呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

文字の大きさ
73 / 91
三章

お買い物デート③

しおりを挟む
「次はどこへ行きましょうか」
 ファッション店を出た私たちは、再び人の波に乗って歩き始めていた。
 私の右手には、少し大きめの紙袋が提げられている。その中には、先ほど彼女が購入してくれたワンピースが入っていた。
「美鈴さんは何も買わなくて良かったんですか?」
 私は気になっていたことを訊ねた。
 彼女は私のワンピースの購入を済ませると、もう用はないというように私を連れて店を出た。あの店に行ったのは、まるで私のためだけのようだった。
「私はいいんです。今日は服を買う予定はなかったので」
「……そうだったんですか」
 どうやら本当に私のためだけだったらしい。
「わざわざすみませんでした」
 申し訳なさから、私は彼女に謝った。
「謝らないでください。言ったじゃないですか。あれは私がしてあげたくてやったことなんです」
「……はい、ありがとうございます」
 本当にこの人はと、私は胸の内で苦笑した。
「それで、どこに行きましょうか? さよさんは、どこか行きたい場所はありますか?」
「そうですね……」
 再び問われて私は思案した。
 初めての町で、初めての商店街。急に行きたい場所と言われても、中々思い付かない。
 仕方なく私は辺りを見渡して、何か私の興味を惹くようなお店はないだろうかと探した。しかし店舗が密集し過ぎていて、何がどのようなお店なのかよくわからない。遠くに総合案内所の看板が見えたので、一瞬あそこで訊いたら良いのではないかと思ったが、それは今の状況ではなんだか少し違うような気がしたので止めておいた。
 彼女が喜びそうなお店はどこだろうか?
 自分の行きたい所が思い付かなかったため、私は考え方の方向性を変えてみた。
 ファッション店―――は今行ったばかりだし……日用品店? 家電量販店? 百貨店? 生活雑貨店? 化粧品店? 彼女は普段、どういったお店に足を運ぶのだろうか。
 考えを巡らせたが、わかりそうにはなかった。そもそも私は彼女の私生活をほとんど知らない。決定するには判断材料が少なすぎる。
 やむを得ず、私は彼女に訊き返そうとした。
 しかし、その時、
 きゅるるるる~
 何とも可愛いらしい音が響いた。
 一瞬、私の世界から音が消えた。
 次いで、自分の顔の温度が急上昇していくのを感じた。
 くすっ、と隣を歩いていた彼女が小さく笑った。
 私は慌てて両手でお腹を隠したが、そもそも隠しても意味はないし、それは音の発生源が自分であるということを認めているも同然の行為だった。
「ち、違います! 今のは―――」
「結構歩きましたからね。お腹空きましたか?」
「…………ッ」
「どこかの喫茶店で、お茶でもしましょうか。私がよく行くお店があるのですが、そこでも大丈夫ですか?」
「…………はい」
 私はこくんと小さく頷いた。
 弁明したかったが、上手い言い訳が見つからなかった。
 自分は一体何をやっているのだろう。
 私は少しだけ肩を落とした。



