呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

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二章

霊力と呪力②

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「それで、昨日の今日で私に何の用ですか」
 仕切りなおすように、彼女はこほんと咳払いをしてから、そう言った。
「え、あ………そうだ。何って、お前がよくわからないこと言うから、わざわざ探してまで会いに来たんだろ。霊とか呪いとか、次に会うまでの宿題だとか、一体どういうつもりなんだよ」
 俺はここへ来た本当の理由を思い出す。
「どういうつもりと言われましても……」
「……俺をからかってたんだろ?」
「別にからかってなどいませんよ」
「なら、昨日のことは一体何だったんだよ」
「私は本当のことしか言っていません」
「本当のこと………?」
「はい。その証拠に、あなたはまた私と会うこととなりました。私は言いましたよね? 次に会う時までの宿題だと」
 澄ました顔で彼女は言った。
「そ、そんなの、同じ高校に通ってるんだから、ばったり会うことくらいのことはあるだろ。それに俺は、お前が訳わかんねーこと言ってたから、こうして会いに来たんだよ」
「……そうですね、確かにその通りかもしれません」
「だろ」
「ですが、なぜそこまでするんですか?」
「は……? どういう意味だよ」
「私が何を言おうと、あなたは特に気にする必要はなかったんですよ? 変な女だと放っておけばよかったのです。それなのに何故、あなたはわざわざ私を探してまで、こうして会いに来たんですか?」
「そ、それは……」
 俺は言葉に詰まる。
 彼女の問いに即答できなかった。
 お前の言ってたことが気になったからだ、と言えば確かにその通りなのだが、何故だか自分でも、それ以上の理由があるような気がしてならなかった。
 それは彼女に指摘されて、初めて気が付いたことだった。
「自分でもわかりませんか……?」
「あ、いや……」
「もしかすると、あなたとあの放火事件には、何か不思議な関係があるのかもしれませんね。それが偶然か、はたまた必然かはわかりませんが」
 さよは眉一つ動かさず、透き通った瞳で俺の顔をじっと覗き込んできた。
「お前、本当に何なんだ……」
「はい……?」
「いい加減に教えてくれてもいいだろ。お前は一体何者なんだよ」
 呻くように呟き、俺は逃れるように彼女から視線を逸らした。
「それは、昨日あなたへの宿題としたはずですよ」
 ここまで来てもまだ、彼女は答えをはぐらかそうとした。やはりからかっているだけなのかもしれない。
 だから俺は、
「……巫女」
「………」
「巫女っていうんだろ。あんたみたいに呪いだとか幽霊だとか、そういうオカルト方面に知見がある奴のこと」
 と皮肉を込めて言ってみた。
「………オカルトとは失礼ですね」
「俺からしたらオカルトだよ」
「そうですか……。ですが、まあ、正解です」
「えっ……?」
「あなたの言う通り、私はある神社で神職の補佐役を務めています」
 彼女が俺の方へ向き直る。その背筋は真っ直ぐに伸びており、口元は真一文字に結ばれていた。
 一瞬、彼女がとても神聖な存在に見えた。
「本当にそうなのか……」
 俺は目を見張る。自分から言っておいてなんだが、まさか当たっているとは思わなかった。
「でも、神社ってどこの……?」
「ここから数キロほど離れた山の中腹に、古い神社があるのをご存知ですか?」
「山? もしかして、あのでかい神社のことか?」
「……恐らくそれで合っています」
 その神社には何回か訪れたことがあった。正月に初音とみらいと俺の三人でお参りに行ったことがある。初音が亡くなってからは、何となくどちらからとも行こうという話にならなかったので最近は訪れた記憶はないが、それでもかなり大きな神社だったと記憶している。参拝客も、こんな田舎の割には結構多かったはずだ。
