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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─

ヨーコ 1

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「ばははぁっ! たまんねぇ! たまんねぇぜ! なぁジャール?」

 ルタイ平野の外れにテントを張り、ゴルゲン達が酒盛りに興じていた。ノヒンはまっすぐヘンティー山脈の麓まで戻ると思っていたのだが……どうやら明日の朝一番でザザン一家と話があるようだ。

「そうだなぁゴルゲン! みんな死んじまったが……こんないい女ぁ抱けんなら構やしねぇか!」
「ふざけんじゃねぇよジャール! こっちゃあ兄貴が死んだんだぞ!」
「いいじゃねぇかよアードン! ほら! この女の穴ぁ具合がいいぞぉ!」

 強奪した馬車の中には美しいと、幼い女の子と男の子の合わせて三人がいた。幼い二人はテントの外に監禁し、ゴルゲン達は酒を飲みながら残った一人の女の子を慰み者にしていた。

「魔女じゃあなかったが……これはこれで最高じゃぁねぇか! ばははははぁ! おらおらぁ! 俺が酒を飲み干す間ぁ! 口でやっとけやぁ!!」

 魔女を見分けるのには方法がある。体のどこかに血が流れるくらいの傷をつけることだ。すると傷口からうっすらとだが、黒い霧のようなものが滲み出る。全員にナイフで傷をつけて確認したのだが、三人の中に魔女はいなかった。

「上機嫌だなぁゴルゲンよぉ。んでも魔女じゃぁねぇのに、なんであんな数の傭兵を雇ってたんだぁ?」
「馬鹿かぁアードン? こんだけのだぜぇ? トマンズの変態貴族様が金を積みまくったんだろぉよ!」
「なんだか釈然としねぇなぁ……つーか外のガキ二人は例によってヤんねぇのか?」
「なんだぁアードン! てめぇもしや……ガキに興味あんのかぁ!? このゴルゲン一家ぁ! 盗みも殺しも犯しもするがぁ! ガキには手を出さねぇんだよ!」
「金のためだろ? ガキは状態が良ければいいほど高く売れっからなぁ。俺ぁ正直……ガキの穴にぶち込みてぇよ!」
「ガキとやりたきゃあザザン一家にでも行けや!」

 まさに酒池肉林。ノヒンも誘われはしたが、断って外の二人の見張りを買って出た。

 ノヒンはゴルゲン一家で育ち、何度となく弱い立場の女性が慰み者にされる現場を見てきた。慣れたつもりだが正直吐き気がする。心の奥底では助けたいと思っているが、行動に移せない自分に吐き気がするのだ。

 ゴルゲンの強さには尊敬を抱くが、どうしてもそこは受け入れられない。昔一度、「傭兵だけで食っていったらいいんじゃないか」と提案し、半殺しにされたことがある。

「ちっ、胸糞わりぃ……ガキに手は出さねぇって言いながら十分ガキの女じゃねぇか……しかもあいつら酔いすぎだろ。ってよぉ……。ちっ、ランバートルには糞しかいねぇな。俺が家長なら傭兵業だけにすんだけどなぁ。おいお前ら、こんな糞みてぇな集団に捕まって最悪だな? 逃がしてやりてぇが……俺が殺されっからよ」

 ノヒンに声を掛けられた二人が抱き合うようにして身を寄せ合い、じっとノヒンを見つめている。

「……おかしい……こいつテントの中に一人だって気付いて……」
「お兄ちゃん……もしかしてこの人……」

 二人がぼそぼそと何か話している。

「あぁ? なんか言ったかぁ?」
「……その言葉遣いなんとかなりませんか? 見たところ僕達と歳はそう変わらないですよね?」

 男の子の方が堂々とした態度で話しかける。普通ならばこの状況、泣き叫んで命乞いをするところだ。

「肝が座ってんだな。言葉遣いは勘弁してくれ、あの糞どもに育てられてんだからな」
「糞どもって言うけど、君もそのなんじゃないのか? 自分が糞だって思いたくなくて、やつらを糞だって言ってるように聞こえるな。さっき逃がしてやりたいけど、殺されるから出来ないって言ったよね? つまり自分が傷付きたくないから他者を傷付ける。立派な糞じゃないか。糞が糞を糞って言うなんて……滑稽だね?」
「はいはい。挑発は効かねぇぞ? 俺が怒って牢の鍵ぃ開けて殴ろうとする瞬間にでも逃げるつもりだろ?」
「ちっ、バレたか……」
「ははっ、おもしれぇなお前。全然怯えてねぇしよ。名前はなんてぇんだ?」
「まずは君が名乗るのが先じゃないのか?」
「俺はノヒンだ」
「僕はランド。それでこっちが妹のアルだ」
「ア、アルです……」

