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外伝・女神の娘・アレキサンドラ
アレキサンドラは女神の娘として生きる【三人称視点】
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大巫女として女神直々に選ばれたことにアレキサンドラは矜持を持っていた。しかし、有事の際に無力であると感じたのは、デイジーが直接女神の予言を受け取った後であった。
ハルベリオン相手に一人じゃ無茶だとすぐさま援軍を要請しようとしたが、彼女は魔法魔術学校在学途中で神殿入りしたため、魔法の知識は基本中の基本で止まっていた。よって伝書鳩をうまく飛ばせず、その場で青ざめてオロオロしていた。この神殿にいるのは魔法が使えない人ばかり。魔法魔術省に馬を飛ばすにも時間がかかる上に、人づてではきっとうまく伝わらない。
大巫女アレキサンドラはこの神殿から許可なく外に飛び出すことも出来ない……
「…どうしたんだい、アレキサンドラ。可愛らしい顔が憂いに満ちて…」
「殿下!」
どうしたらいい、どうしたらいいと焦っていると目の前に彼が現れた。彼女は藁にすがる思いで相手に抱きついた。
アレキサンドラに突然飛びつかれたラウル・シュバルツは白い頬を赤く染めていたが、そんなこと気づきもしないアレキサンドラは矢継ぎ早に訴えた。
「デイジー様が女神様の予言を受け取られました! エスメラルダのデイジー様の故郷にハルベリオンの軍勢がやってくるそうです! 彼女は、一人で向かい撃つおつもりです!」
一瞬色ボケしていたラウルだったが、アレキサンドラの言葉を聞いてすぐに顔色を変える。すぐさま王太子としての責務を遂行した。
そばにいた従者に何かの指示を飛ばし、手慣れた動作で伝書鳩の呪文を唱えると何事かを告げて飛ばす。
「あのっ」
「大丈夫、私に任せて」
自分は何をすればいいのか聞こうとしたアレキサンドラの手をラウルがぎゅっと握る。安心させるように優しく言い聞かせられたが、アレキサンドラにとっては全く安心できる要素がなかった。
アレキサンドラはシュバルツの大巫女。基本的に大神殿でお祈りをして、騎士たちに守られる存在。
隣国に加勢に行ける立場でもなく、アレキサンドラには戦える術がまるでなかった。
風の噂で、デイジーが一時瀕死の重体に陥ったと聞かされた。
また別の噂では、シュバルツとエスメラルダ連合国軍を編成して、ハルベリオン陥落作戦が行われるという話が流れてきた。中級魔術師以上の魔術師は基本的に出陣。…その中にデイジーも含まれていた。ただし、彼女はエスメラルダ王国の高等魔術師として、だそうだが。
またある日には、女神フローラへのお祈りのときに女神の目を借りて戦場の状況を見せてもらった。荒廃した国でデイジーが魔術師たちとともに血や煤に汚れながら命がけで戦っていた。派遣された魔術師たちは傷ついてもなお、自分の正義のために戦っていたのだ。
デイジーは自分のやるべきことへ迷わず進んでいる。一方の自分はなんなのだ?
