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番外編
いくら自分が好きだからって他の人に好みを押し付けるのはよくない。火遊びは計画的に。
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あやめ大学2年の時のお話。
ーーーーーーーーーーーーー
「ねぇそこの君! たくさん稼げる方法があるんだけど、興味ない?」
スーツ姿の男は道を歩いていた見目のいい青年に声をかけると、言葉巧みに甘い話で誘いかけた。
「方法は簡単だよ。うちの店に女の子を連れて来て一緒にお酒を飲むだけ」
「ちゃんと研修もあるから、接客経験がなくても大丈夫! テスト前は休みを考慮するし…どう?」
何かと物入りの多い学生。そしてまだまだ経験が浅いがために人を簡単に信用してしまい、甘い話に引っかかる者が多い。スーツの男の話を真に受けた青年はその話に飛びついた。
キツい労働で少ない給料よりも、楽に大金を稼ぎたいと思うのは人の業なのであろう。
…それがたとえ、誰かを犠牲にしてしまう方法だとしても。
相手が是の返事をすると、男はニヤリとしてやったりな顔をして笑っていた。
■□■
その日の講義をすべて終えた私は大学の門をくぐった。亮介先輩は夜からサークル活動があるので、今日は別々に帰ることになっている。
「あっ七緒ちゃん!」
友人のナナと駅まで一緒に帰っていた私だが、背後から元気よく友人の名が呼ばれたので、足を止めてほぼ同時に振り返った。
そこにいたのは1人の女子学生。クリーム色のフレアスカートに赤のカーディガンを肩に羽織っている、黒髪のボブカットヘアの女の子。普通にその辺にいそうな何の変哲もない女子である。
「ねぇねぇ七緒ちゃんに田端さん、今日飲みに行かない? 5千円で飲み放題食べ放題のいいお店があるの」
「…どうする? あやめ」
「うーん…」
彼女はナナが所属しているサークルのメンバーの幸本さん…どこの学部か忘れたけど、うちとは違う学部の人。私はナナを通じて何度か話した程度なので大して親しくはない。
5千円で飲み放題食べ放題ってお得なのかな? その金額あれば好きなもの頼むほうがいいと思うんだけど。
一瞬断ろうかなと思っていたが、ナナのサークルでの付き合いもあるだろうし、折角誘ってくれたんだ。それに今夜の予定は特にない。
「ナナが行きたいなら一緒に行くよ」
「そうだねぇ…」
「ね? 行こう行こう!」
まだ行くとは返事していないのだが、幸本さんはナナと私の腕に抱きつくと、そのままグイグイと強引にどこかへと連れて行く。
「ちょっと待って、まだ行くとは言ってないよ? そもそもどんな店なの?」
幸本さんてこんな強引な子だったっけ? 前はもっと大人しめの子で、こんな強引な印象はなかった。ある時期からお洒落をするようになって可愛くなったから、彼氏が出来て自信ついたのかな? と思ったこともあるけど、彼氏の話は全然聞かないし…
ナナが制止をかけているけども、幸本さんの足は立ち止まらない。大学を出て、電車に乗って…どんどん繁華街の方に近づいていく。
「すっごく楽しい所! きっと二人も気にいると思うな!」
キラキラした笑顔でそう言い切った幸本さんだが、飲食で楽しいところって…? その時はクラブとかカラオケのような賑やかなところにでも行くのだろうかと私は思っていた。
だけど、辿り着いた場所を見て愕然とした。
「楽しいところって…幸本さん…ここって…」
ネオンで輝く街の中の一角にある、とあるお店。看板にはNO.1なのかどうかは定かではないが、ド派手なお兄さんのキメ顔写真がデカデカと貼られていた。
この店はディープな大人の世界じゃ…成人とはいえ、親のすねをかじっている身分でこのような場所に行くなんてちょっと…
そもそも私には彼氏がいるからね。
「ちょっとちょっと千夏ちゃーん! お友達連れてきてくれたのー?」
「いらっしゃいどうぞどうぞ入って」
「いや、あの私は」
「千夏! これどういう事!?」
店の奥からゾロゾロとスーツの集団が現れてきて、私たちは完全に包囲されてしまった。私とナナはパニックである。
だってこの場所は、私の勘違いでなければホストクラブだったからだ。
「あのすみません! なにかの間違いです! 間違えました!」
「大丈夫~大丈夫~」
「離してください、私は帰ります!」
「新規2名様ご来店でーす!」
私達は踵を返してホストクラブから遠ざかろうとした。なんでホストクラブなんだよ! 飲み食べ放題って、居酒屋を連想するじゃん普通!
