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番外編
未来の婿舅問題はどこまでも続く。
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あやめ大学4年生婚約~少し未来の話
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そうそう。面接で橘君の次男坊と会ったよ。君にそっくりだった」
上司にその話を持ちかけられた橘裕亮はピクリとわかりやすく反応していた。
彼の2番目の息子は最近まで警察学校にて訓練を受けていた。まだ辞令は出ていないが、これから警察官として世に出るのだ。父と同じ道を選んだ息子の話に反応しないわけがない。
「面接定番のあの質問をしたら、きっぱりと別れません、彼女はずっと自分の夢を応援してくれているんで、彼女と一緒になれない未来など考えられませんと返ってきた。いっそ清々しかったよ」
定番の質問というのは【恋人の有無、上からの命令で別れられるか】という、覚悟を揺さぶるような問いである。
今の時代その質問をしたらセクハラとか圧迫だとかクレームの嵐であろうが、警察は国家権力だ。国の元働く使命があるので、その質問はせざるを得ない。将来の結婚相手にもそれ相応の覚悟をしてもらう必要があるのだ。なぜなら、いつ危険な目にあうかわからない職業だからである。
その話を聞いた裕亮は目元を緩めていた。息子なら大丈夫と考えていたが、やはり心配してしまうのが親のサガなのだろう。
「…そうなんです。息子とその彼女は親の私から見ても仲睦まじくて。…ほんとにいい娘さんで、息子にはもったいないくらい。息子の彼女が遊びに来ると家の中がにぎやかになるんですよ」
この間もサークルで作ったというパンを差し入れに来てくれたんですけど、妻が私の分まで食べてしまったんです。妻は完全に胃袋を掴まれていますよ。と苦笑い気味に話す裕亮の話に上司の男性はハハハ、と軽く笑っていた。
「間接的に惚気けられたなこりゃ。この様子なら嫁姑舅問題は大丈夫そうだな」
上司の言葉に裕亮は真顔に戻った。
傍から見たらそう見えるだろう。
だけどそれだけではないのだ。
「…なんですけど、あちらのお父さんがなかなかの強敵でして」
「あぁ…よくある話だな」
相手方には娘を溺愛する父親がいるのだ。歩み寄ろうとして数年。少しは仲良くなれたかな? と思えば娘愛をこじらせた田端氏は裕亮の息子・亮介を馬の骨扱いにする。
本人曰く彼を認めたいけど、認めたくない複雑な親父心らしい。
「今度婚約のお願いの挨拶に行くそうなので……どうなることやら…」
それは完全なるフラグ建設である。
いざとなれば自分も一緒に頭を下げる覚悟だけど、どうなるかはわからないと同氏はつぶやいていた。
■■■■■
「久しぶりねぇ亮介君、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
母さんが先輩の前に冷たいお茶を出すと、先輩が頭を下げてお礼を言っていた。見慣れた光景のはずだけど、先輩がうちに来たのが久々すぎてなんだか物珍しく感じる。
今日、我が家に先輩がやってきたのは大切なお話があるからだ。
ここでお話をして両親から許しを得たら、私もあちらへ出向いて、橘家の皆さんに改めて挨拶をする予定なのだが……
母さんには前もって、彼からプロポーズされたことを話しておいたし、今日も婚約のお願いで先輩が来るって伝えておいた。
──父さんは母さんから話を聞かされているはずなのだが……先輩が久々に家へ来るとわかっていたはずなのに、あの恥ずかしいTシャツ姿でソファに座って不機嫌モードである。
父が未だに愛用している私と柴犬マロンちゃんツーショットTシャツ。いつも着用しているので先輩も見慣れている風だけど、こんな時くらいちゃんとした格好でいてほしかった。いっそ仕事スタイルで構わないから。
