リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
74 / 137
乱れる乙女心

踏み込んではいけないその先【ドロテア視点】

しおりを挟む
 嫌われてしまった。──彼に失望された。

 あの女に醜い傷を負わせれば彼の心は変わると思ったのに、あと一歩のところで彼に妨害されて失敗に終わった。
 彼はわたくしのことを敵を見るような瞳で睨みつけ、責め立て、失望したと言ったのだ。
 ルークはわたくしに向けるべき視線をあの女へ向けていた。あの女を大切に抱き上げてどこかへと去っていく彼の背中にはわたくしに対する拒絶が伝わってきた。
 ぼろぼろ涙を流すわたくしに一瞥もくれなかった。

 大会で禁術に近い呪文を使ったことで警告を受け、審判の指示を無視して降参相手に攻撃しようとしたことで罰則を受けそうになったけど、家の力で揉み消した。
 失格になったことは構わない。あの女に一泡吹かせるために参加しただけで、賞品には興味がなかったから。わざわざ対戦表を書き換えさせるのにお金を積んだけど、その程度の負担は何ともなかった。

 あの女のために罰則を受けるのはわたくしの矜持が許せなかった。あんな平民女にルークが奪われそうになっているだけでも許せないのに、罰則なんか受けたらあの女に頭を下げていることも同然。
 わたくしはなんとしてでもこの状況をなんとか変えたかった。

 ルークへ手紙を送っても返事は来ない。最近では未開封で返送されるようになった。伝書鳩でも同様だ。内容を確認せずに返送されてしまう。
 休暇になってからお屋敷まで会いに行けば、ルークは不在で、どこかの別荘に出かけていると言われ、その場所は教えてもらえず会えず仕舞いと言うのが続いた。
 彼は意図的にわたくしと会わないようにしているのだとすぐに気づいた。


 珍しく屋敷にいたかと思えば、ルークは接客中だからと使用人に門前払いされたとき、なんだか嫌な予感がした。
 止めようとする使用人を振りほどき、勝手知ったる他人の庭とばかりに踏み込めば、使用人の言う通りルークは中庭のテラスで来客対応していた。
 しかし、その相手が問題だった。

 あの女は、わたくしの居場所にいた。
 おじ様とおば様とルークの中心にいた。グラナーダ出身であるおば様手作りのお菓子を囲んでお茶を楽しんでいたのだ。

 ルークの隣はわたくしの居場所なのに、彼は平民女を傍に置いている。おじ様もおば様もあの女の味方をするような態度を取るのだ。
 ルークはあの女を守るような素振りを見せて、わたくしに冷たく当たった。わたくしとは結婚しないと言い切ってわたくしの想いを拒絶したのだ。

 わたくしを邪魔者扱いして屋敷から追い出して、二度と敷地の中に入れないように許可の術を解かれてしまった。

 ひどい、どうしてこんな仕打ちを受けなくてはいけないの。
 ルークだけでなく、クライネルト家からも拒絶されてしまったのだ。

 すべてはあの女のせいだ。
 あの女さえいなければこんなことにはならなかったはずなのに。


◇◇◇◇◇◇


 その日の晩に、お父様宛てにクライネルトのおじ様からお手紙が届いたそうだ。
 内容は家主の断りを得ずに家に侵入して来客対応を妨害したこと、止めようとした使用人への恫喝行為への苦言だった。

 なぜそんなことを注意されなくてはいけないのかがわからない。
 お父様の口から注意を受けたけど、わたくしは納得できなかった。
 わたくしは何も悪くない。それなのに……ぎゅっと身体の前で握り締めた手の平に爪が食い込む。

 ……痛い、手の平ではなく心が軋んで痛い。
 あの平民のせいで怒られるのは屈辱だった。
 わたくしは由緒正しきフロイデンタール候爵家の娘だと言うのになぜこのような仕打ちを受けなくてはならないの。