しかし退却しようにもホストに包囲され、店内に引きずり込まれ…意図もせずに私は魔窟に潜入してしまったのだ…だって怖くて声が出なかったんだよ…
「千夏のお友達可愛いねー同い年?」
「そう! 七緒ちゃんと田端さんっていうの!」
幸本さんはお目当てのホストの前で乙女な顔をしていらした。…見事溺れているね…学生なのになにしてんだこの人…ホスト遊びできる余裕あるほど実家お金持ちなの?
「なに飲む?」
馴れ馴れしく隣に座って来たホストにドリンクのメニューを見せられたが、そのどれもが、桁がおかしい。
バカじゃないの。こんな大金をしがない学生が支払えるわけがないでしょ。
「あの。5千円って聞いたんですけど、そこの所大丈夫ですか?」
「払えなくてもうちはツケがきくよ?」
質問に答えろよ。ツケるほど飲まないし、そもそも既に帰りたい。
「それをオーバーするなら何もいりませんし、私帰りたいんですけど」
「ちょっとまってよー。ノリ悪いなあ…俺と一緒に楽しく会話しよ?」
「……は?」
ダメだな。私こういうノリ苦手だわ。あいつ思い出す。高校時代の…乙女ゲームで一番チョロい攻略対象・生徒会会計の……
「あれっ!? アヤメちゃんこんな所でなにしてるの?」
「……何故ここにいる久松よ」
あいつを思い出したかと思えばご本人様が降臨してきたぞ。
久松は歳を重ねて多少は大人っぽくなっているが、あの頃と同じくチャラそうな雰囲気は健在である。その雰囲気と元々の甘めの美形の顔立ちのせいで、このホストクラブの中でも際立った存在に見える。
「何だよイチヤ、知り合い?」
イチヤ? …源氏名ってやつかな。
えぇぇ、コイツの家、資産家のはずなのになんでホストになってんの? 親はこの事を知っているのか?
なまじ似合ってるのが腹が立つ。コイツに対してときめいたりは絶対にしないけどさ。
「知り合いというか、高校の時の同級生で……アヤメちゃん、橘と別れちゃったの?」
「今でもラブラブだわ」
縁起でもないこと言うな!
ていうか私のことよりお前のことだ! 大学はどうした、何故ホストなんてしているんだ!
