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エピローグ、そしてプロローグ
エピローグ、そしてプロローグ
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―――二カ月後。
もうすっかりと、修繕工事が終わった学校の屋上。
雲一つない青空の下。
秋の兆しを感じさせる肌寒い風を頬に受けながら、俺は一人、グラウンドで部活動に励む生徒たちをぼうっと眺めていた。
生きているという実感がなかった。何をしても上の空だった。もしかしたら自分はもう随分前に死んでいて、今ここにいる俺はこの世をフラフラと漂う亡霊なんじゃないかと本気で考えることすらあった。
それほどまでに俺の精神は病みきっていた。
俺の目には、世界が灰色に映っていた。木々の緑も、真っ青な空も、生徒や教師たちの顔も―――全てが色を失って見えていた。
どうでもよかったのだ。自分を含めたこの世界そのものに、俺はすっかり興味を失っていた。死のうという考えすら思いつかなかった。
なぜ自分は、こんなにも大きな犠牲を払わなければいけなかったのだろう。
連続放火事件、および生徒怪死事件は、家二軒の全焼と、生徒三人の死を以って、その幕を下ろした。
だが、その代償はあまりにも大きいものだった。
初音とみらいが死んだ。
いや―――みらいに至っては既に死んでいた。
彼女の遺体は、俺の記憶通りの場所から発見された。
荒れ放題となった庭の下に、彼女の遺体は埋められていた。二年という歳月を経て、彼女の身体はすっかりと白骨化しており、以前の彼女の面影を感じさせるものは何も残っていなかった。
また、彼女の両親はすでに亡くなっていたことがわかった。みらいを殺した翌日に部屋の中で首を吊っている二人が発見されていたらしい。自殺ということだった。娘を殺した罪悪感か、それとも俺に犯行を見られて逃げられないと観念したのか―――
はあと俺は短く息を吐く。
二年間放置されたみらいの家は、どこもかしこも雪のような埃が積もっていた。ガスも水道も電気も通っておらず、到底人が住めるような状態ではなった。しかし、一か所だけそれらとは異なる場所があった。
かつてのみらいの部屋―――つまりは初音が匿われていた部屋だった。
中に入った途端、俺は度肝を抜かれた。
彼女の部屋には埃は積もっていなかったが家具一つもない状態で、床には食べかけのまま放置された菓子パンが幾つか転がされていた。
窓のカーテンはぴっちりと閉められ、昼間でも室内にはほとんど光が差し込んでこない。殺風景で薄暗い室内。そんな場所で、初音は二年という歳月を過ごした。そしてそんな初音を、みらいはずっと支え続けていた。
それはお互いに、どれだけ辛く哀しく痛く、そして心細いことだっただろうか―――
そんな二人を他所に、俺はずっと自分のことだけを考えて生きてきた。都合の悪い記憶から目を背け、ついには頭の中から抹消し、心地よい現実にのみ浸って怠惰な日常を貪ってきた。
愚の極みである。
彼女たちのことを想うと、過去の自分を殺してやりたくなった。
大きく嘆息する。
と、その時、
かちゃり―――。
軽い金属音がして屋上の扉が開かれた。
その音で俺は我に返る。
振り返り、そして少しだけ驚いた。
いつ振りだろうか。そこに立っていたのは、
「久しぶりですね。時坂優」
さよだった。俺の姿を認めると、彼女は少しだけ頬を緩めた。
彼女は扉を閉めると、俺の隣に並んできた。
「………」
「………」
互いに無言。
俺はふと、彼女の右足首に視線を移した。
初音に拳銃で撃たれ大怪我を負っていたはずのその箇所には、最初から何もなかったように白い肌が広がっていた。傷跡一つ見えない。
一体どんな魔法を使ったのだろうかと感心していると、
「……あなたに一つ、謝らなければならないことがあります」
静かに、彼女が口を開いた。
「謝ること……?」
俺は眉を寄せてさよを見た。だが彼女はグラウンドの方を見つめたまま、
「その……みらいさんのことについて、です」
と、少しバツが悪そうに、彼女の名前を口にした。
「みらいの………?」
