リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

貴族と魔なし

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 孤児院の中庭には、丸太を加工して作られた大きなテーブルと椅子があった。ちょうど木陰に入っている位置だったので眩しいとかそういうことはない。
 季節でいえば今は冬なんだけど、ニーナが覚えたての保温魔法でこのテーブル周辺を過ごしやすい温度に整えてくれた。

 私とニーナはしばらく無言で勉強していた。
 次学年の予習なのでまだ習っていない範囲だが、前もって配られた2年生の教科書を読み込めばなんとか解ける。
 これもルーカスならサラっと解いちゃうんだろうなぁとここにはいない彼のことを考えていると、「ニーナ、ちょっといいですか?」と院長先生が声をかけてきた。対面の席に座るニーナが反応して顔を上げる気配がした。

 私も釣られて顔を上げると、院長先生はなんだか困った顔をしているではないか。
 彼女の後ろには上流階級らしき中年の男女が立っている。誰だろう。明らかに身分が高そうな人だけど。

「ファルガス伯爵様と奥様がどうしてもニーナと話がしたいと……」

 伯爵。お貴族様じゃないか。
 ニーナの知り合いなの?
 私がぐりんと首を動かしてニーナを見ると、彼女は感情がわからない無表情で伯爵夫妻を見上げていた。
 そんな彼女の反応を気にしていないのか、夫人の方が席に近づいてきた。

「ニーナさん、お久しぶりね。お勉強していたの?」
「こんにちはファルガス夫人。学校の宿題です」

 孤児院のパトロンとかなにかかな。
 私の存在に今気づいた風な夫人がこちらを見た。そして驚いた様子で目を大きく見開いていた。

「あら、この子は? こんな綺麗な子、孤児院にいたかしら?」

 まじまじと頭の先から観察されて私は身を引いてしまう。怯えが先に来て何も言えない。
 夫人は私の手元を見ると、目を細める。はて、なにか変わったものでもあるだろうかと見下ろすも、そこには学校で配られた教科書とノートしかない。変わったものは何もない。

「あなたも魔法魔術学校の子? お名前は?」
「え、えっと」
「彼女は私の友人です。彼女は孤児ではありませんので」

 ずずいと夫人に顔を近付けられた私はのけ反った。一体何なの。ニーナに用があるんじゃなかったの?
 見かねたニーナが助け舟を出してくれた。そして彼女は頭を下げていた。

「すみません、何度いらっしゃられても私の気持ちは変わりませんので」
「でもニーナさん」

 なにか言い募ろうとする貴族夫人だが、ニーナが深々と頭を下げて動かないのを見て、諦めたようにため息を吐き出した。

「また日を改めますわ」

 いや、諦めていなかった。また来るって言ってるわ。
 私が座っている場所から、頭を下げているニーナの表情が私の位置から伺えたけど、彼女はげんなりした顔をしていた。
 貴族様だからきつく拒絶できないんだろうな……そもそもどういう関係なの? ニーナは貴族と縁があるの?

 帰っていく伯爵夫妻を見送りながら、ニーナはため息混じりに小さくつぶやいた。

「あの人たちは私を養女にしようとしてるのよ。魔力持ちの孤児は利用しやすいからでしょうね」
「……子どもに恵まれなかったのかな」

 私は何となくそう思ったんだけど、ニーナは皮肉げに笑っていた。

「彼らにとって魔力のない貴族より、魔力のある孤児のほうが価値があるって考えなんでしょ。──さっきすれ違った見習い巫女の実の両親なのよ、あの人達」

 その言葉に私はバッと伯爵夫妻の後ろ姿を見た。
 ……魔なしだった自分の娘の職場で、魔力のあるニーナを養女にしようとしているだって? どういう神経をしているんだ。

 間が悪く、例の見習い神殿巫女が近くを通りすぎた。遠くから見ただけだけど、彼女が伯爵夫妻の姿を見て表情を輝かせた風に見えたのは気のせいじゃないと思う。
 ──しかし、伯爵夫妻は血が繋がった娘が目の前にいるのに、居ないものとしてすれ違っていた。

 見習い神殿巫女が表情を曇らせて俯く姿を目の当たりにしてしまった私はきっと、隣にいるニーナと同じ表情をしているんだろうな。

 貴族たちの魔なしへの差別。
 あの日、私が学校を飛び出そうとしたときにルーカスが言っていたのはこの事だったのか。

 他人事のはずなのに目の前で見てしまうと心にぐっさりきた。


◇◆◇


 孤児院にお邪魔してから数日後、ニーナと院長先生からお礼の手紙が届いた。
 職員さん達に贈ったリラックスハーブティーは評判がよいらしく、個人であのリラックスハーブティーを購入したいと複数から注文も受けた。商売に関してはお父さんの管轄だ。お手紙をお父さんに渡して売買取引をお願いする。

 私は普段通りの両親を見上げながら、先日孤児院で見た光景を思い出した。
 親から目を合わせてもらえず、いないもの扱いをされていた見習い神殿巫女の姿が目に焼き付いて離れないのだ。
 お父さんとお母さんが、魔力のある私を嫌って捨てたと想像するだけで泣きたくなる。あの見習い神殿巫女もきっと辛い事だろう。私が考える以上に苦悩しているはず。

 ──あの貴族の人たちにとって子どもってなんなのだろう。
 色んな事情があって子どもを手放す人が世の中に沢山いるとは知ってるけど、それが経済苦とか死別とか虐待ではなく、魔なしだから捨てる。
 それを理解しようにも私には難しい。上流階級の矜持のようなものだろうか。
 
 そういえばルーカスの家も先祖代々、良質な魔力を求めて魔術師同士で結婚してきたと言っていた。
 魔法と関わりがない世界で暮らす人たちに囲まれて育った私とは価値観が異なるのかな。

 でも、元は同じ人間なのに。ましてや自分が生み出した子どもなのになぁと思ってしまう。
 仮にそんなお家へ養女に入ったとしても、ニーナが苦労するだけだ。彼女が断る理由も理解できる。

 それにあの貴族の人たちを見てると、入学前に私を養女にしたいと言ってきた貴族を思い出す。あの不気味なハイドフェルト子爵もきっと、安く手に入る魔力を求めて私に声を掛けたに違いない。
 大人になってから、自分の意志で貴族の養子に入るのは分かるけど、子どもに選択を迫るのはどうなんだろう。

 なんかスッキリしない。
 ニーナと一緒に勉強できて嬉しかったのに、あの後微妙な空気に包まれたし、あの人達のせいでモヤモヤして不愉快な気分である。
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