久松は私の隣に座っていたホストに断って席に座っていた。指名なんてしていませんが。
「じゃあなんでここに来たの?」
「…そこの子に、5千円で食べ飲み放題って言われた…」
なんか入店して10分も経ってないけどどっと疲れた…私は一体何をしているのだろうか…
「えぇ? うちの店高いんだから5千円で済むわけ無いじゃん。5千円じゃ2時間分のテーブルチャージ料だけで終わっちゃうよ?」
「…え?」
私がぽかんとした顔をすると、久松はヘラヘラと笑っていた。…この顔で世のお嬢さんや婦人たちを誑し込んでいるのか。
奴はそっと私の耳元に口を近づけてひそひそ話をするようにささやきかけてきた。
「だめだよぉ? よくわからないのに入店したらー。たかーい金額請求されちゃうんだから」
…どうやら私は金づるとして連れてこられたらしい。あと耳元で喋らないで欲しい。
「アヤメちゃんなに飲む?」
「…水でいい」
「えー飲まないのー?」
あー帰りたい。なんでこんな場所で貴重な5千円を失わないといけないんだ。ナナの友達だからと思っていたけど…そもそも友達の友達だから信用しないほうが良かったのかもしれない…
幸本さんは私とナナが浮かない表情をしているのに気づいていないのか、ホストと楽しそうに会話をしている。
ハマる人はハマると聞いたけど……こんな……
「…久松、あんたどうしてここで働いているの?」
「スカウトされたんだ。面白そうだからいいかなって。女とも知り合えるしね♪」
「あんた本当に本能に忠実だよね」
久松は相変わらず久松である。本当になにしてんだろうコイツも私も。
店内ではやかましいBGMが鳴り響いていた。男も女も酒に酔い、金の魔力に取り憑かれている様に見える。私はそんな中で真顔でミネラルウォーター(高い)を飲んでいたのでさぞかし浮いていることであろう。
先程久松は指名が入ったとかでどこかに消えていった。その代わりで入ったホストが横からなにか話しかけてくるけど全てスルーである。しきりに高い酒を注文させようとしたり、女を落とすテクニックで私を誑そうとしているが私には効かないよ。
私の彼氏様をお前ごときが超えられるとでも思っているのか?
この空気に酔ったのか……気分が悪くなってきた。ちょっと一人になりたい…
「…お手洗いはどこですか」
「ご案内いたします」
「いえ、場所さえ教えていただければ結構です」
トイレにまでついてこないでください。
教えられた場所に向かって用を済ませると、私は洗面所に映る自分の顔を見てため息を吐いた。
帰りたい。
どういう理由で帰ろうかなと考えながら、客席でホストをあしらっているであろうナナにスマホでメッセージを送った。「この場からどうやって帰る?」って。これに気づいてくれないかな。
これ以上ここに居てもいいことはないと思うんだ。久松の口ぶりだと5千円どころじゃなくてそれ以上請求されるかもしれないから、早々に退却を…
「あの新規の2人どう思う?」
お手洗いの扉を開けようとした私は、その言葉を耳にした。…新規の2人という単語に引っかかった私は扉の取手を掴んだまま固まっていた。
「現役女子大生だろ? 高く売れるよ。まずは誑し込んでここで沢山金をツケてもらって…」
「楽な商売ですよね。ちょっと甘やかせばすぐになびくんですから」
「後は風俗に売り払って、せいぜい金を支払ってもらおう」
「女はいいですよねぇ、身体を売れば楽に大金を手に入れられるんですから」
外では男たちがハハハ…と笑っているが、全然笑えない。…なんだ? この会話は。
まるで、ここに金を落とすために、沢山ツケて、そしてその後首が回らなくなったら……お水に売るみたいな…
これはヤバイ臭いしかしないぞ…
外で会話をしている男たちが立ち去ったのを確認すると、私は早歩きで席に戻った。そしてナナに声をかける。
「ナナ、帰ろう!」
「え…あ、うん…」
元々長居したいとは思っていなかったのもあるだろうが、私の焦った様子にナナは目を丸くしていた。
近くに居たホストに会計をしてくれと頼むと「えーもう帰っちゃうの?」とか「連絡先教えてよ」と言われたが、とりあえず会計をしろと念押しする。連絡先は個人情報保護の観点から教えません。
「幸本さんも帰ろう」
彼女もここに居ては危険だ。
騙し討ちで連れてこられたとはいえ、見捨てるのは目覚めが悪い。だから彼女の腕を掴んで帰るように促したが、彼女はその手をバッと振り払った。
「やだ! なによ、折角紹介してあげたのに…」
幸本さんはご執心のホストの腕に抱きついて、私を睨みつけてきた。帰らないとの意思表示なのだろうが、私はホストクラブを紹介してくれなんて一言も言っていない。むしろ騙された側なんだが何故被害者ヅラしてるんだろう……恋は盲目とでも言いたいの?
