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第一部 第六章 夢の残火─継承編─
十二の咎 2
しおりを挟む「ご、ごめんなさいランド様……もっと早く言っていればよかったですね? まさかランド様が私を……」
「ち、違うってセリシア! そ、そりゃ確かにセリシアみたいな綺麗な女性に言い寄ら……」
「……れてないのか」と、ランドが肩を落としてため息を吐く。
「完全に僕の勘違いだ。まあでも、僕には愛した相手がいるからね」
「ぷぷぅっ! ださっ! だっさださ!『まあ僕には愛した相手がいるからね(キリッ)』だって! あぁ怖い……ランドが怖いよセリシアー」
ファムのランドの真似が上達している。特に顔真似がとても上手いようで、セリシアが「似てますね」と言って笑っていた。
「ちっ! 黙れよ! ……それで? とりあえず君が誰なのか教えて貰ってもいいか?」
「え? 黙ってればいいの? 話せばいいの? ファム分かんなーい」
「くぅ……なんてめんどくさいやつだ……」
「めんどくさいのはどっちですかねぇ? メソメソしたりキリッとしたり……ぷぷぷぅ」
「黙って聞いてれば! 僕はやり合っても一向に構わないぞ!」
「ああん怖ぁーい! こんな可愛らしい美少女に暴力を振るう気だー! 助けてセリシアー!」
「はい! そこまでです!」
二人が掴み合いになりそうになり、セリシアが止める。
「ごめんなさいランド様。ファムもランド様と同じように全てを失って……何とか元気にして誤魔化そうとしているんです」
「そう……なのか?」
そう言われ、ランドがファムに視線を向ける。確かによくよく見れば、目が泣き腫らしたようになっていることに今更気付く。
「ファムも空元気はよくないですよ?」
ファムが「べ、別に空元気なんかじゃないし」と言いながら、大人しく席に着く。
「ファムは私の姉、セティーナの娘です。イルネルベリでのことや姉のことは話しましたよね?」
「ああ、その時に言っていたのがファムってことなんだな」
この四ヶ月あまり、ランドは怪我や自己嫌悪から動けずにいたが、セリシアが色々と教えてくれてはいた。ノヒンがイルネルベリを救ったことや、その流れでジェシカやラグナス、セティーナのことなど。さらに次元崩壊がゆっくりとではあるが広がり、今やこの世界で残っているのはフリッカー大陸南部だけだということも。
「でもなんでファムがプレトリアにいるんだ? イルネルベリにいたんじゃないのか?」
「それはファムがノヒンさんの役に立・ち・た・い・から。フリッカーとイルネルベリで交易が始まったのはノヒンさんのおかげだから、その流れをファムが支えようと思ったの。それでそれで『俺にはファムが必要だ』ってノヒンさんに思わせて、あわよくば……あぁん! ダメ! ダメだよノヒンさん! ファムは……ファムのファムはもう……」
ファムが頬を赤らめながら、身を捩る。
「ちっ! 本当に黙ってろよファム! ちょっとこっちこい!」
「えぇ? もしかしてランドも私を……? ちょっとごめんなさいだけどランドはタイプじゃな……痛ぁーい!」
ファムがランドに近付き、頭を叩かれたのだが……
痛いと言いながらも少し嬉しそうにしていた。
「じゃあ頼むセリシア」
「はい。フリッカーとイルネルベリで交易をするために、モザンビーク港を建設中なのは話しましたよね? その責任者がファムなんです。ファムがこちらに来ている間に次元崩壊が起きてしまい……」
「そういうことか。ファムも辛かったんだな……」
ランドがファムを見ると、「べ、別に……」と言いながらテーブルに顔を突っ伏した。
「とりあえずですが、これを見て頂きましょうか」
そう言いながらセリシアが家の奥から黒い板を持ってきて、テーブルの上に置く。大きさは調理台で使うまな板くらいだろうか。黒い板の表面は硝子で覆われ、ツルツルとしている。
