呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

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三章

ポルターガイスト②

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「な、何だよ……あれ」
 絶句する。頭から血の気が引く。身体がゆっくりと硬直していく。
 だが無理もない。
 俺の数メートル先で、巨大な黒い物体がふわふわと宙に浮いていたのだから。
 それは先ほどまで、荒廃した土地に突き刺さっていた家の支柱だった。奇妙に折れ曲がり、熱で膨張した鉄骨が側面から顔を覗かせ、灰で真っ黒に染められたあの巨大な柱だ。
 その柱が今、この世の物理法則を無視して、地面から数メートルの位置でふわふわと浮かんでいる。それを支えるものは何もない。本当に宙に浮かんでいるのだ。
 頭が真っ白になった。俺は完全に言葉を失った。
 と、
「……ポルターガイスト」
 さよの静かな声音が、すぐ傍でした。
 さよの顔が俺のすぐ横にあった。彼女は倒れた俺の背中に身体を預けていた。
 どうやら俺を押し倒した拍子に、彼女自身もバランスを崩してしまったようだ。
 彼女の温もりと柔らかな感触が、背中一面に広がっている。さよが息をする度にその吐息が耳をくすぐる。仄かな甘い香りが、俺の鼻孔を優しく刺激してくる。
 俺たちは極度の密着状態にあった。
 そのことを意識した途端、引いていた血液が一気に頭に戻ってきた。思考がクリアになる。と同時に、心臓が激しく鼓動を打ち始めた。
「さ、さよ。ちょっと離れろ」
 身体を捻り、俺は両手で彼女の身体を自分から引き剥がす。
 しかし、彼女の方は特に気にした様子はなく、そのまますっと立ち上がった。
 そして、
「ポルターガイスト」
 もう一度、静かな声音でそう言った。
「えっ……?」
 俺は身体を起こしながら、彼女に訊き返した。
「有名な心霊現象の一つです。物理的な要因無しに、物体が独りでに浮遊したりする現象のことを指します」
 目の前に浮かんだ柱を指しての言葉だった。
「ですが、それは多くの場合、自然現象ではあり得ません。そこには必ず、何者かの意志が介入しているのです」
「えと、つまり……?」
「つまり今、私たちの目の前で起きているこの現象には、何者かの意志が―――いえ、もっと端的に言いましょうか。あの宙に浮いた物体。あれには、何者かの呪力が掛けられているということです」
 さよが巨大な柱を睨みつけながら言う。
「それって……もしかして犯人の―――」
「恐らく間違いないでしょう。まさか本当に現場に戻って来るとは、いい度胸ですね」
 ばっと、俺は辺りを見渡す。
 どこだ。どこにいる―――
 右から左に、左から右に。
 目を皿のようにして人影を探した。
 だが、
「今はやめましょう。他に気を配っている余裕はありません」
 それを、さよが静かに制した。
「でも、いるんだろ⁉ 犯人が今ここに!」
「ですが姿が見えません。どこかに身を隠しているのか、それとも遠方から呪力を働きかけているのか……」
「………」
「それより今は、ご自分の身の方を案じてはいかがですか?」
「えっ……」
「この呪力……私たちに対する敵意を感じます」
 そう言うと彼女は、スカートのポケットから何やら輪っか状のものを取り出した。
 数珠だった。黒光りする大きな珠がいくつも連なった御大層な数珠だ。
 それを彼女は、やおら自分の頭上へと放り投げた。
 珠が一瞬白く光る。
 刹那、
 パシュッ、という音と共に、珠が四方に飛び散った。
 十数個の大きな珠は、俺たちを中心として円を描くように、ばらばらと地面に落下した。
 するとどうだろうか。
 それらの珠は、つい先ほどの霊符と同じように、溶けるようにして地面の中へと吸い込まれていったのだ。
「なっ……⁉」
 しかし、今回の現象はそれだけには収まらない。
 今度は珠の吸い込まれていった地面の境界から、薄いオーラのようなものが這い出てきて、ゆらゆらと煙のように立ち昇ると、やがて俺たち二人を覆う半透明のドーム状のものを構築したのだ。
「これ……は……」
「私の霊力で織り成した障壁―――いわゆる結界です」
 こちらを一瞥しながら、どこか得意そうに彼女は言った。
「結……界……?」
「時坂優。決して私の傍を離れないでください。勝手な行動をすれば、命の保証はしませんよ」
「あ、ああ、わかった」
 こくこくと俺は頷く。
 もう何が何だかわからなかったので、とりあえず彼女の指示にだけ従っておこうと思った。
 俺の返事を確認すると、さよは再び宙に浮いた残骸を睨みつけた。
 と、その瞬間、浮いていた巨大な柱がグンッと急上昇を始めた。
「………⁉」