「千夏、本当に困るの…怒ってるんだからね…二度目はないから」
ナナも流石に見逃せないようで、幸本さんに脅しとも取れそうな文句をつけていた。…幸本さんは私達を睨むだけで、何も言ってこなかった。
私達はふたり分支払いを済ませると、さっさとホストクラブを後にした。5千円と言っていたのに、よくわからないサービス料とか付いて1人8千円位請求された。滞在時間30分程度でこれか…! 高い勉強料と思うしかないの…?
お水の世界だからああいうのが成り立っているんだろうけど、行政は取り締まったりしないのであろうか?
私のはじめてのホスト体験はとても最悪なものになった。多分二度と行かないだろうな。そもそも興味なかったし、元々偏見があったけど、更に印象悪くなってしまった。
ホストよりも亮介先輩のほうがかっこいいし、着飾ったホストよりも剣道着の先輩のほうが十倍、百倍、一千倍かっこいいもん。私にはホストは必要ない。
…あとで先輩の写真愛でて癒やされよう。
その後、夜の街に繰り出した私とナナはヤケ食いもとい、ヤケ牛丼をしに行った。そこはヤケ酒じゃないのかと思われるかもしれないけどさ、お金がボーンと飛んでったから金欠なんだよ…仕方ないでしょ。
牛丼美味しいなぁ。
ホストクラブで8千円使うより、居酒屋で好きなもの頼んで飲んだほうが有意義だったわ、畜生め!
おかしいな、紅生姜が目に染みるよ…
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「ねぇそこの君! たくさん稼げる方法があるんだけど、興味ない?」
スーツ姿の男は道を歩いていた見目のいい青年に声をかけると、言葉巧みに甘い話で誘いかけた。
「方法は簡単だよ。うちの店に女の子を連れて来て一緒にお酒を飲むだけ」
「ちゃんと研修もあるから、接客経験がなくても大丈夫! テスト前は休みを考慮するし…どう?」
何かと物入りの多い学生。そしてまだまだ経験が浅いがために人を簡単に信用してしまい、甘い話に引っかかる者が多い。スーツの男の話を真に受けた青年はその話に飛びついた。
キツい労働で少ない給料よりも、楽に大金を稼ぎたいと思うのは人の業なのであろう。
…それがたとえ、誰かを犠牲にしてしまう方法だとしても。
相手が是の返事をすると、男はニヤリとしてやったりな顔をして笑っていた。
■□■
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「あっ七緒ちゃん!」
友人のナナと駅まで一緒に帰っていた私だが、背後から元気よく友人の名が呼ばれたので、足を止めてほぼ同時に振り返った。
そこにいたのは1人の女子学生。クリーム色のフレアスカートに赤のカーディガンを肩に羽織っている、黒髪のボブカットヘアの女の子。普通にその辺にいそうな何の変哲もない女子である。
「ねぇねぇ七緒ちゃんに田端さん、今日飲みに行かない? 5千円で飲み放題食べ放題のいいお店があるの」
「…どうする? あやめ」
「うーん…」
彼女はナナが所属しているサークルのメンバーの幸本さん…どこの学部か忘れたけど、うちとは違う学部の人。私はナナを通じて何度か話した程度なので大して親しくはない。
5千円で飲み放題食べ放題ってお得なのかな? その金額あれば好きなもの頼むほうがいいと思うんだけど。
一瞬断ろうかなと思っていたが、ナナのサークルでの付き合いもあるだろうし、折角誘ってくれたんだ。それに今夜の予定は特にない。
「ナナが行きたいなら一緒に行くよ」
「そうだねぇ…」
「ね? 行こう行こう!」
まだ行くとは返事していないのだが、幸本さんはナナと私の腕に抱きつくと、そのままグイグイと強引にどこかへと連れて行く。
「ちょっと待って、まだ行くとは言ってないよ? そもそもどんな店なの?」
