リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

誰も知らない場所へ

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 私は最後まで、誰にも気づかれることなく卒業することができた。もちろん、彼にも捕まらなかった。

 卒業式を終えた翌日、私は家まで送ってくれるはずの乗合馬車を途中下車した。同じ馬車に乗っていたイルゼには王都のお店に用があるのだとそれらしき言い訳をして馬車を見送と、その足で郵便局に向かった。
 事前に用意していた手紙を届けてもらうためだ。

 一つは魔法魔術省のキューネルさんへ。封筒の中には今までのお礼を書いた手紙と、借りていた探索魔法が付与された黒曜石のブローチを入れた。
 もう一つの封筒には両親に対して、これから失踪することへの謝罪とこれまで育ててくれたお礼の手紙と、卒業の証である中級魔術師のペンダントを一緒に入れた。

 いずれ私は出産する。そうなれば赤子の存在までは隠しきれない。未婚の母と後ろ指さされて親に迷惑をかけたくなかったのだ。ふしだらな娘だと親に軽蔑されたくなかった。
 両親を心配させてしまうのは理解していたけれど、私も悩み悩んで下した決断なのだ。

 手紙の郵送手続きを終えると、私は未練を振り切るようにして郵便局を後にした。
 これからどうするかといえば仕事を探すしかない。就職先の内定を断ってしまった私は無職だ。働かなくては生きていけない。

 現在の私の手持ちはそんなに多くない。
 所持品で売れそうなものを質屋で売って換金した。薬学の授業で使っていた道具類は高値で売れた。数日はこれで持ちこたえそうだ。
 私はこの時、あのネックレスを売るか迷った。贈り主に返せばよかったのに、返さずに手に持っていたそれをじっと見て……ポケットにしまった。
 手元にあると思い出して嫌な気分になるはずなのに、幸せだったあの頃の思い出を残しておきたい私の未練が売り飛ばすのを阻止した。

「仕事探さなきゃ」

 質屋を出ると気分を入れ直して、どこか住み込みで働けそうな場所を探そうとした私だったが、「何だ姉ちゃん、仕事探しているのか」と質屋のおじさんに声をかけられた。

「え、えぇまぁ」
「ふぅん……」

 おじさんは商品の価値を調べるような目で私をまじまじと査定すると、にやりと笑った。
 その笑い方に私はぞっとした。

「こんな上玉なら、あっという間に売れっ子になれるぞ」

 売れっ子。
 その単語に嫌な予感がした私はその場から飛び出した。

「おい待て! お前ら、その娘を捕まえろ!」

 どこかに隠れていたらしいごろつきが質屋の店主の命令に従って私へと手を伸ばす。
 冗談じゃない。私は身体を売るつもりなんかない。ただ物を売りに来ただけなのになぜ私が売り飛ばされなくてはならないのか。
 
「逃がすかっ」

 目を血走らせたごろつきが私を捕まえようと手を伸ばす。しかし私だって簡単には捕まってやらない。
 質屋のあった裏路地を飛び出すと、私はそこで転送術を発動させた。

 相手が魔術師じゃないなら敵じゃない。
 私の身体は時空を操る元素たちに飲み込まれて、その場から姿を消したのである。



 転送する際、本来であれば転送先の座標指定しなくてはならないのだが、慣れない土地で緊急回避のために飛び出したので、私は先程とは全く違う土地に飛んできてしまった。
 逃げるために無我夢中だったから座標指定できなかった。ここは何処だろうかと歩き回ってみて分かったのが、ここが旧王都であること。

 古い街並みが並んでいると思ったら私は大神殿のお膝元である街へ飛んだようであった。

 時刻は夕方近く、もう仕事を探すどころではなく、とりあえず今晩は宿に泊まって明日から仕事探しをしようと宿探しをしたのだが…
 どこの宿も大神殿の巡礼者で満員だと言われた。

 大神殿には大巫女様がおられる。人気の高い彼女に一目会いたい、御加護を賜りたいと願う人達がひっきりなしに訪れるのだと言う。
 彼女の人気は知っていたが、宿が全部満室になるほどとは思わなかった。今は別に女神フローラに関する行事もなにもないのに、平日すら満室になるものなのか…