「私は……初めてみらいさんに会ったあの時、彼女が既に亡くなった存在であるということに気付いていました」
彼女の告白に、俺は少しだけ目を見張る。
「そう……なのか……」
「すみませんでした。本当はあの時、すぐにでもあなたに教えるべきだったのでしょうが……あなたの日常を不必要に壊したくはなかったのです」
彼女が俺に向かって小さく頭を下げてくる。対の白いリボンが儚げに揺れた。
そんな彼女に俺は、
「もういいよ。全部終わったことだ」
さらりとそう言った。
「赦して……くれるのですか?」
驚いたように、さよが顔を上げる。
「赦すも何も、お前は何も悪くないだろ」
初音の強襲に遭った帰り道―――夕陽に照らされたグラウンドで、みらいとさよは初めて対面した。
今思い返せば、明らかにあの時のさよは様子がおかしかった。だがそれも、生きた人間だと思っていた俺の幼馴染が霊体で、しかもそのことに俺が全く気付いていない、ということに動揺していたと考えれば納得がいく。あの夜、さよが鍵をなくしたという名目で俺の家を訪れ、俺の記憶を強引に覗いてきた理由も、全てはそのことが根底にあったのだろう。
俺は秋晴れした灰色の空を仰ぎ見る。
ベールのような薄い雲が空に張り付いていた。
「みらいと初音は―――」
無意識のうちに、俺は口を開いていた。
「……え……?」
「あいつらは………幸せだったのかな」
呟くような声が空に溶け込んでいった。
親に殺され、初音の計画に加担しながらも、ずっと俺なんかの傍に居続けてくれたみらい。
復讐に二年という歳月を費やしたが、最期は自らの呪いに蝕まれ、復讐を果たしきれないまま死んでいった初音。
とてもじゃないが、幸せな人生とは言えない気がした。
「……それは……わかりません。ですが、これだけは断言できます」
そこでさよの両手が、そっと俺の頬を包み込んできた。
俺は驚いて彼女を見る。
彼女の黒い瞳が、真っ直ぐに俺の眼を射抜いていた。
「憎しみで人は幸せにはなれません。呪いなどという力に頼れば最後、必ず自身の身を亡ぼすことになります」
強く、はっきりとした口調だった。
「……そうだな」
「世界を怨まないでください。誰かを憎まないでください。初音さんとみらいさんは、そんなあなたの未来を望んではいません。お二人の命を、どうか無駄にしないでください」
「………」
「あなたは、呪いなんて力には頼らないでくださいね」
忠告するようにさよが言ってきた。
その言葉に、俺の胸はズキリと痛んだが、それには気付かないふりをして、
「ああ、わかってるよ」
と頷いた。
「……ありがとうございます」
さよの手が俺の顔から離れる。
ビューと冷たい風が吹いて、俺は身を縮こまらせた。
「そろそろ戻るよ。色々ありがとな」
「いえ、私は何も……」
「早く戻らないと、さよも風邪引くぞ」
そう言い残し、俺は屋上から去ろうとした。
だが、
「時坂優。ちょっと待ってください」
後ろから彼女に呼び止められた。
振り返る。
彼女は俺の方まで近づいてくると、
「―――ッ」
再び俺の頬を両手で包み込んできた。
「……さ、さよ?」
彼女の意図がわからずに俺は後ずさる。
しかし、彼女はそんな俺の頬から手を放さずに、じっと俺の顔を見つめてきた。
至近距離から彼女に見つめられ、俺は思わず彼女から目を逸らした。
「……な、何なんだよ……」
彼女が何をしたいのか、わからなかった。
だが次に起きた現象で、そんな俺の思考は完全に消し飛んだ。
さよの手が不意に俺の頬から離れたかと思うと、
「―――ッ⁉」
柔らかい感触が俺の唇を塞いでいた。
口付けされたとわかったときには、既に彼女の唇は俺から離れていた。
「お、お前! な、何して―――」
突然のことに俺は悲鳴のような声を上げてしまう。
しかし、次に起きた現象に俺は今度こそ言葉を失った。
ブワッ―――………
まるで花弁が一斉に舞い散るような音と共に、様々な色彩が俺の目に流れ込んできたのだ。
赤、緑、黄、橙、紫―――
灰色だった俺の世界に色が芽吹いていく。霧が晴れていくみたいに、俺の世界は急速に色を取り戻していく。
「ああ……あぁぁ―――……」
