうがいい。
「…亮介からじゃないのか」
「私はまだまだ怒っているんです! 今日は電話に出てやらないと決めてるんです!」
【♪…】
「ほらもう貸せ」
「あっちょっと!」
橘兄に着信中のスマホを奪われた。橘兄は電話に出て何かを話し始める。私達のいる場所から歩いて離れていくと暫く電話の向こうの相手と何かを言い合いしているようだった。
私はそれを元彼女さん(仮)と黙って見ていた。橘兄に弟を説教させるつもりはなかったんだけどな。
すると元彼女さんの方から私に話しかけてきた。
「…亮介君と喧嘩したの?」
「…喧嘩というか…約束を何度も破られて…またサークルの飲み会を優先されたので。もう何度も何度も」
「そうなんだ」
「…自分はコンパみたいな飲み会に行くくせに私には駄目って言って…法学部生なのに理工学部の集まりにまで着いてくるんですよ。最低ですよ。束縛ばかりして。自分勝手」
私とは初対面の元彼女さんなのだが、つい愚痴を吐き出してしまった。
私はぷりぷり怒っていた。たとえ先輩に叱られるとしても私は間違いなく反抗する。絶対に謝らないし、反省もしてやらない。私はそれだけ裏切られた気分なのだ。
彼女は私を苦笑いして見ていたが、遠い目をして、橘兄がいる方へ目を向けた。
「…でも、羨ましいな。…私はいつも追ってばかりだったから」
「え…」
「…束縛されるのが羨ましい」
私だって束縛は愛されている証だと思っていたが、こうも不公平な感じだと信じられなくなるってもんよ?
「…もうちょっと我慢していたら、何か変わっていたかな?」
「いや、我慢してもその内限界きますし、片方だけがしんどいだけですから止めておいたほうがいいですよ」
「…そう?」
経験者だからわかる。一方通行じゃ駄目なのだ。我慢すればするほど、すれ違いが生まれるから。そんなの片方が辛いだけだ。
私はブンブンブンと超速で首を横に振って否定した。
それに彼女は悲しそうに笑っていた。
女の人の恋は上書き保存って言うけど、それは人によるんだろう。いつまでも想っているって人はいると思う。彼女は多分そのタイプ。
「…どちらかが悪いとかそんなんじゃなくて…お兄さんは検察官になりたいから…そうせざるを得なかったんじゃないですかね? やり直しが出来ない社会ですし…」
「…うん、わかってるの。…あの時の私は子どもだったのね」
目を伏せてため息を吐く彼女。
難しいよね。本当男女の仲は難しい。
「あやめさん、亮介が代わってほしいそうだ」
「…え? 嫌ですけど。電話切って下さい」
「…意地を張っていても仕方がないんだぞ」
「意地じゃありません。これは切実な訴えです! お兄さん、もう居酒屋行っちゃいましょう! おごりますよ!」
橘兄からスマホを受け取って電源ボタンを長打して消すと、彼の腕と元彼女さんの腕を掴んで引っ張り出す。
「お、おい…」
「夏休みにガッツリバイトしたので私の懐は暖かいんです。ご心配なく」
「あの…」
「お急ぎですか?」
急いで帰る用事があるのか尋ねると、元彼女さんは「そういう訳じゃないけど…」と否定していた。ならいいじゃない!
私の勝手な推測だが、2人は決して嫌い合って別れたんじゃないと思うんだ。色々タイミングが悪かったと思うの。
このまま解散しても私がスッキリしないし、たまには私がお節介をやいてあげるよ橘兄!
その後、居酒屋チェーン店に2人を連れていき、3人で楽しくお酒を飲んだ。
お酒が入ると2人は緊張がとけたのか、素直に話ができそうな雰囲気になった。
これはチャンスだ。2人きりにしてあげようと思って私は多目にお金をおいて2人に別れを告げる。
「お兄さん、男を見せて下さいよ!」
「君は余計な一言が多すぎる」
橘兄の文句を聞こえなかったふりをして私はその場を辞した。
居酒屋を出た私は、夜空を見上げながらのんびりと家までの道を歩いて帰った。生暖かい風がお酒で火照った頬をくすぐる。いい感じに酔っ払った。
あー美味しかったなぁ、魚。
私はすっかりスマホの電源を消していることを忘れており、家に帰ってそのまま寝てしまった。
翌日スマホの電源を入れるとすごいことになっていた。そして亮介先輩と激しく喧嘩をした。
以前と比べて私と彼は自分の意見をポンポン投げ合うようになったと思う。すごい進歩なのか退化なのかはわからないけど…我慢するのは良くないよね!
先輩が理解するまで私反抗し続けるからね…!
後日、復縁をしたのかと橘兄に尋ねると、それは断ったと言っていた。
何故だ!? あんた満更でもなかったよね!?
「ここまで来たら色恋を抜きにしてやっていきたい」
「…ストイックすぎるでしょ」
悪いことじゃないけど…あなたそれでいいの?
「…それに俺のペースに付き合わせていたら、彼女をかなり待たせることになってしまうからな。…女性は色々と大変だろう」
「……」
「彼女にはもっとふさわしい男がいるはずだ」
橘兄は、元彼女さんのことを心配して敢えて振ったらしい。
…真面目だなぁ。
でもそれが橘兄らしいんだよな。
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それからだいぶ先の話になるのだが…
長男がいつまで経っても結婚しない事を心配する橘両親が知り合いのツテを使ってお見合い話を用意した。
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たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
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八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
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千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
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表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
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