# # #



「いらっしゃいませ」
 自動ドアが開くと同時に、私たちは店員の明るい挨拶に迎えられた。
 中の様子を窺うと、席数にはまだ幾らかの余裕がありそうだったので、私たちは先に注文を済ませてしまうことにした。
 カウンターでメニュー表を見せてもらうと、予想していたよりも豊富なラインナップが揃えられていたので、私は少し驚いてしまった。時間を掛けても申し訳ないと思ったので、私は取り敢えず無難であろうランチセットを頼んだ。ドリンクはホットコーヒーにした。彼女も同じものを注文した。
 番号札をそれぞれ受け取ると、私たちは店の奥に向かい、二人用のテーブル席に腰を下ろした。
「美鈴さんは、よくこのお店にいらっしゃるんですか?」
 私は店の中をぐるりと見渡しながら彼女に訊ねた。
 彼女に連れられて来たこの喫茶店は、内装がとても穏やかで落ち着いた気分になれた。隣の席との間隔も余裕を持って設けられているため、あまり気を遣う必要もない。人通りが多く賑やかな表とはガラス板一枚を隔てているだけなのに、店内の時間はとてもゆっくり流れているような気がした。
「そうですね。この商店街に来た時には、必ず寄るようにしています」
 テーブルに置いてあったお手拭きで手を拭いながら、彼女が言った。
「このお店、結構好きなんですよ」
「そうなんですか。素敵なお店ですね」
 私が言うと、にこりと彼女が微笑んだ。
「さよさんは、水の中って好きですか?」
「……はい?」
 全く脈絡を感じさせない突飛な彼女の質問に、私は思わず声が裏返った。聞き間違いかと思った。
「私は結構好きなんですよ。水の中」
 しかしもう一度言われてしまい、それが聞き間違いではないと教えられる。
「……えっと……」
「学校で水泳の授業とかあるじゃないですか。私は泳ぐのが苦手なので水泳自体は嫌いなんですが、最後の自由時間だけは、いつも楽しみにしているんです」
「……はあ」
 一体何の話だろうか?
「みんなが友達とじゃれ合っている中、私はプールの底めがけて一気に潜水するんです。それでふと上を見上げると、水面に太陽の光がきらきらと反射していて、まるで昼の空に星が瞬いているように見えるんですよ」
「……そう、なんですか」
「……でも、私が本当に好きなのはそれじゃないんです」
 そこで彼女の声のトーンが少しだけ下がった。
「私はあの閉じられた空間が好きなんです」
「……どういう意味ですか?」
 彼女の話に完全に置いてけぼりにされていた私だったが、その言葉が引っ掛かって訊き返した。
「水の中って、外の音がほとんど遮断されるじゃないですか」
「……そうですね」
「人の声とか、車の音とかセミの鳴き声とか、そういったものが水中では全部遮断されて……外の世界から切り離されたような気分になって―――」
「…………」
「あの空間にいる時だけは、ほんの少しだけ心が軽くなるんです」
 そう言う彼女の表情は少し寂しげだった。これまで彼女が抱えてきた心の闇が、ほんの少しだけ垣間見えたような気がした。
「だから私、このお店が好きなんですよ」
 しかし次の瞬間には、いつもの朗らかな彼女に戻っていた。
「このお店も、ガラス一枚を隔てて外の世界と遮断されているじゃないですか。ガラスの向こうは、あんなにも人がたくさんいて騒がしいのに、店の中は静かで落ち着いていて整然としています。それがなんだか水中の雰囲気に似ているような気がして、毎回ついつい足を運んじゃうんです」
 そう言って彼女は、照れたような表情を浮かべた。
 ……なるほど。
 一体何の話かと思って聞いていたが、どうやら彼女なりに、このお店が気に入っている理由を説明してくれていたらしい。彼女にとってあのガラス板は水面で、このお店は水の中なのだろう。
 心安らぐ場所。自分が自分でいられる場所。
 彼女にとってこのお店は、まさしくそういった場所なのかもしれない。
 彼女らしい面白い考え方だなと、私は胸の内でくすりと笑った。
「美鈴さんは、本当に面白い方ですね」
 思わず、私はそう口に出してしまった。
 しかしその声は、私たちの席に注文した品を持ってきてくれた店員の元気の良い声によって掻き消された。
「お待たせ致しました。ランチセット、お二つになります」
 女性の店員は、私たちのテーブルにプレートに乗せられたランチセットを二つ丁寧に置くと、番号札を回収し、小さくお辞儀をしてからカウンターへと戻っていった。
 プレートの上にはチョココロネとサンドイッチ、それからホットのコーヒーが乗せられている。チョココロネはこのお店の一押し商品らしい。入口の看板にも大きく写真が載せられていた。焼きたてのようで、パンの香ばしい匂いが、コーヒーの香りと絡み合って私の食欲を刺激してきた。
「いただきましょうか」
 彼女が手を合わせたので、私も手を合わせ、小さくいただきますと言ってから焼きたてのチョココロネに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オカルティック・アンダーワールド

アキラカ
ホラー
出版社で働く地味なアラサー編集者三枝が飛ばされたのは、なんと社内地下にあるオカルト雑誌『アガルタ』編集部だった 教育係として付き合わされるのは、怪異好きの変人高校生、アルバイトの秦史(はだふひと) 心霊現象、都市伝説、正体不明の怪異――取材先では次々と現れる“ありえない”出来事に振り回されながらも、二人の絆は少しずつ深まっていく だが、それらの怪異には、ふたりの“運命”に繋がる秘密が隠されていた ※ この作品はフィクションです。 実在の人物や団体とは関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 『月のトカゲを探す者』第一部(全三部)。 (表紙絵/山碕田鶴)  

処理中です...