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番外編
私達の気持ちはひとつ
しおりを挟む「あなたが田端あやめさん? 単刀直入にいいますけど、亮介さんと別れてくれませんか?」
抹茶パフェに添えられた白玉を頬張った瞬間に現れ、自己紹介もなしに言われた言葉に私は白玉を噛まずに飲み込みそうになった。
「私は平野仁奈。先日亮介さんとお見合いしました」
「……」
「あなたがいると話が進まないの。彼と別れてちょうだい」
え、ごめんけど…どこで私が交際相手だって漏れたの。どこで調べたの?
私はモッチャモッチャと白玉を咀嚼しながら相手を見上げる。なんなの、このお店に入るのに1時間待ってようやくありつけた期間限定抹茶パフェだってのに。
「ちょっと、人が話をしているのにものを食べるだなんて失礼だと思わないの!?」
そんな事言われても。食べてるときに声を掛けてきたのはそちらではないか。口に入ってたんだから仕方ないだろう。
そもそも彼女はどうしてこの場所を探し当てたんだ。国家権力の力を使って私の行動範囲を監視しているのか? なにそれ怖い……
「…別れません。なのでお断りします」
「なんですって? …いいの? うちのパパ、亮介さんのお父様の先輩に当たるのよ? 亮介さんの将来だってこちらの手のひらで転がせるのに」
つまり人事権があるというわけか。
将来のことって、配置先を左遷させるとかそういうこと? そんな脅ししても大丈夫なのかな。……こんな人がたくさんいる場所で。
「……橘さんとあやめさんは将来を誓いあった恋人同士。横恋慕など野暮ってものでは?」
コホン、と軽く咳払いした雅ちゃんが口を挟んできた。実はここにいるのは私だけではない。雅ちゃんもここにいたのだ。
現在私は雅ちゃんとのお茶中なのだ。
つい先程、彼氏がお見合いみたいなことをしていたのを目撃したのだと相談していた矢先にこれである。
「あなたっ…小石川さん…!?」
「今は姓が変わって伊達になりましたの」
そうなのだ。雅ちゃんは短大卒業後、家の人が決めた婚約者と結婚した。いわゆる新婚ホヤホヤ若奥様だ。私は結婚式にも招待されたんだぞ!
雅ちゃんの結婚相手が少々…とても気に入らないけど家同士の結婚だから仕方ないってことで、祝福しておいた。
新郎はせいぜい雅ちゃんの尻に敷かれたらいいと思う。
雅ちゃんの結婚しました宣言に平野さんはぐっと息を飲んでいた。
この人結婚に重きを置いている人なのかな。聖ニコラ女学院が花嫁育成学校みたいな部分があるから、あそこの卒業生は結婚するのが早いのかも。同級生の度重なる結婚ラッシュに平野さんは焦っているのか?
……だとしても人の彼氏を奪おうとしないでほしいんだけど、私の彼氏様は結婚するための道具じゃないんだぞ。
雅ちゃんは飲んでいたお抹茶をそっとテーブルに置くと、ふぅ、とため息を吐いていた。そのちょっとした仕草から、人妻の色気みたいなものが出てきて……おのれ、伊達め…! とここにはいない雅ちゃんの旦那(認めたくない)に怨嗟を送ってしまうのは、私が雅ちゃんファンクラブ名誉会長であるが故だと思う。
あぁでも雅ちゃん美しい…いつの間にこんな綺麗な大人の女性になったんだ…まるで子供の成長に喜びながらも寂しく感じる親の気分である。
「二人の仲の良さをご存じないので? 勝ち目はありませんわよ。だいたい父親の力を使って圧力かけるのは関心いたしません」
雅ちゃんは落ち着いて諭すように注意していた。この2人同学年なんだよね? 同じ年なのに雅ちゃんのほうが年上に見える。平野さんのノリが女子高生のノリに見えるぞ。
「なによっ…! 知ってるの!? 警察学校に入ってる人って恋人と別れる可能性が高いのよ。……警察学校にも女はいるんだからね。浮気されてなければいいけどね!」
そう叫ぶと、平野さんは店を飛び出していった。店員さんやお客さんがなにあれ、と目で追っている。私も同じ気持ちである。
「気にする必要はありませんよ、あやめさん。ただの遠吠えです」
「うん…」
遠距離恋愛が難しいことはわかっていたよ。それに警察学校という半閉鎖空間では別の女性にくらっとするんじゃないかって考えたこともある。
だけどそれは覚悟の上なのだ。高校生の時に先輩に恋をしたときから私は彼の夢を応援し続けてきたのだ。ここで私が騒いだらきっと先輩を困らせるし、先輩の夢の妨げになる。
今はいちばん大変な時期なんだ。私はどんと構えて待っていなければ。
大丈夫、きっと大丈夫。
今のこの瞬間も先輩は夢のために頑張っているはず。
私は彼を待てる。大丈夫だ
私の心の奥底でくすぶる不安を見ないふりして、私は笑顔を作ってパフェを食べることに専念した。
だけど、もしもお父様や先輩の警察官人生に影が差すことがあったらどうしよう?