「これは?」
「カグツチ家に代々伝わる、NACMO端末と呼ばれる神器のようなものです。故障しているので動作は限定的ですが……これに魔素を通すことによって、様々な情報を得ることや解析することができます。これによってあの黒い球体が次元崩壊と呼ばれる現象だと判明しました」
「NACMOって確か……」
「そうです。NACMOとは魔素。この端末にもデータが残っていまして、古ミズガルズ語で『Nano automatic convert machine organism』という表記があります。意味は『微小自動転換機械生命体』です。それ以上はデータの閲覧が出来ないので詳細は分からないのですが、魔素は人為的に作られたものだと言えるのではないでしょうか」
「人為的? 魔素が人によって作られたって言うのか!?」
「少し言いすぎましたね。私はそう思っています。正直な話、神が作ったのか人が作ったのかは分かりません。ランド様は神話の唄をご存知ですか?」
「ん? ああ、人の時代が迎えし終焉の……ってやつだろ?」
セリシアが「そうです」と言って立ち上がり、神話の唄を美しい声音で紡ぐ──
「響く唄は人の時代が迎えし終焉の──
それは人によって齎され、終わりの叫びを聞くのだろう──
そこに残るは欲の成れ果て歪な輪郭──
抗いしは造られし者と生まれし者──
天馬の煌めき駆け抜けて──
黒狼の慟哭響きし時──
死の番人は何を憂い涙する──
終焉叫びて焦土と成る──
終焉喚きて凍土と成す──
終焉怒りて終わりとす──
その日世界は形を変えた──
抗いし者と終焉の、終わり無き終わりへの唄が響くだろう──
始まりの咎が凍土を砕きて楔を打ち──
十二の咎は神の園にて大樹を囲う──
終焉、煩く喚きて彼方へと──
黒狼、死の番人も彼方へと──
残りし天馬慟哭す ──
罪を嘆きて君臨す──」
──思わずランドが息を呑む。
あまりにもセリシアが美し過ぎて……
呼吸することさえ忘れてしまい……
自然と涙が流れた。
「この唄に出てくる十二の咎のうちの一つが……」
「ひ、一つが……?」
ハッと我に返ってランドが呟く。まさかこんなことで泣いてしまうとは思っておらず、戸惑いが隠せない。先程からセリシアから目が離せなくなっている自分に気付き、顔を伏せた。
「……カグツチ家なんです。カグツチ家は神の園よりこの地に派遣され、炎の巨人ムスペルを封じた一族の末裔なんです」
「そ、そう……なの……か……?」
ランドの様子が明らかにおかしくなる。セリシアから顔を背け、見ないようにするのだが……
気付けばセリシアに見蕩れてしまっている。
「セ、セリシ……あぐぅっ!」
ランドが引き寄せられるようにセリシアに近付き、抱きしめようとしたところで思い切りファムに殴られた。
「い、痛いじゃないかファム! ……ってあれ? 僕は今何を……」
「十二の咎、カグツチ家の無詠唱特殊魔術らしいよ? 正気に戻してあげたんだから感謝してよねー」
そう言ってファムが席に戻る。
「だめだ……全然意味が分からない。十二の咎? 無詠唱特殊魔術? 確か無詠唱特殊魔術っていうのは、神話大戦の英雄であるヴァンだけの力だと聞いた覚えがあるんだけど……ってセリシア! な、何をしてるんだ!」
セリシアが短いスカートを捲り、下着が露わになる。そのまま椅子に座り、足を開いて見せた。
「ぼ、僕のことからかってるのか!? と、とにかく足を閉じてく……」
「からかってなどいません。ここを見てください」
そう言われ、ランドがセリシアの足の付け根を見る。そこには──
「それは縦縞の痣……か? セリシアは縦縞の……」
セリシアの陶器のように白く美しい足。
その付け根には、畏怖の象徴である縦縞の痣がしっかりと──
刻まれていた。
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