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一章
不吉な前兆③
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昇降口を抜け二階に上がると俺たちはそれぞれ別々の教室へと向かった。
「じゃあ、みらい。俺、こっちだから」
俺たちの学年は二クラスに分かれており、俺とみらいは違うクラスだった。
「……うん、わかった。また後でね」
「本当に大丈夫か? やっぱり保健室に行ったほうが―――」
「ううん、大丈夫だから。心配しないで」
「……そうか。でも、本当に無理はするなよ」
俺は念を押すように言った。彼女は昔から、変なところで強がる癖がある。
「うん、わかった。そうするよ」
彼女が頷くのを見て、
「……それじゃあまた、放課後な」
「うん……」
俺はみらいと別れた。
その後、臨時の全校集会が体育館で開かれた。
今朝の件についての説明が成されたが、やはり亡くなっていたのは俺のクラスメイトの女子生徒で間違いないようだった。死因はわかっていないようだが、遺書なども見つかっていないことから自殺の可能性は低いらしい。何らかの事故に巻き込まれた可能性が高いと壇上に立つ学年主任の先生は言っていたが、それなら一体彼女は何の事故に巻き込まれて死んだというのか―――
授業が始まったのは三時間目からだった。みんなあんな事があった後の授業に集中できるはずもなく、教室内には終始ヒソヒソ声や誰かのすすり泣く声が聞こえていた。
帰りのホームルームでは、また今朝の件についての説明が成されたが、それは全校集会で伝えられた内容とほぼ変わらないものだった。
ホームルームが終了すると俺は隣の教室の前まで行って扉のガラス越しに中の様子を覗いた。中では生徒たちが席を立ち、カバンを肩に掛けているところだった。どうやら彼女のクラスも、ちょうどホームルームが終わったところのようである。
みらいと目が合った。彼女は小走りで廊下にまで出てくると、
「ごめんねユウ君。待たせちゃった?」
早口にそう言ってきた。
「いや、俺も今終わったところだから」
言いながら、俺はそれとなく彼女の様子を観察する。
顔色は―――いつも通りに戻っていた。体調も悪くはなさそうである。
それを確認して、俺はとりあえずホッとする。
「じゃあ、帰るか」
しかしみらいは、
「……ごめんユウ君。今日はちょっと一人で帰りたいんだ」
俯いて、小さな声でそう言った。
「先に帰ってもらってもいいかな。あんなことがあって、まだ心の整理がつかないんだよね。……少しの間、一人になりたいの」
「……そう……か」
「ごめんね。せっかく待っててくれたのに」
申し訳なさそうに彼女が言う。
「いや、気にするな。悪いな、俺の方も配慮が足りなかったよ」
確かにあんなことがあった後には誰だって一人になりたくなるだろう。昨日まで普通に顔を合わしていた同級生がいきなり亡くなったのだ。そのショックは決して小さいものではない。
「……わかった。じゃあ先に帰ってるな」
「うん。なんか、ごめんね」
「何で謝るんだよ。お前は何も悪くないだろ」
俺はなるべく明るい声でそう言ったが、彼女の顔はあまり晴れなかった。
「うん……ありがとね、ユウ君」
「ああ、じゃあまた後でな」
彼女が教室へ戻っていくのを確認してから、俺は階段の方へと足を向けた。
だが、その時、
「時坂くん」
不意に後ろから呼び止められた。
振り向くと、つい先ほどまでみらいが立っていた場所に、一人の女子生徒が立っていた。
その顔には覚えがあった。去年俺と同じクラスだった生徒だ。
「時坂君、こんな所で何してるの? うちのクラスに何か用?」
不思議そうな顔をして、彼女は俺に訊ねてきた。
「ん、いや、これから帰るところだけど……」
何故そんなことを訊くのだろうかと俺は首を傾げる。
「あ、そうなんだ。ならいいや」
「どうした?」
「あ、ううん。なんかぼーっとしてたみたいだから気になっただけ」
「ぼーっと?」
俺は更に首を傾げる。
別にみらいと話してただけで、惚けていたつもりはないのだが……彼女からはそう見えたのだろうか……?
「ごめんね引き留めて、それじゃあまたね」
俺が呼び止める暇もなく、彼女は足早に教室に戻って行ってしまった。
「何だったんだ……一体」
独り言のように俺は呟く。
彼女との会話が、上手く嚙み合っていないような気がした。
「……まあ、いいか」
きっと俺の思い過ごしだろう。
そう結論付けた。
そして今度こそ、俺は帰るべく階段に足を向けた。
# # #
始まった。ついに始まってしまった―――。
長い時を経て、ついにこの時が来たのだ。
いや……〝始まった〟という表現は少し語弊があるのかもしれない。
なぜなら全ては、二年前のあの日から既に始まっていたのだから―――
だが今日、私たちにとって、再び大きな歯車が動き始めたことは確かだろう。
もう引き返すことはできない。逃げ出すことも叶わない。ここまで来たら、最後までやり通すしか道は残っていない。
……だが、ふとした時に考えてしまう。
彼はどう思うだろうか―――と。
今まで私がしてきたことを知ったら、果たして彼はどう思うだろうか。真実を知ったら、どんな衝撃を受けるだろうか?