あの2人なら不誠実な選択をしないとわかっているけど、もしもそのせいで理不尽な目に遭ったらと私の中で不安が大きくなっていった。
■□■
【♪♪♪…】
「!」
家で就活で使う書類の整理をしていると、スマホの着信音が鳴った。
企業からの電話? 否。この音は1人だけに設定している音だ。私は素早く電話をとった。
「もしもしっ」
『…あやめ? 今少し時間あるか?』
「もちろんです!」
『あまり長くは会話できないが……お前の声が聞きたくなったんだ』
先輩だ。先輩の声だ。
おかしいな、この間出歯亀したときに聞いたはずなのに、電話越しの声のほうが嬉しいだなんて。
我慢して蓋をしていた会いたい気持ちが溢れてきそうになった。
「先輩、身体は大丈夫ですか? きつくないですか?」
メールの文面でいつも問いかける質問だ。だけど決まって先輩は「大丈夫、心配するな」って返すんだ。電話でも同じことを言うんだろうなと思っていた。
『……警察学校は想像してたよりしんどいかな…』
だけど予想とは外れて、先輩の口から漏れ出たのは弱音だった。ボソリと呟かれたその言葉。
先輩が弱音を吐くことが珍しすぎて私は声が出なかった。だけどあの先輩がついポロッと漏れ出てしまうほど、きついのだろう。
「先輩…」
『辛いこともあるけど、制服を着た自分を鏡で見ると不思議と頑張ろうって気分になるよ』
私は彼になんと言葉をかけたらいいのかわからなくて、まごついていた。気の利く言葉をかけてあげたいのにこんなときに出てこない…!
『…声聞くとダメだな……会いたくなってくる』
「先輩っ…私も、私もです。早く会いたいです」
先輩の声はこんなにも近いのに、今は遠く離れた場所にいる。だけど私と彼の気持ちは同じだった。それが嬉しくて、同時に会いたいのに会えない苦しみに胸がグチャグチャになってしまいそうだった。
『あやめは最近どうだ? 無理していないか?』
「日々就活頑張ってますよ! この間もYホテルの合同会社説明会にていろんな企業から声を掛けていただいて…」
『Yホテル…?』
先輩の訝しむ声。私はハッとした。
例のお見合い場所だったな、そういえば!
『そうか、あそこにいたのか…それならあやめと会いたかったな』
電話口の先輩が苦笑い気味に笑う気配がした。
本当は会ってるんですよ。観葉植物越しに私はいたんですよと言いたかったが、かっこ悪いので止めとこう。
──もしかしたら、あの平野さんと結婚したら先輩は出世したかもしれない。お父様も同様に。
だけどそれを断ってでも私を選んでくれたんだ。…彼を信じなくては。
「先輩、今度会えたらたくさんイチャイチャしましょうね…」
『…余計に会いたくなるから電話で言うのやめろ』
「じゃあメールで言います…沢山言います」
『お前な…』
焦れてる様子の先輩が可愛くて私が小さく笑うと、『覚えてろよ』と宣戦布告みたいなこと言われた。
たかが数ヶ月、されど数ヶ月。
長い、私と先輩にとっては長すぎる半年間だ。ジワリと目頭が熱くなったが、私は深呼吸してそれをこらえた。
もうちょっと、もうちょっとの辛抱だ。
離れた場所で先輩は頑張ってる。
……私も頑張ろう。
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