 どうしたものかなと途方に暮れていると、パラパラと空から雫が降ってきた。
 空を見上げれば、夕暮れ空なのに私がいる近辺だけ雨が降るという不可思議な現象が発生していた。

 まるで私の心を現したみたいだ。
 変なの。私は水の元素に気に入られているって訳じゃないのに。
 サァァと静かに落ちてくる雨は容赦なく私の身体を濡らした。宿も大事だけどこのままでは体を冷やしてお腹の子に悪い。
 雨宿りしようと、近くのアパートメントの軒下をお借りすることにした。


 すぐに止むかと思った雨は空が真っ暗になっても降り続けた。
 雨に濡れた体が冷えてきたので、自分の周りの温度を適温にする呪文をかけて保温した。

「ごめんね、寒いよね」

 私は腕で守っていたお腹に向けて話しかける。 
 ……今頃、お父さんもお母さんも私が帰ってこないことを心配してるかな……ふたりの事を思い出すと心細くなってなんだか泣きたくなってきたけど、決めたことを曲げたりはしない。

 それにしても今晩は徹夜かな。流石に街なかで野宿は危険だし。……ふと脳裏に森の中でルーカスと遭難したときのことを思い出して、私はブンブン頭を振った。
 なんで今あんな人のこと思い出すの!

「……あなた、ずっとここに立ってるけど、何か困ってるの?」

 思い出してひとりモヤモヤしていると、後ろから静かに声をかけられた。驚いた私は肩を揺らして振り返る。
 背後にはこのアパートメントの住人らしき女性が肩にストールを掛けた格好で立っていた。

「あの、その、私は決して怪しいものではなく」

 言い訳した後に気付く。これじゃ私が不審者みたいだ。
 しかし彼女は視線を下ろして、私のお腹を見るとなにか勘付いた様な目をして言った。

「……そのお腹、妊娠しているのよね。ひとりなの? なにか訳ありだったりする?」
「えぇと……」
「……良かったら私の部屋で休んでいって。このままじゃお腹の赤ちゃんに悪影響でしょう」

 彼女は私の返事を聞くことなく、踵を返してスタスタとアパートメントの奥へ引っ込んで行った。
 私は王都での出来事があったので一瞬警戒したが、ここで厚意を無下にしても自分の首を絞めるだけな気がしたので彼女のお誘いに甘えることにした。


 その人は大神殿近くで一人暮らしをしている女性。大神殿の雑用婦として働く、ウルスラ・ヘルツブラットさん。私よりも5つ年上で焦げ茶色の髪を後ろに一つ結びにした、どこか幸薄そうな女性だ。 
 彼女のお部屋は簡素で質素だった。貧しいというより、物欲がない印象である。全体に色がなくて、少し寂しい印象を持った。
 温かいジンジャーティーを淹れながら彼女はボソッと呟いた。

「私はもう子どもが産めないからあなたが羨ましいわ」

 どうやら彼女は何らかの事情で子どもが産めない体になってしまったそうだ。
 だけど理由を聞くほど相手のことを知らないので何も質問しなかった。

「どうしてここで雨宿りしていたの? 行く宛は?」
「……私、魔法魔術学校を卒業してそのまま飛び出したんです」

 私の返事に彼女は少し目を見開いていた。

「……原因は、お腹の子? 相手は学校の人なのね? ……同級生?」

 その問いに私は頷くことで返事をした。

「相手には言ったの? お腹の子の父親には」

 今度は首を横に振る。
 誰にも何も言わずに失踪したのだもの。知る人は誰ひとりとしていない。

「そう……でもよくバレなかったのね。お腹はこんなに大きくなっているのに」
「幻影術を使って隠しました。……あ、幻影術というのは」
「知ってるわ。私も使ったことがある。…私も魔法魔術学校を卒業したから」
「え……」

 ウルスラさんの言葉に私はぽかんとする。

「もっとも、今は全く魔法が使えなくなってしまったけれどね」

 苦笑いした彼女の瞳はなんだかとても哀しい色をしていた。
 魔法が、使えなくなった……それは抑制状態と言うこと……?

 ……この人も、なにか深い事情を抱えているのかも知れない。そう感じた。
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