リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
87 / 137
乱れる乙女心

帰らない娘【三人称視点】

しおりを挟む
【リナリアが帰ってこない。行き先を知らないだろうか】

 そんな手紙がイルゼに届いたのは、魔法魔術学校を卒業して2週間ほど経過した後だった。
 
 リナリアの両親であるブルーム夫妻の元にはリナリアから手紙が届いた。文字はリナリアの書いたもので間違いなく、消印は王都にある郵便局だった。中には卒業式に授与された中級魔術師の証である黒曜石のペンダントが同封されていたらしい。

 手紙には、今まで育ててくれたお礼と、家には帰れないこと、それについての謝罪と、リナリアの友達である動物達のお世話をお願いしますとの言葉が連なっていた。
 事件に巻き込まれたわけじゃなく、自分の意志で失踪するので心配しないでくださいと最後に書かれていたが、心配するなという方が無理である。

 ブルーム夫妻は一人娘の身になにかがあったのだと確信した。
 すぐさま魔法魔術省や魔法庁にも問い合わせをして捜索願を出し、学校にも連絡した。私兵を雇って現在広範囲を捜索をさせているそうだ。
 手がかりは一つでも多い方がいい。そのためリナリアと親しかった友人達に手紙を出したのだそうだが、イルゼも新生活の準備で忙しくしており、実家に届いた手紙が転送されて新居へ届いたのが今になったようである。

 イルゼが最後にリナリアと別れたのは帰りの馬車だった。
 彼女はあの時、用があるからと言って降りていた。
 考えてみれば、様子がおかしかったかもしれないと思いはじめたら不安が抑え切れなくなり、彼女はすぐさま親友のニーナと、クラスメイトであり、リナリアと親しかったルーカスへ伝書鳩を飛ばした。


 いくつかやり取りをした後、彼らは一カ所に集まることにした。場所は孤児院を卒院したニーナが就職先近くに借りたアパートメント近くのカフェである。
 何の変哲もないカフェにはいろんな人が各々の時間を過ごしているが、そこに集まった3人は葬式に参列しているような雰囲気でどよんと沈み込んでいた。

「魔法庁に勤める叔父がリナリアの捜索に参加しているところだけど、まだなにも手がかりは見つかっていないって」
「そっか……」

 ルーカスからの報告に、イルゼはため息を吐き出した。隣の席でティーカップの中身を睨みつけていたニーナは「そういえば…」と声をもらした。

「リナリア……せっかくもらった内定断っちゃって、進路なにも決めてなかった。この後はどうするのか、家の手伝いでもするのかってって聞いたら返事を濁していた」

 ニーナの発言にイルゼはますます表情を曇らせた。

「なにも、話してくれなかったわよね。……なにか思い悩んでいるみたいだったから聞こうとしたけど、やんわり逃げられて」
「リナリアは私達を避けるようになってしまったから、なにか気に障るような悪いことしたのかって聞くけど、彼女は『そんなことない』って困った顔をするだけなの」

 いつになく元気がなく、調子の悪そうな友人が心配で声をかけたけども、相手からはやんわりとした拒絶が返ってきた。
 あまりしつこくすると気分を害すかも知れない。そう思ったら彼女たちもそれ以上強く聞けなかったのだという。それほど、リナリアの雰囲気は違っていたから。

「……そうだ、クライネルト君、あなたたちはどうしたの? 喧嘩したの?」

 ニーナの問い掛けにルーカスは渋い表情を浮かべた。

「そういえばそうね、あの貴族の人との婚約話で仲がこじれたの?」
「あれはドロテアが仕組んだ真っ赤な嘘だよ」

 その話にイルゼが乗ると、ルーカスは食い気味に否定した。

「では何故なの? 長期休暇前からずっとリナリアに避けられてたわよね。あの創立記念パーティの夜までは仲がよかったのに」

 ニーナの鋭い指摘にルーカスはぐむっと飲み込んだ。そして絞り出すような声で言う。

「……僕が彼女をひどく傷つけてしまったんだ」

 なにかあったかと言われればあった。
 しかし、この事を彼女のいない場所で公表するのはどうかと思った彼はその事を言えなかった。ここには居ない彼女の名誉を二重に傷つけてしまう恐れがあったから。

 ルーカスとリナリアの間に起こった出来事など知る由もない女子ふたりは、顔を見合わせると肩を竦めるだけだった。
 友人といえど、男女の痴情のもつれに口出しするのは憚れたのか、余計なことは言わないことにしたらしい。

「私ね、リナリアに一度、ちゃんとクライネルト君と話した方がいいよって言ったんだけど、怖い顔で拒絶されちゃって……怖くてもうなにも言えなかったのよね……」
「余程、あの子の不興を買ったのね、クライネルト君…」

 女の子達の容赦ない言葉にルーカスはぐさぐさと心臓に矢を射抜かれたような罪悪感に苛まれた。ぐうの音も出なかったのだ。


 情報共有のために集まったはいいが、有力なものはなにも得られなかった。引き続き捜索を続けて、なにかわかったら連絡を取り合おうと約束をすると3人はその場で別れた。

 ルーカスはカフェを離れると、歩いて移動していた。ニーナは引っ越してきたばかりでまだこの街についてよくわかっていないのだという。この辺にもしかしたらリナリアが失踪した手がかりがあるかもと一縷の望みをかけたのだ。