アレキサンドラは自問自答した。自分の使命はなんだったかと。安全な場所で女神に祈って、誰かを守るわけでもなく、正義のために戦うわけでもない。
こうして何もできずに安全な場所で取り残されたアレキサンドラは、自分がなんのために存在するのかわからなくなったのだ。
終戦を終えてしばらく経った頃、シュバルツの戦勝パーティに呼ばれて国王陛下直々に褒章を与えられたデイジーは以前の迷いを残した表情から一変していた。遠くから見た彼女の瞳は夢や希望に満ちていた。高等魔術師としての矜持を持って堂々と立つ彼女は光り輝いていた。
やっと自由になれると言わんばかりの嬉しそうな表情でパーティ会場を後にする彼女を遠くから見送るだけで、アレキサンドラは声を掛けられなかった。なんだか彼女の門出に水を差してしまいそうだったからだ。
──彼女は貴族籍を抜けて、エスメラルダの平民に戻ることを選択したのだ。自分自身の意志で。
□■□
デイジーが故郷の幼馴染と結婚して、幸せそうな笑顔を浮かべている。お披露目式に参加して見守っていたアレキサンドラは幸福な気持ちになれた。大切な友の結婚を直々に祝えてなんて幸せなんだろうと、自分が背負う大巫女という地位を改めて誇らしく思えた。
獣人は余程のことがなければ配偶者を裏切らないと言うし、彼なら大丈夫そう。デイジーを心から愛しているのだとひと目でわかった。
デイジーが幸せならそれでいいのだ。アレキサンドラは友の幸せを自分の幸せのように感じ取っていた。隣国の平民に戻ったデイジーとは以前ほど会えなくなるだろうが、文通はできるし、二度と会えないわけじゃない。何なら伝書鳩の術をうまく使いこなせるようこれから訓練するつもりだ。
日常に戻ったアレキサンドラはひたすらお勤めに励んでいた。必要以上な贅沢を好まず“私”を出さず、欲だとされるものから更に距離をあけていった。
城で行われるパーティも必要最小限の参加にし、神殿でのお勤め以外には従軍者への慰労や孤児院巡り、死の病に罹った患者のための施設での看取りなど、慈善活動に身を費やすようになる。
人が亡くなれば、身内のことのように哀しみ、祈りを捧げた。
結婚や出産の報告には最大級の祝福を与えた。
病に罹った死にかけの赤子を抱えた貧しい母親が救いを求めると、アレキサンドラは大巫女だけが作れる奇跡の聖水を生成し、ためらいなく振る舞った。
庶民が手渡したお菓子をその場で召し上がってくれた。美味しいと笑顔をくださった。
子どもの頭を撫でてくださった。
戦闘で負傷をした自分たちに「国を守ってくれてありがとう」とお礼を言いに来てくださった。
病気の人間の最期を慈悲深く看取ってくださった。大巫女様に手を握られた患者は穏やかに息を引き取った。
お優しい大巫女・アレキサンドラ様。
女神フローラの美しき娘。
遠い存在だった大巫女が市井におりてきて、心を砕いてくれる様子を見た市民の支持が集まるのは当然のことだった。
神殿あての寄付金とお供え物が増えていくと、アレキサンドラは必要なもの以外すべて市井に還元した。
慈善活動巡りをしている最中、偶然汚職を発見して悪を撲滅するという環境向上に一役買い、思いがけず大活躍した彼女のお株は上がる一方であった。
庶民のことを理解してくれるのは大巫女様だけだ。そう漏らす市民の姿も日増しに増えていった。
──しかし彼女は驕りもせず、日々清貧、謙虚に生きていた。背筋を伸ばし、使命感に燃えた彼女の瞳は輝いていた。
質素な大巫女服を身に着けただけで大して着飾っていないにも関わらず、彼女は美しかった。義務としてパーティに参加した時ですら視線を独り占めにしていた。その中に彼女が貴族令嬢だった頃、婚約者であった男の視線も混じっていたが、アレキサンドラは気づかないふりをした。声をかけられたとしても、知らぬ存ぜぬを貫いて、神殿騎士に追い払わせていた。
何人たりとも侵してはいけない乙女・大巫女アレキサンドラに恋情を抱いていた男は彼女への想いを更に募らせていた。
「アレキサンドラ…君が好きだ。妃にするなら君以外には考えられない」