だけど何を言っても父は着替えてくれなかったので諦めた。
「皆さんお元気そうで良かったです」
「亮介君も。警察学校って厳しくて大変なんでしょう? 本当にお疲れ様」
先輩と母さんがほんわかと会話をしている間も、我が父は無言だった。先輩をじっと見つめている。その視線の圧力に気づいた先輩は苦笑い気味に笑顔を向けるも、父さんは渋い顔をしていた。
先輩は私とお付き合いを初めて以降、父さんと仲良くしようと涙ぐましい努力をしてきた。だけどなにが面白くないのか、父はそんな先輩を邪険に扱う。
ちょっと仲良くなったかな? と思ったら、また元通りになっているのだ。攻略難易度の高い父はきっと、乙女ゲーム上での最難関・眞田先生よりも攻略が難しいであろう。
「せっかくのお休みにお邪魔してすみません。今日はお願いがあって伺いました」
父がこんな様子で話題が盛り上がることもなかったので、先輩は早速本題に入った。
「僕とあやめさんとの婚約を許していただきたいんです」
「嫌だっ」
即答である。
先輩は予想していたのか「ですよね」と言いたげな顔をしている。
「なんてことを言うのお父さん! 亮介君はけじめとして挨拶に来てくれたのに! それに婚約の挨拶なのよ?」
「こんなに早く嫁に出すとか、考えてなかった! 辛い、耐えられない!」
「私もう22歳なんですけど!?」
私はすでに立派な成人で来年から社会人になるのだ。早いもなにもないだろう。
「…お義父さん」
「お義父さんって呼ばないでよぉぉ! 俺の息子は和真だけですぅ!」
先輩の呼びかけにも子どもみたいな返しをしている我が父はアラフィフである。恥ずかしいの一言しか出てこない。
「すぐにってわけじゃないんです。これからお互いに忙しくなりますし、あやめさんも春から就職します。環境がある程度落ち着くまで待ってもらうことになるんです。けじめとして挨拶に伺っただけで」
フォローってわけじゃないが、すぐさま嫁に行くわけではないと先輩が説明すると、父さんは涙目で先輩を睨みつけていた。
「婚約は結婚の約束って意味じゃないの! お父さんからしたら同じことなの! あーちゃんはうちの子なのにぃ」
「あやめは亮介君と世帯を持って家族になるのよ。悲しいことじゃないわ、おめでたいことなのよ?」
「あーちゃんはずっとお父さんと暮らすのにィィ…」
まだ具体的な話はしてないのに、もう結婚式当日みたいなリアクションで咽び泣く我が父。…とても恥ずかしい。
先輩のお父様のほうがいくつか年上とはいえ、同じ子持ちの世代。なのにどうしてこうも差が生まれるのか。
「お願いします、お義父さん。僕にはあやめさんが必要なんです。必ず幸せにします」
先輩は土下座する勢いで頭を下げている。だけど父さんはメソメソしながら「あげないっ」と大人げないことを言っている。
「父さん…私からもお願い」
「やです! 許してあげません!」
私からもお願いしようと一緒に頭を下げたのだが、父さんはぷんっと顔を背けてこれ以上の対話を拒否した。
その後の話は一方通行。私や母さんが窘めても、父さんは不貞腐れるのみ。
これ以上の進展を望めないと判断した先輩はがっくり項垂れ、「また日を改めてご挨拶に伺います」と話を切り上げた。
それを聞いた父さんは少しだけ気まずそうな顔をしていた。母さんは父さんの考えなどお見通しなのか、呆れた様子でため息を吐いていた。
「あのねぇ、子どもはいつか巣立つものなのよ? 和真だって結婚したらお嫁さんと一緒に暮らすことになるんだから」
よほどの事情がなければ同居はないだろう。和真だって、別の土地に就職する可能性もある。
それに私も就職を機に一人暮らしを考えているもの。…過保護な父がそれを許すかは別として。
「私がいるじゃないの。寂しくないでしょう?」
母さんの男前な発言に父さんは黙り込んでいた。
四人で住んでいるこの家から私と和真がいなくなると寂しいと感じるかもしれないが、父さんには母さんがいる。
それに私達だって二度と会えなくなるわけじゃない。たまに遊びに行くし、連絡だってするよ?
