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この恋に気づいて
あなたに恋をしていた
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嵐のような休暇を終えて学校に戻ってきた私は4年生に進級した。
本来であれば新年度を迎えて進級できたことにホッとするべきなのだけど、私の気分は沈みがちだった。
「リナリア」
あの事件以来、男性全般に恐怖心を抱くようになっていた。
なのでルーカスと再会したときも身構えてしまい、彼に不快な思いをさせてしまったかもしれない。あんなに会いたかったのに、今の私は彼に会いたくなかった。
──いやそうじゃない、違う。
会いたくないんじゃなくて、彼から軽蔑の眼差しで見られるかもと思って怖かったんだ。
「えぇと……リナリア、大丈夫かい?」
見るからにルーカスは私を気遣かっていた。群青の瞳は悲しげに揺れ、私には必要以上に近づかないようにしていた。
あぁそうか、ブレンさんはルーカスに話してしまったのか。
「あなたには知られたくなかった」
休み中に私がどんな目に遭ったのか、彼が認識されてしまっている。
自分が惨めになった。
自分が汚れてしまった存在に思えて仕方がなくて、彼の瞳を直視できなかった。
「リナリア、もしかしたらあの時僕が焚き付けた形になったんじゃ……」
彼は何かを気にしているようだが、彼は関係ない。
「いいえ、ルーカスが遭遇した幼馴染たちとは別の人だからあなたは悪くない」
あの男は、前々から私のことを狙っていたと言う。あの日もルーカスと歩いている私を見かけて、衝動的に襲ったのだと役人さんづてに聞かされた。
ルーカスが幼馴染達に何も言わなくても、仮にルーカスが遊びに来なかったとしても関係ない。遅かれ早かれ私はあの男に襲われていたのだ。
私に意地悪な幼馴染達は最後は何も言ってこなかった。それが彼らのせめてもの優しさなのか、それともルーカスの脅しが効いているのかはわからないけど、もう彼らと会うことはないだろう。
私は故郷を離れることになったのだから。
「もう、いいの。引っ越すことになったから」
「でも」
「思い出したくないの。……それともこれ以上思い出したくない話をさせて私を辱めるつもりなの?」
私の拒絶の言葉にルーカスは息をのんで黙り込んでしまった。
苦しくて悲しくて情けなくて恥ずかしくて。
これ以上この話を彼にして欲しくない。聞いてほしくないのだ。
だから私は冷たく突き放した。
ルーカスの視線を感じているのでさえ辛くて、私は彼から逃げるように小走りで離れた。
◇◆◇
「おいお前、地元で男を誘ってたって本当かよ」
すれ違いざまに言われた言葉に私は息を忘れて固まった。
なんで……? どうして隣のクラスの男子がそれを知っているの。
私は「違う、なにもしていない」と言い返したかったけど、蘇ってきた恐怖で声が出てこなかった。
ニヤニヤ笑う男子のその顔が、あの男と被って見えたから。
女性がそういう目に遭うこと、純潔をなくすことは醜聞として捉えられ、偏見の目を向けられるのだ。たとえ女性側が被害者だとしても。
「マジかよ、尻軽じゃん」
面白いおもちゃを発見したとばかりに、男子の友達が囃し立てた。
その声は大きく、周りにいた人たちの視線が集まって来る。
ぞわぞわと体中の血の気が引く。否定したいのに、喉の奥で声が詰まったみたいに声がでない。
「いやらしい人」
素知らぬ顔で横を通りすぎた女子からも暴言をぼそりと吐き捨てられ、心臓に針を突き刺された気分になった。
彼らは1年生の時に私をイジメてきた人たちだ。今はクラスが違うので関わりもなくなったというのに、ネタを見つけたらこれ見よがしに……
「俺のことも相手してくれよ」
「お前顔だけはいいからな」
近づいてきて私の頬に触れてきた男子。ざらついた指先に記憶が蘇る。
ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。逃げろと警告しているみたいに胸の中で暴れているのに、私の足は地面に縫い付けられたように動けない。
お腹の奥でぐるぐると力が渦巻いている。私には制御できない力が溢れようとしていた。
「やめろ! リナリアをふしだらな女性呼ばわりするな! 謝罪するんだ!!」
そこに語気荒く割って入ってきたルーカスは私と男子を遮る壁となって私を庇ってくれた。
「ナイト気取りか」
「君たちのしてることは最低だ。魔女狩りの歴史を忘れたか。過去にどれだけの女性魔術師が女性の尊厳を踏み躙られてきたと思ってる!」
中でも魔法に理解がなかった遠い昔の時代の女性魔術師に対する迫害は酷かった。冤罪を被せられ、魔封じをされて、看守や他の囚人のおもちゃにされたあげくに、罵倒してくる観衆の集まる中で火あぶりにされていたという。
魔術師に限らず、女性であるだけで無理矢理乱暴され、周りからふしだらな女扱いを受けて傷ついてきた女性が過去にたくさんいた。被害者達はこうして口さがないことを言われて二重にも三重にも傷つけられて来たに違いない。
「こいつも楽しんでいい思いしたんだろ。そんな大袈裟にするなって」
「清純な見た目の割に、わりと好き者かもしれないぞ」
ニヤニヤといやらしい視線が降りかかってきて、ぞわっと悪寒に襲われた。
楽しい事なんてひとつもない。
私がどんな目に遭ったか知らないくせに好き勝手に誇張しないでよ。
私がなにかした?