「ドロテア、お前はまだ、ルーカス君との婚姻を望んでいるのか?」
「! 当然です! わたくしが前々から彼と結婚すると決めていたのはお父様もご存知のはず」

 再確認するように聞かれたのでわたくしは何を今更と語気強めに言い返した。
 この際王命でもなんでもいい。彼との婚約をなんとしてでも執り成してもらおう、と思いついてその考えをお父様に伝えた。どうせあと1年で学校を卒業する。そうすれば彼だって現実を見るに違いない。
 王命だと言われたら彼だってそれに従うはず……

「──あきらめなさい、先方には何度も断られているんだ」

 なのにお父様はわたくしに諦めろと言ってきた。
 一瞬何を言われたかわからず固まっていると、お父様はもう一度わたくしに言い聞かせるように「ルーカス君との結婚は諦めて、然るべき相手と婚約をしなさい」と命じてきたのだ。

「そんなお父様!」
「ルーカス君と結婚しても、お前は幸せにはなれないぞ」
「そんなことありませんわ! なぜお父様までそんなことを仰るの!?」

 お父様はご存知のはずなのに。わたくしの恋を見守ってくださったのに、今になってどうしてそんなことを言い出すのか。

「お前にちょうどいい縁談がある。一度会ってみたら気持ちも変わるかもしれない」
「嫌です! ルーカスの元に嫁ぐのがわたくしの夢なのです! 他の殿方との結婚なんて致しませんわ!」

 お見合い相手らしき数枚の姿絵を差し出してきたお父様の手を振り払うと、わたくしは父の執務室を飛び出した。
 そして自室に駆け込むと、寝台に倒れて啜り泣いた。

 なぜ、どうしてこうなってしまうの。
 わたくしのあたためてきた夢は叶うことなく、儚く散ってしまうというのか。

 しくしくと泣いているわたくしを心配したのか、お母様がお部屋まで訪ねてきた。

「しばらくドロテアと二人にしてちょうだい」

 お母様は部屋つきの侍女に人払いを頼むと、わたくしのいる寝台までやってきて寝台脇に腰掛けた。

「ドロテア、可愛いわたくしの娘。そんなに泣くことはありません」
「お母様……」

 わたくしの目元を指でなぞるお母様の指からは労りが伝わってきた。
 お母様、お母様だけはわたくしの味方よね?
 彼女に抱き着くと、お母様は優しく抱き返してくれた。

「ドロテア、よくお聞きなさい。一つだけ、ルーカスさんと結婚する方法があります」
「……! それは、それは一体どんな方法なのですか!」

 藁にも縋る想いでその方法とやらを聞いた。お母様は一瞬逡巡した後、小さく息を吐き出す。
 そしてわたくしにしか聞こえない声量で教えてくださった。

「既成事実を作るのです」

 わたくしは目を丸くして固まった。

「ですが、失敗すれば後はありません。……そして仮にうまく行ったとしても──彼の心は手に入らないでしょう。あくまでも責任を取って結婚するという形にしかなりません」
「……」

 心が手に入らない。
 それでも、それでもかまわない。
 わたくしと結婚しなくてはいけない状況を作りさえすれば、あとは時間と情が働いて彼の心を振り向かせられるかもしれないから。

 あの女にだけはルークを渡したくない。
 そのためなら、どんな手段を使ってでも、可能性に縋り付いてみせる。

「やります。わたくしは彼を手に入れてみせます」

 わたくしの決意にお母様は苦しそうにしていたけど、最後まで味方をすると言ってくださった。
 そして秘密裏に強力な媚薬を手配してくださることになった。
 問題はいつ飲ませるか。

 きっと今の彼はわたくしが差し出したものは何も口にしてくれないはずだ。
 どこかで別の誰かが出したものに仕込んで、薬が効いてきたところを見計らって部屋へ引きずり込むしかあるまい。

 わたくしは踏み込んではいけない一歩に足を踏み入れた。
 だけど不思議と罪悪感はなくて。
 これでわたくしは幸せになれるのだとその時は信じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?

夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。  けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。  思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。  ──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……? ※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...