リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

離れる心

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 彼は全身で私を求めてくれた。私の恋に気づいてくれたのだと喜んでいた。

 ──あの時までは。


「うっ……いたっ」

 目が覚めるとそこは見覚えのない部屋で、まず全身の痛みと倦怠感に襲われた。自分のカサカサに乾燥した声に異変を感じて喉に触れる。
 そして自分が裸であり、ベッドに一人眠っていたことに気づき、昨晩なにがあったかを思い出した。

「……ルーカス……?」

 私の勘違いでなければ、昨晩私はルーカスと過ごしたはずだ。何時間も彼と繋がって愛し合ったはずだ。

 それなのに、私は部屋に一人。ベッドの傍らは冷たくなっていた。彼の姿は何処にもない。

 彼は私を置いていなくなっていた。
 
 ……そんなのってある? 私のことを抱いたくせに、置いてけぼりにするんだ。

 つらい身体を起こすと、あらぬ部分が痛んだ。
 布団をずらせば、なにも身につけていない下半身とシーツに広がる残滓、そして破瓜の跡が残っていた。
 それを見ると私は惨めな気持ちに襲われた。

 抱いたら用無しなの?
 愛していると言ったのは嘘だったんた。ルーカスが懇願するから、辛そうだったから私は身体を許したのに。
 こんなのひどい。最低、最低よ。

 媚薬が抜けて正気になったから、何もなかったことにしたいんだ。
 私の処女を奪ったくせに、そういうことするんだ。

 近くにいたのがたまたま私だったから。衝動を発散するためなら私じゃなくても良かったんだ。
 ──それならドロテアさんの望み通りに彼女を抱けばよかったのに。

 そんなことなら、私を連れ込まないでよ。あんな声で私を呼ばないでほしかった。
 私の恋心を利用しないでほしかった。

 愛されていると自惚れた昨晩の自分が馬鹿みたいじゃないの。


 私はつらい身体を無理矢理起こすと、地面に散らばった下着やドレスを着用した。膝ががくがくしてよろけながらもなんとか着用すると、汚したシーツを巻き取って証拠隠滅を謀る。

「……我に従う時空の元素達よ……リナリア・ブルームの女子寮へ送り給え」

 転送術を使って女子寮にひとっ飛びしようとしてつぶやいた呪文の言葉は震えていた。


 身体を引き摺るようにして女子寮に戻ると、使用時間中ではない大浴場へ足を踏み入れ、なるべく音を立てないように水浴びした。
 魔法でお湯を作ってもよかったけれど、そんな気力もなく、冷たい水を頭から浴びて昨晩の痕跡をすべて流した。

 立ち上がると、ズキズキ痛む秘部からどろりと彼が吐き出したものが流れ出てきた。私の血と混ざり合ったそれは太ももを伝って排水溝へと流れ落ちて行く。
 同時に、私の中にあった大切ななにかも流れて行ったような気がした。 



 

 水浴びをしたせいか、あんなことがあったからかはわからないけれど、私はそれから熱を出して寝込んだ。
 誰にも相談できなくて思い悩んでいた影響だと思う。

 恋人ではない相手とそういう行為をして、抱き捨てられたなんて誰に言えようか。

 一晩寝ても熱が下がらないので、ニーナが医務室の先生に相談しようかと言ってきたけど、私はそれを拒んだ。医療に精通しているキルヒナー先生なら、私の身になにがあったか察してしまうだろう。
 ただでさえ、あの夜にルーカスが残した痕が全身に残っているのだ。これを見られたらただじゃ済まないだろう。
 誰にも知られたくなかった。

 学校に行けば、彼と顔を合わせることになる。
 会うのが怖くて、このまま熱が下がらなければいいのにと願った。


 3日ほどで熱は下がった。
心配したイルゼとニーナが変わりばんこで看病してくれたおかげである。下半身の痛みもだいぶ緩和して動くのには支障がなくなるほど回復した。
 だけど私の心はまだ回復には至らず。どんよりした気持ちを引きずりながら学校に登校した。