なんで私がそんなひどいことを言われなきゃいけないの?
私は普通に歩いていただけよ。悪いことをしたのはあの男なのになんで私が罪を犯したみたいな言い方をするの……!
「黙れ! それ以上汚い言葉で彼女を謗るな! その口を縫い付けてやってもいいんだぞ!」
ルーカスの怒鳴り声が反響して響き渡るも、私にはその声が遠くに聞こえていた。どくん、どくんと自分の心臓が耳元で鳴り響いていて、周りの音が聞こえなくなっていたから。
抑えきれない怒りが溢れ出しそうだった。
押し倒されたときの記憶が頭の中を何度も去来する。
消えてほしい。それなのに残っている。たとえ自分が忘れたとしても周りの人からの目は変わらなくて、私は一生汚れたもの扱いをされるんだ。
「あ……あぁ……」
「! リナリア、いけない! 抑えるんだ!」
頭が破裂しそうだった。この苦しみから抜け出せるのならこのまま消えてなくなってもいい。
ぶつり、と私の中の何かが切れてしまった音が大きく響いた。
「ぁあああああああ!!」
体内に満たされた力が一気に外へと放出された。
それでも足りない。澱んだこの感情を発散するには、もっともっと吐き出さなきゃ楽になれない。
「うわああああ!」
「きゃあああ!」
どこからか悲鳴が聞こえる。
そうだ、あの時と同じ。
だけど誰も私の悲鳴に気づいてくれなかった。
誰も助けてくれなかった。
自分の身は自分で守らなきゃ、奪われて傷つけられてしまうのだもの。
誰も私に近づいてほしくなくて、私は自分の意思で魔力暴走していた。
すべては自分の身体と心を守るためだった。
人は私を傷つける。ならば周りに人がいないほうがいいのだ。
バキバキバキッと中庭の大樹を巻き込んで、それは根こそぎ折れ曲がって地響きを立てながら芝生の上に倒れる。土や小石を巻き上げて竜巻を作り上げた。ゴオオオオッと風の唸る音が私を包み込んだ。
あの時のように、私を傷つける人間を遠ざけるために。
私は人を傷つけようとしていた。
「リナリア!!」
体中の血の気が引いて冷たくなった身体を包み込むようにして抱き着いてきた身体。
「ヒッ……! いやあああ! 触らないで! 離して!」
私は恐怖を感じて悲鳴をあげた。両手両足を動かしてじたばた動かして相手の身体を殴り蹴り飛ばす。だけど拘束する腕の力はさらに増すばかりだ。
「何で私があんなこと言われなきゃ、あんなひどいことされなきゃいけないの!」
怒鳴り散らした私は相手の肩に服の上から噛み付いた。
手足での抵抗じゃ離してくれないから、いっそ肩の肉を噛みちぎってやろうと思ったのだ。
「ぐぅっ…!」
相手が痛みに呻く声が聞こえたので、私はさらに顎に力を込める。
ブツリと相手の皮膚が破けた嫌な感触が歯に伝わった。じわりと服に滲んできた血液の味が口いっぱいに広がる。鉄サビの味に吐きそうになったが、絶対に緩めなかった。
「……それで、君の痛みが少しでも軽くなるなら、いくらでも持っていけばいい」
軽くなる訳がない。
誰にも私の気持ちなんかわかる訳がない……!