以前にも増して、妃をとるようにと周りから圧力を掛けられているラウルからの突然の求婚はアレキサンドラを驚かせた。畏れ多くも自分がそんな目で見られていたのかと信じられなかったのだ。
世の娘が夢見る王太子殿下。紳士的で、次期王として申し分ないお方。きっと求婚されるなんてとてつもなく誉れなことなのだと。
──だけどアレキサンドラは決めていたのだ。
ラウルに掴まれていた手をそっと解くと、彼女は一歩後ろへ下がった。
「私は女神の娘。貴方様のお気持ちには応えられません」
深々と頭を下げて求婚を拒む。
相手はしばし無言だったが、最終的には「そうか…」と納得した様子で引いてくれた。
アレキサンドラの心に湧いたのは少しばかりの罪悪感であった。だけど真剣な告白にはこちらも真剣に返さねばと考えていたので、これで良かった。
王宮に帰るというラウルの後ろ姿を見送っていると、石畳の床をブーツの踵で鳴らす音が聞こえた。
振り返らずともそれが誰かわかっていたので、アレキサンドラは振り返らない。
「──姉上、あれでよろしかったのですか?」
この春、めでたく神殿騎士となった腹違いの弟の問いかけに、アレキサンドラは口元は緩めた。
「レナード、私の幸せは女神様に仕えること。……これが私の幸せの形なのです」
迷いも憂いもない穏やかな微笑み。
彼女はどこか吹っ切れたようにも見えた。
「私はいつまでもお供いたします。姉上」
「ありがとう、心強いわ」
頼もしくなった弟の手を取ったアレキサンドラは、踵を返すと神殿の中へ戻っていった。
彼女は自分なりの答えを見つけたようである。
ハルベリオン相手に一人じゃ無茶だとすぐさま援軍を要請しようとしたが、彼女は魔法魔術学校在学途中で神殿入りしたため、魔法の知識は基本中の基本で止まっていた。よって伝書鳩をうまく飛ばせず、その場で青ざめてオロオロしていた。この神殿にいるのは魔法が使えない人ばかり。魔法魔術省に馬を飛ばすにも時間がかかる上に、人づてではきっとうまく伝わらない。
大巫女アレキサンドラはこの神殿から許可なく外に飛び出すことも出来ない……
「…どうしたんだい、アレキサンドラ。可愛らしい顔が憂いに満ちて…」
「殿下!」
どうしたらいい、どうしたらいいと焦っていると目の前に彼が現れた。彼女は藁にすがる思いで相手に抱きついた。
アレキサンドラに突然飛びつかれたラウル・シュバルツは白い頬を赤く染めていたが、そんなこと気づきもしないアレキサンドラは矢継ぎ早に訴えた。
「デイジー様が女神様の予言を受け取られました! エスメラルダのデイジー様の故郷にハルベリオンの軍勢がやってくるそうです! 彼女は、一人で向かい撃つおつもりです!」
一瞬色ボケしていたラウルだったが、アレキサンドラの言葉を聞いてすぐに顔色を変える。すぐさま王太子としての責務を遂行した。
そばにいた従者に何かの指示を飛ばし、手慣れた動作で伝書鳩の呪文を唱えると何事かを告げて飛ばす。
「あのっ」
「大丈夫、私に任せて」
自分は何をすればいいのか聞こうとしたアレキサンドラの手をラウルがぎゅっと握る。安心させるように優しく言い聞かせられたが、アレキサンドラにとっては全く安心できる要素がなかった。
アレキサンドラはシュバルツの大巫女。基本的に大神殿でお祈りをして、騎士たちに守られる存在。
隣国に加勢に行ける立場でもなく、アレキサンドラには戦える術がまるでなかった。
風の噂で、デイジーが一時瀕死の重体に陥ったと聞かされた。
また別の噂では、シュバルツとエスメラルダ連合国軍を編成して、ハルベリオン陥落作戦が行われるという話が流れてきた。中級魔術師以上の魔術師は基本的に出陣。…その中にデイジーも含まれていた。ただし、彼女はエスメラルダ王国の高等魔術師として、だそうだが。
またある日には、女神フローラへのお祈りのときに女神の目を借りて戦場の状況を見せてもらった。荒廃した国でデイジーが魔術師たちとともに血や煤に汚れながら命がけで戦っていた。派遣された魔術師たちは傷ついてもなお、自分の正義のために戦っていたのだ。
デイジーは自分のやるべきことへ迷わず進んでいる。一方の自分はなんなのだ?