幸本さんてこんな強引な子だったっけ? 前はもっと大人しめの子で、こんな強引な印象はなかった。ある時期からお洒落をするようになって可愛くなったから、彼氏が出来て自信ついたのかな? と思ったこともあるけど、彼氏の話は全然聞かないし…
ナナが制止をかけているけども、幸本さんの足は立ち止まらない。大学を出て、電車に乗って…どんどん繁華街の方に近づいていく。
「すっごく楽しい所! きっと二人も気にいると思うな!」
キラキラした笑顔でそう言い切った幸本さんだが、飲食で楽しいところって…? その時はクラブとかカラオケのような賑やかなところにでも行くのだろうかと私は思っていた。
だけど、辿り着いた場所を見て愕然とした。
「楽しいところって…幸本さん…ここって…」
ネオンで輝く街の中の一角にある、とあるお店。看板にはNO.1なのかどうかは定かではないが、ド派手なお兄さんのキメ顔写真がデカデカと貼られていた。
この店はディープな大人の世界じゃ…成人とはいえ、親のすねをかじっている身分でこのような場所に行くなんてちょっと…
そもそも私には彼氏がいるからね。
「ちょっとちょっと千夏ちゃーん! お友達連れてきてくれたのー?」
「いらっしゃいどうぞどうぞ入って」
「いや、あの私は」
「千夏! これどういう事!?」
店の奥からゾロゾロとスーツの集団が現れてきて、私たちは完全に包囲されてしまった。私とナナはパニックである。
だってこの場所は、私の勘違いでなければホストクラブだったからだ。
「あのすみません! なにかの間違いです! 間違えました!」
「大丈夫~大丈夫~」
「離してください、私は帰ります!」
「新規2名様ご来店でーす!」
私達は踵を返してホストクラブから遠ざかろうとした。なんでホストクラブなんだよ! 飲み食べ放題って、居酒屋を連想するじゃん普通!
しかし退却しようにもホストに包囲され、店内に引きずり込まれ…意図もせずに私は魔窟に潜入してしまったのだ…だって怖くて声が出なかったんだよ…
「千夏のお友達可愛いねー同い年?」
「そう! 七緒ちゃんと田端さんっていうの!」
幸本さんはお目当てのホストの前で乙女な顔をしていらした。…見事溺れているね…学生なのになにしてんだこの人…ホスト遊びできる余裕あるほど実家お金持ちなの?
「なに飲む?」
馴れ馴れしく隣に座って来たホストにドリンクのメニューを見せられたが、そのどれもが、桁がおかしい。
バカじゃないの。こんな大金をしがない学生が支払えるわけがないでしょ。
「あの。5千円って聞いたんですけど、そこの所大丈夫ですか?」
「払えなくてもうちはツケがきくよ?」
質問に答えろよ。ツケるほど飲まないし、そもそも既に帰りたい。
「それをオーバーするなら何もいりませんし、私帰りたいんですけど」
「ちょっとまってよー。ノリ悪いなあ…俺と一緒に楽しく会話しよ?」
「……は?」
ダメだな。私こういうノリ苦手だわ。あいつ思い出す。高校時代の…乙女ゲームで一番チョロい攻略対象・生徒会会計の……
「あれっ!? アヤメちゃんこんな所でなにしてるの?」
「……何故ここにいる久松よ」
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久松は歳を重ねて多少は大人っぽくなっているが、あの頃と同じくチャラそうな雰囲気は健在である。その雰囲気と元々の甘めの美形の顔立ちのせいで、このホストクラブの中でも際立った存在に見える。
「何だよイチヤ、知り合い?」
イチヤ? …源氏名ってやつかな。
えぇぇ、コイツの家、資産家のはずなのになんでホストになってんの? 親はこの事を知っているのか?
なまじ似合ってるのが腹が立つ。コイツに対してときめいたりは絶対にしないけどさ。
「知り合いというか、高校の時の同級生で……アヤメちゃん、橘と別れちゃったの?」
「今でもラブラブだわ」
縁起でもないこと言うな!
ていうか私のことよりお前のことだ! 大学はどうした、何故ホストなんてしているんだ!