途端、どうしようもなく悲しくなって、俺はその場に崩れ落ちた。熱い涙がとめどなく溢れてくる。漏れる嗚咽を止められない。俺は、ようやく現実を直視できたような気がした。
「気分はどうですか?」
頭上からさよの声が落ちてきた。見上げると彼女は、特に恥ずかしがるような様子もなく、代わりに、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
「さよ……俺は……」
「あなたはよく頑張りました。もう休んで大丈夫です」
「でも……俺は……」
「自分を責めないでください。決してあなたの責任ではありません」
さよの手が、俺の頭に優しく乗せられる。
「ごめん……ごめんな―――ごめんな―――」
俺は謝り続ける。赦しを請い続ける。
どうか、赦してほしい。怨まないでほしい。こんな愚かでどうしようもない俺を赦してほしい―――。
「すみません。今の私では、これくらいしかしてあげられません」
俺の頭から彼女の手が離れる。
「今は思う存分に吐き出してください。そして、少しでも心を軽くしてください」
そう言い残すと、彼女は静かに屋上から消えていった。
静けさが支配する。
「……く……うぅ……」
胸が苦しい。ダムが決壊するみたいに感情が溢れてくる。
「ぐ……あぁ……うぅ……」
彼女たちのいない世界に俺は取り残された。心の穴が埋まらない。
「…ぐ……うう……あああぁぁぁぁぁぁああ―――‼」
誰もいない屋上で、溢れ出る感情に身を委ねながら、俺は澄んだ秋空に慟哭を響かせた。
# # #
屋上の扉を閉めると、私はふうと息を吐き出した。
そして、
「すみません、時坂優。私はまだ、あなたに謝らなければならないことがあります」
と、誰に言うわけでもなく静かに呟いた。
やがて扉の向こうから、魂の叫びのような慟哭が聞こえてきた。
胸がチクリと痛んだ。
「結局……最後まで姿を現しませんでしたか」
そう呟き、私は静かに階段を下り始める。
「初音さんからも、明確な情報は得られませんでしたね」
小さくため息を吐く。
「しかし、彼女の中に感じた霊力は、間違いなくあの人の物ですね」
私は無意識に拳を握り締めていた。もう少しで届くと思っていた手が虚しく空を切ってしまったことに、確かな苛立ちを覚えていた。
「本当に、何を企んでいるのでしょう」
階段の途中で立ち止まり、私は染みだらけの天井を見上げる。
「一体どこにいるのですか―――兄さん」
もうすっかりと、修繕工事が終わった学校の屋上。
雲一つない青空の下。
秋の兆しを感じさせる肌寒い風を頬に受けながら、俺は一人、グラウンドで部活動に励む生徒たちをぼうっと眺めていた。
生きているという実感がなかった。何をしても上の空だった。もしかしたら自分はもう随分前に死んでいて、今ここにいる俺はこの世をフラフラと漂う亡霊なんじゃないかと本気で考えることすらあった。
それほどまでに俺の精神は病みきっていた。
俺の目には、世界が灰色に映っていた。木々の緑も、真っ青な空も、生徒や教師たちの顔も―――全てが色を失って見えていた。
どうでもよかったのだ。自分を含めたこの世界そのものに、俺はすっかり興味を失っていた。死のうという考えすら思いつかなかった。
なぜ自分は、こんなにも大きな犠牲を払わなければいけなかったのだろう。
連続放火事件、および生徒怪死事件は、家二軒の全焼と、生徒三人の死を以って、その幕を下ろした。
だが、その代償はあまりにも大きいものだった。
初音とみらいが死んだ。
いや―――みらいに至っては既に死んでいた。
彼女の遺体は、俺の記憶通りの場所から発見された。
荒れ放題となった庭の下に、彼女の遺体は埋められていた。二年という歳月を経て、彼女の身体はすっかりと白骨化しており、以前の彼女の面影を感じさせるものは何も残っていなかった。
また、彼女の両親はすでに亡くなっていたことがわかった。みらいを殺した翌日に部屋の中で首を吊っている二人が発見されていたらしい。自殺ということだった。娘を殺した罪悪感か、それとも俺に犯行を見られて逃げられないと観念したのか―――
はあと俺は短く息を吐く。
二年間放置されたみらいの家は、どこもかしこも雪のような埃が積もっていた。ガスも水道も電気も通っておらず、到底人が住めるような状態ではなった。しかし、一か所だけそれらとは異なる場所があった。