 女の子の方は子供らしく怯えているのが見て取れる。兄のランドは怯える妹のために、気丈に振る舞っているのだろうか。

「君は少し話せそうだなノヒン。そこで相談なんだけど……」
「だめだ。そこから出すわけにはいかねぇ」
「ちっ!」
「ランド……もしかしてだけどよ、本当はお前も口が悪いんじゃねぇのか? ……助けてぇのはやまやまなんだけどなぁ」

 出すわけにはいかないと言ったノヒンだが、何故かは分からないがランドに惹かれるものを感じていた。ランドには他とは違う何かがあるような……

「君の置かれた状況がそうさせないと?」
「あんな糞でも恩があんだよ。死にかけの俺を拾ってここまで育ててくれた。普通目ん玉ぁ潰れたガキ拾って治療なんてしねぇだろ? 特にランバートルじゃぁ、ただの足手まといだ。感謝しかねぇよ」
「君は義理堅いんだな。だけど口ぶりからするに、やつらのやり方は気に食わないと? 君はそれでいいのか? 間違ったことを間違っていると思いながらやるのはキツいぞ?」

 ランドの言葉がノヒンの胸に刺さる。とても同年代の言葉の重みには聞こえない。ランドもランドでここまで悲惨な境遇だったのだろうか。

「分かってる……分かってんだ。ただ……線引きが分からねぇんだ。分からなくなったって言やぁいいのか……」

 武器を持った相手を殺すのはいい。武器を持つとはそういうことだとノヒンは思っている。だが先程の戦いで武器を持ってはいるが、戦意を失って逃げる相手を斬った。気持ちの悪さが残った。

 そこからずっと考えている。では武器を持った女はどうか。子供はどうか。武器を持ってはいるが、無理やり戦わされている者はどうか。武器は持たないが、敵意を向ける者はどうか。武器も持たず、敵意もなく、ただ悪意がある者はどうか──

 考えれば考えるほどヘドロのような思考の沼に、ずぶずぶとハマっていく。それも仕方のないことだろう。ノヒンはまだ八歳。初めて人を斬り殺した。心に影響がないはずがない。
 
「……そういやぁゴルゲンよぉ! ノヒンがゴルゲンに感謝してるってぇのは本当なのかぁ?」

 そんな思考の沼にハマったノヒンの耳に、酔ったアードンのでかい声が響く。

「ばははぁ! そうなんだよアードン! あいつも馬鹿だよなぁ! 攫って犯した女のガキだってのによぉ! 俺に助けられたってぇ信じてんだぜぇ? 目ん玉ぁ潰したのも俺なのによぉ! ばははぁ!」

 テント内から信じられない話が聞こえてくる。ノヒンは思わず立ち上がり、耳を傾けた。

「おいおい外のノヒンに聞こえちまうってぇ! 酔いすぎだぞ?」
「構うこたぁねぇよジャール! どぉせノヒンのやつぁザザンにケツ犯されながら拷問されんだからよぉ!」
「さすが天下の大悪党ゴルゲン様だぁ! ザザン一家が絡んで来なかったのぁ、ノヒンのケツのおかげかぁ! ひゃははぁ!」
「ザザンは昔からノヒンに興味があったみてぇだからなぁ! 拷問して犯してるところぉ、俺に見て欲しいんだとよぉ!」
「んでぇ? なんだかんだ八年も育てたんだぁ! 良心は痛まねぇのか?」
「痛むわけねぇだろぉが! 元よりノヒンがいりゃあレイラが戻ってくるかもしれねぇと思って仕方なく置いてただけだぁ! こんだけ待って来ねぇんだ! もうノヒンに用はねぇよ! ばははははぁっ!!」
「……今の話は本当か……?」

 気付けばノヒンはテントの中へと入っていた。

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