「ごめんね、亮介君。お父さんは天の邪鬼でこんな事言ってるけど、亮介君のことを嫌っているわけじゃないのよ。ただ寂しがっているだけなの」
そういうと、母さんは父さんに代わって頭を下げていた。
「亮介君、こちらこそあやめのことを末永くよろしくおねがいします」
「…はい」
母さんが認めてくれたことで、先輩の緊張が少し解けたのか、安心したふうに笑っていた。先輩は母さんに気に入られているからな。母さんが味方なら心強い。
「お父さんの言っていることはただの娘離れ出来ていない父親のたわ言だと思って。……それでねぇ亮介君、私のこともお義母さんって呼んでみてくれない?」
母さんにそうお願いされると先輩は照れた様子で黙り込んでいた。先程父さんに拒否られていたので、改めて呼ぶように促されると恥ずかしいらしい。
だけどそうだ、結婚というのはお互いの家のつながり。橘家の皆さんも私の家族になるのだ。そして先輩は私の夫、旦那様だ。なんて素敵な響きなのだろうか……
そしたら私も呼び方変えたほうがいいのかな? ずっと先輩呼びなのはちょっとアレだよね。
「あ、あなた……なーんて…」
心の中でつぶやいたつもりが、口から出ていた。
両親と先輩の視線が私に集中する。…なんだか急に恥ずかしくなってしまったので、先輩の腕を叩いて誤魔化しておいた。
何故自分が叩かれたのか意味がわかっていない先輩に目で訴えられたが、私はペシペシと先輩の腕を叩き続けることで恥ずかしさを発散していた。
「ちょっと待って!? おじさんはまだ認めたわけじゃないんだよ!? 勘違いしないでよね!」
ひとり蚊帳の外状態の父さんの我慢の限界を迎えたようで、先輩に向かって吠えていたが、急なツンデレ発言に先輩はどう反応していいかわからないといった顔をしていた。
お百度参りならぬ、田端家参りが先輩の日課となったのはこの日からだ。
3歩進んで2歩下がる。思い通りには進まない我が父の説得には、正式に結婚する時まで悪戦苦闘することになる。
■□■
──私が橘あやめになる日、やっぱり父さんは顔を真っ赤にしてグシャグシャに泣いていた。
いつもならそんな父さんを見て呆れるはずの私までつられて泣いてしまって、綺麗に施された化粧が少し崩れてしまったのは言うまでもない。
好きな人との結婚は嬉しい。
同時に生まれた家や両親から引き離されるような感触がして、寂しくて切なかった。
父さん、母さん、私をここまで育ててくれてありがとう。
私は田端家を離れるけどこれからも変わらず2人の娘です。
だから見守っていてね。
あやめは幸せになってきます。
「──長いこと待たせてしまったな」
袴姿の新郎からそう声を掛けられた私は軽く笑ってしまった。
「…何を言っているんですか。私は待っているつもりなんてありませんでしたよ。……だってずっと楽しかったんですから」
交際期間も、婚約期間も山あり谷ありで退屈することなかった。どんな場面でもあなたと一緒だったから楽しかったですよと告げると、彼はなにか眩しいものを見るかのように目を眇めていた。
「……あやめ、俺がしわくちゃの爺さんになってもずっとそばに居てくれるか?」
何を今更なことを。
私は握られた手をしっかり握り返した。
「…はい、しわくちゃのおばあちゃんの私で良ければ、ずっとあなたのそばにいますよ」
何度だって返します。
私達にだけわかる、誓いの言葉を。
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「そうそう。面接で橘君の次男坊と会ったよ。君にそっくりだった」
上司にその話を持ちかけられた橘裕亮はピクリとわかりやすく反応していた。
彼の2番目の息子は最近まで警察学校にて訓練を受けていた。まだ辞令は出ていないが、これから警察官として世に出るのだ。父と同じ道を選んだ息子の話に反応しないわけがない。
「面接定番のあの質問をしたら、きっぱりと別れません、彼女はずっと自分の夢を応援してくれているんで、彼女と一緒になれない未来など考えられませんと返ってきた。いっそ清々しかったよ」
定番の質問というのは【恋人の有無、上からの命令で別れられるか】という、覚悟を揺さぶるような問いである。
今の時代その質問をしたらセクハラとか圧迫だとかクレームの嵐であろうが、警察は国家権力だ。国の元働く使命があるので、その質問はせざるを得ない。将来の結婚相手にもそれ相応の覚悟をしてもらう必要があるのだ。なぜなら、いつ危険な目にあうかわからない職業だからである。
その話を聞いた裕亮は目元を緩めていた。息子なら大丈夫と考えていたが、やはり心配してしまうのが親のサガなのだろう。
「…そうなんです。息子とその彼女は親の私から見ても仲睦まじくて。…ほんとにいい娘さんで、息子にはもったいないくらい。息子の彼女が遊びに来ると家の中がにぎやかになるんですよ」
この間もサークルで作ったというパンを差し入れに来てくれたんですけど、妻が私の分まで食べてしまったんです。妻は完全に胃袋を掴まれていますよ。と苦笑い気味に話す裕亮の話に上司の男性はハハハ、と軽く笑っていた。
「間接的に惚気けられたなこりゃ。この様子なら嫁姑舅問題は大丈夫そうだな」
上司の言葉に裕亮は真顔に戻った。
傍から見たらそう見えるだろう。
だけどそれだけではないのだ。
「…なんですけど、あちらのお父さんがなかなかの強敵でして」
「あぁ…よくある話だな」
相手方には娘を溺愛する父親がいるのだ。歩み寄ろうとして数年。少しは仲良くなれたかな? と思えば娘愛をこじらせた田端氏は裕亮の息子・亮介を馬の骨扱いにする。