かつてのみらいの部屋―――つまりは初音が匿われていた部屋だった。
中に入った途端、俺は度肝を抜かれた。
彼女の部屋には埃は積もっていなかったが家具一つもない状態で、床には食べかけのまま放置された菓子パンが幾つか転がされていた。
窓のカーテンはぴっちりと閉められ、昼間でも室内にはほとんど光が差し込んでこない。殺風景で薄暗い室内。そんな場所で、初音は二年という歳月を過ごした。そしてそんな初音を、みらいはずっと支え続けていた。
それはお互いに、どれだけ辛く哀しく痛く、そして心細いことだっただろうか―――
そんな二人を他所に、俺はずっと自分のことだけを考えて生きてきた。都合の悪い記憶から目を背け、ついには頭の中から抹消し、心地よい現実にのみ浸って怠惰な日常を貪ってきた。
愚の極みである。
彼女たちのことを想うと、過去の自分を殺してやりたくなった。
大きく嘆息する。
と、その時、
かちゃり―――。
軽い金属音がして屋上の扉が開かれた。
その音で俺は我に返る。
振り返り、そして少しだけ驚いた。
いつ振りだろうか。そこに立っていたのは、
「久しぶりですね。時坂優」
さよだった。俺の姿を認めると、彼女は少しだけ頬を緩めた。
彼女は扉を閉めると、俺の隣に並んできた。
「………」
「………」
互いに無言。
俺はふと、彼女の右足首に視線を移した。
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と、少しバツが悪そうに、彼女の名前を口にした。
「みらいの………?」
「私は……初めてみらいさんに会ったあの時、彼女が既に亡くなった存在であるということに気付いていました」
彼女の告白に、俺は少しだけ目を見張る。
「そう……なのか……」
「すみませんでした。本当はあの時、すぐにでもあなたに教えるべきだったのでしょうが……あなたの日常を不必要に壊したくはなかったのです」
彼女が俺に向かって小さく頭を下げてくる。対の白いリボンが儚げに揺れた。
そんな彼女に俺は、
「もういいよ。全部終わったことだ」
さらりとそう言った。
「赦して……くれるのですか?」
驚いたように、さよが顔を上げる。
「赦すも何も、お前は何も悪くないだろ」
初音の強襲に遭った帰り道―――夕陽に照らされたグラウンドで、みらいとさよは初めて対面した。
今思い返せば、明らかにあの時のさよは様子がおかしかった。だがそれも、生きた人間だと思っていた俺の幼馴染が霊体で、しかもそのことに俺が全く気付いていない、ということに動揺していたと考えれば納得がいく。あの夜、さよが鍵をなくしたという名目で俺の家を訪れ、俺の記憶を強引に覗いてきた理由も、全てはそのことが根底にあったのだろう。
俺は秋晴れした灰色の空を仰ぎ見る。
ベールのような薄い雲が空に張り付いていた。
「みらいと初音は―――」
無意識のうちに、俺は口を開いていた。
「……え……?」
「あいつらは………幸せだったのかな」
呟くような声が空に溶け込んでいった。
親に殺され、初音の計画に加担しながらも、ずっと俺なんかの傍に居続けてくれたみらい。
復讐に二年という歳月を費やしたが、最期は自らの呪いに蝕まれ、復讐を果たしきれないまま死んでいった初音。
とてもじゃないが、幸せな人生とは言えない気がした。
「……それは……わかりません。ですが、これだけは断言できます」
そこでさよの両手が、そっと俺の頬を包み込んできた。
俺は驚いて彼女を見る。
彼女の黒い瞳が、真っ直ぐに俺の眼を射抜いていた。
「憎しみで人は幸せにはなれません。呪いなどという力に頼れば最後、必ず自身の身を亡ぼすことになります」
強く、はっきりとした口調だった。
「……そうだな」
「世界を怨まないでください。誰かを憎まないでください。初音さんとみらいさんは、そんなあなたの未来を望んではいません。お二人の命を、どうか無駄にしないでください」
「………」
「あなたは、呪いなんて力には頼らないでくださいね」
忠告するようにさよが言ってきた。
その言葉に、俺の胸はズキリと痛んだが、それには気付かないふりをして、