「リナリア」

 その声に過敏に反応した私は身を縮こめて、相手を警戒した。
 相手は数日ぶりに会うルーカスだったから。

「あの……パーティの翌日は」

 私が怯えているように見えたのか、一瞬ルーカスは口ごもった。しかし思い直して何かを言おうと口を開いた。
 だけど私は彼の言い訳を聞く気はなかった。どうせあの日のことをなかったことにしたいんでしょう。私を置いて出て行ったのだものね。

 あんなに好きでたまらなかった彼のことが憎くなってきて、顔すら見たくなかった。
 涙が溢れてきそうだったので、それを見せたくなくて彼から目をそらすと横を通り過ぎる。

「待って、リナリア」
「! いやっ」

 逃げようとした私を捕まえようとしたのだろう。ルーカスが腕を掴んできたので私は拒絶した。
 捕まれた腕を力いっぱい振り払うと、彼の顔を見ずに小走りで駆け出した。
 ルーカスは後を追ってこなかった。


 私は徹底的に相手を避けた。
 何を言われるか、どんな態度を取られるかわからなくて怖かった。
 そして彼を好きだった分、された事の酷さに怒り、憎く思っていた。
 

 ピィーッ……と鳴きながら飛んできた伝書鳩。
 送ってきた相手が誰だかすぐにわかった。
 ルーカスが何考えているかわからない。あんなことしたくせにどうして私と接触をはかろうとするのか。
 届いた伝書鳩も怖くて開封できず、そのまま返送していた。

 あの日の晩のことも、私の恋心も何もなかったことにしたい。
 だけど、もう元には戻れないのだ。


◇◆◇


 長期休暇直前になって、実家の両親から速達でお手紙が届いた。
 寮母さんから受けとったそれを開封した私は眉間にしわを寄せてしまった。

 いつもなら私の近況を伺う挨拶で始まる両親からの手紙だが、今回は違った。

【うちの近くで怪しい人物がお前を探してうろついている】

 不穏な一文から始まった手紙には、警告が連なっていた。

 以前住んでいたモナートでも私を探す怪しい魔術師らしき人物がいたが、それが新居近辺にも出現したのだという。

【どんなに護衛を雇ったとしても、お前を守りきれないかもしれない。魔法庁と魔法魔術省の役人さんには連絡相談して対処してもらっている最中だ。危ないから今回の休暇は学校に残りなさい】

 お父さんもお母さんも私の身の安全を最優先に考え、今回の長期休暇は戻ってくるなと言う。

 この事は学校の先生にも手紙を送ったこと、休暇中の食料・生活用品などは後ほど送る、必要なものがあれば手紙で伝えてほしい、とも書かれていた。

 長期休暇中は申請すれば寮に残れるが、食堂も空いていないため、完全自給自足になる。
 そして今回の休暇で居残りになったのは私だけだった。

「リナリア、じゃあ私たちは行くわね」
「学校の中なら絶対に安全よ。休暇中も日中なら先生が誰か必ずいるし、夜も強力な結界で守られているから滅多なことは起きないわ!」
「うん……ふたりとも気をつけてね」

 私は女子寮に残り、帰省する友人達を見送った。

 家に帰れないのは仕方ない、未解決事件のこともある。お父さんとお母さんを心配させちゃダメだ。

 あぁ。でもこんな時だから家に帰りたかった。
 一人ぼっちの寮も部屋も寂しくてどうにかなってしまいそうだった。

 話し相手もおらず、なんにもやる気が出なかった私は寮に引きこもってふさぎ込んでいた。
 やけに体調が悪くて、気分も最悪だったから尚更。

 その間もルーカスから伝書鳩と手紙が何度も届いたけど、そのすべてを受け付けないで拒絶した。

 彼の事を思い出す度にあの晩の事を思い出して胸が苦しく、せつなく、そして虚しい気持ちに襲われる。自分が惨めになるのだ。
 お願いだから今は私をそっとしておいて欲しかった。
 あの夜をなかったことにしたいならもう私に構わないで欲しい。

 ベッドの上で身体を丸めた私は、溢れる涙を抑えず、ひとり泣き続けたのである。
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