ガブガブと噛み締めていると、そのままぎゅうと抱きしめられる。今度は拘束のためではなく、包み込むような抱きしめ方で。
「僕は、君がとても素敵な女の子だと理解してるよ。……大丈夫、僕を信じてくれ」
ビクッと肩を揺らした私に、相手は気づいているだろう。
冷水を頭から被せられた感覚だった。──私が今噛み付いているのは誰だ?
我に返った私は相手の肩を噛むのをやめる。唇はガチガチと歯を鳴らしながら小刻みに震えていた。
「君は綺麗なままだよ。なにも怖がることはない」
また、身を呈して私を止めようとしたのだろう。
ルーカスは肩だけでなく、頭からも出血していた。おそらく、私が起こした魔力暴走の渦中に自ら突っ込んで来たのであろう。
どうして、そんなことするの。
なんで私のために怪我をするの。
ぶわっとこみあげた涙が頬を濡らした。
ルーカスは私が正気を取り戻したことにホッとして見せると、私の瞳を覗き込んできた。
「君は僕が守るよ」
血だらけのくせに、痛みさえ感じさせない顔で私に訴えた彼の言葉は不思議と素直に受け取れた。
ルーカスはいつだって私がダメになりそうなときに手を差しのべて掬い上げようとしてくれる。
「うっ……わぁあああぁぁぁん……!」
私は彼の優しさに縋って、彼の胸に抱き着いた。
爆発したように泣き叫び、力尽きて意識を失うまでルーカスの腕の中で泣きわめいていた。
私よりも大きな身体、力強い腕。彼の腕の中はとても安心する。あの男とは違う。彼は私を傷つけない。
彼はいつだって私を守ってくれる。だから信じていい。
──それなのに胸が苦しくて落ち着かない気持ちになるのはなぜなのだろう。
ルーカスの胸の音が私の胸の音と重なって聞こえる。
なぜ、彼に対してこんな気持ちになるんだろうってずっと不思議だったけど、今やっと気づいた。
私、彼のことが好きなんだって。
本来であれば新年度を迎えて進級できたことにホッとするべきなのだけど、私の気分は沈みがちだった。
「リナリア」
あの事件以来、男性全般に恐怖心を抱くようになっていた。
なのでルーカスと再会したときも身構えてしまい、彼に不快な思いをさせてしまったかもしれない。あんなに会いたかったのに、今の私は彼に会いたくなかった。
──いやそうじゃない、違う。
会いたくないんじゃなくて、彼から軽蔑の眼差しで見られるかもと思って怖かったんだ。
「えぇと……リナリア、大丈夫かい?」
見るからにルーカスは私を気遣かっていた。群青の瞳は悲しげに揺れ、私には必要以上に近づかないようにしていた。
あぁそうか、ブレンさんはルーカスに話してしまったのか。
「あなたには知られたくなかった」
休み中に私がどんな目に遭ったのか、彼が認識されてしまっている。
自分が惨めになった。
自分が汚れてしまった存在に思えて仕方がなくて、彼の瞳を直視できなかった。
「リナリア、もしかしたらあの時僕が焚き付けた形になったんじゃ……」
彼は何かを気にしているようだが、彼は関係ない。
「いいえ、ルーカスが遭遇した幼馴染たちとは別の人だからあなたは悪くない」
あの男は、前々から私のことを狙っていたと言う。あの日もルーカスと歩いている私を見かけて、衝動的に襲ったのだと役人さんづてに聞かされた。
ルーカスが幼馴染達に何も言わなくても、仮にルーカスが遊びに来なかったとしても関係ない。遅かれ早かれ私はあの男に襲われていたのだ。
私に意地悪な幼馴染達は最後は何も言ってこなかった。それが彼らのせめてもの優しさなのか、それともルーカスの脅しが効いているのかはわからないけど、もう彼らと会うことはないだろう。