「ああ、わかってるよ」
と頷いた。
「……ありがとうございます」
さよの手が俺の顔から離れる。
ビューと冷たい風が吹いて、俺は身を縮こまらせた。
「そろそろ戻るよ。色々ありがとな」
「いえ、私は何も……」
「早く戻らないと、さよも風邪引くぞ」
そう言い残し、俺は屋上から去ろうとした。
だが、
「時坂優。ちょっと待ってください」
後ろから彼女に呼び止められた。
振り返る。
彼女は俺の方まで近づいてくると、
「―――ッ」
再び俺の頬を両手で包み込んできた。
「……さ、さよ?」
彼女の意図がわからずに俺は後ずさる。
しかし、彼女はそんな俺の頬から手を放さずに、じっと俺の顔を見つめてきた。
至近距離から彼女に見つめられ、俺は思わず彼女から目を逸らした。
「……な、何なんだよ……」
彼女が何をしたいのか、わからなかった。
だが次に起きた現象で、そんな俺の思考は完全に消し飛んだ。
さよの手が不意に俺の頬から離れたかと思うと、
「―――ッ⁉」
柔らかい感触が俺の唇を塞いでいた。
口付けされたとわかったときには、既に彼女の唇は俺から離れていた。
「お、お前! な、何して―――」
突然のことに俺は悲鳴のような声を上げてしまう。
しかし、次に起きた現象に俺は今度こそ言葉を失った。
ブワッ―――………
まるで花弁が一斉に舞い散るような音と共に、様々な色彩が俺の目に流れ込んできたのだ。
赤、緑、黄、橙、紫―――
灰色だった俺の世界に色が芽吹いていく。霧が晴れていくみたいに、俺の世界は急速に色を取り戻していく。
「ああ……あぁぁ―――……」
途端、どうしようもなく悲しくなって、俺はその場に崩れ落ちた。熱い涙がとめどなく溢れてくる。漏れる嗚咽を止められない。俺は、ようやく現実を直視できたような気がした。
「気分はどうですか?」
頭上からさよの声が落ちてきた。見上げると彼女は、特に恥ずかしがるような様子もなく、代わりに、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
「さよ……俺は……」
「あなたはよく頑張りました。もう休んで大丈夫です」
「でも……俺は……」
「自分を責めないでください。決してあなたの責任ではありません」
さよの手が、俺の頭に優しく乗せられる。
「ごめん……ごめんな―――ごめんな―――」
俺は謝り続ける。赦しを請い続ける。
どうか、赦してほしい。怨まないでほしい。こんな愚かでどうしようもない俺を赦してほしい―――。
「すみません。今の私では、これくらいしかしてあげられません」
俺の頭から彼女の手が離れる。
「今は思う存分に吐き出してください。そして、少しでも心を軽くしてください」
そう言い残すと、彼女は静かに屋上から消えていった。
静けさが支配する。
「……く……うぅ……」
胸が苦しい。ダムが決壊するみたいに感情が溢れてくる。
「ぐ……あぁ……うぅ……」
彼女たちのいない世界に俺は取り残された。心の穴が埋まらない。
「…ぐ……うう……あああぁぁぁぁぁぁああ―――‼」
誰もいない屋上で、溢れ出る感情に身を委ねながら、俺は澄んだ秋空に慟哭を響かせた。
# # #
屋上の扉を閉めると、私はふうと息を吐き出した。
そして、
「すみません、時坂優。私はまだ、あなたに謝らなければならないことがあります」
と、誰に言うわけでもなく静かに呟いた。
やがて扉の向こうから、魂の叫びのような慟哭が聞こえてきた。
胸がチクリと痛んだ。
「結局……最後まで姿を現しませんでしたか」
そう呟き、私は静かに階段を下り始める。
「初音さんからも、明確な情報は得られませんでしたね」
小さくため息を吐く。
「しかし、彼女の中に感じた霊力は、間違いなくあの人の物ですね」
私は無意識に拳を握り締めていた。もう少しで届くと思っていた手が虚しく空を切ってしまったことに、確かな苛立ちを覚えていた。
「本当に、何を企んでいるのでしょう」
階段の途中で立ち止まり、私は染みだらけの天井を見上げる。
「一体どこにいるのですか―――兄さん」
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