リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

誰かのために何かのために

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「我に従う水の元素達よ、飲み水を生成せよ」

 そう唱えた彼の手の平の上には水の玉が出来ていた。純度の高いそれはぽっかり天井が空いた実技場の上から降り注ぐ太陽の光に乱反射してキラキラと輝いていた。その美しさに私はしばし見とれてしまった。

 私は現在、放課後居残りで魔法実技の基礎練習中だ。
 苦手だった前の実技の先生が急に退職してからは他の教科担当の先生が入れ代わりで実技指導をしてくれるようになり、少しだけやりやすくなった気がする。
 相変わらずクラスで私だけが基礎魔法を使えないでいるが、それをなんとかできるようにさせてあげようと先生達が気を配ってくれているのが伝わってきた。

 その気持ちだけでも嬉しかった。
 前の実技担当教師みたいにあからさまに面倒そうにしたりしないし、放課後も暇を見つけて特別指導してくれる先生もいる。肩の力を入れずに集中できるようになったのはなによりの収穫かもしれない。

「多分リナリアは緊張に弱いんだろうね。前よりも今の方が周りに元素達が集まって来ている気がする」

 ひどく緊張していたのは否定しない。あれで焦るなって言われる方が無理である。

「…見えもしない存在なのに、集まっているように感じ取れるの?」
「慣れたらわかるようになるよ。君は感覚派だから」

 あれから私は再び早朝と放課後の特訓を再開した。
 相変わらずクラスの一部からは馬鹿にされるが、相手にしたら余計に付け上がるってのを学んだので、故郷の同級生たちよろしく無視することにした。
 自分が魔法を操られるようになればきっと相手もなにも言わなくなる……いや、新たに私の欠点を突いて来るっていう可能性も否めないけどさ。その辺は考えないようにしている。

 ルーカス・クライネルトは宣言通り、私の練習に付き添ってくれていた。
 相変わらず基礎魔法を操れず、自分が情けなくて悔し涙をにじませた時には、「泣いても上達できないよ」とちくりと言われたりしたが、確かにその通り過ぎて私はぐっと涙を飲んだ。

「君は自分の可能性を知らなすぎる。自信が無さすぎるのも考え物だね」
「基礎魔法が使えないのに自信なんか出てくる訳無いじゃない」
「またそうやっていじける」

 私が唇を尖らせると、目に見えて彼は呆れていた。
 魔力枯渇寸前で私の練習を止めてくれるし、基礎ができてないが故に遅れている魔法実技について実践しながら教えてくれる。
 私についていることで時間を無駄にするのはわかっているのに、それでもルーカスが諦めることはなかった。

 いくらクラスメイトだとしてもそこまでしてくれる人はいない。こんな面倒なことに付き合ってくれるなんて優しい人だ。
 時折厳しい言葉を投げ掛けられることがあっても、それは愛のムチといってもいい。絶対に彼は私を見捨てなかったから。
 私が彼を信頼するようになるのに時間はかからなかった。

「リナリア」

 呼ばれて顔を上げる。いつの間にか彼からファーストネームで呼ばれるようになったので、私も親しみを持って彼のことをルーカスと気軽に呼ぶようになった。

「なぁに?」
「君は治癒魔法を上手に扱えるね。どうやって使ってる?」

 その質問に私は首を傾げる。どうやってと言われても……特に大したことはしてないかな?

「痛いの痛いの飛んでゆけっておまじないをかける…」

 不思議なことに、治癒魔法に関しては正式な呪文でなくても元素達は応えてくれるのだ。ちなみにこの間、皮膚の病気を起こしている野生の狐を治癒したけど、その時もおまじないで治した。

「それかもしれない。君を気に入っている元素達はいつものおまじないじゃないから戸惑っているのかも」

 ルーカスの想像に私は腕を組んで考え込む。
 他の人たちは形の決まった呪文で基礎魔法を起こせる。それにも関わらず、私の声には応えない元素達……まさか、故郷でずっと私に力を貸してくれていた元素達がこっちに来ているってことだろうか。
 それで普段とは違う呪文を呟く私に戸惑っているとかいうの?