私は故郷を離れることになったのだから。
「もう、いいの。引っ越すことになったから」
「でも」
「思い出したくないの。……それともこれ以上思い出したくない話をさせて私を辱めるつもりなの?」
私の拒絶の言葉にルーカスは息をのんで黙り込んでしまった。
苦しくて悲しくて情けなくて恥ずかしくて。
これ以上この話を彼にして欲しくない。聞いてほしくないのだ。
だから私は冷たく突き放した。
ルーカスの視線を感じているのでさえ辛くて、私は彼から逃げるように小走りで離れた。
◇◆◇
「おいお前、地元で男を誘ってたって本当かよ」
すれ違いざまに言われた言葉に私は息を忘れて固まった。
なんで……? どうして隣のクラスの男子がそれを知っているの。
私は「違う、なにもしていない」と言い返したかったけど、蘇ってきた恐怖で声が出てこなかった。
ニヤニヤ笑う男子のその顔が、あの男と被って見えたから。
女性がそういう目に遭うこと、純潔をなくすことは醜聞として捉えられ、偏見の目を向けられるのだ。たとえ女性側が被害者だとしても。
「マジかよ、尻軽じゃん」
面白いおもちゃを発見したとばかりに、男子の友達が囃し立てた。
その声は大きく、周りにいた人たちの視線が集まって来る。
ぞわぞわと体中の血の気が引く。否定したいのに、喉の奥で声が詰まったみたいに声がでない。
「いやらしい人」
素知らぬ顔で横を通りすぎた女子からも暴言をぼそりと吐き捨てられ、心臓に針を突き刺された気分になった。
彼らは1年生の時に私をイジメてきた人たちだ。今はクラスが違うので関わりもなくなったというのに、ネタを見つけたらこれ見よがしに……
「俺のことも相手してくれよ」
「お前顔だけはいいからな」
近づいてきて私の頬に触れてきた男子。ざらついた指先に記憶が蘇る。
ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。逃げろと警告しているみたいに胸の中で暴れているのに、私の足は地面に縫い付けられたように動けない。
お腹の奥でぐるぐると力が渦巻いている。私には制御できない力が溢れようとしていた。
「やめろ! リナリアをふしだらな女性呼ばわりするな! 謝罪するんだ!!」
そこに語気荒く割って入ってきたルーカスは私と男子を遮る壁となって私を庇ってくれた。
「ナイト気取りか」
「君たちのしてることは最低だ。魔女狩りの歴史を忘れたか。過去にどれだけの女性魔術師が女性の尊厳を踏み躙られてきたと思ってる!」
中でも魔法に理解がなかった遠い昔の時代の女性魔術師に対する迫害は酷かった。冤罪を被せられ、魔封じをされて、看守や他の囚人のおもちゃにされたあげくに、罵倒してくる観衆の集まる中で火あぶりにされていたという。
魔術師に限らず、女性であるだけで無理矢理乱暴され、周りからふしだらな女扱いを受けて傷ついてきた女性が過去にたくさんいた。被害者達はこうして口さがないことを言われて二重にも三重にも傷つけられて来たに違いない。
「こいつも楽しんでいい思いしたんだろ。そんな大袈裟にするなって」
「清純な見た目の割に、わりと好き者かもしれないぞ」
ニヤニヤといやらしい視線が降りかかってきて、ぞわっと悪寒に襲われた。
楽しい事なんてひとつもない。
私がどんな目に遭ったか知らないくせに好き勝手に誇張しないでよ。
私がなにかした?
なんで私がそんなひどいことを言われなきゃいけないの?
私は普通に歩いていただけよ。悪いことをしたのはあの男なのになんで私が罪を犯したみたいな言い方をするの……!