「我に従う眷属よ、我の声に応えよ」

 ルーカスが小さく呼びかけると、彼の目の前に白い毛並みの生き物が出現した。

「トリシャ、今日も頼むよ」
『全くもう、仕方ないわね』

 白猫の眷属に命じると、彼女にも捜索に参加してもらう。
 そしてルーカス本人も聞き込みをして回ろうと、近くのお店に立ち寄ろうとして……フッと目の前に出現した白猫にギョッとした。

『ルーカス! 大変よ! さっき会ってた女の子が変な奴に!』
「!」

 トリシャからもたらされた不穏な情報に素早く反応したルーカスは急いで歩いてきた道を引き返した。いざという時は頼りになる相棒トリシャの案内で駆けつけると、ぐったりしたニーナを抱えてどこかへと連れ去ろうとする不審者2名の姿がそこにあった。

「何をしている! 彼女から手を離せ!」

 場所はアパートメントが密集する路地で、日陰になっている場所だ。人が通っていなかったため、気絶しているニーナと不審者2名以外誰もいなかった。

「我に従う雷の元素達よ、不届きものに雷の鉄槌を!」

 ルーカスは素早く攻撃呪文を唱え、ニーナを連れ去ろうとする不審者へお見舞いした。雲ひとつのない晴天だった空に不自然な稲光が走ったかと思えば、綺麗に不審者の脳天にぶち当たった。
 しかし心配することはない。死なない程度の雷撃に調整しているため、ちょっと気絶するだけだ。

「ニーナ!」

 不審者から保護したニーナを抱き抱えていると、同じくトリシャにニーナの危機を知らされたイルゼが血相変えて飛んできた。
 そして彼女は気絶したニーナの額から流れる血を見て息をのむ。

「よくも……この、下衆がぁぁ!!」

 怒りの咆哮をあげたイルゼの拳が火を噴いた。
 既に雷の鉄槌を下されて地面に伸びている不審者達をグーでボカスカ殴りはじめたのだ。気絶している人間に更に追い打ちをかける。まさに情け容赦なしである。

「ちょっ、ヘルマンさん!」
「クライネルト君、止めないで!」
「捕縛術使ってるからもう痛め付けなくていいよ!」

 暴走するイルゼをようやくの思いで止めた後、ルーカスは叔父へ伝書鳩で通報した。
 すぐさま転送術で飛んできてくれたルーカスの叔父であるブレンは不審者たちの血だらけの顔を見て変な顔をしていたが、すぐにお仕事モードに切り替わって犯人に気付け呪文をかけた。
 それは尋問のためである。

「う、うぅ……」
「気づいたか。お前たちは何故、女の子を拉致しようとした」
「お、俺達は仕事のために」
「魔力を持った女を連れて来たら金が貰えるんだ」

 男たちの返答にブレンの眉間のシワがますます深くなる。そして彼は相手の了承を得る前に、いつも装着している眼鏡を外して相手の目を覗こうとして……ギクッとした顔をした。

「……叔父さん?」

 叔父の異変に気づいたルーカスが恐る恐る尋ねると、ブレンは微妙な顔をしていた。

「……こいつら、宣誓術をかけられている」
「それは……禁術じゃないか!」
「口止めの為だな。見た感じものすごく口が軽そうだから信用がなかったんだろう。下っ端も下っ端の切り捨て要因だろうな」

 ここで尋問にかけて知っていることすべてを吐かせてもいいが、そうすればこの不審者は宣誓を破ったことで呪われて死ぬ。
 宣誓術は名前の通り約束を固く結ぶための術だ。不平等な約束をするために使われることもあり禁術扱いになったのだが、影で使用する人間はいるのだ。
 今のように、後ろ暗い犯罪をするような人間等には。

「次から次に……リナリアさんもまだ見つかっていないし」

 ブレンの唸るような言葉にルーカスはぴくりと反応した。
 リナリアが行方不明になった際にブレンにひとつの可能性として言われたことがある。
 平民魔術師女性が行方不明になって数年後に見つかるという連続失踪事件はリナリアが行方不明になったことと関連性があるかもしれないということ。

 今まで行方不明になった女性達もなんの前触れもなく姿を消した。捜索願いを受けて、広範囲を捜し続けても見つからなかった。数年後に発見された時にはボロボロの姿で見つかるのが共通だった。

「綺麗な子だから目立つはずなのに、どこにも目撃情報がないんだ」

 リナリアは入学前から不審な男に目をつけられていたので、卒業したその時期を見て拉致した可能性がある。
 もちろん、その不審な男についてブレンも秘密裏に探っているけど、なにも出てこない。その貴族は慈善活動家で、国中の孤児院を訪れては多額の寄付をしているという。評判は決して悪くない。

 今まで表に出てくることはなかったのに父親と兄を一気に亡くして叙爵して露出するようになったという不審な点はあるものの、悪評は聞かない……

「……そういえば、ハイドフェルト子爵は……この国の魔法魔術学校に在席してなかったな。本人は知見を広めるために大陸外の魔法魔術学校に通っていたと言っていたが……調べた結果、彼は渡航履歴がなかった」
「それは……」
「今、世界の関連学校を調査してるが、回答を貰っていないからなんとも言えないな」

 ブレンの言葉に胸騒ぎがしたのは気のせいか、それとも。
 疑わしきは罰せず。まさに手も足も出ない。必死に捜しても彼女を見つける手がかりにはならず、まるで砂漠の中から砂金を探すような状態だった。

「……くそっ」

 ルーカスは己の拳をぎゅむっと握り締めると、彼らしくもなく悪態をついたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?

夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。  けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。  思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。  ──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……? ※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...