アレキサンドラは自問自答した。自分の使命はなんだったかと。安全な場所で女神に祈って、誰かを守るわけでもなく、正義のために戦うわけでもない。
こうして何もできずに安全な場所で取り残されたアレキサンドラは、自分がなんのために存在するのかわからなくなったのだ。
終戦を終えてしばらく経った頃、シュバルツの戦勝パーティに呼ばれて国王陛下直々に褒章を与えられたデイジーは以前の迷いを残した表情から一変していた。遠くから見た彼女の瞳は夢や希望に満ちていた。高等魔術師としての矜持を持って堂々と立つ彼女は光り輝いていた。
やっと自由になれると言わんばかりの嬉しそうな表情でパーティ会場を後にする彼女を遠くから見送るだけで、アレキサンドラは声を掛けられなかった。なんだか彼女の門出に水を差してしまいそうだったからだ。
──彼女は貴族籍を抜けて、エスメラルダの平民に戻ることを選択したのだ。自分自身の意志で。
□■□
デイジーが故郷の幼馴染と結婚して、幸せそうな笑顔を浮かべている。お披露目式に参加して見守っていたアレキサンドラは幸福な気持ちになれた。大切な友の結婚を直々に祝えてなんて幸せなんだろうと、自分が背負う大巫女という地位を改めて誇らしく思えた。
獣人は余程のことがなければ配偶者を裏切らないと言うし、彼なら大丈夫そう。デイジーを心から愛しているのだとひと目でわかった。
デイジーが幸せならそれでいいのだ。アレキサンドラは友の幸せを自分の幸せのように感じ取っていた。隣国の平民に戻ったデイジーとは以前ほど会えなくなるだろうが、文通はできるし、二度と会えないわけじゃない。何なら伝書鳩の術をうまく使いこなせるようこれから訓練するつもりだ。
日常に戻ったアレキサンドラはひたすらお勤めに励んでいた。必要以上な贅沢を好まず“私”を出さず、欲だとされるものから更に距離をあけていった。
城で行われるパーティも必要最小限の参加にし、神殿でのお勤め以外には従軍者への慰労や孤児院巡り、死の病に罹った患者のための施設での看取りなど、慈善活動に身を費やすようになる。
人が亡くなれば、身内のことのように哀しみ、祈りを捧げた。
結婚や出産の報告には最大級の祝福を与えた。
病に罹った死にかけの赤子を抱えた貧しい母親が救いを求めると、アレキサンドラは大巫女だけが作れる奇跡の聖水を生成し、ためらいなく振る舞った。
庶民が手渡したお菓子をその場で召し上がってくれた。美味しいと笑顔をくださった。
子どもの頭を撫でてくださった。
戦闘で負傷をした自分たちに「国を守ってくれてありがとう」とお礼を言いに来てくださった。
病気の人間の最期を慈悲深く看取ってくださった。大巫女様に手を握られた患者は穏やかに息を引き取った。
お優しい大巫女・アレキサンドラ様。
女神フローラの美しき娘。
遠い存在だった大巫女が市井におりてきて、心を砕いてくれる様子を見た市民の支持が集まるのは当然のことだった。
神殿あての寄付金とお供え物が増えていくと、アレキサンドラは必要なもの以外すべて市井に還元した。
慈善活動巡りをしている最中、偶然汚職を発見して悪を撲滅するという環境向上に一役買い、思いがけず大活躍した彼女のお株は上がる一方であった。
庶民のことを理解してくれるのは大巫女様だけだ。そう漏らす市民の姿も日増しに増えていった。
──しかし彼女は驕りもせず、日々清貧、謙虚に生きていた。背筋を伸ばし、使命感に燃えた彼女の瞳は輝いていた。
質素な大巫女服を身に着けただけで大して着飾っていないにも関わらず、彼女は美しかった。義務としてパーティに参加した時ですら視線を独り占めにしていた。その中に彼女が貴族令嬢だった頃、婚約者であった男の視線も混じっていたが、アレキサンドラは気づかないふりをした。声をかけられたとしても、知らぬ存ぜぬを貫いて、神殿騎士に追い払わせていた。
何人たりとも侵してはいけない乙女・大巫女アレキサンドラに恋情を抱いていた男は彼女への想いを更に募らせていた。
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世の娘が夢見る王太子殿下。紳士的で、次期王として申し分ないお方。きっと求婚されるなんてとてつもなく誉れなことなのだと。
──だけどアレキサンドラは決めていたのだ。
ラウルに掴まれていた手をそっと解くと、彼女は一歩後ろへ下がった。
「私は女神の娘。貴方様のお気持ちには応えられません」
深々と頭を下げて求婚を拒む。
相手はしばし無言だったが、最終的には「そうか…」と納得した様子で引いてくれた。
アレキサンドラの心に湧いたのは少しばかりの罪悪感であった。だけど真剣な告白にはこちらも真剣に返さねばと考えていたので、これで良かった。
王宮に帰るというラウルの後ろ姿を見送っていると、石畳の床をブーツの踵で鳴らす音が聞こえた。
振り返らずともそれが誰かわかっていたので、アレキサンドラは振り返らない。
「──姉上、あれでよろしかったのですか?」
この春、めでたく神殿騎士となった腹違いの弟の問いかけに、アレキサンドラは口元は緩めた。
「レナード、私の幸せは女神様に仕えること。……これが私の幸せの形なのです」
迷いも憂いもない穏やかな微笑み。
彼女はどこか吹っ切れたようにも見えた。
「私はいつまでもお供いたします。姉上」
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