リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

偽りのミモザ

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 出産で疲弊していた身体が十分に回復してから、私は大巫女様の紹介先で就職することになった。
 ちなみにその間ウルスラさんが子守をしてくれることになった。もちろん給料を頂いたら彼女にきちんとお金を支払うつもりだ。彼女は遠慮するかもしれないけど、これはけじめだ。そうじゃなくても彼女にはお世話になりっぱなしなので、せめてお金についてはきちんとしたかった。

 そんなわけで私は今日から働くことになっている、シュバルツ王立生物保護検査機関の門を叩いて、中の職員さんたちにご挨拶した。

「紹介をいただいて本日からこちらでお世話になることになりました。ミモザ・ヘルツブラットと申します」

 姿かたち、身分すら偽って、偽りの存在としてここで働くことになったのである。
 姿は幻影術でウルスラさんに似た女性に見えるようにしている。名字も彼女に借りた。もちろんウルスラさんの許可は得た上でだ。
 だから私に気づく人はどこにもいないのだ。ここにいるのは存在しないはずの人間なのだから。
 私は存在そのものが幻想なのだ。


 大巫女様が私の身元を保証してくださったおかげで、好条件でこのお仕事を紹介してもらえた。
 共に働くに当たって、直属の上司や先輩になる人たちは、私が未婚の子持ちであるという事情を知っているが、彼女からの紹介ということで雑に扱われることはない。
 彼女の存在があるお陰で見えない部分でも守られていると実感した。これではもう大巫女様には足を向けて眠れない。
 ニーナが大巫女様を敬愛する気持ちもわかる。

 ふと、友人たちは今頃なにをしているだろうかと少し寂しい気持ちになったけど、私には感傷に浸る暇はないのだ。お世話になった分働いて返す!
 魔術師として少なくないお給料をいただくのだから、今まで受け取ってきた恩恵を税金として還元するのだ。


 私の得意な分野であるお仕事はとてもやりがいがあった。
 通心術士であることが幸いして、野生動物だけでなく魔獣との意思疎通ができたお陰で仕事が捗った。

 本来であれば懐かない魔獣や野生動物達に懐かれる私は職員さんたちから羨望の眼差しを送られるようになった。
 通常、魔術師が言葉を話せない動物たちと意思疎通するには彼らと触れ合って通心術をかけなくてはならない。しかし警戒心の強い野生動物たちにそれをするには骨が折れるそうなのだ。凶暴な個体相手なら下手したら怪我を負うか、それが原因で命を落とすこともあるから。
 そのため、その必要もなく、息をするように会話ができる私の能力は重宝された、

「こんにちは、私はミモザというの。あなたの体調を確認させてもらってもいいかしら?」
『…痛いことはしない?』
「血を採らせてもらうからちょっとだけ痛いかもしれないけど、暴れなかったらすぐに終わるよ」

 動物たちの警戒をほぐすために会話を試みようとすれば、彼らは私の声に素直に応えてくれた。
 もちろん、警戒心の強い個体もいたけど、回数を重ねて時間を掛けて交流していけば、自然と心を開いてくれるようになった。体に触れるのを許してくれるようになった。私達職員が悪いことをする人間ではないと理解してくれたのだ。

 妊娠が判明したので内定を蹴ったけど、本当はここで働きたかった。だから今はとても楽しい。
 能力を使って積極的に動物たちと関わる私の働きぶりは瞬く間に認められた。私が間に入ることで今まで手こずっていた動物たちとの信頼関係が構築されて、仕事がしやすくなったのだという。

 仕事が認められると、私は先輩職員に同行して還らずの森に入る機会が増えた。
 還らずの森は大陸の中央に位置しており、人が入るには険しい森だ。その中には野生動物や魔獣の他に、活動中の火山や有害な毒が発生する危険な場所もあるため、普通の人は絶対に入らない危険区域。

 確かに油断したら足を取られて転落してしまいそうな危険な道もあってゾッとしたが、ここは土の元素が多い場所なので個人的には過ごしやすい。

 …だけど森の中を散策していると、ルーカスに教えてもらった薬草や食べられる草などを発見して思い出してしまう。2人で遭難したあの夜を思い出して胸が苦しくなってしまう。

 許せないと思っていても、彼を嫌いになれない私は未練がましい女だと思う。


◆◇◆


「お疲れさまでした、お先に失礼します」

 本日のお仕事を終えたので、私服に着替えて他の職員さんたちに挨拶する。
 私は有期雇用の契約職員という形なので、他の人よりも給料が少ない(※世帯月収で言うとそれでも多い水準)代わりに勤務時間が短い。
 ウルスラさんにフェリクスの面倒を見てもらっているとはいえ、私はあの子の母親である。子どもとの時間も大切にしたいのだ。なのでさっさと上がって買い物して帰ろうとしたら、「ねぇ」と男性職員に呼び止められた。

「ミモザちゃん、俺も上がるから一緒にご飯にいかない?」
 
 業務連絡かと思ったら食事の誘いだった。その人は私が所属している部署とは別の部署の人で、すれ違うときに挨拶する程度の関わりしかなかった。
 そんな相手からの突然の食事のお誘いに私は驚いて目をまんまるにして固まったが、他の男性職員が彼を窘めるように肩を小突いた。

「バカ、その子は子持ちだよ」
「えっ! 結婚してたの!?」

 その言葉に私はなんと答えたらいいのかわからず、微妙な表情を浮かべてしまった。

「……大神殿に保護されたんだよ…男に捨てられて」
「あぁ…」

 ヒソヒソと私の事情を耳打ちされた男性職員の目の色が変わった。
 私の代わりに私の事情を話してくれているのだろうけど、そうされていると私を見る目が偏見に包まれていくような感じがした。

 でも仕方ない。それが世間の評価だ。
 世間からしてみたら今の私は未婚で出産したふしだらな女という印象を持たれてるのであろう。

 だから今は仕事で認めてもらうしかない。私には守らなきゃいけない存在がいるのだから。
 まわりの視線に怯んでいたって何も変わらないんだから。

 私は目頭が熱くなるのを感じたが、意地でも泣かなかった。
 無理やり笑顔を作ると、「子どもが待っているので、失礼します!」と大きな声で告げる。踵を返して職場を後にした。

 後ろは振り返らない。振り返ったってどうにもならないのだから。


 ──もっと立派になったら、胸を張って生きられるだろうか。認められて、誰にも後ろ指をさされずに済むだろうか。

 ……うぅん、世間の評価とかどうでもいい。私が大事なのはあの子だけ。
 あの子に恥じない母親になろう。

 フェリクスが自慢できるようなお母さんになるんだ。
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