本人曰く彼を認めたいけど、認めたくない複雑な親父心らしい。
「今度婚約のお願いの挨拶に行くそうなので……どうなることやら…」
それは完全なるフラグ建設である。
いざとなれば自分も一緒に頭を下げる覚悟だけど、どうなるかはわからないと同氏はつぶやいていた。
■■■■■
「久しぶりねぇ亮介君、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
母さんが先輩の前に冷たいお茶を出すと、先輩が頭を下げてお礼を言っていた。見慣れた光景のはずだけど、先輩がうちに来たのが久々すぎてなんだか物珍しく感じる。
今日、我が家に先輩がやってきたのは大切なお話があるからだ。
ここでお話をして両親から許しを得たら、私もあちらへ出向いて、橘家の皆さんに改めて挨拶をする予定なのだが……
母さんには前もって、彼からプロポーズされたことを話しておいたし、今日も婚約のお願いで先輩が来るって伝えておいた。
──父さんは母さんから話を聞かされているはずなのだが……先輩が久々に家へ来るとわかっていたはずなのに、あの恥ずかしいTシャツ姿でソファに座って不機嫌モードである。
父が未だに愛用している私と柴犬マロンちゃんツーショットTシャツ。いつも着用しているので先輩も見慣れている風だけど、こんな時くらいちゃんとした格好でいてほしかった。いっそ仕事スタイルで構わないから。
だけど何を言っても父は着替えてくれなかったので諦めた。
「皆さんお元気そうで良かったです」
「亮介君も。警察学校って厳しくて大変なんでしょう? 本当にお疲れ様」
先輩と母さんがほんわかと会話をしている間も、我が父は無言だった。先輩をじっと見つめている。その視線の圧力に気づいた先輩は苦笑い気味に笑顔を向けるも、父さんは渋い顔をしていた。
先輩は私とお付き合いを初めて以降、父さんと仲良くしようと涙ぐましい努力をしてきた。だけどなにが面白くないのか、父はそんな先輩を邪険に扱う。
ちょっと仲良くなったかな? と思ったら、また元通りになっているのだ。攻略難易度の高い父はきっと、乙女ゲーム上での最難関・眞田先生よりも攻略が難しいであろう。
「せっかくのお休みにお邪魔してすみません。今日はお願いがあって伺いました」
父がこんな様子で話題が盛り上がることもなかったので、先輩は早速本題に入った。
「僕とあやめさんとの婚約を許していただきたいんです」
「嫌だっ」
即答である。
先輩は予想していたのか「ですよね」と言いたげな顔をしている。
「なんてことを言うのお父さん! 亮介君はけじめとして挨拶に来てくれたのに! それに婚約の挨拶なのよ?」
「こんなに早く嫁に出すとか、考えてなかった! 辛い、耐えられない!」
「私もう22歳なんですけど!?」
私はすでに立派な成人で来年から社会人になるのだ。早いもなにもないだろう。
「…お義父さん」
「お義父さんって呼ばないでよぉぉ! 俺の息子は和真だけですぅ!」
先輩の呼びかけにも子どもみたいな返しをしている我が父はアラフィフである。恥ずかしいの一言しか出てこない。
「すぐにってわけじゃないんです。これからお互いに忙しくなりますし、あやめさんも春から就職します。環境がある程度落ち着くまで待ってもらうことになるんです。けじめとして挨拶に伺っただけで」
フォローってわけじゃないが、すぐさま嫁に行くわけではないと先輩が説明すると、父さんは涙目で先輩を睨みつけていた。
「婚約は結婚の約束って意味じゃないの! お父さんからしたら同じことなの! あーちゃんはうちの子なのにぃ」
「あやめは亮介君と世帯を持って家族になるのよ。悲しいことじゃないわ、おめでたいことなのよ?」
「あーちゃんはずっとお父さんと暮らすのにィィ…」
まだ具体的な話はしてないのに、もう結婚式当日みたいなリアクションで咽び泣く我が父。…とても恥ずかしい。
先輩のお父様のほうがいくつか年上とはいえ、同じ子持ちの世代。なのにどうしてこうも差が生まれるのか。
「お願いします、お義父さん。僕にはあやめさんが必要なんです。必ず幸せにします」
先輩は土下座する勢いで頭を下げている。だけど父さんはメソメソしながら「あげないっ」と大人げないことを言っている。
「父さん…私からもお願い」
「やです! 許してあげません!」
私からもお願いしようと一緒に頭を下げたのだが、父さんはぷんっと顔を背けてこれ以上の対話を拒否した。
その後の話は一方通行。私や母さんが窘めても、父さんは不貞腐れるのみ。
これ以上の進展を望めないと判断した先輩はがっくり項垂れ、「また日を改めてご挨拶に伺います」と話を切り上げた。
それを聞いた父さんは少しだけ気まずそうな顔をしていた。母さんは父さんの考えなどお見通しなのか、呆れた様子でため息を吐いていた。
「あのねぇ、子どもはいつか巣立つものなのよ? 和真だって結婚したらお嫁さんと一緒に暮らすことになるんだから」
よほどの事情がなければ同居はないだろう。和真だって、別の土地に就職する可能性もある。
それに私も就職を機に一人暮らしを考えているもの。…過保護な父がそれを許すかは別として。
「私がいるじゃないの。寂しくないでしょう?」
母さんの男前な発言に父さんは黙り込んでいた。
四人で住んでいるこの家から私と和真がいなくなると寂しいと感じるかもしれないが、父さんには母さんがいる。
それに私達だって二度と会えなくなるわけじゃない。たまに遊びに行くし、連絡だってするよ?