怒るだろうか。私を罵倒するだろうか。泣いてしまうだろうか。
……わからない。
だが、そのどれを想像しても、私は胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。
ごめんなさいと胸の中で彼に謝る。
だけど―――
私にはもう止めるという選択肢は残っていない。引き返すことなどできやしない。なぜなら私は既に取り返しのつかない罪を犯してしまっているのだから……。
今さら善人ぶることなどできない。普通に暮らしたいなどと願うこと自体がおこがましい。
それに―――彼女を裏切ることなどできない。
私はやり通す。やり切って見せる。
それが彼女のためでもあり、また何より彼のためなのだから―――
「じゃあ、みらい。俺、こっちだから」
俺たちの学年は二クラスに分かれており、俺とみらいは違うクラスだった。
「……うん、わかった。また後でね」
「本当に大丈夫か? やっぱり保健室に行ったほうが―――」
「ううん、大丈夫だから。心配しないで」
「……そうか。でも、本当に無理はするなよ」
俺は念を押すように言った。彼女は昔から、変なところで強がる癖がある。
「うん、わかった。そうするよ」
彼女が頷くのを見て、
「……それじゃあまた、放課後な」
「うん……」
俺はみらいと別れた。
その後、臨時の全校集会が体育館で開かれた。
今朝の件についての説明が成されたが、やはり亡くなっていたのは俺のクラスメイトの女子生徒で間違いないようだった。死因はわかっていないようだが、遺書なども見つかっていないことから自殺の可能性は低いらしい。何らかの事故に巻き込まれた可能性が高いと壇上に立つ学年主任の先生は言っていたが、それなら一体彼女は何の事故に巻き込まれて死んだというのか―――
授業が始まったのは三時間目からだった。みんなあんな事があった後の授業に集中できるはずもなく、教室内には終始ヒソヒソ声や誰かのすすり泣く声が聞こえていた。
帰りのホームルームでは、また今朝の件についての説明が成されたが、それは全校集会で伝えられた内容とほぼ変わらないものだった。
ホームルームが終了すると俺は隣の教室の前まで行って扉のガラス越しに中の様子を覗いた。中では生徒たちが席を立ち、カバンを肩に掛けているところだった。どうやら彼女のクラスも、ちょうどホームルームが終わったところのようである。
みらいと目が合った。彼女は小走りで廊下にまで出てくると、
「ごめんねユウ君。待たせちゃった?」
早口にそう言ってきた。
「いや、俺も今終わったところだから」
言いながら、俺はそれとなく彼女の様子を観察する。
顔色は―――いつも通りに戻っていた。体調も悪くはなさそうである。
それを確認して、俺はとりあえずホッとする。
「じゃあ、帰るか」
しかしみらいは、
「……ごめんユウ君。今日はちょっと一人で帰りたいんだ」
俯いて、小さな声でそう言った。
「先に帰ってもらってもいいかな。あんなことがあって、まだ心の整理がつかないんだよね。……少しの間、一人になりたいの」
「……そう……か」
「ごめんね。せっかく待っててくれたのに」
申し訳なさそうに彼女が言う。
「いや、気にするな。悪いな、俺の方も配慮が足りなかったよ」
確かにあんなことがあった後には誰だって一人になりたくなるだろう。昨日まで普通に顔を合わしていた同級生がいきなり亡くなったのだ。そのショックは決して小さいものではない。
「……わかった。じゃあ先に帰ってるな」
「うん。なんか、ごめんね」
「何で謝るんだよ。お前は何も悪くないだろ」
俺はなるべく明るい声でそう言ったが、彼女の顔はあまり晴れなかった。
「うん……ありがとね、ユウ君」
「ああ、じゃあまた後でな」
彼女が教室へ戻っていくのを確認してから、俺は階段の方へと足を向けた。
だが、その時、
「時坂くん」
不意に後ろから呼び止められた。
振り向くと、つい先ほどまでみらいが立っていた場所に、一人の女子生徒が立っていた。
その顔には覚えがあった。去年俺と同じクラスだった生徒だ。
「時坂君、こんな所で何してるの? うちのクラスに何か用?」
不思議そうな顔をして、彼女は俺に訊ねてきた。
「ん、いや、これから帰るところだけど……」
何故そんなことを訊くのだろうかと俺は首を傾げる。
「あ、そうなんだ。ならいいや」
「どうした?」
「あ、ううん。なんかぼーっとしてたみたいだから気になっただけ」
「ぼーっと?」
俺は更に首を傾げる。
別にみらいと話してただけで、惚けていたつもりはないのだが……彼女からはそう見えたのだろうか……?
「ごめんね引き留めて、それじゃあまたね」
俺が呼び止める暇もなく、彼女は足早に教室に戻って行ってしまった。
「何だったんだ……一体」
独り言のように俺は呟く。
彼女との会話が、上手く嚙み合っていないような気がした。
「……まあ、いいか」
きっと俺の思い過ごしだろう。
そう結論付けた。
そして今度こそ、俺は帰るべく階段に足を向けた。
# # #
始まった。ついに始まってしまった―――。
長い時を経て、ついにこの時が来たのだ。
いや……〝始まった〟という表現は少し語弊があるのかもしれない。
なぜなら全ては、二年前のあの日から既に始まっていたのだから―――
だが今日、私たちにとって、再び大きな歯車が動き始めたことは確かだろう。
もう引き返すことはできない。逃げ出すことも叶わない。ここまで来たら、最後までやり通すしか道は残っていない。
……だが、ふとした時に考えてしまう。
彼はどう思うだろうか―――と。
今まで私がしてきたことを知ったら、果たして彼はどう思うだろうか。真実を知ったら、どんな衝撃を受けるだろうか?
怒るだろうか。私を罵倒するだろうか。泣いてしまうだろうか。
……わからない。
だが、そのどれを想像しても、私は胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。
ごめんなさいと胸の中で彼に謝る。
だけど―――
私にはもう止めるという選択肢は残っていない。引き返すことなどできやしない。なぜなら私は既に取り返しのつかない罪を犯してしまっているのだから……。
今さら善人ぶることなどできない。普通に暮らしたいなどと願うこと自体がおこがましい。
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それが彼女のためでもあり、また何より彼のためなのだから―――
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