「あそこで巫女をやってるのか?」
「まあ、曲がりなりにも神主の娘ですので」
「娘? てことは実家ってことか? でも何回か行ったことあるけど、俺はお前の姿なんて見たことないぞ?」
「それはそうでしょう。私は裏方の役回りであまり表には出ませんから」
「……そうなのか」
「納得していただけましたか?」
「あ、ああ……うん、一応」
 俺は曖昧に頷く。
 正直まだ半信半疑だったが、彼女が巫女を務めているということに嘘はないだろう。その役柄が彼女にはぴったりと当てはまっているように思えた。
 俺は、彼女の巫女服姿を頭の中で想像してみる。
 小柄で華奢な身体をした彼女に、清楚で華美な印象を与える巫女装束。そんな対称的とも捉えられる両者の組み合わせは、何とも微妙なバランスを保ちながらも、お互いを存分に引き立てているように思えた。
 巫女装束姿の彼女には、可愛いというよりも美しいという言葉のニュアンスの方がしっくりとくるだろう。
 やはり、巫女服を着て役職を務めるときにはお化粧をしたりするのだろうか。彼女の小さな唇には真っ赤な口紅が塗りつけられ、顔にはパウダーを付けたりもするのだろうか。
 よく着物では、下着のラインが浮き出るから下着は着けないなどという話を聞くが、巫女服ではどうなのだろうか。もしかして巫女服を着用する時には、本当に下着は着けないのだろうか。だとするとその清楚な巫女服に直接さよの白い肌が触れることになり―――
 と、そんな妄想が表情に出てしまっていたのか、
「勝手に変な妄想をしないでください」
 さよが冷たい目で俺を睨んでいた。
「い、いや、別に何も考えてないって」
「そうですか。それにしては顔が妙にニヤついていますよ……」
「えっ、嘘―――」
 俺は反射的に自分の顔を触ってしまう。
「やはり、疚しいことを考えていたのですね」
「ぐっ……そ、そうだ! 昨日の手品の種、教えてくれよ」
 俺は誤魔化すように、強引に話題を変えた。
「……何ですか、手品って……?」
 さよが眉を顰める。
「ほら、昨日お前の周りを飛んでた、あの紙切れのことだよ。どうやったらあんな事ができるんだ?」
「紙切れ……? もしかして、霊符のことを言っているんですか?」
「そう、それ! その霊符とかいうやつ! あれって一体何だったんだ」
「あれは手品なんかじゃありませんよ」
 小さなため息を吐きながら彼女は左の胸ポケットを探ると、そこから何かを取り出した。それはまさしく、俺が昨日目にしたあの不思議な紙切れ―――霊符だった。
 どうぞ、とさよがその霊符を俺に差し出してくる。
「えっ、いいのか……?」
「別に触っても害はありませんよ」
 俺は恐る恐る彼女からその霊符を受け取ると、まじまじとそれを観察した。
 別段変わったところはない。どこにでもありそうな普通の紙だ。
 小型のプロペラ機や透明な糸や磁石や―――そんなものはどこにも取り付けられていない。手品の種は見当たらなかった。
 だが一点。昨日は何も書かれていないと思っていたその紙には、何やら筆で書かれたような文字が縦に連なっていた。
 それは崩れ字で書かれており、所々に小さな黒い染みが滲んでいる。
 墨汁を使って書かれているのだろう。平安時代とか、そんな大昔の書物に記されているような文字に見えた。
 俺は解読しようと試みたが、すぐに無理だと諦めた。どの文字も俺の知り得る活字には該当しなかったからだ。
「これ、何て書いてあるんだ……?」
「それは、あなたには関係ありませんよ」
 そっけなく言うと、彼女は俺の手から霊符を取り上げ再び自分の胸ポケットにしまった。
「えと、それ昨日飛んでたよな。どうやったんだ……? 何か仕掛けがあったんだろ?」
「仕掛けなどありませんよ。ただ、私の霊力を込めていただけです」