久松は私の隣に座っていたホストに断って席に座っていた。指名なんてしていませんが。
「じゃあなんでここに来たの?」
「…そこの子に、5千円で食べ飲み放題って言われた…」
なんか入店して10分も経ってないけどどっと疲れた…私は一体何をしているのだろうか…
「えぇ? うちの店高いんだから5千円で済むわけ無いじゃん。5千円じゃ2時間分のテーブルチャージ料だけで終わっちゃうよ?」
「…え?」
私がぽかんとした顔をすると、久松はヘラヘラと笑っていた。…この顔で世のお嬢さんや婦人たちを誑し込んでいるのか。
奴はそっと私の耳元に口を近づけてひそひそ話をするようにささやきかけてきた。
「だめだよぉ? よくわからないのに入店したらー。たかーい金額請求されちゃうんだから」
…どうやら私は金づるとして連れてこられたらしい。あと耳元で喋らないで欲しい。
「アヤメちゃんなに飲む?」
「…水でいい」
「えー飲まないのー?」
あー帰りたい。なんでこんな場所で貴重な5千円を失わないといけないんだ。ナナの友達だからと思っていたけど…そもそも友達の友達だから信用しないほうが良かったのかもしれない…
幸本さんは私とナナが浮かない表情をしているのに気づいていないのか、ホストと楽しそうに会話をしている。
ハマる人はハマると聞いたけど……こんな……
「…久松、あんたどうしてここで働いているの?」
「スカウトされたんだ。面白そうだからいいかなって。女とも知り合えるしね♪」
「あんた本当に本能に忠実だよね」
久松は相変わらず久松である。本当になにしてんだろうコイツも私も。
店内ではやかましいBGMが鳴り響いていた。男も女も酒に酔い、金の魔力に取り憑かれている様に見える。私はそんな中で真顔でミネラルウォーター(高い)を飲んでいたのでさぞかし浮いていることであろう。
先程久松は指名が入ったとかでどこかに消えていった。その代わりで入ったホストが横からなにか話しかけてくるけど全てスルーである。しきりに高い酒を注文させようとしたり、女を落とすテクニックで私を誑そうとしているが私には効かないよ。
私の彼氏様をお前ごときが超えられるとでも思っているのか?
この空気に酔ったのか……気分が悪くなってきた。ちょっと一人になりたい…
「…お手洗いはどこですか」
「ご案内いたします」
「いえ、場所さえ教えていただければ結構です」
トイレにまでついてこないでください。
教えられた場所に向かって用を済ませると、私は洗面所に映る自分の顔を見てため息を吐いた。
帰りたい。
どういう理由で帰ろうかなと考えながら、客席でホストをあしらっているであろうナナにスマホでメッセージを送った。「この場からどうやって帰る?」って。これに気づいてくれないかな。
これ以上ここに居てもいいことはないと思うんだ。久松の口ぶりだと5千円どころじゃなくてそれ以上請求されるかもしれないから、早々に退却を…
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外で会話をしている男たちが立ち去ったのを確認すると、私は早歩きで席に戻った。そしてナナに声をかける。
「ナナ、帰ろう!」
「え…あ、うん…」
元々長居したいとは思っていなかったのもあるだろうが、私の焦った様子にナナは目を丸くしていた。
近くに居たホストに会計をしてくれと頼むと「えーもう帰っちゃうの?」とか「連絡先教えてよ」と言われたが、とりあえず会計をしろと念押しする。連絡先は個人情報保護の観点から教えません。
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騙し討ちで連れてこられたとはいえ、見捨てるのは目覚めが悪い。だから彼女の腕を掴んで帰るように促したが、彼女はその手をバッと振り払った。
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ナナも流石に見逃せないようで、幸本さんに脅しとも取れそうな文句をつけていた。…幸本さんは私達を睨むだけで、何も言ってこなかった。
私達はふたり分支払いを済ませると、さっさとホストクラブを後にした。5千円と言っていたのに、よくわからないサービス料とか付いて1人8千円位請求された。滞在時間30分程度でこれか…! 高い勉強料と思うしかないの…?
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「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?
夕立悠理
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