「黙れ! それ以上汚い言葉で彼女を謗るな! その口を縫い付けてやってもいいんだぞ!」
ルーカスの怒鳴り声が反響して響き渡るも、私にはその声が遠くに聞こえていた。どくん、どくんと自分の心臓が耳元で鳴り響いていて、周りの音が聞こえなくなっていたから。
抑えきれない怒りが溢れ出しそうだった。
押し倒されたときの記憶が頭の中を何度も去来する。
消えてほしい。それなのに残っている。たとえ自分が忘れたとしても周りの人からの目は変わらなくて、私は一生汚れたもの扱いをされるんだ。
「あ……あぁ……」
「! リナリア、いけない! 抑えるんだ!」
頭が破裂しそうだった。この苦しみから抜け出せるのならこのまま消えてなくなってもいい。
ぶつり、と私の中の何かが切れてしまった音が大きく響いた。
「ぁあああああああ!!」
体内に満たされた力が一気に外へと放出された。
それでも足りない。澱んだこの感情を発散するには、もっともっと吐き出さなきゃ楽になれない。
「うわああああ!」
「きゃあああ!」
どこからか悲鳴が聞こえる。
そうだ、あの時と同じ。
だけど誰も私の悲鳴に気づいてくれなかった。
誰も助けてくれなかった。
自分の身は自分で守らなきゃ、奪われて傷つけられてしまうのだもの。
誰も私に近づいてほしくなくて、私は自分の意思で魔力暴走していた。
すべては自分の身体と心を守るためだった。
人は私を傷つける。ならば周りに人がいないほうがいいのだ。
バキバキバキッと中庭の大樹を巻き込んで、それは根こそぎ折れ曲がって地響きを立てながら芝生の上に倒れる。土や小石を巻き上げて竜巻を作り上げた。ゴオオオオッと風の唸る音が私を包み込んだ。
あの時のように、私を傷つける人間を遠ざけるために。
私は人を傷つけようとしていた。
「リナリア!!」
体中の血の気が引いて冷たくなった身体を包み込むようにして抱き着いてきた身体。
「ヒッ……! いやあああ! 触らないで! 離して!」
私は恐怖を感じて悲鳴をあげた。両手両足を動かしてじたばた動かして相手の身体を殴り蹴り飛ばす。だけど拘束する腕の力はさらに増すばかりだ。
「何で私があんなこと言われなきゃ、あんなひどいことされなきゃいけないの!」
怒鳴り散らした私は相手の肩に服の上から噛み付いた。
手足での抵抗じゃ離してくれないから、いっそ肩の肉を噛みちぎってやろうと思ったのだ。
「ぐぅっ…!」
相手が痛みに呻く声が聞こえたので、私はさらに顎に力を込める。
ブツリと相手の皮膚が破けた嫌な感触が歯に伝わった。じわりと服に滲んできた血液の味が口いっぱいに広がる。鉄サビの味に吐きそうになったが、絶対に緩めなかった。
「……それで、君の痛みが少しでも軽くなるなら、いくらでも持っていけばいい」
軽くなる訳がない。
誰にも私の気持ちなんかわかる訳がない……!
ガブガブと噛み締めていると、そのままぎゅうと抱きしめられる。今度は拘束のためではなく、包み込むような抱きしめ方で。
「僕は、君がとても素敵な女の子だと理解してるよ。……大丈夫、僕を信じてくれ」
ビクッと肩を揺らした私に、相手は気づいているだろう。
冷水を頭から被せられた感覚だった。──私が今噛み付いているのは誰だ?
我に返った私は相手の肩を噛むのをやめる。唇はガチガチと歯を鳴らしながら小刻みに震えていた。
「君は綺麗なままだよ。なにも怖がることはない」
また、身を呈して私を止めようとしたのだろう。
ルーカスは肩だけでなく、頭からも出血していた。おそらく、私が起こした魔力暴走の渦中に自ら突っ込んで来たのであろう。
どうして、そんなことするの。
なんで私のために怪我をするの。
ぶわっとこみあげた涙が頬を濡らした。
ルーカスは私が正気を取り戻したことにホッとして見せると、私の瞳を覗き込んできた。
「君は僕が守るよ」
血だらけのくせに、痛みさえ感じさせない顔で私に訴えた彼の言葉は不思議と素直に受け取れた。
ルーカスはいつだって私がダメになりそうなときに手を差しのべて掬い上げようとしてくれる。
「うっ……わぁあああぁぁぁん……!」
私は彼の優しさに縋って、彼の胸に抱き着いた。
爆発したように泣き叫び、力尽きて意識を失うまでルーカスの腕の中で泣きわめいていた。
私よりも大きな身体、力強い腕。彼の腕の中はとても安心する。あの男とは違う。彼は私を傷つけない。
彼はいつだって私を守ってくれる。だから信じていい。
──それなのに胸が苦しくて落ち着かない気持ちになるのはなぜなのだろう。
ルーカスの胸の音が私の胸の音と重なって聞こえる。
なぜ、彼に対してこんな気持ちになるんだろうってずっと不思議だったけど、今やっと気づいた。
私、彼のことが好きなんだって。
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