「霊力? ……昨日も言ってたけど、その霊力って一体どういうものなんだ」
「霊力とは、人間に潜在的に備わっている霊的な力のことです。第六感のような力とでも理解して下さい」
「第六感……?」
「はい。あなたにもあるんですよ」
「えっ、俺にも?」
 素直に驚いた。
 そんな得体の知れない力が自分にも備わっているのかと、俺は自分の身体をペタペタと触ってみる。
「まあ、あると言っても一般人の霊力はごく僅かですが……。私にはその霊力が、生まれつき多く宿っているんです」
「へえ……」
 俺は静かに感嘆する。
 やはり、彼女は俺たち普通の人間からは少し逸脱した存在であるらしい。
「その霊力を使ったら、昨日みたいなことができるのか」
「そうですね……」
 彼女は静かに頷いた。
「それで……その霊力を込めた霊符を使って、昨日は何をやってたんだよ?」
「あの土地に掛けられた呪いについて調べていたんです。それは昨日も言いましたよね?」
「……やっぱり、あの火事は呪いによって引き起こされたものなのか?」
「はい」
 さよが躊躇なく頷く。
「あの土地には何者かの呪力が強く染み込んでいました」
「……呪力って、呪いの力のことか?」
「そうです」
「その呪力と霊力って別なものなのか? 俺にはよくわからないんだけど」
 俺はふと気になったことを訊ねた。恐らく彼女にとっては基本的なことなので、また関係ないとあしらわれるだけかと思ったが、
「先ほども言いましたが、霊力とは潜在的な力、つまりは、人間が生まれつき保有している力のことを指します」
 意外にも彼女は丁寧に説明し始めた。
「対して呪力とは、その霊力を負の念によって引き出したときに発生する力のことを指します」
「負の念……?」
「怨みや妬み、憎悪や怒り、悲しみや憤りといった、我々人間における負の感情のことです」
「ああ、なるほど……」
 確か昨日もそんなことを言ってたなと、俺は二、三度頷く。
「その呪力っていうのは、やっぱりヤバイ力なのか?」
「当前です。負の念によって強引に引き出された霊力など、周りにどんな悪影響を及ぼすかわかりません。呪力は基本的に制御が利かないんです」
 少し興奮気味な声で彼女は言った。
「でも、さよも霊力を使ってるんだろ? それって同じ原理なんじゃないのか?」
 直感的に思ったことを口にする。
 すると彼女は静かに首を横に振り、
「全く異なります。私は幼い頃から霊力を制御する修業を積まされていますから、適切な扱いが可能なんです。負の感情任せに無理やり霊力を引き出す方法とは根本的なところから異なります」
 きっぱりと言った。透き通った彼女の瞳からは力強さを感じる。
「へえ……」
 何と返事をして良いのかわからなかったので、俺は適当に相槌を打つ。
 ぽりぽりと鼻先を掻いた。
 俺は、これまでにわかった彼女の情報を頭の中で整理してみた。
 彼女の実家はこの町にある大きな神社だり、そこで彼女は巫女を務めている。彼女には生まれつき、常人とは比べ物にならないほどの第六感なる力―――〝霊力〟がその身に宿っており、その霊力をまともな方法で引き出すことが可能であるらしい。昨日はその霊力を込めた〝霊符〟という特殊な札を用いて、あの土地に掛けられていた〝呪力〟について調べていたようだ。
 信じられない話だ。常識外れにもほどがある。
 しかし俺には、彼女の言っていることが嘘だとは思えなかった。彼女の言葉にはやはり妙な説得力があり、また俺自身も、何故か自分に無関係な話ではないような気がしたのだ。
 ……あと、これはつい今しがたわかった事なのだが、基本的に彼女は無表情でかつ無口だ。しかし、いざ自分の専門分野のこととなると少しだけ饒舌になる。澄んだ瞳に輝きが増し表情が僅かに変化する。
 話の内容については依然理解が及ばないが、そんな彼女のことを俺は少し可愛らしく思った。
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