 物凄い勢いで空高くに上っていく。そのスピードは衰えることを知らない。
 止まらない、止まらない、止まらない、止まらない―――
 だがやがて、消しゴムサイズほどの大きさになるまで上昇したところで、それは突然ピタリと停止した。
 時が止まる……。
 だがそれも一瞬のこと。
 その残骸は、今度はゆっくり俺たちめがけて垂直落下を開始したのだ。重力に引かれ、地球に引かれ、それは俺たちの頭上めがけて真っ逆さまに落下してくる。
 ゴオォォォォッ―――!
 それは、あっという間に終端速度に達した。
 地響きのような轟音が俺の身体を震わす。
 空気を裂き、雨を裂き、見る見るうちに元の大きさを取り戻していく。
 やばい―――
 そこで俺は初めて、身に迫る危険を察知した。
 立ち上がろうとする。だが足に力が入らない。俺は完全に腰を抜かしていた。
 ゴオオォォォォォォッッ―――‼
 大気が振動する。
 影がすぐそこにまで迫ってくる。
 ダメだ―――‼
 咄嗟に頭を庇った。
 しかし、
 バチッ! バチバチバチバチ―――‼
 それが、俺たちに直撃することはなかった。代わりに電気の弾けるような音が響いていた。
 驚いて目を開けると、凄まじい勢いで落下してきた巨大柱は、結界の表面で青白い閃光を走らせながら粉々に砕け散っているところだった。
「なっ―――⁉」
 予想だにしていなかった現象に、俺は驚愕する。
「驚きましたか? あなたはただ、そこでじっとしていればいいのです」
 目の端で俺を捉えながら、さよが少し不敵な笑みを浮かべた。
 俺は彼女を見上げる。
 冬の野に咲く一輪の花のように、彼女の背筋はすっと伸びており、毅然とした印象を与えてくる。その姿はどこまでも頼もしく見え、彼女にできないことなんてないように思えた。
 俺は思わず、ほおと息を吐く。
 ―――しかし、相手の攻撃はまだ終わっていなかった。
 突如、
 ゴゴゴゴッ、という地震のような振動が足元から伝わってきたかと思うと、
 ガラガラガラガラッ―――!
 派手な音を立てながら、焼け落ちた家の残骸らが、次々と宙に浮き始めた。
「―――ッ⁉」
 その大きさは様々だ。石ころ程度の大きさから、畳二畳分の大きさに至るものまで―――実に様々だ。
 あんなものに押しつぶされたらひとたまりもない。
 そう、俺が恐怖すると同時に、
 グオンッ―――!
 低く空気を裂く音と共に、無数の瓦礫が一斉に急上昇を始めた。
 天高く上り、突然ピタリと静止する。そして、先ほどの巨大柱と同じように、俺たちめがけて急降下を始めた。
 ゴォォウゥゥゴォォウゥゥゥ―――!
 空気が震える。大地が震える。心臓が震える。
 先程とは比べ物にならないほどの轟音が俺の身体を震わす。無数の影が俺たちの頭上に迫っていた。
 絶望が広がる。これはいくら何でも―――
 しかし、瓦礫の一つが結界に触れた途端、
 バチバチバチッバチバチバチッッッ―――‼
 眩い閃光が俺の目を焼く。毛細血管のような稲妻が結界の周囲を取り囲む。瓦礫は瞬く間にボロボロに崩れ落ちていった。
「………!」
 もう言葉が出なかった。
 バチンッバチバチバチッ―――!
 瓦礫は尚も降り続けているが、薄い結界はびくともしていない。
 これが、人の成せる技なのか―――
 見上げながら思った。
 霊力―――彼女の力の源。その力の限界は一体どこにあるのか。
 底なしの沼のように思えた。彼女は無敵だ―――。
 バチッバチバチバチッバチッ―――!
 閃光が視界を覆う。青白い光に彼女の姿が包まれる。
 降り注ぐ瓦礫は収まらない。落下する瓦礫が無くなった途端、荒廃した土地からまた無数の瓦礫が浮き上がるのだ。
 浮き上がっては落ち、浮き上がっては落ち―――それを無限に繰り返している。際限がない。
 いくら彼女が無敵といえども、さすがに心配になってきた俺は、
「なあ! 大丈夫なのか!」
 と、轟音の中、声を張り上げて彼女に訊ねた。
 すると、
「別にこれくらいは何ともありません」
 平坦な口調で、さよがそう答えてきた。
「でも、流石にやばいんじゃ……! いつまでもこうしてるわけにはいかないだろ⁉」
「……そんなことは、あなたに言われずともわかっています」
 少し不機嫌そうな口調でそう言うと、深呼吸をするように彼女はすぅと息を吸い込んだ。
 そして、迫りくる残骸を睨みつけながら一言、

 凛とした声で言い放った。
 瞬間、
 パアァァァァァアン―――‼
 大量の風船が同時に割れるような破裂音と共に、落下していた無数の瓦礫が一瞬で粉々に砕け散った。俺の目の前で、無数のコンクリート塊は一瞬で無数の砂塵へと化したのだ。
 後には真っ黒な空と、粉末と化したコンクリート粒子が雪のように舞う情景が、目の前に広がっていた。
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