「あとは気持ちの強さかな。君が魔法を発動する条件は、誰かのために魔法を使うと念じることが必須なのかも」

 確かに今までずっと大切な動物たちのために治癒魔法を行使してきたのにここに来て正当な理由なく呪文を唱えられたら、私とずっと一緒にいた元素達は混乱するかもしれない。
 基礎魔法の練習はあくまで練習なだけで誰のためでもないし、そう言われたら納得できる。

「君の想いが元素たちに伝わってないんだ。結局は練習あるのみだよ。君を取り巻く元素達に伝わるようにね」

 ──大丈夫、君ならできる。
 ルーカスはいつもおまじないのように最後にそう付け加える。
 不思議と私もそう言われるとできる気がする。

 私は自分の手の平を見下ろし、ぐっと握った。そして目をつぶって集中する。
 周りにいるであろう、元素達の気配を探って。

「我に従う元素達よ、我に力を貸し給え」

 ──私はいつもどうやって治癒魔法を使っていたっけ?
 私には動物の声が聞こえた。物心がつく前から動物たちは私の友達で。
 苦しそうに、痛そうにしている彼らを慰めるためにはじめた「痛いの痛いの飛んでゆけ」はいつの間にか彼らを癒す不思議な力に変わったんだ。

 私はいつだって大切な友達のためにその力を使った。私が彼らを救えるなら、力の使い過ぎで寝込んでも平気だった。
 彼らが私を癒してくれるかわりに、私は彼らの怪我や病気を治してあげたい。彼らのためになるならとおまじないを唱えていた。

 私が、この学校に来た目的はなに?
 私に授かった能力を使って、いずれは動物たちに携わる仕事がしたい思ったんじゃない?
 そのためにはたくさん勉強しないといけないし、魔法だって当然使えなきゃいけない。今練習している基礎魔法だって私にとっては必要なこと。
 この努力が回りまわって動物たちのためになるのなら、何度だって唱えて見せる。元素が応えてくれるのを待ち続ける。

「我に従う土の元素たちよ、我に力を……!!」

 ちょっと気合いが入りすぎて呪文に力がこもった。グーに握った手の平に爪が刺さって痛くなったので手の力を抜く。
 その瞬間──ぶわっと地上から何かが舞い上がるような感覚がした。

 風ではない。
 今まで感じ取ったことのない濃い気配。

 土で固められた地面が小刻みに震え、私は怯えて飛びのく。
 次の瞬間、蠢いていたように見えた地面から自然の摂理を無視して、一気ににょきにょきっと何かの植物が私とルーカスの周りに生え揃った。

「な、なに!?」

 なんかよくわからない植物が一瞬で生えたものだから私は声を裏返させてしまった。
 謎の粉を飛ばす派手な植物だったり、その辺を飛んでいた虫をひょいぱくと食べてしまう人の口の形に似た食虫植物だったり、明らかに毒がありそうなキノコだったり、タコに似た植物だったり……。

 私は、一体なにを生み出してしまったんだ……

「これはすごい。すべて還らずの森に自生している希少薬草じゃないか?」

 還らずの森? 希少薬草!?
 私が困惑の眼差しを彼に向けると、ルーカスは笑顔を浮かべて言った。

「ほら、出来たじゃないか。言っただろう? 君なら出来るって」

 ルーカスは自分のことのように喜んでくれた。
 褒められた私はじわじわと実感しはじめた。
 やった。出来たんだ。悪戦苦闘して数ヶ月、やっとスタート地点に立てた。

「やったああああ!!」

 喜びが溢れた私は大声で雄叫びをあげた。
 両腕を天に向かって突き上げて叫んだ後は、ルーカスに喜びのハグをした。
 
「ありがとう! あなたのおかげだわ!」

 私が基礎魔法を達成できたのはきっと彼のおかげである。
 ルーカスが諦めずに付き添ってくれたおかげだ。彼がいなければ私はまた腐って諦めようとしていたはずだ。
 彼をぎゅうぎゅうと抱きしめて感謝を伝える。

「そうだ! 今度お礼するわ。私の実家は色んなものを取り扱う商家なの。あなたの役に立ちそうなものがあったらお父さんにお願いして……」

 用意してもらうからお礼として何か欲しいものはないかと彼に確認しようとして一旦ハグを解除すると、ルーカスはかちんこちんに固まっていた。

「ど、どうしたの? 苦しかった?」

 何故かルーカスは目を見開いたまま強張った顔をしていた。
 どうしたんだろう。そんなに強く抱きしめたつもりはないのだけど。

「……き、君ね」
「まぁいいわ! お礼に欲しいもの考えておいてね! あ、でもあまり高価なものはダメよ、私のお小遣いの範囲内にしてね!」

 私はくるりんと踵を返すと、職員室にいるであろう先生のもとへ駆けて行った。
 置いてけぼりにされた彼が、私の背後でボッと火が点いたように顔を真っ赤にしていたことなんて知る由もなく。
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