「ごめんね、亮介君。お父さんは天の邪鬼でこんな事言ってるけど、亮介君のことを嫌っているわけじゃないのよ。ただ寂しがっているだけなの」
そういうと、母さんは父さんに代わって頭を下げていた。
「亮介君、こちらこそあやめのことを末永くよろしくおねがいします」
「…はい」
母さんが認めてくれたことで、先輩の緊張が少し解けたのか、安心したふうに笑っていた。先輩は母さんに気に入られているからな。母さんが味方なら心強い。
「お父さんの言っていることはただの娘離れ出来ていない父親のたわ言だと思って。……それでねぇ亮介君、私のこともお義母さんって呼んでみてくれない?」
母さんにそうお願いされると先輩は照れた様子で黙り込んでいた。先程父さんに拒否られていたので、改めて呼ぶように促されると恥ずかしいらしい。
だけどそうだ、結婚というのはお互いの家のつながり。橘家の皆さんも私の家族になるのだ。そして先輩は私の夫、旦那様だ。なんて素敵な響きなのだろうか……
そしたら私も呼び方変えたほうがいいのかな? ずっと先輩呼びなのはちょっとアレだよね。
「あ、あなた……なーんて…」
心の中でつぶやいたつもりが、口から出ていた。
両親と先輩の視線が私に集中する。…なんだか急に恥ずかしくなってしまったので、先輩の腕を叩いて誤魔化しておいた。
何故自分が叩かれたのか意味がわかっていない先輩に目で訴えられたが、私はペシペシと先輩の腕を叩き続けることで恥ずかしさを発散していた。
「ちょっと待って!? おじさんはまだ認めたわけじゃないんだよ!? 勘違いしないでよね!」
ひとり蚊帳の外状態の父さんの我慢の限界を迎えたようで、先輩に向かって吠えていたが、急なツンデレ発言に先輩はどう反応していいかわからないといった顔をしていた。
お百度参りならぬ、田端家参りが先輩の日課となったのはこの日からだ。
3歩進んで2歩下がる。思い通りには進まない我が父の説得には、正式に結婚する時まで悪戦苦闘することになる。
■□■
──私が橘あやめになる日、やっぱり父さんは顔を真っ赤にしてグシャグシャに泣いていた。
いつもならそんな父さんを見て呆れるはずの私までつられて泣いてしまって、綺麗に施された化粧が少し崩れてしまったのは言うまでもない。
好きな人との結婚は嬉しい。
同時に生まれた家や両親から引き離されるような感触がして、寂しくて切なかった。
父さん、母さん、私をここまで育ててくれてありがとう。
私は田端家を離れるけどこれからも変わらず2人の娘です。
だから見守っていてね。
あやめは幸せになってきます。
「──長いこと待たせてしまったな」
袴姿の新郎からそう声を掛けられた私は軽く笑ってしまった。
「…何を言っているんですか。私は待っているつもりなんてありませんでしたよ。……だってずっと楽しかったんですから」
交際期間も、婚約期間も山あり谷ありで退屈することなかった。どんな場面でもあなたと一緒だったから楽しかったですよと告げると、彼はなにか眩しいものを見るかのように目を眇めていた。
「……あやめ、俺がしわくちゃの爺さんになってもずっとそばに居てくれるか?」
何を今更なことを。
私は握られた手をしっかり握り返した。
「…はい、しわくちゃのおばあちゃんの私で良ければ、ずっとあなたのそばにいますよ」
何度だって返します。
私達にだけわかる、誓いの言葉を。
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