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番外編
そして彼女は色々あった結果、幸せを見つけたのでした。【三人称視点】
しおりを挟む職場の女性社員によってセッティングされた場だが、真人と貴子のお見合いと言うよりも、一緒に着いてきた貴子の母親が積極的に真人に話しかけていた。
「お仕事は? まぁ、開発? 何を開発してるの? 飲料系…まぁ、あそこの! 私も主人もそこのお茶が好きで、よく頂いてます~」
「ありがとうございます」
世間で名の通った企業で勤めているとわかると貴子の母は食いついた。その露骨な食いつきっぷりが恥ずかしくて、貴子が「やめてよお母さん、ご迷惑でしょ」と止めていたが、母親の勢いは止まらない。
当の真人はというとヘラヘラ笑っていて、あまり気にしていないようである。
「大学から一人暮らししてたの? 家事はされるの?」
「簡単なことしか出来ませんけどね。家には寝るために帰っているようなものなので…ついつい手を抜いてしまいます」
真人は「お恥ずかしい」と謙遜するように呟いていたが、貴子の母の目はギラリと光った。
「この子はとってもお料理が得意なのよ。家事も手伝ってくれて、親の私が言うのはなんだけど本当に出来た娘なの」
「お母さん!」
母親の暴走に貴子は顔を赤くしたり青くしたりした。初対面の人間に対して何を言っているんだと焦って母親の口を塞ぐも、時既に遅し。
ゴリ押しされた真人は目を丸くしていた。ふと貴子と目が合うと、真人は困ったように微笑んだ。
2人はお試しでお付き合いをすることになった。お付き合いとは言っても友達同士で出かけるような感覚だったので、貴子も気が楽だった。
いつだって明るい時間に、人のいる場所へと出かけた。彼はがっつくこともなく、貴子を傷つける真似はしなかった。
真人が誠実な男性だとわかると貴子は自然と心許すようになった。
3ヶ月ほど穏やかな交際を続けていたが、貴子はなんだか物足りなくなってきた。なぜならいつだって真人は一定の距離で話すのだ。気のせいではなく、触られたこともないのだ。偶然互いの手が当たると真人に大げさに避けられてしまい、貴子は地味に傷ついた。
手がぶつかっただけじゃないか。そんな振り払わなくてもいいのにと貴子は悲しい気分になっていた。貴子が落ち込んでいることに気がついた真人は慌てて謝罪をした。
「ごめん、嫌だったわけじゃないんだ! おばちゃんから貴子さんは男性が苦手と聞いていたから気をつけていただけなんだ!」
真人は必死の形相でフォローしてきた。その慌てっぷりが可愛く見えて、貴子はキュンとした。
自分を怖がらせぬよう、触れないようにしてくれていたのかと驚きもあったが、なによりも大切にしてくれているその気持ちが嬉しかった。
今まで貴子の周りに群がってきた男たちは、大体が身勝手な欲望を発散するために、貴子を利用しようとしていたのだ。彼女はそれが怖くておぞましくて仕方がなかった。
だけど彼は違うのだと改めて感じた。
もっと彼と親しくなりたいと思った貴子は今までの自分では考えられないような行動に出ることにした。彼ともっと親しくなるために、仕事後の夜のデートをねだったのだ。
その日は金曜の夜で、いつもは帰る時間が遅い真人も業務量を調節して、20時には迎えに来てくれると約束してくれた。
貴子はその日の業務を終えると、デート用の洋服に着替えて念入りにお化粧直しをした。
「貴子ちゃん最近キレイになったよね。元々美人だけどー」
「主任が紹介してくれた男の子とデートなんでしょ~」
「そうなんです。彼は奥手だから、私が頑張ろうと思って」
「なんだとーけしからんなぁ」
先輩や同僚に冷やかされながら支度を終えると、ちょうどいい時間になったので貴子は会社を出た。
今日は初めて彼の車に乗れるのだ。しかも夜デート。この間は手をつなぐことに成功した。今日は更に仲良くなれるかもと貴子ははしゃいでいた。
貴子自身、自分のはしゃぎっぷりは中高生の女子のノリのような気がしてはいたが、今まで貴子は男運がなかった。恋愛らしい恋愛をしたことがなかった。正に今、遅咲きの青春を味わっているような心境なのであろう。
貴子は目の前で行き交う車を歩道から眺めながら、彼のお迎えを待っていた。待ち合わせ時間まであと5分。
「樋口さん」
浮かれている彼女に声を掛けてくる人物がいた。貴子はその人物を見た瞬間、今までのウキウキ気分が消えて無くなった気分になってしまった。
「…最近色気づいてきたねぇ? 樋口さん」
「…部長…どうも、お疲れ様でした」
相手は幾度となく貴子を食事に誘おうとしたり、セクハラ発言・行為をして来ることのある上司であった。
この人は既婚者で、高校生と中学生の娘さんがいるというのに、二回り近く年の離れた自分をそういう対象で見ているという事に貴子はひどい嫌悪感を抱いていた。
「相手、何歳だっけ?」
「…27歳ですけど」
「樋口さんには子供過ぎない? だって樋口さん男性経験ないでしょ? 俺だったらリードしてあげられるのに。男は脂が乗った年齢からが旨味が出てくるんだよ? …考え直しなよ」
職場の上司だからこそ今まで流してきたが、決して平気なわけではない。
しかし、立場の弱い貴子はただひたすら我慢するしか出来ないのだ。社会では未だに女性の立場は弱いすぎる…
だけど彼を貶すのなら、黙ってはいられない。
「…彼はとても誠実で素敵な人です。ご心配いただかなくても結構です」
「…あのさぁ、前から思っていたけど、樋口さん可愛げがないから。女はニコニコ愛想よくするに越したことないよ? …今はさぁ、若くてピチピチだから持て囃されてるけど…年取れば年増扱いなんだし?」
「…それは失礼致しました」
いつもこの上司はこうだ。貴子が反論したり、あしらったりするとこうして上から目線で攻撃してくる。こうすれば貴子が降伏するとでも思っているようである。
冗談じゃない。例え会社での立場が悪くなろうとも、この上司に屈するつもりはない!
貴子は上司に反抗しようと口を開いた。
「あのっ」
「…彼女を何だと思っているんですか。人様の娘さんなんですよ。その発言はあまりにも失礼です。女性を若さでしか見てないような口ぶりですが、ご自身はいくつになっても若い女性に相手してもらえるとでもお思いですか? それは…あまりにも傲慢なお考えですね」
ギュッと拳をきつく握りしめた貴子を庇うようにして、前に誰かが割って入った。相手の背広の色が貴子の視界に広がる。
貴子は今までの会話のやり取りをすべて聞かれていたのだろうかと焦った。彼には知られたくなかった。こんな…
「…あなたには奥さんと子供いるんじゃないですか? 同じようにお子さんが不倫強要されてたらどう思います? そもそも、若い子に交際を強要しようとして恥ずかしくないんですか?」
「な、何だ君は…!」
「…私、こういうものです」
真人は背広のポケットから名刺ケースを取り出すと、貴子の上司に差し出した。それを引ったくるように取り上げた上司は名刺の文字を目で追って……ドンドン顔色が悪くなっていった。
「あ、いや、これは…」
「会社のネームが大きいだけで、自分が偉いわけじゃないんでご心配なく。今後の取引に不利な条件をつけるような事はいたしません…自分、営業の人間じゃないですし。ですけど、以後貴子さんにつきまといなどの行為はなさらないでください。今度同じことがあったら出るとこ出ますよ」
先程までの高圧的な態度はどこへ行ったのか、上司は怯えた様子でバタバタと逃げていった。その無様な姿を呆然と眺めていた貴子だったが、真人が振り返って困ったような、情けない顔をしていた。
「会社の名前見せたら怖がらせちゃった…会社の威光で勝つみたいで…ダサい所見せちゃったな」
貴子の会社と真人の会社は重要な取引相手だったのだ。ネームバリューが大きいのは後者の会社の方。
相手方の不興を買えば、自分のクビが飛ぶとあの上司が勝手に誤解して怖がって逃げただけである。
「格好良く助けたかったんだけどね~」
真人は後頭部を掻きながら苦笑いしていた。
なにを言っているの。十分かっこよかったというのに。…とても嬉しかった。
貴子は思わず、真人の胸に飛び込んだ。真人が狼狽えているのはわかっていたが、貴子は彼に抱きついたまましばらく離れなかった。
貴子はその時思ったのだ。
この人しかいない。と。
彼らは1年ほど交際をした後に結婚した。その後貴子は、第一子妊娠発覚と共に会社を退社した。
真人とお見合いで出会った時に、貴子の母親は何かを感じていた。なので引っ込み思案の娘に代わって攻めていたらしい。
田端真人という人間は健康で、程よく真面目。暴力・ギャンブルや女問題はなく、嗜み程度で酒を飲む程度。
趣味はといえば、休日に散歩がてら食べ歩きする程度。真人は三男なのでそこまで重圧もない。
性格は温和で、文句言わずになんでも美味しそうに食べ、すやすや眠って、翌日元気よく仕事に出かけていく。
そんな真人を絶対に逃がすな、結婚に持ち込めと貴子の母親は娘にプレッシャーを与えていたのだ。肉食女子ならぬ肉食母の後押しもあって、事を運ぶ事ができた。
子供が生まれてから真人は子煩悩になった。仕事から帰宅したら、寝ている子どもたちの顔を眺めて、ニコニコ幸せそうに夕飯を食べていた。そんな夫の姿を見ると貴子も幸せな気分になれた。
そんな些細なことが貴子は幸せだと感じていた。
真人の隣だと貴子は楽に呼吸が出来た。肩の力を抜けたのだ。
多分彼が貴子を外見だけで見ないで、中身をちゃんと見てくれているからだろう。そしていつも穏やかでいてくれるから、貴子も穏やかな気分でいられるのであろう。
貴子はそんな真人に感化されて、背中を丸めて生きるのを止めたのだ。
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